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12:君を置いて(6)
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「……さっきはなんでビール飲んだと?」
ウーロン茶のグラスを置こうとした海斗の手が、ぴたりと止まった。
「え……」
言いよどむ海斗を、里玖は逃がさなかった。
「それに、留学の出発日。来週の二十日じゃなかったと?」
――しまった。
担任教師である里玖に、留学の日程が事前に伝えられていることを、完全に忘れていた。
「それは……その。留学の準備が忙しくなりそうやけん、団地まつりの手伝いは無理かなと思って……」
「うそ!」
里玖の鋭い声が、海斗の苦しい言い訳を断ち切った。
「……まま~」
そのとき、不安そうな七海の声が響き、里玖はハッとして我に返った。
「ぱぱと、けんかしないで」
「……大丈夫。喧嘩なんかしとらんよ。さ、七海、歯磨いて寝ちゃおう」
「ぱぱは……?」
うるんだような小さな黒い瞳が海斗を見上げる。幼いながらも懇願するような視線だ。
「ぱぱも一緒に寝るから、大丈夫だよ」
海斗が七海の頭を撫でながら優しく言い聞かせると、ようやく七海は小さな頷きを返した。
それから七海の歯磨きを済ませ、三人は川の字になって横になった。
照明を落とした暗がりの中で、七海が寝付くのを待つ。
七海はすぐに眠りに落ち、静かな寝息を立て始めた。
その寝息の向こうで、里玖が海斗をじっと見つめていた。
その強い視線に耐えきれず、海斗は視線を七海の丸い頬へと逃がした。
「海斗……なんか隠しとうよね」
低い、逃げ場のない声。
海斗は「何も」と否定しようとしたが、言葉が喉に張り付いた。今ここで声を出せば、その震えですべてを白状してしまう。
「なんで……なんで黙っとうと? 私に……言えんことなん?」
沈黙が長く続くほど、それは答えとなって里玖を追い詰めていく。 里玖の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく気配がする。
「海斗……。まさか……」
里玖の声が、恐怖で震えだす。
「……いなくなる、つもりなん?」
海斗は落とした視線を上げられなかった。胸が締め付けられ、肺から空気が消えていくような息苦しさと静かに格闘している。
里玖は震える声で続けた。
「おじさんやおばさんを見るとき……最後のお別れみたいな顔しとった……」
涙をこぼしながら、里玖は海斗の頬にそっと触れた。
「海斗……お願いやけん……ほんとのこと、言って」
その手の温かさに、海斗は嘘の限界を知る。
「……里玖……」
絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「俺は……もう……長くおれん」
里玖の瞳が大きく見開かれ、また新しい涙が落ちた。
「……どういうこと……?」
海斗は言葉を飲み込んだ。
言えば、すべてが終わる。
言えば、里玖を泣かせる。
言えば、里玖の世界を壊す。
……でも、もう隠せない。
「……あと、一週間しか……里玖のそばにおれん」
里玖は息を呑んだ。
「なんで……なんでそんなこと言うと……海斗……死ぬみたいなこと……」
海斗は目を閉じた。
「俺は、あと一週間で……あの世に行くんだって」
ウーロン茶のグラスを置こうとした海斗の手が、ぴたりと止まった。
「え……」
言いよどむ海斗を、里玖は逃がさなかった。
「それに、留学の出発日。来週の二十日じゃなかったと?」
――しまった。
担任教師である里玖に、留学の日程が事前に伝えられていることを、完全に忘れていた。
「それは……その。留学の準備が忙しくなりそうやけん、団地まつりの手伝いは無理かなと思って……」
「うそ!」
里玖の鋭い声が、海斗の苦しい言い訳を断ち切った。
「……まま~」
そのとき、不安そうな七海の声が響き、里玖はハッとして我に返った。
「ぱぱと、けんかしないで」
「……大丈夫。喧嘩なんかしとらんよ。さ、七海、歯磨いて寝ちゃおう」
「ぱぱは……?」
うるんだような小さな黒い瞳が海斗を見上げる。幼いながらも懇願するような視線だ。
「ぱぱも一緒に寝るから、大丈夫だよ」
海斗が七海の頭を撫でながら優しく言い聞かせると、ようやく七海は小さな頷きを返した。
それから七海の歯磨きを済ませ、三人は川の字になって横になった。
照明を落とした暗がりの中で、七海が寝付くのを待つ。
七海はすぐに眠りに落ち、静かな寝息を立て始めた。
その寝息の向こうで、里玖が海斗をじっと見つめていた。
その強い視線に耐えきれず、海斗は視線を七海の丸い頬へと逃がした。
「海斗……なんか隠しとうよね」
低い、逃げ場のない声。
海斗は「何も」と否定しようとしたが、言葉が喉に張り付いた。今ここで声を出せば、その震えですべてを白状してしまう。
「なんで……なんで黙っとうと? 私に……言えんことなん?」
沈黙が長く続くほど、それは答えとなって里玖を追い詰めていく。 里玖の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく気配がする。
「海斗……。まさか……」
里玖の声が、恐怖で震えだす。
「……いなくなる、つもりなん?」
海斗は落とした視線を上げられなかった。胸が締め付けられ、肺から空気が消えていくような息苦しさと静かに格闘している。
里玖は震える声で続けた。
「おじさんやおばさんを見るとき……最後のお別れみたいな顔しとった……」
涙をこぼしながら、里玖は海斗の頬にそっと触れた。
「海斗……お願いやけん……ほんとのこと、言って」
その手の温かさに、海斗は嘘の限界を知る。
「……里玖……」
絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「俺は……もう……長くおれん」
里玖の瞳が大きく見開かれ、また新しい涙が落ちた。
「……どういうこと……?」
海斗は言葉を飲み込んだ。
言えば、すべてが終わる。
言えば、里玖を泣かせる。
言えば、里玖の世界を壊す。
……でも、もう隠せない。
「……あと、一週間しか……里玖のそばにおれん」
里玖は息を呑んだ。
「なんで……なんでそんなこと言うと……海斗……死ぬみたいなこと……」
海斗は目を閉じた。
「俺は、あと一週間で……あの世に行くんだって」
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