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12:君を置いて(3)
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ブランチの後も、海斗は里玖の家でごろごろと、とりとめもなく過ごしていた。
七海と一緒に床に寝転がり、子供用のアニメのビデオを見ながら、ゆるやかに時間が過ぎていくのをぼんやり感じている。
「大の大人がごろごろしてていいのぉ? 留学準備とかは?」
「……今やっと、メール見たところー」
七海の頭を柔らかくぽんぽんしながらメールアプリの画面をスクロールしてみると、義母の佳乃からのメールが目に入った。
送信日は先週の月曜日。既読になっていたため、完全に見落としていたらしい。
おそらく翔生自身が目を通したのだろう。
メールには、今週の期末テストを優先し、それが終わる来週から渡航準備を本格化させましょうとあった。
準備といっても、まずは三ヶ月の観光ビザで渡航し、語学学校へ通いながらプライベートレッスンを受けるという貴族のようなプランだ。
その間に長期滞在の準備を進めるという。
渡航する飛行機も語学学校もすでに手配済み。7月 20 日に東京へ移動し、叔父の家に一泊。
翌日にニューヨークへ飛び、現地では父の部下が迎えに来て、日曜までにボストンへ送ってくれる……至れり尽くせりの内容に、海斗は「金持ちは違うな」とため息をついた。
だが、どれだけ豪華な計画でも、海斗には関係ない。
自分はその頃、この世にいないのだから。
「七海、寝ちゃったね」
里玖がアイスティーのグラスを二つ持ってリビングに戻ってきた。
七海はアニメの途中で力尽き、座布団を枕に小さく丸まって眠っている。
「り~く~……」
海斗は、ちゃぶ台の前に座ろうとした里玖に、甘えるように背後から抱きついた。
「ちょ、なに」
抱きついた勢いで、そのまま体重をかけて押し倒すようにして、二人でコルクマットの上に転がる。
「んも~……」
呆れた声を出しつつも、里玖はまったく怒っていない。
むしろ、海斗の腕の中に自然と体を預けてくる。
「この顔に慣れた?」
海斗が至近距離で覗き込むと、里玖は少しだけ照れたように視線を泳がせた。
「……少し?」
「ね……里玖……」
「……ん? どしたの?」
見つめ返す里玖の瞳は、どこまでも優しく、どこまでも無防備だった。その優しさが、海斗の胸を締めつけた。
――抱きたい。
海斗の脳内に、本能的な衝動が突き上げてくる。
あの世へ行く前に、せめてもう一度、里玖と深く繋がりたい。彼女の体温を、魂に刻みつけたい。
しかし、海斗は辛うじて自制の糸を手放さなかった。
いま、この体で彼女を抱けば、それは「里玖と朝倉翔生」が一つになることを意味する。
未成年の教え子と担任教師が関係したことが、もし万が一にでも露見すれば、彼女の名誉を、彼女の守ってきた居場所を、自分がすべて奪ってしまうことになる。
それに……再び結ばれてしまえば、来週迎える別れは、今よりも何倍も残酷なものになるだろう。自分にとっても、そして残される里玖にとっても。
「なんでもない」
そういうと、海斗は自分だけ起き上がった。
そのときだった。
ふわりと、背中に柔らかな温かさを感じた。里玖が後ろから、海斗の腕を回して抱きついてきたのだ。
「海斗……。二度と、いなくならないでね……」
背中で小さくつぶやくような声。
「……うん」
海斗は、また嘘をつく。
本当は、来週の今頃には、海斗はこの世のどこにもいないというのに。
嘘をつきながら海斗は、喉の奥まで出かかった嗚咽を必死で飲み込んでいる。
里玖は、海斗の背中にそっと額を預けながら、その背中が、ごくかすかに震えているのを感じ取っていた――。
七海と一緒に床に寝転がり、子供用のアニメのビデオを見ながら、ゆるやかに時間が過ぎていくのをぼんやり感じている。
「大の大人がごろごろしてていいのぉ? 留学準備とかは?」
「……今やっと、メール見たところー」
七海の頭を柔らかくぽんぽんしながらメールアプリの画面をスクロールしてみると、義母の佳乃からのメールが目に入った。
送信日は先週の月曜日。既読になっていたため、完全に見落としていたらしい。
おそらく翔生自身が目を通したのだろう。
メールには、今週の期末テストを優先し、それが終わる来週から渡航準備を本格化させましょうとあった。
準備といっても、まずは三ヶ月の観光ビザで渡航し、語学学校へ通いながらプライベートレッスンを受けるという貴族のようなプランだ。
その間に長期滞在の準備を進めるという。
渡航する飛行機も語学学校もすでに手配済み。7月 20 日に東京へ移動し、叔父の家に一泊。
翌日にニューヨークへ飛び、現地では父の部下が迎えに来て、日曜までにボストンへ送ってくれる……至れり尽くせりの内容に、海斗は「金持ちは違うな」とため息をついた。
だが、どれだけ豪華な計画でも、海斗には関係ない。
自分はその頃、この世にいないのだから。
「七海、寝ちゃったね」
里玖がアイスティーのグラスを二つ持ってリビングに戻ってきた。
七海はアニメの途中で力尽き、座布団を枕に小さく丸まって眠っている。
「り~く~……」
海斗は、ちゃぶ台の前に座ろうとした里玖に、甘えるように背後から抱きついた。
「ちょ、なに」
抱きついた勢いで、そのまま体重をかけて押し倒すようにして、二人でコルクマットの上に転がる。
「んも~……」
呆れた声を出しつつも、里玖はまったく怒っていない。
むしろ、海斗の腕の中に自然と体を預けてくる。
「この顔に慣れた?」
海斗が至近距離で覗き込むと、里玖は少しだけ照れたように視線を泳がせた。
「……少し?」
「ね……里玖……」
「……ん? どしたの?」
見つめ返す里玖の瞳は、どこまでも優しく、どこまでも無防備だった。その優しさが、海斗の胸を締めつけた。
――抱きたい。
海斗の脳内に、本能的な衝動が突き上げてくる。
あの世へ行く前に、せめてもう一度、里玖と深く繋がりたい。彼女の体温を、魂に刻みつけたい。
しかし、海斗は辛うじて自制の糸を手放さなかった。
いま、この体で彼女を抱けば、それは「里玖と朝倉翔生」が一つになることを意味する。
未成年の教え子と担任教師が関係したことが、もし万が一にでも露見すれば、彼女の名誉を、彼女の守ってきた居場所を、自分がすべて奪ってしまうことになる。
それに……再び結ばれてしまえば、来週迎える別れは、今よりも何倍も残酷なものになるだろう。自分にとっても、そして残される里玖にとっても。
「なんでもない」
そういうと、海斗は自分だけ起き上がった。
そのときだった。
ふわりと、背中に柔らかな温かさを感じた。里玖が後ろから、海斗の腕を回して抱きついてきたのだ。
「海斗……。二度と、いなくならないでね……」
背中で小さくつぶやくような声。
「……うん」
海斗は、また嘘をつく。
本当は、来週の今頃には、海斗はこの世のどこにもいないというのに。
嘘をつきながら海斗は、喉の奥まで出かかった嗚咽を必死で飲み込んでいる。
里玖は、海斗の背中にそっと額を預けながら、その背中が、ごくかすかに震えているのを感じ取っていた――。
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