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1章 始まりのはじまり
初日 1
しおりを挟むもぞりとベッドの中で寝返りをうちながら、枕を抱き寄せむふぅと意味のない声を出す。枕にぐりぐりと頭をこすりつけ、ばっと起き上がる。
「師匠!そっちはネコじゃなくてブタが走るところですって!」
はれ?
自分の声のでかさにびっくりして目が覚める。何の夢を見てたのか全く覚えていない。
ふぅと息をつき、ベッドからおりて窓に近寄る。カーテンを引っ張ると外はまだ薄暗い。時計に目をやると朝の6時半をさしていた。朝食は7時から8時半の間で自由に食べてくれたらいいと、昨日ユキノさんに言われた。そのまま洗面所に向かい、顔をバシャバシャと洗う。タオルで雑に水分を拭き取り、鏡に自分の姿を映す。
よし!がんばれ自分!
ぱしんと気合いを入れ部屋に戻った。
タンスを開けると中に制服が一式揃っていた。半袖の上着を羽織り、黒の長ズボンを履く。そして紅色の紐で腰をくるりと結び、最後に肘まである手袋をつける。手袋の手の関節部分には、薄い鉄板が仕込まれているようで少し重い。
なかなか様になってるじゃないか。
着替えた後は、昨日ほったらかしにしたままの荷物を整理する。服をタンスにつめ、本は机の上に立てかける。ポケットからでてきた写真は、一度眺めてから机の引き出しにしまった。
もう一度時計に目をやると、7時ちょっと過ぎ。朝食をとるにはいい頃合いだろう。部屋の鍵を持ち部屋を出た。廊下はしんとしていて、俺以外には誰もいない。
当たり前か。この階には俺の部屋しかないんだもんな。
とんとんと階段を下りて、昨日ユキノさんと夕飯を食べた場所へ向かう。一階に降りても、やはり誰もいない。こんな朝早くから朝食とる奴はいないんだろうか。扉を開け中に入ると、良い匂いがした。扉の開く音で気がついたのか、厨房の方からひょっこりとユキノさんが顔を出す。
「あらあらおはようシオンくん。朝早いのね、ちょっと待ってねすぐ用意するから」
にこにこと笑いながら厨房を行ったり来たりするその様子に、朝から癒されるなあ。
「おはようございます、ユキノさん。そんなに慌てなくていいですよ、待ちますから」
「あらごめんなさいね。今日はみんな遅いと思ったから、ゆっくり準備してたのよ」
「みんな?」
「そうそう。他の隊員の子たち昨日は随分と夜遅くに戻ってきたみたいでね、まだ寝てるのよ」
なるほどそれでか。どうりで人が少ないわけだ。
できたわよーと言いながら、ユキノさんが朝食を運んでくれる。焼きたてのパン、出来立ての目玉焼きに、彩りのよいサラダ。スープからは湯気がでている。お代わりは自由だからね、と言ってユキノさんは厨房に戻っていった。手を合わせていただきますと言ってから、朝食に手を出す。厨房からははいどうぞーという声が聞こえてきた。
うまうまと朝食を食べていると、カランという音と共に扉が開く。誰か来たようだ。そいつは最初俺に気がつかなかったようだが、見慣れない姿に気づきを不審に思ったのか、こちらへ近付いてきた。
「おい、お前何モンだ。見かけねぇ面だな」
そりゃそうだ。昨日来たばっかだもんな。
目の前の奴は、短い黄色の髪を立たせた目つきの悪い美形だ。やんちゃ系美形、みたいな。コイツも隊員なんだろう。確かに美形だ。他もこんなのが集まってんのかぁ…あれ、俺ちょっと浮くんじゃね?そんなことを考えながらも、ご飯を食べる手は休めない。
「おはよう。悪いけど今食事中なんで、よかったら俺の正面に座って話さないか?顔上げながらしゃべるの大変だし」
「…はぁ? 何ふざけたこと言ってんだテメェ。何モンかって聞いてんだよ!」
ガンっと机を叩いた反動で、スープが少し机にこぼれる。
「…お前こそふざけんなよ。ユキノさんが作ってくれたスープがこぼれたじゃねぇか」
「あぁ? 何言ってんだ地味男!いい加減にしねぇとぶん殴ってここから投げ捨てんぞ!」
地味男という言葉に、俺の細い堪忍袋の緒がキレる。事実でもそんなはっきり言うんじゃねえ!
「誰が地味男だこのヤロウ!」
がたんと勢いよくイスから立ち上がり、上にある顔を睨みつけた。
「あぁ?テメェのことに決まってんだろうが地味チビ!」
「地味チビ!?お前こそ黄色なんて浮かれた頭しやがってこのヒヨコ野郎!テメェなんかピーチクパーチク鳴いてりゃいいんだよ!」
目の前の奴の口元がひくりと動く。
「ヒ、ヒヨコ野郎だと…?上等だマメチビ!テメェなんかひとひねりに潰してやる!!」
互いの胸ぐらを掴み、まさに拳がぶつかり合うとした瞬間に、間の抜けた声が食堂に響いた。
「おっはよーわぁ朝から何やってんのーツバキくん。いやヒヨコくんかぁ」
にこにこと顔に笑みを貼り付けて1人の男が現れる。
きらきらと輝く長めの金髪を片サイドで編み込んでいる、見るからに色男っぽいやつ。すらりとした体躯に纏う空気はユルくて、女にモテそうなタイプだ。やっぱり美形かよ。俺どうすんだよ!浮くよ!めっちゃ浮いちゃうよ!
胸ぐらを掴んだまま動きが止まっていたが、先に手を離したのはヒヨコの方だった。舌打ちをしながら金髪男に近づいていく。
「お前かよ、キリヤ」
「おっはよーヒヨコくん。朝から元気だねぇ」
「ヒヨコって言うな! 人の神経逆撫でするのが上手い奴だな」
「へへーどういたしましてー? で、そこにいるチビっこは何?」
「知らねぇよ。朝来たらいた」
「ふぅーん」
顔に笑みを貼り付けたままこちらへ来ると、不躾に視線を寄越してくる。
「あんたさぁ、何者?」
あ、コイツ危険人物だ。
表面上は愛想が良いけど、全く目が笑ってない。凍てついた目をしてる。俺はソイツを見上げながら名乗った。
「俺はシオン。東地区特別警備隊の隊長に任ぜられた」
俺がそう言うと奴の目がすっと動き、口角がにぃと上がる。
「そっかぁあんたが新しい隊長サンかぁ。よろしくね。俺はキリヤ。分かんないこととかあったら何でも聞いてー?」
大サービスして何でも教えちゃうよーと言いながらウィンクされて、さすがに俺もドン引いた。
「あっちのヒヨコくんはツバキっていうの。ごめんね? 短気だからすぐ騒動起こしちゃうんだ」
「うっせぇな!勝手に俺の名前言うな!だいたい俺はコイツを隊長だなんて認めねぇからな!」
そう叫んで扉を荒々しく開けると、ツバキは食堂から出て行ってしまった。キリヤは閉まるドアを眺め、浅くため息をつく。
「あぁあーツバキはほんと短気なんだからぁあれじゃ、賭が上手くいかないでしょー」
賭け?
その単語の意味を聞こうと口を開く前に、キリヤがにっこりと笑う。
「まっいっかぁ。これからよろしくね、シオンちゃん」
シオンちゃんって…
俺が顔を歪めていることに気づかないのか、気づいていてわざとなのか(たぶん後者)
「シオンちゃん、ご飯食べ終わったら本部一階に来てねー」と言って、俺から離れていく。
去り際、もう一度思いついたように俺に近寄ると、耳元に口を寄せてきた。髪の毛をさらりと持ち上げられ、吐息が耳にかかる。
「…せいぜい楽しませてよ」
そう言って顔を離すと、こちらに表情を見せることなく今度こそ食堂から出て行った。
これはまじで一筋縄ではいかないな。あんなのが何人もだろ。
ふぅと息を吐いてイスに座り直し、食べかけの朝食を口にかき込む。とりあえず、体力をつけなければ。
ここからは戦いだ。
俺はパンを片手におかわり!と叫びながらひたすら朝食を口に突っ込んだ。
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