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「俺は、あと一週間で……あの世に行くんだって」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一気に氷結したようだった。
里玖は息を吸い込んだまま動かず、海斗の顔を見つめたまま固まっていた。部屋には扇風機の低い唸りだけが響いている。
「どういう、こと……?」
次の言葉が出てくるまで長い間が空いた。
里玖は、七海を脇に移動させると、より近くで話を聞こうと、海斗の隣に寄り添った。
もう逃げられない。
「俺は、実はもう死んでいて……」
海斗は、安光からきいた自分のこれからを一つずつ紡ぎ出すように説明した。
――沖島海斗は、五年前に死んでいること。
でも、なぜか霊魂だけが消えずに、なぜか五年後の 2027 年にバイク事故で意識不明になった朝倉翔生の体に憑依していること。
ただその憑依は、四十九日のみの限定になること……。
「俺が 2027 年に来たのが……5月 30日。だから……7月17 日までしか、おれんらしい。18 日になったら……俺は、あの世へ旅立つげな」
里玖が息をのんで、目を見張っているのが、薄闇に浮かび上がる白目の形でわかる。
海斗は、その緊張感に耐えられず、「はっ」とわずかに吐息で笑って見せた。
そうでもしないと、ぐちゃぐちゃに崩れてしまいそうで。
「……そんな……」
里玖の声が、絞り出すように漏れると同時に、海斗は胸で柔らかな重みを受け止めた。里玖が胸に飛び込んできたのだ。
「……せっかく、また会えたのに」
里玖が海斗にしがみついてくる。胸に顔を埋めているので、顔は見えないけれど、肩口が小刻みに震えているのが伝わる。
海斗は里玖の震える体を強く抱きしめた。やがて抱きしめた力で押し出されるように、海斗の目にも熱い涙があふれてきた。
「……いやだ。海斗……いかないで」
里玖が声にならない声で、嘆願する。「いきたくない」と答える代わりに海斗は、涙と共に里玖を抱きしめるしかできない。
骨が折れそうなほど、きつく抱きしめられた里玖は、海斗が震えているのを感じた。そして彼の無念が心に刺さった。
やっとお互いを認識できて、これからだと思っていた――。これからだと。
希望を摘み取られた悲しみに、二人は声を殺して震えながら、抱き合って涙を流した。
七海の寝息と、まわる扇風機の音に、ときどき嗚咽が混じる――。
どれほど泣いたのか、わからない。
やがて里玖が、震える指で自らの涙を拭った。
彼女は海斗の腕の中で顔を上げると、鼻をすすった。
「でも……」
震えるかぼそい声ながら、里玖は海斗の瞳を見据えて言った。
「五年前、あのまま……海斗が逝ってしまわなかったけん……七海に会えたんよね」
「里玖……」
ときどき鼻をすすりながらの里玖の言葉は、悲しみの闇に覆われていた海斗の心に、ふいに思いがけない角度から光が差し込んだようだった。
「もし、あのまま死んでしまってたら、七海は一度もパパに会えなかったってことやん」
海斗にとっては、”死んだ”自覚がないまま、朝倉翔生になっていたから、里玖のその言葉は新鮮だった。
海斗は目を見開いた。
「悲しいよ。悲しいに決まっとる。でも、これって……神様がくれた四十九日の奇跡みたいなもんやん」
里玖の言うとおりだ。本来だったら、五年前のあの誤射で、死んだかどうかも自覚できないまま、海の藻屑と消えていたはずの自分。
それがこうして里玖に会えて、自分の子の七海にも会えて、さまざまな生きる喜びを味わうことができた。
「……だったらさ、残りの一週間、いっぱい楽しもうよ。思い出をいっぱい作ろう」
痛ましさを残した泣きはらした顔で作る笑顔。だけどそれは暗がりでも、ぼんやり光っているようにさえ見える。
「里玖……」
海斗はもう一度、里玖を抱き寄せると、強く抱きしめる。
「お互い……笑ってる顔を思い出に、お別れできるように……最後まで」
そういいながらも、腕の中の里玖が、再び涙する気配があった。
夏の夜の静けさの中で、二人はしばらく、ただ抱き合って泣き続けた。
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一気に氷結したようだった。
里玖は息を吸い込んだまま動かず、海斗の顔を見つめたまま固まっていた。部屋には扇風機の低い唸りだけが響いている。
「どういう、こと……?」
次の言葉が出てくるまで長い間が空いた。
里玖は、七海を脇に移動させると、より近くで話を聞こうと、海斗の隣に寄り添った。
もう逃げられない。
「俺は、実はもう死んでいて……」
海斗は、安光からきいた自分のこれからを一つずつ紡ぎ出すように説明した。
――沖島海斗は、五年前に死んでいること。
でも、なぜか霊魂だけが消えずに、なぜか五年後の 2027 年にバイク事故で意識不明になった朝倉翔生の体に憑依していること。
ただその憑依は、四十九日のみの限定になること……。
「俺が 2027 年に来たのが……5月 30日。だから……7月17 日までしか、おれんらしい。18 日になったら……俺は、あの世へ旅立つげな」
里玖が息をのんで、目を見張っているのが、薄闇に浮かび上がる白目の形でわかる。
海斗は、その緊張感に耐えられず、「はっ」とわずかに吐息で笑って見せた。
そうでもしないと、ぐちゃぐちゃに崩れてしまいそうで。
「……そんな……」
里玖の声が、絞り出すように漏れると同時に、海斗は胸で柔らかな重みを受け止めた。里玖が胸に飛び込んできたのだ。
「……せっかく、また会えたのに」
里玖が海斗にしがみついてくる。胸に顔を埋めているので、顔は見えないけれど、肩口が小刻みに震えているのが伝わる。
海斗は里玖の震える体を強く抱きしめた。やがて抱きしめた力で押し出されるように、海斗の目にも熱い涙があふれてきた。
「……いやだ。海斗……いかないで」
里玖が声にならない声で、嘆願する。「いきたくない」と答える代わりに海斗は、涙と共に里玖を抱きしめるしかできない。
骨が折れそうなほど、きつく抱きしめられた里玖は、海斗が震えているのを感じた。そして彼の無念が心に刺さった。
やっとお互いを認識できて、これからだと思っていた――。これからだと。
希望を摘み取られた悲しみに、二人は声を殺して震えながら、抱き合って涙を流した。
七海の寝息と、まわる扇風機の音に、ときどき嗚咽が混じる――。
どれほど泣いたのか、わからない。
やがて里玖が、震える指で自らの涙を拭った。
彼女は海斗の腕の中で顔を上げると、鼻をすすった。
「でも……」
震えるかぼそい声ながら、里玖は海斗の瞳を見据えて言った。
「五年前、あのまま……海斗が逝ってしまわなかったけん……七海に会えたんよね」
「里玖……」
ときどき鼻をすすりながらの里玖の言葉は、悲しみの闇に覆われていた海斗の心に、ふいに思いがけない角度から光が差し込んだようだった。
「もし、あのまま死んでしまってたら、七海は一度もパパに会えなかったってことやん」
海斗にとっては、”死んだ”自覚がないまま、朝倉翔生になっていたから、里玖のその言葉は新鮮だった。
海斗は目を見開いた。
「悲しいよ。悲しいに決まっとる。でも、これって……神様がくれた四十九日の奇跡みたいなもんやん」
里玖の言うとおりだ。本来だったら、五年前のあの誤射で、死んだかどうかも自覚できないまま、海の藻屑と消えていたはずの自分。
それがこうして里玖に会えて、自分の子の七海にも会えて、さまざまな生きる喜びを味わうことができた。
「……だったらさ、残りの一週間、いっぱい楽しもうよ。思い出をいっぱい作ろう」
痛ましさを残した泣きはらした顔で作る笑顔。だけどそれは暗がりでも、ぼんやり光っているようにさえ見える。
「里玖……」
海斗はもう一度、里玖を抱き寄せると、強く抱きしめる。
「お互い……笑ってる顔を思い出に、お別れできるように……最後まで」
そういいながらも、腕の中の里玖が、再び涙する気配があった。
夏の夜の静けさの中で、二人はしばらく、ただ抱き合って泣き続けた。
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