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11:海斗、再び(2)
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朝の光が差し込むダイニングには、焼きたてのトーストと淹れたてのコーヒー、そして三人の笑い声という、ささやかで贅沢な湯気が立ちのぼるようだった。
七海はいちごジャムをスプーンですくい、真剣な顔でトーストと格闘している。
「ぱぱー、これ見て! ハートになった!」
「お、ほんとや。めっちゃ上手に塗れとる」
海斗が目尻を下げて頭を撫でると、七海は誇らしげに鼻を鳴らした。
その光景を眺めていた里玖は、ようやく昨夜から張り詰めていた胸が緩み、胸の奥の空気を、すべて吐き出すことができた。
「……夢みたい。こうして三人で朝ごはん食べてるの」
「夢じゃないけん。俺、ちゃんと戻ってきたやん」
海斗がそう言うと、里玖はほっとしたように息をついた。
「そうか、二日間……おれは翔生に戻っていたんか」
「もう二度と会えないかと思ってたんよ」
「それでその出目金顔なんだな」
「出目金って言うな!」
里玖がぷくっと頬を膨らませ、海斗の肩を軽く叩く。
七海が「でめきん?」と首をかしげて笑い、食卓に柔らかい空気が流れた。
海斗が真っ直ぐに見つめ返すと、里玖の瞳が再び潤む。
「でも……ほんとに戻ってきてくれてよかった。やばい、また泣きそう。顔洗ってくる」
里玖は席を立ち、逃げるように洗面所へ向かった。鏡の前で自分の腫れぼったい顔に苦笑している彼女へ、海斗が声をかける。
「里玖。俺、一度家に戻るわ。着替えんと」
海斗は寝間着代わりのハーフパンツとTシャツ姿のままだ。
「そうね。さすがにその恰好で学校行くのは問題ね」
「私と七海は早めに出るから、近くまで車で送ってってあげる」
「さんきゅ」
里玖が洗面所から戻ってくると、海斗は立ち上がり、そっと抱き寄せた。
「もう一度会えて……ほんとによかった」
「俺も」
二人の間に、七海が「ぼくもー!」と割って入り、三人はぎゅっと抱き合った。
朝の短い時間だったが、確かに“家族”のぬくもりがそこにあった。
* * *
授業中。
黒板を叩くチョークの音を聞きながら、海斗は頬杖をついて思考の海に沈んでいた
(この体が二日間、翔生に戻っとったってことは……)
バイク事故で死んだはずの翔生。その翔生に代わってこの肉体に自分の魂が入り込んだと思っていた。
だが翔生は、まだ生きていた。生きていたからこそ、この体が翔生としての意識を取り戻したということに他ならないだろう。
でも……また自分に戻った。
(どういう仕組みなんだ……)
考えれば考えるほど、迷路に入り込むようだ。
翔生に戻ったきっかけは、あの「喝」。
あの声を思い出すだけで、後頭部のあたりがビリビリと痺れる。
(あの“喝”って悪霊退散とかに使うやつやろ……ってことは、俺が翔生の体を乗っ取っとる『悪霊』側なんか?)
悪霊……つまり、死んでいるのは、自分の方なのか――。
(でも……)海斗は考える。
自分がもしも翔生に憑りついた悪霊だとして、なんで死んですぐじゃなくて、五年後にタイムリープして憑依したのか。その仕組みがよくわからない。
そもそも、なんでわざわざ朝倉翔生にとりついたのかも、理由が思い浮かばない。
海斗は、鼻の下に挟んでいた鉛筆をノートの上に投げ出すと、答えの出ない問いを打ち消すように、里玖と七海の笑顔を思い浮かべた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……まあ、明日は七夕やし。里玖とまた夜デートしてもいいな)
そんな甘い考えに浸ってニヤニヤしていると、いつのまに授業が終わったのか、アキトが席にきていて、「はあ~」と机につっぷした。
アキトは顔をあげると、
「――おいショウ。さっきからニヤついとるけど、余裕やね」
呆れたような、あるいは哀れむような目でこちらを見ていた。
「へへ? 余裕って何が」
海斗は、やにさがりながらも、訊き返した。
アキトの答えはある意味センセーショナルだった。
「明日から土曜まで四日間、期末テストやん、俺準備マジ間に合わんわぁ」
「……は?」
海斗の顔から血の気が引いた。七夕のロマンチックな星空が一瞬で消え去った。
「ゲッ!!……俺も……何にもしてない」
(あのクソガキ……! 翔生に戻るなら、期末テスト受けてからチェンジしてくれればよかったのに……!)
海斗は絶望の呻きを漏らし、机に激しく突っ伏した。
里玖と過ごす甘い夜の代わりに、睡魔と記憶教科との死闘が幕を開けようとしていた。
七海はいちごジャムをスプーンですくい、真剣な顔でトーストと格闘している。
「ぱぱー、これ見て! ハートになった!」
「お、ほんとや。めっちゃ上手に塗れとる」
海斗が目尻を下げて頭を撫でると、七海は誇らしげに鼻を鳴らした。
その光景を眺めていた里玖は、ようやく昨夜から張り詰めていた胸が緩み、胸の奥の空気を、すべて吐き出すことができた。
「……夢みたい。こうして三人で朝ごはん食べてるの」
「夢じゃないけん。俺、ちゃんと戻ってきたやん」
海斗がそう言うと、里玖はほっとしたように息をついた。
「そうか、二日間……おれは翔生に戻っていたんか」
「もう二度と会えないかと思ってたんよ」
「それでその出目金顔なんだな」
「出目金って言うな!」
里玖がぷくっと頬を膨らませ、海斗の肩を軽く叩く。
七海が「でめきん?」と首をかしげて笑い、食卓に柔らかい空気が流れた。
海斗が真っ直ぐに見つめ返すと、里玖の瞳が再び潤む。
「でも……ほんとに戻ってきてくれてよかった。やばい、また泣きそう。顔洗ってくる」
里玖は席を立ち、逃げるように洗面所へ向かった。鏡の前で自分の腫れぼったい顔に苦笑している彼女へ、海斗が声をかける。
「里玖。俺、一度家に戻るわ。着替えんと」
海斗は寝間着代わりのハーフパンツとTシャツ姿のままだ。
「そうね。さすがにその恰好で学校行くのは問題ね」
「私と七海は早めに出るから、近くまで車で送ってってあげる」
「さんきゅ」
里玖が洗面所から戻ってくると、海斗は立ち上がり、そっと抱き寄せた。
「もう一度会えて……ほんとによかった」
「俺も」
二人の間に、七海が「ぼくもー!」と割って入り、三人はぎゅっと抱き合った。
朝の短い時間だったが、確かに“家族”のぬくもりがそこにあった。
* * *
授業中。
黒板を叩くチョークの音を聞きながら、海斗は頬杖をついて思考の海に沈んでいた
(この体が二日間、翔生に戻っとったってことは……)
バイク事故で死んだはずの翔生。その翔生に代わってこの肉体に自分の魂が入り込んだと思っていた。
だが翔生は、まだ生きていた。生きていたからこそ、この体が翔生としての意識を取り戻したということに他ならないだろう。
でも……また自分に戻った。
(どういう仕組みなんだ……)
考えれば考えるほど、迷路に入り込むようだ。
翔生に戻ったきっかけは、あの「喝」。
あの声を思い出すだけで、後頭部のあたりがビリビリと痺れる。
(あの“喝”って悪霊退散とかに使うやつやろ……ってことは、俺が翔生の体を乗っ取っとる『悪霊』側なんか?)
悪霊……つまり、死んでいるのは、自分の方なのか――。
(でも……)海斗は考える。
自分がもしも翔生に憑りついた悪霊だとして、なんで死んですぐじゃなくて、五年後にタイムリープして憑依したのか。その仕組みがよくわからない。
そもそも、なんでわざわざ朝倉翔生にとりついたのかも、理由が思い浮かばない。
海斗は、鼻の下に挟んでいた鉛筆をノートの上に投げ出すと、答えの出ない問いを打ち消すように、里玖と七海の笑顔を思い浮かべた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……まあ、明日は七夕やし。里玖とまた夜デートしてもいいな)
そんな甘い考えに浸ってニヤニヤしていると、いつのまに授業が終わったのか、アキトが席にきていて、「はあ~」と机につっぷした。
アキトは顔をあげると、
「――おいショウ。さっきからニヤついとるけど、余裕やね」
呆れたような、あるいは哀れむような目でこちらを見ていた。
「へへ? 余裕って何が」
海斗は、やにさがりながらも、訊き返した。
アキトの答えはある意味センセーショナルだった。
「明日から土曜まで四日間、期末テストやん、俺準備マジ間に合わんわぁ」
「……は?」
海斗の顔から血の気が引いた。七夕のロマンチックな星空が一瞬で消え去った。
「ゲッ!!……俺も……何にもしてない」
(あのクソガキ……! 翔生に戻るなら、期末テスト受けてからチェンジしてくれればよかったのに……!)
海斗は絶望の呻きを漏らし、机に激しく突っ伏した。
里玖と過ごす甘い夜の代わりに、睡魔と記憶教科との死闘が幕を開けようとしていた。
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