49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

文字の大きさ
72 / 81

12:君を置いて(5)

しおりを挟む
 夕食がだいぶ進み、天ぷらの皿が空き始めた頃、里玖が意を決したように切り出した。 

「ところで……海斗は、来週からアメリカ留学に行くことになったとよね」

「え、留学? アメリカ?」

 圭子と晃が同時に驚いた声を上げる。

「そう。朝倉家で決まったことで……やむなく」

 海斗は力なく笑って見せた。

「どれくらい行くとね」

「えーと、まずは三……いや、結構長期になりそうやな。二、三年くらいかな」 

 里玖の目が、わずかに違和感を含んで見開かれた。

「いつ出発するとね」

「それが……今週末なんよね」

「え~っ」

 驚く両親の声がそろった。

「それはまた急な……」

「そう。ほんと急なんよ。まいるわ。まったく金持ちの家の考えること、よくわからん」

「せっかくその顔にも慣れてきたのに……さみしくなるねえ」

 圭子が寂しげに眉を下げる。

「まあ……海斗は自衛隊におるときも、何か月も護衛艦に乗っとったし、心配することはないんやろうけどな」

 晃は気を取り直すように、コップに残ったビールをぐいとあおった。

「う、うん……だから、団地まつりは手伝えん。ごめん」

「いや、それはいいんやけど……体には気を付けるんよ」

 圭子は、コップの水滴を指でそっと拭いながら、今は別人の顔になった息子の顔を、それでもいとしげに見つめた。

「……うん」

 ――返事をする海斗のまばたきが、いつもより明らかに多い。

 里玖はそれを黙って見つめていた。



 食事が終わって外に出ると、藍色の空が広がる夏の宵になっていた。

 陽が落ちても熱気は地面に居座り、空気はねっとりと生暖かい。

 「ぱぱ、一緒にお風呂入ろ!」

 七海が海斗の手をぎゅっと握る。

 帰らなければいけない気持ちと、せめてもう少し里玖と七海と一緒にいたい気持ちが、胸の中でせめぎ合う。

 だが、七海の小さな手に引っ張られた瞬間、海斗の中で“帰る”という選択肢は消えた。

「里玖、仕事大丈夫?」

「……うん。今日は休みだから。休日はゆっくり休むよ。だから七海とお風呂入っていけば?」

「うん。でも暑いから、帰るころにはまた汗びっしょりになりそうだけど」

 そう言いながらも、海斗の足はすでに里玖の家へ向かっていた。



「暑いから、お湯ぬるめにしといたからね」

 里玖はそう言いながら、七海の衣服を器用に脱がせていく。

 横で海斗も服を脱いでいると――。

「あ……」

 里玖と目が合った。そっぽを向いた里玖の頬が、みるみる赤く染まっていく。

「ご、ごめん」

 海斗は慌ててタオルを腰に巻き、風呂場に飛び込んだ。

(……朝倉翔生くんの体なこと、忘れとった)

 照れ隠しに、海斗はガラス扉の向こうの里玖に声をかける。 

「里玖も一緒に入らん?」

「入らないよー。お風呂場狭いし、見せるような体じゃないし」

 予想通り、聞き慣れたつれない返事。けれど、その日常の響きさえ、今は宝物のように聞こえた。

 代わりに、七海が裸んぼで駆け込んできた。



 湯船の中で、空気を含んだタオルを丸くなるように絞る。

「ほら、てるてるボーズ!」

「わあ。僕もやる……ぱぱ、泣いとうと?」

 湯船の中で遊びながら、海斗の頬を熱いものが伝っていた。 

「いや、泣いとらんよ……お湯が目に入ったと。そら!」

 海斗は慌てて七海に向かってお湯をばしゃっとかけ、笑顔を取り繕った。

 七海が「きゃあっ」とはしゃいで、全力でやり返してくる。

「よし、いい具合に髪も濡れたな。じゃあシャンプーしちゃろ」

「シャンプーやだ」

「やだじゃない。ちゃんと洗わないと、頭にカビが生えるぞ」
 
 海斗から抱え上げられるようにして湯船から出た七海は、神妙に台に腰掛けると目をぎゅっとつむった。

 海斗はシャンプーを泡立てた手のひらで、七海の小さく柔らかい頭を包み込んだ。

 片手で包めるほど小さな頭。細くて柔らかい髪。自分と里玖の血を分けた、愛おしい命。 

 この子の頭を洗ってやれるのも、これが最後かもしれない。そう思うと、また視界が滲んだ。

「……ぱぱ?」

 泡だらけの頭で振り返った七海に、海斗は泡のついた手で目を拭いながら言った。 

「うわ、しみる。シャンプーしみるわ、これ。めちゃ強力やな」 

そう言って、無理やり声を上げて笑った。



「ほい、いっちょあがり。里玖ー、七海出るよー」

「はーい」

  浴室の扉が開き、湯気をまとった七海を里玖がバスタオルで包み込む。

「暑いね~、扇風機の前にいこっか」 

「まま~……」

 里玖は冷やしておいた子供用の保湿ローションを、七海の全身にピタピタと叩き込む。

「なあに?」

「ぱぱ、泣いとった」

里玖の手が、一瞬止まった。 

「……なんで泣いとったと?」

「シャンプーがしみたってゆっとった」

 里玖は再び手を動かし、七海にパジャマを着せた。

「それは痛いねえ……ちゃんと目閉じないとね」



 数分後、海斗が上気した顔で風呂から上がってきた。

「……あつ~。やっぱ湯船入ると暑いわ」

「はい、ウーロン茶。ビールがよかった?」

「ビール飲みたいけど……未成年だからウーロンもらうわ」

 海斗はグラスを受け取り、一気に飲み干した。  

 里玖は、そんな海斗を真っ直ぐに見つめると、問いかけた。

「……さっきは、なんでビール飲んだと?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...