49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

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13:残された時間(3)

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 7月 17 日。
 海斗にとっての「四十九日目」、この世にいられる最後の日がやってきた。 

 空は突き抜けるように青く、朝から蝉の声が激しく降り注いでいる。

 海斗と里玖、そして七海の三人は、『最後の思い出づくり』として、朝一番で水族館「アクアワールド」へとやってきた。

 入館するなり、七海が「あざらしさん!」と興奮気味に声を弾ませる。 

 七海は、アザラシへの餌やり体験を、とても楽しみにしていた。

 しかし、実際にプールで泳ぐアザラシを目の前にすると、その大きさに少し怖くなったらしい。

 バケツに入った小魚を手にした七海は、アザラシの名前を呼んではみるものの、アザラシが近づくと「きゃあっ」と飛びのいてしまった。

 アザラシは「え~、くれないの~?」と大きな黒い目で訴えて、水中にもぐってしまった。

「ほら、七海。手を伸ばして……そうそう。アザラシさんの近くにお魚落としてあげり」

 しまいには、海斗も一緒に七海の腕を支えてやり、再度トライ。

 水面に落とした餌の魚を、パクっとキャッチするようにアザラシが食べた。

「ぱぱ、みて! たべてるよ!」

 海斗を振り返った七海は、得意げに満面の笑みだ。

 メインイベントのイルカ・アシカショーでは、あえて前方の「びしょ濡れゾーン」に陣取った。

 湾ごしに福博の街を遠く望む野外プールは、海風が入るとはいえ、午前の段階でかなりの暑さだ。待っている間に汗ばんでくる。

「海斗は、本当にカッパ着ないでいいと?」

 カッパを着た里玖が、海斗を振り返る。

「七海が濡れたいって言ったんやけん、俺も覚悟決めんと。それに暑いし」

「ぱぱもぬれると?」

「もちろん」

 ショーが始まると、イルカが豪快に水を跳ね上げる。

「きゃーーーっ!!」
「つめたっ!」
「ぱぱ、びしょびしょー!」

 水しぶきどころではない、大波のような大量の水が一気に三人を襲った。

 三人は顔を見合わせ、子供のように声を上げて笑い転げた。

 びしょ濡れの七海をトイレで着替えさせると、三人は大水槽の前に立った。

 光が透ける青い水の中を、魚たちは鱗を光らせながらゆったりと泳いでいる。

 「……あのクエ、いい具合に脂が乗ってそうやん。薄造りにしてポン酢でいったら最高やね。そっちのアジは、なめろうにしたら最高の酒の友やん」

 「もう、海斗。水族館で献立を考えんといて~」

 里玖が笑い、七海も「ぱぱ、たべちゃだめー」と真似して怒る。

「しかし、さっむ」

 濡れたままの海斗は、館内のエアコンに震え上がった。

「当たり前やん。濡れたまんまだし。風邪ひくよ……あそこで Tシャツ買ってきいよ」

 里玖はショップを指さした。

「……もったいないよ。今日で、いなくなるのに」

「バカ。今それ言わんでよ。もう。……ちょっと七海みといて」

 里玖はそういうと、一人でショップへ歩いて行ってしまった。

 しばらくして戻ってきた里玖の手には、Tシャツがあった。

「ほら。着替えてき。海斗がいなくなったら、あたしが着るけん」

「里玖……」

 Tシャツを握りしめて、海斗は里玖を見つめた。里玖は

 「海斗の解説きいてたらお腹すいちゃった。さっさと着替えて昼ごはんにしよ」

 と、歩き出している。揺れる青い光の中をわざとそっけなく歩く、里玖の後ろ姿。海斗を笑顔で見上げる七海も、揺らめく青に染まっている。

 今日でこの世と別れるなんて、海斗はまだ実感がわかない。



 昼食は、水中を泳ぐイルカの姿を眺められる名物レストランにした。
 
 イルカプール越しに光が差し込む幻想的な空間で、三人は寄り添うようにして食事を楽しむ。

「ぱぱ、イルカさん、こっちきた!」

「ほんとやな。七海に挨拶しにきたんやね」

 七海はスプーンを握ったまま、イルカに向かって一生懸命手を振る。

 目の前の大きな水槽の中で、二頭のイルカが勢いよく横切っていく。

 親子なのか、大きなイルカとやや小さなイルカは、寄り添ってシンクロするように同じように泳ぐ。

 海斗は、自分の皿から七海へ、七海が好きな具材をそっと移してやった。 

「……里玖、ありがとな」

「ん? T シャツならいいって。私が欲しいのを買ったけん」

 ――そういう意味じゃないんだけどな。海斗は、ふっと笑うと

「おかげで、♪少しも寒くないわ~」

 と冗談めかして歌った。

 * * *

 午後。
 夕方の開店準備に合わせて、三人は沖島食堂へと戻ってきた。

「じゃあ、私は七海をお風呂に入れてから、また後で来るけん」 

 里玖はそう言って、一度団地へ戻っていった。



 ――これが、最後の仕込み。  

 海斗は、慣れ親しんだ包丁を握り、黙々と野菜の下ごしらえに集中するよう努力した。

 醤油や揚げ油の香り、玉ねぎを炒める賑やかな音。

 すべてこれが最後、と意識しまうと熱いものが目にこみ上げてきそうになるから。
 
 横では、波多野がいつものようにテキパキと動いている。

「波多野さん」

 海斗は、手を止めずに声をかけた。

「……沖島食堂のこと、よろしくお願いします。父と母を、支えてやってください」  

 波多野は手を止め、少し訝しげに海斗を振り返った。

「なんだそれ。もう二度と帰ってこないみたいな言い方やん」

 海斗は一瞬だけ言葉に詰まって手を止めた。すべてを打ち明けてしまいたい衝動が、一瞬だけ脳裏をかすめていった。

「……いや。留学が長いから。それだけっす」

「なんだ、任せろ」

 波多野は、豪快に笑うと、海斗の背中をバンバンと叩いた。

――三連休初日の今日も、沖島食堂は大入り盛況だった。店の外には行列が出来るほどだった。

 てんてこまいだった営業もやがて終わり、店の灯りが落とされる。

 いつもどおり、父と母、波多野、そして里玖と七海を交えての遅めの夕食をかねての反省会……だが、今日は海斗が留学前ということで、和食メニューの中でも特に海斗の好物が食卓に並んだ。

 圭子のにんにくが効いた唐揚げ、晃秘伝の魚のみそ焼き、波多野特製のふわっふわのだし巻き。

 どれも海斗が大好きな日本の味だった。

「さあ、海斗。アメリカに行ったらこんな和食は食べられんけん。しっかり食え」

  晃が嬉しそうにビールを注いでくれる。

「……うん。いただきます」 

 こんがり焼けた魚のみそ焼きは、甘めの味噌が染みたクリスピーな皮に、ほろりと柔らかい身が絶品だ。

「海斗、アメリカでもしっかりね。応援しとるけんね」
「うん。がんばる」

 海斗は笑って答えたが、胸の奥は張り裂けそうだった。それをこらえるために、よく食べてよく飲んだ。

 そんな切ない海斗の胸の内は、誰も気づかない。ただ一人、里玖を除いて。

 あと3時間。

 今日が終われば、自分という魂は、この温かな場所から消えてしまう。

 けれど、この味も、家族の笑顔も、自分がここに生きた証として、ずっと続いていくのだ。   

 里玖は、海斗の横顔を見つめながら、テーブルの下で静かに手を握ってきた。

 その手の温度が、海斗の胸に深く深く染み込んでいった。

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