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第二章 どうやら美少年との日常は甘くて危険らしい
第十四話 どうやら美少年との日常は甘くて危険らしい
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少し時間を進めさせていただく。
――六月下旬。
朝日がこの世界に来て、約二ヶ月が経過。深夜子たちとの距離感もずいぶんと変わり始めている。隔絶していた常識(特に男女関係)など、少しずつお互いの理解も進んで、関係性も同様に進展していた。
深夜子と梅に対しては友達っぽくずいぶんと砕け、一番年上の五月は姉的ポジション扱いになっている。もちろん警護任務成功を目指す深夜子らにとって、優位的前進に違いない。
しかしそれは、神崎朝日と言う『超絶天然女殺し』が、本領を発揮し始めることも意味していた。
朝日との共同生活は深夜子らMapsにとって、恐ろしく甘美で、恐ろしく危ういものであることが明確になっていった。その容姿や性格はもちろん。女性に対する好意的な態度、無防備な思考が、悪魔的なまでに魅力……、だけで終わらなかったのである。
――最近、毎日が日曜日の神崎朝日さん(十七歳・男性)は「やることが無い!」とぼやき、家事を始めた。それは自分のことだけに留まらず。深夜子たちの世話もあれやこれやと焼いてくるようになった。
当然、警護対象である以前に、男性の朝日にそんな真似をさせるわけにはいかない。家政婦でもあるまいし、と三人は反対する。しかし朝日の強い希望に押しきられ、じゃあ一回だけ……などと、ある日は手料理、ある日は洗濯掃除、またある日は――美少年の甘い罠にどっぷりと嵌まってしまった三人である。
人間、一度贅沢を覚えると戻るのは容易ではない。その甘美な魅惑に、気がつけば朝日主導の生活ペースとなっていたのだ。
それでは、ここでその一例をご覧いただこう。
――まずは五月の場合。
その日はちょうど書類関係の仕事がたまり、深夜まで作業が続いていた。すると朝日が部屋を訪ねてくる。こんな遅くに何かと思いつつも、五月は部屋のドアを開け迎え入れた。
「五月さん。コーヒーと軽い夜食を持って来たのでどうぞ」
それは五月を気遣っての差し入れであった。
「まあ、朝日様。こんな遅くに……。でも、とても助かりますわ。お優しいお気遣い、ありがたくいただきますわ」
もちろん本来ならば、熱い抱擁と過剰なスキンシップに加え、たっぷりねっとり耳元で愛を囁きながら、感謝の意に代えたいところである。だが、五月は優しい微笑みをたたえ、淑女的に対応できるまで進歩していた。
「あのパソコンの横でいいですか? 置いておきますね」
「ええ、片付けは自分で済ませておきますわ」
「はい。じゃあ、続き頑張ってくださいね! おやすみなさい」
「それではおやすみなさいませ。朝日様」
軽く挨拶を交わして、朝日が寝室へと戻っていくのを見送る。一時作業を中断し、デスクチェアーに座ってコーヒーを飲む。ほぅ……とため息をつき、しばし物憂げな目で中空をながめる。
数秒後、だんだんとカップと受け皿を持つ手が震え始めた。カチャカチャと音をたてるそれらを五月は一旦デスクに置いて、ゆっくりと優雅に椅子から立ち上がる。
そのままフラフラと部屋の中央へ歩くと、突然、倒れるように床に転がり突っ伏した。
「うっきゃああああああああああっ!! あああ朝日様、朝日様、朝日様あっ――――!!」
五月がゴロゴロと床で転げ回る。
(コーヒーいれてきました)
(ええ、ありがとう)
「なーんて! どんな、どぉーんなお伽噺ですの!? ふ、ふふ夫婦ですらあり得ませんわっ! あ゛あ゛あ゛可愛い優しい可愛い愛しい! 朝日様素敵ですわああああああああ!!」
悶絶しながらその歓喜を表現している。
不思議とメガネがハートマークに見えるのは気のせいであろう。
「はあっ……はあっ……きっ、きっと、きっといつかは……私のそばまで来てコーヒーを置いてくださった後に」
床に転がりながら、五月は器用に一人芝居を始める。
『それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね。おやすみなさい……僕の愛しい五月さん(はぁと)』ちゅっ。
「とかっ! お、おおおやすみのキキキキキスを軽くしてくださったりなんかしたりなぁんてうひゃはあああああああでっすっわっ! んっもう! 朝日様ったら、朝日様った――――」
そんな自らの妄想にバンバン床を叩きまくり、転がりながら悶絶する五月。その部屋へと凄い勢いで迫りくる影があった。
バァンッと、勢いよく扉が開かれる!
「うるせぇええええええっ! てめえ、今何時だと思ってやがる!? 変な叫び声上げながら盛ってんじゃねえぞ! ちくしょーーめぇ!!」
五月の部屋からちょうど壁一つ隔てたとなりは梅の部屋である。
――続いて梅の場合。
Mapsは定例業務として月一回本部に出勤する必要がある。装備メンテナンスや情報関連のデータ更新を行うためだ。ある日の朝、ちょうど梅が玄関で出発の準備をしていた。ロリ猫娘に似合うかはともかく、スーツ姿で革靴を履いているところである。
「よっし! んじゃ、ちょっと行ってくらぁ」
「あっ、梅ちゃんちょっと待って」
出かけの挨拶をした梅を呼び止めて、スリッパをパタパタと鳴らし、朝日が玄関へやって来る。その手には何やら手提げ袋が一つ。
「はい、これ」
「ん? なんだこりゃ?」
突然、朝日から手提げ袋を渡され、梅の頭に”?”が浮かんでいる。
「お弁当だよ、作ったんだ。梅ちゃん夜まで本部でお仕事でしょ。お昼ご飯はこれを食べてね」
男性による手作り弁当。この世界において伝説級と称されるアイテムである。それを聞いた梅の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ちょっ!? おまっ、べ、べべべ弁当……だと……!? な、ななな……朝日。お、お前……まさか、俺に気でもあんのか? い、いやそんな――」
「あはは。大げさだなぁ梅ちゃんは。たまのお出かけでお仕事なんだから、この位は当然でしょ?」
「と、当然? そ、そうなのか? ……そうか……あっ、ああ、いやっ! まあ、あ、ありがとよ朝日。ちょうど昼をなんにすっか悩んでたからよ。ありがたくいただくぜ! ……と、とにかく行ってくん――――ぐぎゃっ!?」
あからさまに動揺し、思いっきり扉に激突する梅である。
なんせ夫婦であっても、夫が働く妻に手作りの弁当を作る確率は限りなくゼロのこの世界。これはまさか愛の告白か!? と、早とちりしたのであった。
「ふ、ふーん……そっか、当然か、当然なのか。いや、でも、朝日の手作り弁当か……へへへ」
嬉しいのか、残念なのか、よく分からない独り言をぶつぶつと漏らす。結局、手提げ袋をながめつつ、梅はふらふらと仕事に出発していった。
――そんな本部での昼休み。梅は久々に再会した後輩と二人で食事をすることにしていた。男性保護省の職員用食堂で隣り合って座り、昔話に花を咲かせている。ちょうどこれから弁当を取り出して開けるところだ。
「あれ? 姐さん今日は弁当自前っスか? めずらしいっスね」
「えっ? あっ、ああ、まあ……た、たまにはよ」
口が裂けても警護対象お手製とは言えない。
さも自作弁当を装い、内心は期待と喜びに小さな胸を膨らませ、弁当の蓋を開ける。大食いな梅のために弁当は特大の二段型になっている。まずは上段、色とりどりのおかずが入っており見た目も美しい。後輩も驚きの声を上げる。
それに気を良くした梅は、いそいそと下段のご飯も確認する。すると目に飛び込んで来たのは、海苔で作られたハートマーク、さらにふりかけで『うめちゃんラブbyあさひ』と器用に描かれた文字であった。朝日の辞書に『容赦』の二文字は存在しない。
「なっ、何いっス!? あ、姐さん、それはいった――――」
その瞬間! 梅の高速裏張り手が後輩の両目を容赦なく襲った。
「うっ、ぎゃあああああっス!! め、目がぁ!? 目がぁ!?」
すぐさま弁当をがばっと抱える。猛ダッシュで梅は食堂から逃げ去った。
「――おっと!?」
ちょうど食堂の出入口で昼食にやって来た矢地とすれ違う。
「ん? 今のは梅じゃないか? なんだ? 凄い勢いで……顔だけじゃなく耳まで真っ赤にしてどうした? ……ああ、トイレか」
梅。当日はトイレで一人飯とあいなった。
――最後に深夜子の場合である。
「朝日君。ありがと、超感謝!」
「ううん。いつも深夜子さんの部屋で僕もゲームして遊んでるし……それに、掃除するのは嫌いじゃないからね」
ある日、深夜子は自分の部屋を朝日に掃除して貰った。現在、清掃完了の立ち会い中というわけだ。もちろん言うまで無いことだが、Mapsが自分の部屋を警護対象に掃除させる。完全に論外である。
朝日にこれを頼んでしまえる辺り、深夜子の甘えっぷりが実にうかがえる。
「ほらっ! ね、深夜子さん。お布団、どう?」
ぽふぽふと布団を軽く叩いてご満悦の朝日。
「ん? ふおあああああっ!? こっ、これはふかふか! 超ふっかふか!」
「天気も良かったからね。しっかり干したあとで、布団用 掃除機もかけたんだ」
「朝日君。ヤバい。グッジョブすぎる!」
サムズアップでこちらもご満悦な深夜子である。
もし、世間一般の女性がこの場面を見たなら、嫉妬と呪いで魂は黒く濁り、砕け散ってもおかしくない。そしてそんな暴挙をやはり天は許さなかったらしい。
――朝日の口から、聞き捨てならないキーワードが漏れた。
「それに布団だけじゃ無くて、ベッドもばっちり掃除してるからね!!」
「は? へ? ベ、ベッド……も?」
今なんと? ドキンと心臓が音をたて、深夜子は自然と表情が曇る。
「うん。やっぱベッドマットとかも掃除しないとダメだからね。ついでにベッドの下も片付――――あっ!」
そう言いかけて朝日が口をふさいだ。そう! この世界、年頃の女子である深夜子のベッド下には――。見られた? アレを? 深夜子の精神にさらにどんよりとした雲がかかる。理由は是非とも察していただきたい!
見ればなんとも気まずそうな朝日の反応。深夜子は一気に青ざめる。ヤバい! 嫌われる? 軽蔑されちゃう? 日頃は猛禽類を思わす目が、釣り糸もかくやの細さとなる。顔中からだらだらと脂汗が流れ、引きつった笑みを浮かべてるのが精一杯だ。
「あっ、あああ朝日君!? ま、まさか……ま、さ、か、あたしのベッド下のモノを――」
「ウウン。ボクナンニモミテナイヨー」
朝日。ごまかすのが下手な子!
「あわわわわ、朝日君。その、あたし。いや、その、あの……ああああああああ」
「ちょ、ちょっと深夜子さん。その、少し片づけしただけだから! 箱の中身なんて見てないから。そ、それに僕、ちょっとエッチなのとか平気だから、全然大丈夫だから」
傷口を広げて行くスタイル。
深夜子の真っ青だった顔が、急激に真っ赤に変色していく。だんだんと目にも危ない光が宿っていく。その変化に朝日も焦ってしまう。
実のところ、思いっきりチェックしてしまった数々のエロゲーやエロBDコレクションたち。しかし、朝日はエロに強い健全な男子高校生である。きっと深夜子は変な勘違いをしてるに違いない。逆の立場だったら……そうだ、むしろ共感すらあるのだ。
ここは一つ気の利いたフォローをするべき場面だろうと朝日は考えた。
「あの深夜子さん! 女教師モノとか、姉弟モノってやっぱ定番だと思うんだよね。それとマッサージ系。うん、深夜子さんってなかなかいい趣味してるよ! それから僕、びっくりしたんだけど痴漢ものがラッキースケベに分類されるとか、まあこれは逆に考えれば――」
やめたげてよお!
「くっ、殺せ!!」
「ちょっ!? 深夜子さん?」
「うっ……うう……う、うわあああああああああん!!」
「あ、ちょっと! 逃げないでよ? みっ、深夜子さーん!」
その日。晩ご飯での二人はそれはもう気まずかったそうな。
――とまあこんな有り様ではあるが、朝日としては日々こうしていた方が落ち着くから程度の理由である。何故かと問えば、朝日の日本における生活環境が原因だ。
母子家庭らしく朝日の母親は仕事で忙しく、家事全般は姉弟三人の交代担当制でフォローをしていた。その経験もあって、朝日は家事を一通りこなせる女子力高い系男子高校生だったりする。
――六月下旬。
朝日がこの世界に来て、約二ヶ月が経過。深夜子たちとの距離感もずいぶんと変わり始めている。隔絶していた常識(特に男女関係)など、少しずつお互いの理解も進んで、関係性も同様に進展していた。
深夜子と梅に対しては友達っぽくずいぶんと砕け、一番年上の五月は姉的ポジション扱いになっている。もちろん警護任務成功を目指す深夜子らにとって、優位的前進に違いない。
しかしそれは、神崎朝日と言う『超絶天然女殺し』が、本領を発揮し始めることも意味していた。
朝日との共同生活は深夜子らMapsにとって、恐ろしく甘美で、恐ろしく危ういものであることが明確になっていった。その容姿や性格はもちろん。女性に対する好意的な態度、無防備な思考が、悪魔的なまでに魅力……、だけで終わらなかったのである。
――最近、毎日が日曜日の神崎朝日さん(十七歳・男性)は「やることが無い!」とぼやき、家事を始めた。それは自分のことだけに留まらず。深夜子たちの世話もあれやこれやと焼いてくるようになった。
当然、警護対象である以前に、男性の朝日にそんな真似をさせるわけにはいかない。家政婦でもあるまいし、と三人は反対する。しかし朝日の強い希望に押しきられ、じゃあ一回だけ……などと、ある日は手料理、ある日は洗濯掃除、またある日は――美少年の甘い罠にどっぷりと嵌まってしまった三人である。
人間、一度贅沢を覚えると戻るのは容易ではない。その甘美な魅惑に、気がつけば朝日主導の生活ペースとなっていたのだ。
それでは、ここでその一例をご覧いただこう。
――まずは五月の場合。
その日はちょうど書類関係の仕事がたまり、深夜まで作業が続いていた。すると朝日が部屋を訪ねてくる。こんな遅くに何かと思いつつも、五月は部屋のドアを開け迎え入れた。
「五月さん。コーヒーと軽い夜食を持って来たのでどうぞ」
それは五月を気遣っての差し入れであった。
「まあ、朝日様。こんな遅くに……。でも、とても助かりますわ。お優しいお気遣い、ありがたくいただきますわ」
もちろん本来ならば、熱い抱擁と過剰なスキンシップに加え、たっぷりねっとり耳元で愛を囁きながら、感謝の意に代えたいところである。だが、五月は優しい微笑みをたたえ、淑女的に対応できるまで進歩していた。
「あのパソコンの横でいいですか? 置いておきますね」
「ええ、片付けは自分で済ませておきますわ」
「はい。じゃあ、続き頑張ってくださいね! おやすみなさい」
「それではおやすみなさいませ。朝日様」
軽く挨拶を交わして、朝日が寝室へと戻っていくのを見送る。一時作業を中断し、デスクチェアーに座ってコーヒーを飲む。ほぅ……とため息をつき、しばし物憂げな目で中空をながめる。
数秒後、だんだんとカップと受け皿を持つ手が震え始めた。カチャカチャと音をたてるそれらを五月は一旦デスクに置いて、ゆっくりと優雅に椅子から立ち上がる。
そのままフラフラと部屋の中央へ歩くと、突然、倒れるように床に転がり突っ伏した。
「うっきゃああああああああああっ!! あああ朝日様、朝日様、朝日様あっ――――!!」
五月がゴロゴロと床で転げ回る。
(コーヒーいれてきました)
(ええ、ありがとう)
「なーんて! どんな、どぉーんなお伽噺ですの!? ふ、ふふ夫婦ですらあり得ませんわっ! あ゛あ゛あ゛可愛い優しい可愛い愛しい! 朝日様素敵ですわああああああああ!!」
悶絶しながらその歓喜を表現している。
不思議とメガネがハートマークに見えるのは気のせいであろう。
「はあっ……はあっ……きっ、きっと、きっといつかは……私のそばまで来てコーヒーを置いてくださった後に」
床に転がりながら、五月は器用に一人芝居を始める。
『それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね。おやすみなさい……僕の愛しい五月さん(はぁと)』ちゅっ。
「とかっ! お、おおおやすみのキキキキキスを軽くしてくださったりなんかしたりなぁんてうひゃはあああああああでっすっわっ! んっもう! 朝日様ったら、朝日様った――――」
そんな自らの妄想にバンバン床を叩きまくり、転がりながら悶絶する五月。その部屋へと凄い勢いで迫りくる影があった。
バァンッと、勢いよく扉が開かれる!
「うるせぇええええええっ! てめえ、今何時だと思ってやがる!? 変な叫び声上げながら盛ってんじゃねえぞ! ちくしょーーめぇ!!」
五月の部屋からちょうど壁一つ隔てたとなりは梅の部屋である。
――続いて梅の場合。
Mapsは定例業務として月一回本部に出勤する必要がある。装備メンテナンスや情報関連のデータ更新を行うためだ。ある日の朝、ちょうど梅が玄関で出発の準備をしていた。ロリ猫娘に似合うかはともかく、スーツ姿で革靴を履いているところである。
「よっし! んじゃ、ちょっと行ってくらぁ」
「あっ、梅ちゃんちょっと待って」
出かけの挨拶をした梅を呼び止めて、スリッパをパタパタと鳴らし、朝日が玄関へやって来る。その手には何やら手提げ袋が一つ。
「はい、これ」
「ん? なんだこりゃ?」
突然、朝日から手提げ袋を渡され、梅の頭に”?”が浮かんでいる。
「お弁当だよ、作ったんだ。梅ちゃん夜まで本部でお仕事でしょ。お昼ご飯はこれを食べてね」
男性による手作り弁当。この世界において伝説級と称されるアイテムである。それを聞いた梅の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ちょっ!? おまっ、べ、べべべ弁当……だと……!? な、ななな……朝日。お、お前……まさか、俺に気でもあんのか? い、いやそんな――」
「あはは。大げさだなぁ梅ちゃんは。たまのお出かけでお仕事なんだから、この位は当然でしょ?」
「と、当然? そ、そうなのか? ……そうか……あっ、ああ、いやっ! まあ、あ、ありがとよ朝日。ちょうど昼をなんにすっか悩んでたからよ。ありがたくいただくぜ! ……と、とにかく行ってくん――――ぐぎゃっ!?」
あからさまに動揺し、思いっきり扉に激突する梅である。
なんせ夫婦であっても、夫が働く妻に手作りの弁当を作る確率は限りなくゼロのこの世界。これはまさか愛の告白か!? と、早とちりしたのであった。
「ふ、ふーん……そっか、当然か、当然なのか。いや、でも、朝日の手作り弁当か……へへへ」
嬉しいのか、残念なのか、よく分からない独り言をぶつぶつと漏らす。結局、手提げ袋をながめつつ、梅はふらふらと仕事に出発していった。
――そんな本部での昼休み。梅は久々に再会した後輩と二人で食事をすることにしていた。男性保護省の職員用食堂で隣り合って座り、昔話に花を咲かせている。ちょうどこれから弁当を取り出して開けるところだ。
「あれ? 姐さん今日は弁当自前っスか? めずらしいっスね」
「えっ? あっ、ああ、まあ……た、たまにはよ」
口が裂けても警護対象お手製とは言えない。
さも自作弁当を装い、内心は期待と喜びに小さな胸を膨らませ、弁当の蓋を開ける。大食いな梅のために弁当は特大の二段型になっている。まずは上段、色とりどりのおかずが入っており見た目も美しい。後輩も驚きの声を上げる。
それに気を良くした梅は、いそいそと下段のご飯も確認する。すると目に飛び込んで来たのは、海苔で作られたハートマーク、さらにふりかけで『うめちゃんラブbyあさひ』と器用に描かれた文字であった。朝日の辞書に『容赦』の二文字は存在しない。
「なっ、何いっス!? あ、姐さん、それはいった――――」
その瞬間! 梅の高速裏張り手が後輩の両目を容赦なく襲った。
「うっ、ぎゃあああああっス!! め、目がぁ!? 目がぁ!?」
すぐさま弁当をがばっと抱える。猛ダッシュで梅は食堂から逃げ去った。
「――おっと!?」
ちょうど食堂の出入口で昼食にやって来た矢地とすれ違う。
「ん? 今のは梅じゃないか? なんだ? 凄い勢いで……顔だけじゃなく耳まで真っ赤にしてどうした? ……ああ、トイレか」
梅。当日はトイレで一人飯とあいなった。
――最後に深夜子の場合である。
「朝日君。ありがと、超感謝!」
「ううん。いつも深夜子さんの部屋で僕もゲームして遊んでるし……それに、掃除するのは嫌いじゃないからね」
ある日、深夜子は自分の部屋を朝日に掃除して貰った。現在、清掃完了の立ち会い中というわけだ。もちろん言うまで無いことだが、Mapsが自分の部屋を警護対象に掃除させる。完全に論外である。
朝日にこれを頼んでしまえる辺り、深夜子の甘えっぷりが実にうかがえる。
「ほらっ! ね、深夜子さん。お布団、どう?」
ぽふぽふと布団を軽く叩いてご満悦の朝日。
「ん? ふおあああああっ!? こっ、これはふかふか! 超ふっかふか!」
「天気も良かったからね。しっかり干したあとで、布団用 掃除機もかけたんだ」
「朝日君。ヤバい。グッジョブすぎる!」
サムズアップでこちらもご満悦な深夜子である。
もし、世間一般の女性がこの場面を見たなら、嫉妬と呪いで魂は黒く濁り、砕け散ってもおかしくない。そしてそんな暴挙をやはり天は許さなかったらしい。
――朝日の口から、聞き捨てならないキーワードが漏れた。
「それに布団だけじゃ無くて、ベッドもばっちり掃除してるからね!!」
「は? へ? ベ、ベッド……も?」
今なんと? ドキンと心臓が音をたて、深夜子は自然と表情が曇る。
「うん。やっぱベッドマットとかも掃除しないとダメだからね。ついでにベッドの下も片付――――あっ!」
そう言いかけて朝日が口をふさいだ。そう! この世界、年頃の女子である深夜子のベッド下には――。見られた? アレを? 深夜子の精神にさらにどんよりとした雲がかかる。理由は是非とも察していただきたい!
見ればなんとも気まずそうな朝日の反応。深夜子は一気に青ざめる。ヤバい! 嫌われる? 軽蔑されちゃう? 日頃は猛禽類を思わす目が、釣り糸もかくやの細さとなる。顔中からだらだらと脂汗が流れ、引きつった笑みを浮かべてるのが精一杯だ。
「あっ、あああ朝日君!? ま、まさか……ま、さ、か、あたしのベッド下のモノを――」
「ウウン。ボクナンニモミテナイヨー」
朝日。ごまかすのが下手な子!
「あわわわわ、朝日君。その、あたし。いや、その、あの……ああああああああ」
「ちょ、ちょっと深夜子さん。その、少し片づけしただけだから! 箱の中身なんて見てないから。そ、それに僕、ちょっとエッチなのとか平気だから、全然大丈夫だから」
傷口を広げて行くスタイル。
深夜子の真っ青だった顔が、急激に真っ赤に変色していく。だんだんと目にも危ない光が宿っていく。その変化に朝日も焦ってしまう。
実のところ、思いっきりチェックしてしまった数々のエロゲーやエロBDコレクションたち。しかし、朝日はエロに強い健全な男子高校生である。きっと深夜子は変な勘違いをしてるに違いない。逆の立場だったら……そうだ、むしろ共感すらあるのだ。
ここは一つ気の利いたフォローをするべき場面だろうと朝日は考えた。
「あの深夜子さん! 女教師モノとか、姉弟モノってやっぱ定番だと思うんだよね。それとマッサージ系。うん、深夜子さんってなかなかいい趣味してるよ! それから僕、びっくりしたんだけど痴漢ものがラッキースケベに分類されるとか、まあこれは逆に考えれば――」
やめたげてよお!
「くっ、殺せ!!」
「ちょっ!? 深夜子さん?」
「うっ……うう……う、うわあああああああああん!!」
「あ、ちょっと! 逃げないでよ? みっ、深夜子さーん!」
その日。晩ご飯での二人はそれはもう気まずかったそうな。
――とまあこんな有り様ではあるが、朝日としては日々こうしていた方が落ち着くから程度の理由である。何故かと問えば、朝日の日本における生活環境が原因だ。
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