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修道女、これはちょっと駄目なやつじゃないかと思う
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メイラはぽかんと開いた唇を扇子の後ろに隠していたが、アナベルのひそかな咳払いに我に返って顔面から血の気を失せさせた。
慌てて立ち上がり、相手の胸あたりまでしかない顔で必死に上を向いて。
「へ、陛下!」
礼を取ろうにも、距離が近すぎてできない。
混乱するメイラに何を思ったのか、陛下はぬっとその逞しい両手を差し出してきた。
意味が理解できずにいるうちに、両脇に手を差し込まれひょいと抱き上げられた。
「ひうっ、え? え?」
背筋を這い上がってきたくすぐったさに淑女らしからぬ声が零れたが、誰も気にする者はいなかった。
いや、もしかしたら陛下は面白く思われたのかもしれない。メイラを目の高さでぶら下げたまま、男性的なその唇をわずかにほころばせた。
「先ほどぶりだな、妃よ」
そしてあろうことか、寸前までメイラが座っていたソファーに腰を下ろし、その膝の上に彼女を置いたのだ。
「晩餐をともにと思って参ったが、急ですまぬ」
耳元に、低く太い声が響く。
「ほんに急でございますね、陛下。女性には身支度というものがございますのに」
「そのままの服装でよい。腹が減った」
アナベルのやんわりとした苦言に、陛下はまったく堪えた様子もなく笑う。
その息が耳たぶにかかり、メイラはカチンとその場で固まった。
逞しい男の腕が脇から腹部に絡まっている。腹の上に置かれた手は大きく、力強い。
「あ、あの陛下」
くすぐったさに耐えている場合などではなかった。
恐れ多くも皇帝陛下の膝の上に座らされているという、この状況を何とかしなければならない。
「なんだ」
陛下の長い指が、さわり、と脇腹を撫でる。
メイラは悲鳴を上げそうになったものの、必死に堪えた。
「っ……お、おろして下さいませ」
「……ほう」
「あの、あの……恥ずかしゅうございます」
「我が膝の上が不服か?」
「ち、違います。そうではなく……あっ」
陛下のお顔は背後にいらっしゃるので見えない。
しかし、尾てい骨を震わせるような低い含み笑いに、その機嫌よさが知れる。
ご機嫌なのは良い。楽しそうで結構なことだ。向いの椅子にでも座らせてくれたら、お付き合いするのもやぶさかではない。いや椅子などと贅沢なことは言わない。ずっと立たされていてもいい。
「だ、駄目です、あ……あ……」
メイラの腰など一掴みであろう大きな手が、戯れるように腹を、腰を撫でる。
「お許しください、んっ……あっ」
「なるほど」
「ひっ」
片腕で抱き込むように拘束が強まり、腹の上にあった手が腰まで伸びた。
「やあっ」
ゆっくりと、その指が脇腹から上の方へと滑った。
「……愛いことだ」
低い声が耳たぶを嬲った。
ぞくぞくっと制御できない震えが背筋を這い上がる。
「臥所へ参るか? 妃よ。隅々までくすぐってやろう」
「駄目です駄目です駄目です!」
もう耐えるのも限界になって、無礼と知りつつその太い手首をつかんだ。
身をよじって膝の上から逃げようとしてみたが、鍛え上げられた陛下の腕はびくともしない。
「意地悪しないでくださいませ!!」
一生懸命手を突っ張り、固い胸をぎゅうぎゅうと押した。
「暴れるな。危ないだろう」
ふう、と甘い呼気が耳の穴に吹き込まれる
「陛下っ」
「あらまあ、仲のよろしいこと」
陛下のぶんのお茶を入れていたアナベルが、ころころと笑った。
メイラはそこで初めて、室内には自分たち以外の人間がいたことを思い出す。
はっと見回してみると、アナベル以外にもメイドたち三人、近衛騎士たち五人。計八人もの男女がものすごい無表情で控えている。
しかも廊下へ続く扉は今ようやく閉められようとしているところで、その向こうにも複数の騎士たちの背中が見えた。
羞恥のあまり、メイラの頭の中から論理的な思考能力が抜け落ちた。
すがるように見回した中で、唯一視線を合わせてくれた人物に涙の幕の張った目を向ける。
「……たっ、助けてアナベル!」
「ほう、我が腕の中に在るにも関わらず、他の者にすがるのか?」
「だからその無駄にいい声やめてっ」
大声でそう叫んだ瞬間、メイラはざっと全身から血の気が引くのを感じた。
付け焼刃のお嬢さま言葉が剥がれ落ち、あまりにも無礼な物言いをしてしまったからだ。
「も、申し訳ございませ……」
即座に謝罪しようとしたが、身体に回っていないほうの手で顎を持ち上げられて言葉が途切れた。
「よい声か?」
低音の美声が、耳朶を震わせる。
「そう言われたのは初めてだな」
陛下が笑っている。くつくつと、肩を震わせて。
唇が頬に触れた。耳に近い部分、頬骨の下あたりに。
「そなたの声ももっと聞きたい。わたしのために囀ってくれ」
「……っ」
さすがは陛下。三十人もの側妾を持つ方だ。メイラのような美しくも可愛らしくもない妃にまでこの扱い、過分すぎる。
だがその手でワキワキと腰を触らないでほしい! 耳に息を吹きかけないでほしい!!
遊ばれているのか? 揶揄われているのか?
ひくり、と嗚咽が喉から零れた。じんわりと涙が視界を潤ませる。
「……晩餐は後にするか?」
つ、とその目じりに武骨な指が触れた。
メイラははっと息を詰め、陛下の男性的に整った貌を見上げた。
夜だからか瞳孔の黒い部分が広がり、瞳の色が濃く見える。
そこに、とろりとした情念を見た気がして、いまだ生娘であるメイラは心臓を跳ねさせた。
「食べます食べたいですお腹がすきました」
「そうか」
美しい瞳が、ゆっくりと細められる。
「……そなたを喰うのも良かろうと思ったのだがな」
陛下が笑う。まるで肉食獣のような表情で。
メイラは震えあがった。
己が捕食される獲物になった気がした。
慌てて立ち上がり、相手の胸あたりまでしかない顔で必死に上を向いて。
「へ、陛下!」
礼を取ろうにも、距離が近すぎてできない。
混乱するメイラに何を思ったのか、陛下はぬっとその逞しい両手を差し出してきた。
意味が理解できずにいるうちに、両脇に手を差し込まれひょいと抱き上げられた。
「ひうっ、え? え?」
背筋を這い上がってきたくすぐったさに淑女らしからぬ声が零れたが、誰も気にする者はいなかった。
いや、もしかしたら陛下は面白く思われたのかもしれない。メイラを目の高さでぶら下げたまま、男性的なその唇をわずかにほころばせた。
「先ほどぶりだな、妃よ」
そしてあろうことか、寸前までメイラが座っていたソファーに腰を下ろし、その膝の上に彼女を置いたのだ。
「晩餐をともにと思って参ったが、急ですまぬ」
耳元に、低く太い声が響く。
「ほんに急でございますね、陛下。女性には身支度というものがございますのに」
「そのままの服装でよい。腹が減った」
アナベルのやんわりとした苦言に、陛下はまったく堪えた様子もなく笑う。
その息が耳たぶにかかり、メイラはカチンとその場で固まった。
逞しい男の腕が脇から腹部に絡まっている。腹の上に置かれた手は大きく、力強い。
「あ、あの陛下」
くすぐったさに耐えている場合などではなかった。
恐れ多くも皇帝陛下の膝の上に座らされているという、この状況を何とかしなければならない。
「なんだ」
陛下の長い指が、さわり、と脇腹を撫でる。
メイラは悲鳴を上げそうになったものの、必死に堪えた。
「っ……お、おろして下さいませ」
「……ほう」
「あの、あの……恥ずかしゅうございます」
「我が膝の上が不服か?」
「ち、違います。そうではなく……あっ」
陛下のお顔は背後にいらっしゃるので見えない。
しかし、尾てい骨を震わせるような低い含み笑いに、その機嫌よさが知れる。
ご機嫌なのは良い。楽しそうで結構なことだ。向いの椅子にでも座らせてくれたら、お付き合いするのもやぶさかではない。いや椅子などと贅沢なことは言わない。ずっと立たされていてもいい。
「だ、駄目です、あ……あ……」
メイラの腰など一掴みであろう大きな手が、戯れるように腹を、腰を撫でる。
「お許しください、んっ……あっ」
「なるほど」
「ひっ」
片腕で抱き込むように拘束が強まり、腹の上にあった手が腰まで伸びた。
「やあっ」
ゆっくりと、その指が脇腹から上の方へと滑った。
「……愛いことだ」
低い声が耳たぶを嬲った。
ぞくぞくっと制御できない震えが背筋を這い上がる。
「臥所へ参るか? 妃よ。隅々までくすぐってやろう」
「駄目です駄目です駄目です!」
もう耐えるのも限界になって、無礼と知りつつその太い手首をつかんだ。
身をよじって膝の上から逃げようとしてみたが、鍛え上げられた陛下の腕はびくともしない。
「意地悪しないでくださいませ!!」
一生懸命手を突っ張り、固い胸をぎゅうぎゅうと押した。
「暴れるな。危ないだろう」
ふう、と甘い呼気が耳の穴に吹き込まれる
「陛下っ」
「あらまあ、仲のよろしいこと」
陛下のぶんのお茶を入れていたアナベルが、ころころと笑った。
メイラはそこで初めて、室内には自分たち以外の人間がいたことを思い出す。
はっと見回してみると、アナベル以外にもメイドたち三人、近衛騎士たち五人。計八人もの男女がものすごい無表情で控えている。
しかも廊下へ続く扉は今ようやく閉められようとしているところで、その向こうにも複数の騎士たちの背中が見えた。
羞恥のあまり、メイラの頭の中から論理的な思考能力が抜け落ちた。
すがるように見回した中で、唯一視線を合わせてくれた人物に涙の幕の張った目を向ける。
「……たっ、助けてアナベル!」
「ほう、我が腕の中に在るにも関わらず、他の者にすがるのか?」
「だからその無駄にいい声やめてっ」
大声でそう叫んだ瞬間、メイラはざっと全身から血の気が引くのを感じた。
付け焼刃のお嬢さま言葉が剥がれ落ち、あまりにも無礼な物言いをしてしまったからだ。
「も、申し訳ございませ……」
即座に謝罪しようとしたが、身体に回っていないほうの手で顎を持ち上げられて言葉が途切れた。
「よい声か?」
低音の美声が、耳朶を震わせる。
「そう言われたのは初めてだな」
陛下が笑っている。くつくつと、肩を震わせて。
唇が頬に触れた。耳に近い部分、頬骨の下あたりに。
「そなたの声ももっと聞きたい。わたしのために囀ってくれ」
「……っ」
さすがは陛下。三十人もの側妾を持つ方だ。メイラのような美しくも可愛らしくもない妃にまでこの扱い、過分すぎる。
だがその手でワキワキと腰を触らないでほしい! 耳に息を吹きかけないでほしい!!
遊ばれているのか? 揶揄われているのか?
ひくり、と嗚咽が喉から零れた。じんわりと涙が視界を潤ませる。
「……晩餐は後にするか?」
つ、とその目じりに武骨な指が触れた。
メイラははっと息を詰め、陛下の男性的に整った貌を見上げた。
夜だからか瞳孔の黒い部分が広がり、瞳の色が濃く見える。
そこに、とろりとした情念を見た気がして、いまだ生娘であるメイラは心臓を跳ねさせた。
「食べます食べたいですお腹がすきました」
「そうか」
美しい瞳が、ゆっくりと細められる。
「……そなたを喰うのも良かろうと思ったのだがな」
陛下が笑う。まるで肉食獣のような表情で。
メイラは震えあがった。
己が捕食される獲物になった気がした。
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