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第六章 父と特訓、筋肉アップのサマーバケーション(十五歳)

056 鍛錬仲間を押し付けられる

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 王族派である、モリアティーニ侯爵から初耳となる話を聞かされている私。

(年配の話は難しくしすぎ)

 そして長い。そんなモリアティーニ侯爵の今までの話を私なりに解釈すると、ルーカスも私も、まるで親の後始末を押し付けられているかのような人生を、歩んでいるのだということに尽きる。

 それは私達が望んだ事ではない。そして既に、選ぶ余地なしの未来が用意されているというおまけ付き。

(勘弁なんだけど)

 そう思いつつ、私が復讐したいと幼い頃より願う気持ちこそが、既にそうなるように誰かに仕向けられていたのでは?と疑う気持ちになる。

 しかし、私は両親と三人で長らく暮らしていた。
 しかも愛国心たっぷりの両親に囲まれて。

 よって、私はルーカスと違い、自分がこの国に復讐したいと願っているのだと再確認した。

 理由は簡単、大好きな両親を追い出した国だから。ただ、それだけだ。

「モリアティーニ侯は、今後、ルーカスに何をさせようと思っているのですか?」

 幾分気落ちしながらも、大事な事だからと、私は核心に触れる質問を投げかけた。

「人間とグールに平等な国を築いて欲しいと願っておる。出来ればそなたとルーカス殿下、共にな」

 モリアティーニ侯爵は私を真っ直ぐに見据えて答えた。

「それに……これは個人的な事じゃが、わしは先の陛下、クライドとは幼い頃より親しい仲であってな。彼を弟のように可愛がっていた。よってランドルフとナタリアがした事を許せんのじゃ」

 新たな事実が判明し、私は何と返して良いかわからず、視線を彷徨さまよわせる。

「復讐が問題を解決することはまれだと言うことも、さらなる問題を引き起こすことがあるとも、わしは理解しておる」

 落ち着いた声で、静かに語るモリアティーニ侯爵。

「それでもわしは、クライドの無念を少しでも晴らしたい」

 きっぱりと言い切った彼の瞳の奥に、燃えるような炎が宿るのを私は感じた。

 正直この国に巣食う、人間とグールの関係はどうでもいい。ただ、モリアティーニ侯爵が復讐を諦められない、その気持ちだけは、私にも深く理解出来た。

(だからその気持を責めるつもりはないけど)

 私はモリアティーニ侯爵に質問するために口を開く。

「それが、ルーカスが婚約破棄をする事と、どう関係があるのですか?」
「そもそもルーカスの母、ナタリアはルドウィン殿下と婚約破棄をした。そのせいでグールになった女じゃ」

(え、そうなの?)

 だとすると、父はとても罪深い人だと言う事になる。

 私は真実を知りたいと父の顔を見つめる。

「本当だよ。私がナタリアと婚約破棄する事を選んだ。だから彼女は私への恨みからグールになってしまったと、そう聞いている」
「そう、なんだ」

 淡々と説明する父からもたらされた情報に、私はショックを受ける。何故なら今まで十対ゼロで向こうが悪いと思っていたからだ。けれど、たった今、それがくつがえされた。

(あ、でも)

 心に負の感情を抱えた者、すべてがグールになるわけではない。よって、父を恨んでグールになったルーカスの母、ナタリアは自業自得。父はきっかけを作っただけに過ぎない、とも言える。

「自分の息子が、かつて自分を裏切った男と同じような事をする。ナタリアにとって、これ以上ないほど悔しい事だろう」

 先程「人間とグールの平等」を説いていた、同じ口から飛び出したとは思えない言葉を吐き出す、モリアティーニ侯爵。

 人間らしさを目の当たりにし、私は少しだけ侯爵に親近感を覚える。

 それにしても。

「父さんって、実は色々してきたのね」

 私が生まれる前の話。それを知るにつれ、いつも社会のレールにきちんと乗れるよう、私を軌道修正しようとしてくる父が、実は意外にワルだったという事実が露見ろけんしていく。

(やっぱ私は父さんの子なんだな)

 私はブラック・ローズ科になるべくしてなったのだと、改めて感じた。

「言い訳にはなるが。ナタリアは私ではなく、私の持つ王位継承権に固執こしつしていたんだ。しかし私が婚約破棄をした事で、彼女は未来を断たれた。そう思ったのかも知れない」

 父は以前もそのような事を口にしていた。

(父さんは、ルーカスのお母さんのこと、あんまり好きじゃなかったのかな)

 若い頃の父を知らない私は、父の弁解じみた言葉を耳にし、漠然ばくせんとそう思った。

「色々あった事は確かだ。しかし現在ナタリアは、喉から手が出るほど欲しがっていた王妃という座を満喫まんきつしている。今更心を痛める事もないじゃろう」

 モリアティーニ侯爵は、父の肩を全面的に持つ発言をした。

「この国はランドルフが王位につく限り、人間とグールが共存する事は難しい。そしてこれ以上奴を好き勝手にさせたまま放置すれば、更なる悲劇が生まれる。それだけは阻止せねばならぬのじゃ」

 渋い顔で言い切ったモリアティーニ侯爵の瞳の奥には、やっぱり燃えるような炎が宿っている。
 私はしっかりとその事を、感じ取ったのであった。


 ***


 モリアーティ侯爵の屋敷にお世話になること、一週間。

 私はかつてないほど筋トレ、そして走り込みを父によってさせられていた。

 私としては、グール化したルーカスに対抗できる程度の力が欲しい。そしてそれは「魔法」で解決するものだと疑ってもいなかった。

 それなのに私は日々、父とひたすら体力アップに励む日々を送っている。

「はぁ、はぁ、はぁ、もうやだ」

 引き締まった体はある程度ならば、魅力的だ。しかし、それも限度があるというもの。

 私は息も絶え絶えになりながら、地面に座り込んだ。

「まだだ、ルシア。あと五周ほどランニングが残っているぞ」
「無理だってば!!」
「いいからやるんだ、ほら立て」

 鬼教官のように、私の首根っこを掴み、無理やり立たせる父。

 実のところ、この一週間。ずっとこんな調子である。

 正直、私が求めているのは魔法の訓練であって、体力作りではない。それに今更、頑張ったところで、私の基礎的な運動能力が向上するとは到底思えない。

「いや、ちょっと待って……」

 足腰に力が入らず、そのまま崩れ落ちそうになったその時だった。

「大丈夫ですか?」

 ふわりと体が浮く感覚を覚えた。同時に、爽やかな香りが鼻腔びこうをくすぐる。

 顔を上げるとそこには、端正たんせいな顔立ちをした青年がいた。年齢は私とそんなに変わらないくらい。モリアティーニ侯爵を彷彿ほうふつさせるエメラルドグリーンの瞳に、サラリと揺れるはちみつ色の髪。優しげで、親しみやすい雰囲気を感じる好青年だ。

「あ……ありがとうございます」

 どういたしまして、と言いながら彼は私を抱きかかえた状態のまま歩き始めた。その様子はまるで王子様のようで、うっとりしちゃう……などと、呑気に思った瞬間だった。

「ロドニール様、娘を甘やかしてはなりません!!」

 背後から荒ぶる父の声が聞こえた。次の瞬間、私の体は宙を舞っていた。そして見事、地面へ倒れ込むと同時に、ほほ鈍痛どんつうを感じた。

「いたたたた」

 見事顔から落ちたのだ、と理解するのにそう時間はかからなかった。口の中に一気に血の味が広がり、気分は最低値を更新する。

「ちょっと、父さん。急に魔法を放つのは反則よ!」
「避けないお前が悪い」
「しかし、お嬢様は今にもはかなく散りそうなご様子でした」

 私の横で地面に仰向けに寝転がり、父に杖の先を向けられた先程のイケメンさんが、私の味方をしてくれた。

「ロドニール様。娘がか弱そうに見えるからと言って油断してはなりません。娘のこれはサボりたいが故の作戦でしょうから」

 キリリと父が私を睨む。

「え、そうなのですか?」
「違う、本当に無理。だって私はか弱い十五歳の女の子だし」

 私は必死に弁明するが、父は聞く耳を持たないようだ。

「か弱いかどうかは別として、強くなりたいと私に懇願こんがんしてきたのは、ルシアだろう。だったら弱音よわねを吐くのはやめなさい」
「確かに私はグールに対抗出来るよう、強くなりたいと言った。言いましたとも!けど、それはグールについての知識とか、対抗出来る魔法とか、そういう事なんだけど」

 私は半身を起こしながら、父を睨みつける。しかし、そんな視線などどこ吹く風。父は呆れたようにため息をつく。

「いいか、ルシア。人には大切な要素が三つある。言ってみなさい」
「恨み、美貌びぼう、そしてお金かな」

 私が思い浮かぶまま答えると、父が頭を抱えた。

「知識、人徳、体力ですよね、ルドウィン殿下」

 イケメンこと、ロドニールが私に苦笑いを向けつつ答える。

「え、そうなの?」

 素で驚く私。すると父が額に手を当て、うなだれた。

「そうだ。だからルシアはもっと体力をつけなければならない。知や徳を活かそうにも、体力、つまり健康でなければ活かす事ができないからな。そもそも、お前は昔から、本ばかり読み、運動しなさ過ぎだ。そんな事では、早死するぞ」
「だって、体を動かすのって疲れるし、しんどいじゃない」

 私は頬を膨らませる。

「それが駄目なのだ。いいか、これから毎日、朝昼晩、必ず一時間走り込みをし、腹筋、背筋、腕立て伏せをそれぞれ百回ずつやりなさい。あとはスクワットを三十回だ。わかったな」
「……え、私を殺す気?」
「異論は認めん」

 有無を言わさぬ父の態度に、私は渋々うなずくしかなかった。

(父に頼ったのは間違いだったかも)

 意外に父が熱血系である事を知り、私は既に後悔しはじめる。

「知や徳を活かすには、体力が大事。確かにその通りだと痛感しました。私もぜひ、お嬢様に課せられたトレーニングをご一緒させてください」

 感慨かんがいを受けたといった表情を浮かべる、ロドニール様。

「そうだな。娘がサボらないよう、共に励んでくれると助かる」
「え、一緒にやるの?」
「当たり前だろう。それに、ロドニール様はローミュラー王立学校でも優秀な成績を修めている青年だ。鍛えてもらえば、きっとお前の力になるはずに違いない」
「いや、でも……」

 正直、この国で知り合いを作るつもりも、馴れ合うつもりもない。何故なら、私は単独行動を好む、孤高ここうの悪になる予定だから。

(それに面倒だし)

 私は隣に座る、ロドニール様の顔を見つめる。悪役の手下にするには、申し分のない容姿をしている。それに先程、私を抱きしめてくれた時、ふわりと香ってきた爽やかな香り。あの匂いは悪くなかった。

(でもなぁ)

 見るからに好青年で真面目そうな人が横にいたら、気分はいいが、適度にサボる事は出来ない。よって、やっぱり私は、自分の訓練にパートナーはいらないと思った。

「父さん、私は」
「一人では大変だと思う事も、二人で励まし合い、達成出来るかも知れん。何より、トレーニングを終えた事を、共に喜ぶ仲間がいる。それは価値ある事じゃないか」

(そうかな……)

 ただ単に面倒なだけなような気がする。

「よろしくお願いします!」

 爽やかな笑顔で握手を求めてきたロドニール様の手を見て、私は固まる。

「ルシア、仲間はいいぞ」

 父が圧をかけてくる。

 私の脳裏にフェアリーテイル魔法学校に通いたくなかった、十二歳の時の事が思い出される。

(あの時は友達なんて欲しくなかったから)

 結局親に言いくるめられ通う事になったけれど、今はナターシャという親友の存在を大切に思う自分がいる。

 私は大きなため息をついた。

「よろしく、ロドニール様」

 差し出された手を握ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「こちらこそ、殿下のお嬢様と共に鍛錬をご同行させて頂けるなんて、光栄です」

 キラリンと微笑まれ、私は気分が消沈していく。

「よし、決まりだな。ではあと五周ほど、ランニングだ!!」
「えっ、やだ」

 嫌がる私を父が無理やり立たせる。

(もう、学校に帰りたいですけど)

 私は心の中で叫んだのであった。
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