49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

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13:残された時間(5)

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 時計の針が、23 時 30分を指した。

 部屋の中は、エアコンの静かな風音と、七海の寝息だけが流れている。

 その静けさの中で、里玖は海斗を見つめている。泣き出しそうな顔で、でも必死に笑顔になろうとしている。

「……そろそろ行くわ」

 その一言を口にするまでに、海斗は何度も逡巡した。やっとのこと言葉にした瞬間、大事な何かを自ら引き裂いた痛みが確かにあった。

 立ち上がった海斗は、背中に柔らかい重みを感じた。

「行かんどいて」

 背中から回された腕は細いのに、驚くほど強かった。

「私を一人にせんで……海斗」
「里玖……」

 海斗は動けなかった。里玖の額が背中に触れ、震えが伝わってくる。

 しばらく、二人はそのまま立ち尽くした。時間が止まってほしい――同じ思いを抱いていた。

「……て、ごめんね」

 涙をぬぐいながら体を離したのは里玖からだった。

「行きたくないのは、海斗のほうなのに……」

 里玖は、新しい涙を流しながらも、言った。

「海斗……大好きだよ」

 その顔を見てしまったら海斗も、もう涙を止めることはできない。自らの頬を温かい涙が何筋も伝うのを感じた。

「俺も。里玖と出会えて……幸せやった」
「私も、海斗に会えてよかった」

 幸せなまま、二人で生きたかった。二人で年を取っていきたかった。いや、もしたとえ不幸が待っているとしても、二人で乗り越えたかった。

 でも海斗は、里玖を一人で置いていかなくてはならない。里玖の未来に、海斗は二度と寄り添えないのだ。

「……里玖。俺がいなくなっても……幸せになれよ」

 里玖は笑顔のまま、また、ぽろぽろと涙をこぼした。

「それは無理……」

 里玖は首を振り、唇を噛んだ。

「海斗のバカ」

 そして、もう一度しがみついてきた。しがみつきながら海斗のバカ、バカと、胸をたたいた。

 叩かれる胸板の痛みが、海斗には“生きている証”のように感じられた。

 そして里玖にとっても、その弾力こそが“海斗がまだここにいる証”だった。

―― 23 時 40 分。

 スマホが震え、着信音が鳴った。タクシーが到着したのだ。

「……行って」

 里玖は泣きながら言った。

「里玖……ごめん」

 里玖は首を横にぶんぶん振った。

 海斗は後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら玄関へ向かった。

 靴を履き、ドアノブに手をかけた、その瞬間――

「海斗」
「えっ」

 それは一瞬だった。頬に一瞬柔らかい感触。里玖が海斗の頬に口づけを残したのだ。

「……バイバイ、海斗」

 気が付くと、里玖は体を離して、涙を流しながら小さく手を振っていた。

「里玖……」
「ほら、行って。タクシー待っとるけん」

 里玖は海斗の背中を押した。

 海斗は振り返り、振り返り、階段を下りていく。強力な磁石のような未練が海斗を繰り返し振り返らせる。

 ようやく、タクシーに乗り込む直前。

「海斗!」

 呼ばれて見上げると、里玖が階段の踊り場から身を乗り出して手を振っていた。

 海斗はあふれる涙を手で拭い、震える手で、ゆっくりと振り返した。

――さよなら。里玖。

 走り出したタクシーの中で、海斗は声を立てないように泣いた。

 窓の外の夜景が、涙でぼやけて流れていく。

 それを遮るようにゆっくり目を閉じる。最後の瞬間まで里玖を思い出していたかった。



 里玖は、タクシーが見えなくなるまで見送った。涙をぬぐうこともせずに。

(行っちゃった……)

 夜空に向かって、ひとつため息をつく。北側の空からは満月は見えない。

 コンクリの階段を上がる足が重い。サンダルがパタ、パタ、と音を立てる。

 部屋に戻ると、海斗が口にしたペアのマグカップが、テーブルにそのまま残っていた。

 里玖は海斗が座っていた席に座り、マグカップを両手で包み込むようにして――また泣いた。スマホの時刻を見る。

 今、23 時 53 分。海斗はまだ海斗。

 里玖は、すっかり冷めた紅茶を海斗のマグカップで口にした。

 部屋のどこかから聞こえる、時計の秒針の音が、海斗の命を削っていく音のように思える。

 里玖は、息を殺して、やがてくるその時を恐れた。 

 と、七海が寝返りをうち、タオルケットをはねのける。

 里玖はそっとかけ直し、額をなでた。

 そして。握りしめていたスマホの中で、時計が、午前零時を告げた。
 世界から、海斗という存在が消えてしまったのだと思った。

――さよなら。海斗。

 里玖はぎゅっと目をつむった……。



 それから3分もしないうちに、握りしめたスマホからメッセージの通知音が鳴った。

 まさか。はやる心で、里玖はメッセージアプリを開いた。朝倉祥生の表示。

-『海斗です。まだ生きてるんだけど』

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