紅ーくれないー

豆子

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1章 始まりのはじまり

エイラン

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 ハスミと別れ、本部の正面玄関の前に立つ。少々緊張しながら扉を押して中に入ると、予想外なことに人の気配がしない。ソファとテーブルの置かれている簡易の来客用と思われるスペースにも、ここから見える奥にある部屋にも誰もいない。
 巡回中なのか?それにしたって無用心だな。全員で外に出るなよ、せめて1人か2人は本部に残らないとまずいだろ。
 そんなことを思いながら、建物の中を見回す。白い壁はところどころ塗装がはがれているが、全体的に綺麗だ。2階に続く階段が玄関正面の奥にある。
 どうしようかと思案していると、奥にあるいくつかある扉の一つが開いた。

「あらあら、何か御用ですか?」

 人のよさそうな恰幅のいいおばさんがこちらに向かって歩いてくる。

「初めまして。新しく東地区特別警備隊の隊長に任ぜられました、シオンと申します」
「まぁまぁ! 話は聞いてるわ。シオンくんね、よろしく。私はユキノ。この特別警備隊のお手伝い兼お母さんみたいなものかしら」

 ふわふわと笑う、ユキノさん。いいなぁ、すっごく優しそうだ。理想のお母さんってこんな感じなんだろうな。にこにこと和んでいると、ユキノさんははっと気がついたように、ぱたぱたと動き始める。

「そうそう! 忘れてたんだけど、今日は他の皆は夜遅くに帰ってくるのよ。町のはずれで諍いのようなものが起こってね、その対処に行っているの」

 意外だ。真面目に仕事をしているらしい。

「だからシオンくんは今日はもう部屋で休みなさい。長旅で疲れてるでしょ? ご飯用意してあげるから、その間に寮で荷物の整理でもしてきてちょうだいな」

 ありがたい申し出だ。正直、昼から何も食べていないし、船旅と馬車のせいで体はへとへとだ。久しぶりの長旅だったからな。

「ではお言葉に甘えさせてもらいます」

 外へ出てすぐ裏にある茶色っぽい建物が、寮らしい。3階だての建物で、俺の部屋は3階の一番奥にあるようだ。行けば分かると鍵を渡され、指示に従い寮へと向かう。
 建物に入り、階段をのぼって上の階へ向かう。3階には、広い共同スペースのようなものがあり、廊下を歩くといくつか部屋がある。プレートには来客用と書かれていた。なるほど、この階には来客室と隊長用の部屋しかないのか。奥へ進むと扉があり、プレートには「シオン」と書かれていた。たぶんユキノさんが用意してくれたんだろうなぁと、心がほっこりする。

 鍵を開け中に入ると、案外と広い部屋だということが分かった。大きめのベッド、ちゃんとした作りの机とイス。そしてソファーまでおかれている。奥に入ると、トイレと風呂もついていた。
 よかった。大浴場しかないんじゃないかと不安だったが、杞憂ですんだようだ。

 俺は少ない荷物を床に放り、ベッドへと飛び込むと少し体が跳ね返る。肌触りのいいシーツに、弾力性のあるベッドだ。ごろごろと体を転がし一息つく。窓から差し込む光は、だんだんとオレンジ色を帯びだしていた。

 来たんだ、エイランに。
 これからどうなるのかなんて、全く見当もつかない。ハスミの話じゃ、一筋縄ではいかない奴らのようだし。でも負けてたまるか!
 何があったって、俺は逃げない。そう自分で決めたんだ。師匠も俺の好きなようにやれと言ってくれた。

 思う存分やってやろう。

 俺はベッドの上で、沈む太陽に向かって決意を新たにした。


 その日の夜、ユキノさんと2人で囲った夕飯はとてもおいしかった。家庭の味っていうのかな。お腹が満たされると同時に、心も満たされるような気持ちだった。夕飯の片づけを手伝い、ユキノさんと和やかに話をかわす。そしてユキノさんが自宅へ戻ると、俺も自分の部屋へもどり寝る準備をし始めた。明日から、本格的にここでの生活が始まる。今のうちに十分な休息をとっておかなければ。

 軽くシャワーを浴び、髪が生乾きのままベッドへもぐる。
 ここに来るまでにも、色々あった。なんだか平穏な日常を送れそうにないが、わくわくもする。
 これからのことを考えているうちに、俺は沈むように夢の中へと旅立った。

 エイラン初日の夜空は、星が輝いて美しかった。明日はきっと、晴れる。


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