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第六章 父と特訓、筋肉アップのサマーバケーション(十五歳)

059 王族派の舞踏会

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 グール化したルーカスに対抗する力が欲しい。

 そう考え、父の元を訪れた夏休み。
 結局のところグール化した人間に対抗する力の出し方を、具体的に教わる事がないまま、私は魔法学校へ戻る日を明日に控えていた。

 その事にがっかりするも、振り返ると、何の実りもなかったわけではない。

 まず嫌だ嫌だといいながらも行っていたトレーニングにより、私自身の体力が大幅に増強した。それから、グール討伐隊という父が所属する団体の事を知れたし、ランドルフが強制的にグール化する薬を開発しているという、ヤバい情報も手に入れた。

 何よりルーカスが人間に戻れるかも知れない、唯一の方法も入手出来た。

(まぁ、それをするかはどうかは別として)

 私の夏は、わりと有意義に過ごせたと思っている。

 地味に成長した私は、明日の帰宅を前に、モリアティーニ侯爵邸で行われている王族派の舞踏会に参加しているところだ。

 静かな音楽が聞こえる中、ドレスやスーツを身にまとい、宝石で飾られた髪飾りや腕輪を身に着けた、美しい貴族たちが会場を埋め尽くしていた。

 会場となる部屋は、天井の高い大きな部屋で、キャンドルがきらめき、シャンデリアからは光が降り注いでいる。壁には、歴代のモリアティーニ侯爵家当主たちの肖像画が飾られており、その中でも特に目立つのが、この城を築いた先祖の肖像画であった。

(やっぱりみんな、面白いくらいにエメラルドグリーンの瞳をしているのね)

 などと感想を漏らす私は、髪をまとめ、母が用意してくれたシルバーのドレスに身を包んでいる。
 頭にはズシリと重いティアラを乗せられ、傍から見たらどう見ても物語に出てくる正統派プリンセスといった、堅苦しい姿に変身させられた。

(あぁ、なんか腕が痒くなってきたかも)

 これはきっと、清楚な雰囲気アレルギーだと、私は白いレースの手袋の上から手首をボリボリと掻いた。そんな私の前に立つのは、黒いモーニングスーツに身を包む青年だ。

「ルシア様、一年後、また共にトレーニングに励める日々を、楽しみに待っております」

 今年の夏。私の知り合いリストに新たに名を連ねたイケメン。モリアティーニ侯爵の孫である、ロドニール・クルーベが笑顔で私に手を差し出す。

「こちらこそ、お世話になりました。ありがとう」

 既に私の中で忠実なる下僕げぼくとして定着し、それなりにお世話になった自覚がある私は、ロドニールの差し出した手を握り返す。

「卒業後はグール討伐隊にご参加されるとのこと。同期となり、共に戦う日が待ち遠しいです」

 キラキラとした目で見つめてくるロドニール。そんな彼に対し、私は曖昧な笑みを浮かべつつ、内心「チッ、余計な事を言いやがって」と悪態をつく。

 何故なら背後には、私の一挙一投足いっきょいっとうそくを監視する勢いでこちらに視線を注ぐ両親を含む大人たちが、ずらりと勢ぞろいしているからだ。

「そうなのか?」
「ルシア、本当なの?」

 初耳だと言わんばかり。
 早速食いついてくる両親。

「それは朗報じゃな。そなたの活躍を期待しておるぞ」

 モリアティーニ侯爵までもが、ごきげんな声をだす。

「えぇ……まぁ……」

 否定しても、肯定しても面倒くさい展開にしかならない気がして、私は言葉を濁すしかない。

「まさか娘と職場を共にする日が来るとは……しかし、危険の多い仕事だし、ルシアに運命を背負わせるわけには」
「あなた、まだ感動で涙するのは早いし、駄目だと決め込むのも同じよ。だってルシアの進路が決まるのは、一年後なのだから。もしかしたら結婚するかも知れないんだし」

 感慨深げな父親に、呆れたように母が突っ込みを入れる。それを有り難いと思いつつ。

(結婚はないよ、母さん……)

 私は密かに指摘しておく。

「とにかく、この夏は実りあるものだった。なんせ、他人に一切興味を示す事のなかったルシアが、この夏、ロドニール様と共に、切磋琢磨していたんだ。しかもありがとうと、感謝の言葉を述べ、握手までして。ううっ」

 父は私と同じ、青い瞳の端に涙をためる。そんな父の姿に、母は「はいコレどうぞ」とハンカチをドレスのポケットから取り出した。

「それで? どういった訓練をしていたのだ?」

 父をスルーしたらしい侯爵が、身を乗り出して聞いてきた。

「えっと……ランニングとか腕立てにスクワットとか、筋力トレーニングが主ですね」
「最初は屋敷のランニングコースを半周ほどでをあげていたルシア様ですが、後半は八周もこなせるようになっていました」

 ロドニールが嬉々として説明する。

「まぁ、ルシアが、八周も!?」

 父の目元をハンカチで拭っていた母が、大袈裟に驚きの声をあげる。

「ルシアは昔から身体を動かす事が嫌いだったからね。すごい成長ぶりだろう?」

 驚きの声をあげる母とは対照的に、父がさも自分の手柄だといった風に胸を張る。

「ふむ。確かに引き締まった表情を見る限り、狩る者としての自覚が出て来たようだ」

 モリアティーニ侯爵は顎に手を当てながら、満足気に笑う。

「最後に、是非ルシア様と一曲ダンスを踊りたいのですが。ルーカス殿下に叱られてしまいますか?」

 ロドニールが、遠慮がちにダンスの誘いを口にした。

「あー、確かにあの人は」

 嫉妬深いから辞めておいた方がいいかもと言いかけ、遮られる。

「あら、いいじゃない。せっかくのお誘いよ。断るのは失礼だわ。それに私もルシアが踊っている所が見たいわ」

 母がサッとマジカルデバイスを取り出し、ニコニコしながら口を挟んだ。

(さっき、さんざん撮ったじゃん)

 上下左右、何なら斜めからもしつこく撮られた記憶のある私は、げんなりする。

「それでは、お言葉に甘えて」

 そんな私の気持ちなど知るよしもないロドニールは、爽やかな笑顔を浮かべ、私の腰へと腕を回した。その瞬間、周囲からパシャリ、パシャリと、シャッター音が一斉にホール中から聞こえた。

「はぁ……」
「どうされました?」

 思わず漏れたため息を、目ざとく拾ったロドニールが首を傾げる。

「いえ、なんでもないわ」

 私は適当に誤魔化しつつ、ロドニールにエスコートされホールの中央に移動する。そして向かい合ったのと同時に、流れてきた優雅な音楽に合わせ、私たちはゆっくりとステップを踏みはじめる。

「意外にお上手なんですね」
「フェアリーテイル魔法学校の、淑女教育の授業でダンスは習ったの。悪女に舞踏会は付き物だから」
「あぁ、そっか。あなたはブラック・ローズ科でしたっけ」

 大人の目を離れたせいか、ロドニールが少し砕けた口調になる。
 私としては常々、「敬語をやめて」と散々主張していたので、彼の気さくな態度はとてもありがたい。

「えぇ。そうよ。とても有意義な時間を過ごしているの。ロドニールはこの国の学校に通っているんだっけ?」
「はい。ローミュラー王立学校の騎士科に」
「ふーん、女子と男子、どっちが多いの?」

 くるりとターンをしながら私は尋ねる。

「騎士を目指す生徒の多くは男性です。女性は皆、淑女科に通うので」
「へぇ、そうなんだ。でもなろうと思えば、女の子でも立派な騎士になれるのね」
「もちろんです。女性には女性の強みがありますから。ただ、女性は守られる存在だという考えも根強いので……」

 言葉を濁しつつ、ロドニールがチラリとモリアティーニ侯爵に視線を向けた。

「あなたのお祖父様は確かに古いお考えをお持ちのようね。私も初顔合わせで、ブラック・ローズ科の制服をなげかわしいと言われたわ」
「とても良くお似合いだったと、私は思います」
「ありがとう。自分でもこのドレスよりはよっぽど似合ってると思う」

 私が肩をすくめると、ロドニールが笑みを返してくれた。

「祖父は、ルシア様とルーカス殿下が結婚なさること。それに賛成なようですが。私は本音を言うと、残念に思います」
「え?」

 脈略なくルーカスの名が飛び出し、素直に驚く。

「ここだけの話、ルシア様の実力ならば、グール討伐隊でも活躍されるでしょう。その時に公私を支えるパートナーとして、あなたと一緒にいたいと思ったもので」

 ロドニールが私を見つめる瞳に熱が籠もる。
 久々受ける、男性からのアプローチ。

(やっぱ、私って可愛いんじゃん!!)

 ルーカスのせいで、とんとご無沙汰だった、私に好意を抱いてくれている男性の存在。

 久しぶりにその男性の出現に対し、私はむくむくと自信を取り戻す。

「それは光栄だけれど、ここだけの話、私は誰とも結婚するつもりはないの」

 内緒話と言った感じで、私はロドニールに本音を告げる。

「えっ、そうなのですか?」
「そう。私にはやらなきゃならない事があるし、いくらイケメンから熱烈なアタックを受けたとしても、下僕……いえ、勉学に励まなきゃいけないから」

 うっかり下僕と口にしてしまった私は、誤魔化すために、猫をかぶり申し訳なさそうな雰囲気を醸し出す。

「でも、あなたとのトレーニングは楽しかったわ」

 私は忘れかけていた、男性を魅了しまくる可憐な笑みを顔に貼り付け、ロドニールの顔をジッと見つめる。するとロドニールはポッと顔を赤らめ私から視線を逸らした。

(ふふふふふふ。私の勝ちね)

 久々悪女っぷりを発揮出来たと、私は内心喜ぶ。

「……そうですか。よかった」

 ロドニールがポツリと呟く。

「良かったって、何が?」
「……いえ。なんでもありません」
「変なの」
「すみません」

 何故か上機嫌な様子のロドニールを不思議に思いつつ、私は軽やかにステップを踏み続けた。

「とても楽しかった。ありがとう」
「私も凄く楽しかったわ」

 一曲踊り終え、満足感に浸る私。

(さて、そろそろ軽食コーナーに)

 義理は果たしたとばかり、私は軽食コーナーに向かおうとした。しかし、踊り終わった私を待ち受けていた人物に捕まる。

「ルシアったら、いつの間にそんなに上手に踊れるようになったの!やっぱり学校でも良く踊るの?」
「ルシアがダンスを踊る姿を見る日が来るとは思わなかったよ。やっぱり授業で習うのかい?」
「ドレスを着て踊るの?」
「ペアの男性は出席番号順なのか?」

 興奮気味に質問を浴びせる両親。

「まぁ、そんなとこ」

 私は両親の矢継ぎ早な問いかけを適当にあしらうため、ロドニールに話しかける。

「ロドニール、せっかくだし、もう一曲踊らない?私、まだ踊り足りないの」
「喜んで」

 私の提案に、嬉しげに微笑むロドニール。もう十分踊った気もしなくもなかったが、両親の相手をするよりは、イケメン好青年な下僕とダンスをしている方がずっといい。

「ありがとう」

 私がそう言って、ロドニールの腕を取った瞬間。

「ルシア、そんなに踊りたいなら、僕が喜んで相手をしようじゃないか」

 ここにいるはずのない人物の声がして、私はビクリと肩をあげるのであった。
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