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第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている
第七十二話 出発!温泉旅行
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――十二月某日。朝日家温泉旅行出発の三日前である。
現在、リビングルームに全員集合。テーブルの上には地図、パンフレットが数冊、それにお茶とお菓子を囲んで雑談中だ。
「朝日様。我々が住んでいる曙区の南東側に隣接するのが武蔵区――私の実家などがある地域ですわね」
五月が地図をボールペンでなぞりながら、朝日に説明をしている。
「この武蔵区を真っ直ぐ南に下りますと双羽区。今回の目的地がある地域ですの。そして、ここから、こう」
地図が示す高速道路をペンの先が南方向――下へ下へとたどって海岸沿いで停止する。
「こちらが宿泊する温泉宿ですわ」
「へえー、思ったより距離があるんですね。それにここって半島ですか?」
「そうだよ朝日君。で、双羽区は国内屈指の温泉観光地」
宿泊施設のパンフレットをペラペラとめくっている深夜子が説明に加わる。
「こちらは国内の最南端。沖合いに海底火山がありますから泉源、湧出量も豊富ですの――あっ、出ましたわ。大和さん、高速道路をフルに使って片道四時間二十分でしてよ」
五月が道路情報を呼び出したタブレットを梅に渡す。
「あー、ぶっ飛ばして四時間切れるってとこか? んじゃ、運転は途中一回交代で充ぶ――」
「ふおわああああああっ! こっ、これは!?」
深夜子が叫び声を上げ、全員の動きが一瞬停止する。
「……どしたの深夜子さん?」
「一体、何事ですの!?」
「朝日君これ! これ見て!」
深夜子が興奮気味にパンフレットのとあるページを指差す。
「えーと……オープン記念企画。名店”金次郎”のお寿司食べ放題。おー、すごい美味しそうだね」
「ふっふっふ。朝日君が無料なのは当然として注目はここ!」
深夜子が指で注釈部分をぐりぐりしている。そこには『※男性宿泊客様御付の警護官もお一人様五千円で食事可能です』と記載されている。
「なんだとおおおおおお! 五千円で回らねえ高級寿司食べ放題だあ!? おいおい天国かよ」
梅がテーブルに身を乗り出す。
「ね、ね、朝日君。初日はお昼前到着でここ希望。超希望! 回らないお寿司食べ放題は正義」
「あ、うん。……い、いいんじゃないかな?」
「でしょ!? ひゃっふう!」
「警護官の制限時間が六十分だと……へっ、上等じゃねえか? たっぷりと後悔させてやるぜ!」
気合充分。いったい何と戦うつもりであろうか?
「貴女方……相変わらずブレませんわね」
――とまあ、心温まるやり取りが繰り広げられ、朝日家温泉旅行の行程は二泊三日にて組み立てられた。
それと時を同じくして、こちらは武蔵区の湾岸線沿い。国内シェア第二位の造船会社『海土路造船』の所在地だ。その本社のワンフロアには『民間男性警護会社タクティクス』の看板が掲げられている。
事務所の一室。小柄な女性がホワイトボードに旅行の行程らしきタイムテーブルを書きこみ、書類片手に説明をしている。
「だ、か、ら、さっきから何度も言ってるですよ。今回の場所は警護官に同行制限があって、A級ライセンスを持ってないと入れないのですよ」
そう言って、牛乳瓶の底のような眼鏡をクイッと持ちあげる。寝癖がついたまま結んだらこうなるであろう左右非対称の三つ網を揺らし、不満そうに口をへの字に結んでいる。タクティクス幹部の一人流石寺月美である。
「はぁ~~めんどくさいねぇ。じゃあ、あたいに月美、花美……それ以外だと二……いや、三人しか面子がいないじゃない。温泉なんて性に合わないしさぁ~。面子が少ないとあたいがサボれないじゃな~い? 気が乗らないねぇ」
堂々の働きたくないでござる宣言。190センチを超える巨躯が、ビジネスチェアの背もたれをへし折らんばかりにギシギシと揺らす。
足を会議テーブルに乱暴に投げ出し、そうぼやくのは黒髪に白のメッシュが入ったまだら模様のベリーショートヘア。そして爬虫類を思わせる目をした凛々しい女傑。タクティクスリーダーにして元SランクMapsの蛇内万里だ。
「そう言わんでござるよ万里氏。この温泉宿は殿も出資されておられる故に。男性客を集める協力をせんわけにはいかんのでござろうて」
事務所の壁に背もたれている痩身の女性が口を挟む。万里と月美の中間くらいの背丈、狐目に黒髪ポニーテールで侍を思わす風貌。月美の姉、流石寺花美だ。
「なので諦めるですよ万里姉。三日後に出発するですから絶対、ぜーーーったいに逃げちゃダメなのですよ!」
「へいへい。社長の面子があるのは知ってるさぁ。しかし……温泉……ねぇ」
「主様の説得も大変だったのですよ! 社長も月美に丸投げとか容赦ないのですよ」
「はいはい。わかったよ月美……で、にしちゃあさ。坊ちゃんを説得して部屋から出てきた時にゃ、アンタえらくご機嫌だったじゃな~い?」
片目をつむってニヤリとする万里。口をはわはわと歪める月美の顔が赤くなっていく。
「べっ、べべべ別に月美は、あ、主様と温泉旅行なんて楽しみにしてないですよっ! し、仕事、仕事なのですよっ! 全然、ぜんっぜんっ、変な想像とかしてないったらしてないですよーーーっ!!」
「「はいはい」」
――そして、三日が経過する。
高速道路を降りた朝日家のミニバンが双羽区へと入る。しばらく海岸沿いの道路を進むと、山手側のあちらこちらに湯けむりや温泉宿が見え始めた。
幹線道路から温泉街へと入ると、道路の舗装、建物の造り、細かいところでは街灯の意匠など、一気に温泉観光地らしい風景に変わって行く。いわゆる日本の有名温泉地的な雰囲気で和風テイストも強い。朝日にとっては馴染みある落ち着く光景だ。
「わあ! うんうん。すごく温泉旅行って感じがしてきた。それにしてもにぎやかだね」
想像以上に人(女性のみ)が多い。前後の車も途切れない。途中、車の窓から見える土産物や飲食店なども観光客でごった返していた。
「国始め(この世界のお正月)の直前まではこう言った所でゆっくりすんのが定番だかんな」
助手席から梅が振り向く。今は深夜子が運転手、後部座席に朝日と座っているのは五月だ。
この世界は十二月中旬から『国納め』と言って、一般的な企業や学校などは一斉に冬休みとなる。その分、行楽地などは書き入れ時になるのだ。
「それにしても一般女性の集まる行楽地で、完全男性福祉対応施設の運営。国もチャレンジしてますわね」
「五月。そう言えば五月ママの会社も出資企業に名前が入ってたけ――」
「私がアレにこの事を伝えるとでも?」
氷よりも冷たい口調で五月が即答する。
「あはは……で、五月さん。やっぱりこうしても男性ってあんまり来ない……ですよね?」
「まず来られませんわ。男性は外出を好まれない……のもありますが、外出しにくい環境も社会問題の一つですから」
今回、朝日たちが利用する新規オープンの宿泊施設は、国が企業出資を募って相当の投資をかけている。男性と警護官が利用する別館から、女性客向けの本館まで含めて敷地内は男性特区扱い。男性の宿泊フロアに至っては同行できる警護官にも制限がある。
そんな背景もあって、色々な方面での男性福祉アピールと半ば強引な男性集客が行われていたのだ。
「朝日君。そろそろ見えて来たよ」
車が敷地内へと入り、朝日の目に映るのは高級志向の温泉宿。本館『雲海』と男性福祉対応の別館『海神』の二棟。海岸線を望んだ山肌に立つ、自然に囲まれた超大型の和風リゾートホテルだ。露天風呂なども複数見える。
「こりゃ冗談抜きで金かけてんな……しっかし、あれだな……」
口をあんぐりと開けた梅が敷地内を見渡す。本館はともかく、別館すら見た目で客室は三桁に迫るであろう大きさだ。『絶対そんな人数、男が泊まりに来るわきゃねーだろ』とツッコミたくなるのであった。
その規模に負けず劣らず。男性客である朝日家ご一行様には、駐車場への誘導から、フロントロビーの案内まで、過剰と思える人数の従業員で出迎えサービスが行われた。
その分、手間なくスムーズに客室までご案内――のはずだったが、チェックインで何やら手間取っている。
「神崎様……あの、再確認となり……大変、その、失礼を承知ではありますが……この、お部屋取りは――」
「いえ。ちゃんと申し込みした通りで――」
ホテル側からすれば、貴重な男性客である朝日の機嫌を損ねるなど万が一にも起きてはいけない。にも関わらず。やたら低姿勢で、やたら申し訳なさそうなフロント係員が朝日に何度もチェックイン確認を行っていた。
「あの……朝日様。何かトラブルでも?」
五月が心配して声をかける。
朝日たっての希望で、宿泊プランなどは全て朝日一人で決めている。オンラインによる事前申し込みだった為、五月たちは詳細についてノータッチであった。
「あっ、五月さん。ごめんなさい。もう大丈夫ですから、さ、行きましょ」
「は、はぁ……?」
フロント係員との話を強引に切り上げ、朝日に言われるがままに五月たち三人は宿泊フロアに移動する。
「あっ、ここですよ五月さん。僕たちの泊まる紫陽花の間。深夜子さん、梅ちゃんもこっちだよー」
少し後ろを着いて来ている二人に手を振ってから、五月の手を引いて部屋へと入る朝日であった。
室内は部屋の名前が示す通りで純和風の造りだ。建物の八階に位置し、窓側は渓谷から海岸まで一面を見下ろせる。その絶景を楽しめるよう浴室には大型の檜風呂が設置され、温泉が引いてある。
他は二十畳の大広間と寝室に使う十畳の和室が二部屋。全て襖で仕切られ、外せば大部屋になる仕組みだ。
「わー、思ってた通りにいい感じ。良かったー!」
「あの……朝日様」
喜ぶ朝日におずおずと五月が声をかける。
「はい。五月さんどうかしました?」
「朝日様のお部屋はわかりましたが……その私たちの宿泊部屋は……」
すでに嫌な予感はひしひしと押し寄せている。それでも五月は引きつる顔の筋肉を押さえ込み笑顔をつくる。
もちろん朝日の回答は――。
「へへへ。全員でお泊まりできる部屋にしました」
「ふへえっ!?」「はあっ、なんだと朝日!?」
その一言に固まる深夜子と梅。
「やはり……ですか……どおりでフロント係員たちから見送り時に『呪われろ』とか『爆発しろ』とか『湯あたりしろ』の言葉が聞こえるはずですわ」
「黙っててごめんなさい。でも、みんなと旅行できる時くらいは思い出に家族みたいな感じがいいなって思って……ね、五月さん」
五月の腕に絡みつきちょっと甘えてみる。
「はひっ!? も、ももももちろん! 五月はっ、五月は問題ありませんことよ。朝日様との文化の違いもしっかりと理解しておりますし。それに、まあ、いずれ、五月と家族になるのは間違いな――あうっ」
暴走しかける五月の後頭部に梅が物理的ツッコミを入れる。
「こら、何を口走ってやがる。動揺しまくりじゃねえか?」
「し、失礼しましたわ」
五月は咳払いをしながら、ずれた眼鏡をかけ直す。
「ま、いいんじゃねえか? 部屋だって別れてるしよ」
「大和さん。私もダメとは申しませんわ。けれど鍵もかからないこんな薄い襖一つでは……」と五月が襖を開けたその先には――。
畳にしっかりと布団が敷かれ、枕元には常夜灯と箱ティッシュが一つ。
「さあ、あたしとレッツ愛の創造! いあ! いあ! 朝日君!」
深夜子が布団の中から手招きをしていた。無論、全裸待機ッッッ!!!
「てめえはアホかああああああ!!」
「あ、な、た、と言う人はああああああ!!」
「――――ふぎゃああああああっ!!」
【――布団ごと深夜子のすまきが完成するまで、しばらくお待ち下さい――】
「うっし、んじゃあ昼飯に行くぞ。回らない寿司食べ放題だぜ!」
「就寝時のことは食事の後でゆっくり検討することにして――ささ、参りましょうか。朝日様」
「えっ、あっ、うん……」
『ちょおーーーーっと? あっれー? くらいよー? せまいよー? ま、待って? お昼? お寿司!? ちょっ!? お、置いて、置いてかないでぇええええええええ!!』
【邪神封印】と書かれたシールが貼られた押し入れには、しっかりとつっかえ棒がクロスしている。
とラブる無しで終わるとは思えない朝日たちの温泉旅行。
ちなみに現在、到着してからわずか三十分である。
現在、リビングルームに全員集合。テーブルの上には地図、パンフレットが数冊、それにお茶とお菓子を囲んで雑談中だ。
「朝日様。我々が住んでいる曙区の南東側に隣接するのが武蔵区――私の実家などがある地域ですわね」
五月が地図をボールペンでなぞりながら、朝日に説明をしている。
「この武蔵区を真っ直ぐ南に下りますと双羽区。今回の目的地がある地域ですの。そして、ここから、こう」
地図が示す高速道路をペンの先が南方向――下へ下へとたどって海岸沿いで停止する。
「こちらが宿泊する温泉宿ですわ」
「へえー、思ったより距離があるんですね。それにここって半島ですか?」
「そうだよ朝日君。で、双羽区は国内屈指の温泉観光地」
宿泊施設のパンフレットをペラペラとめくっている深夜子が説明に加わる。
「こちらは国内の最南端。沖合いに海底火山がありますから泉源、湧出量も豊富ですの――あっ、出ましたわ。大和さん、高速道路をフルに使って片道四時間二十分でしてよ」
五月が道路情報を呼び出したタブレットを梅に渡す。
「あー、ぶっ飛ばして四時間切れるってとこか? んじゃ、運転は途中一回交代で充ぶ――」
「ふおわああああああっ! こっ、これは!?」
深夜子が叫び声を上げ、全員の動きが一瞬停止する。
「……どしたの深夜子さん?」
「一体、何事ですの!?」
「朝日君これ! これ見て!」
深夜子が興奮気味にパンフレットのとあるページを指差す。
「えーと……オープン記念企画。名店”金次郎”のお寿司食べ放題。おー、すごい美味しそうだね」
「ふっふっふ。朝日君が無料なのは当然として注目はここ!」
深夜子が指で注釈部分をぐりぐりしている。そこには『※男性宿泊客様御付の警護官もお一人様五千円で食事可能です』と記載されている。
「なんだとおおおおおお! 五千円で回らねえ高級寿司食べ放題だあ!? おいおい天国かよ」
梅がテーブルに身を乗り出す。
「ね、ね、朝日君。初日はお昼前到着でここ希望。超希望! 回らないお寿司食べ放題は正義」
「あ、うん。……い、いいんじゃないかな?」
「でしょ!? ひゃっふう!」
「警護官の制限時間が六十分だと……へっ、上等じゃねえか? たっぷりと後悔させてやるぜ!」
気合充分。いったい何と戦うつもりであろうか?
「貴女方……相変わらずブレませんわね」
――とまあ、心温まるやり取りが繰り広げられ、朝日家温泉旅行の行程は二泊三日にて組み立てられた。
それと時を同じくして、こちらは武蔵区の湾岸線沿い。国内シェア第二位の造船会社『海土路造船』の所在地だ。その本社のワンフロアには『民間男性警護会社タクティクス』の看板が掲げられている。
事務所の一室。小柄な女性がホワイトボードに旅行の行程らしきタイムテーブルを書きこみ、書類片手に説明をしている。
「だ、か、ら、さっきから何度も言ってるですよ。今回の場所は警護官に同行制限があって、A級ライセンスを持ってないと入れないのですよ」
そう言って、牛乳瓶の底のような眼鏡をクイッと持ちあげる。寝癖がついたまま結んだらこうなるであろう左右非対称の三つ網を揺らし、不満そうに口をへの字に結んでいる。タクティクス幹部の一人流石寺月美である。
「はぁ~~めんどくさいねぇ。じゃあ、あたいに月美、花美……それ以外だと二……いや、三人しか面子がいないじゃない。温泉なんて性に合わないしさぁ~。面子が少ないとあたいがサボれないじゃな~い? 気が乗らないねぇ」
堂々の働きたくないでござる宣言。190センチを超える巨躯が、ビジネスチェアの背もたれをへし折らんばかりにギシギシと揺らす。
足を会議テーブルに乱暴に投げ出し、そうぼやくのは黒髪に白のメッシュが入ったまだら模様のベリーショートヘア。そして爬虫類を思わせる目をした凛々しい女傑。タクティクスリーダーにして元SランクMapsの蛇内万里だ。
「そう言わんでござるよ万里氏。この温泉宿は殿も出資されておられる故に。男性客を集める協力をせんわけにはいかんのでござろうて」
事務所の壁に背もたれている痩身の女性が口を挟む。万里と月美の中間くらいの背丈、狐目に黒髪ポニーテールで侍を思わす風貌。月美の姉、流石寺花美だ。
「なので諦めるですよ万里姉。三日後に出発するですから絶対、ぜーーーったいに逃げちゃダメなのですよ!」
「へいへい。社長の面子があるのは知ってるさぁ。しかし……温泉……ねぇ」
「主様の説得も大変だったのですよ! 社長も月美に丸投げとか容赦ないのですよ」
「はいはい。わかったよ月美……で、にしちゃあさ。坊ちゃんを説得して部屋から出てきた時にゃ、アンタえらくご機嫌だったじゃな~い?」
片目をつむってニヤリとする万里。口をはわはわと歪める月美の顔が赤くなっていく。
「べっ、べべべ別に月美は、あ、主様と温泉旅行なんて楽しみにしてないですよっ! し、仕事、仕事なのですよっ! 全然、ぜんっぜんっ、変な想像とかしてないったらしてないですよーーーっ!!」
「「はいはい」」
――そして、三日が経過する。
高速道路を降りた朝日家のミニバンが双羽区へと入る。しばらく海岸沿いの道路を進むと、山手側のあちらこちらに湯けむりや温泉宿が見え始めた。
幹線道路から温泉街へと入ると、道路の舗装、建物の造り、細かいところでは街灯の意匠など、一気に温泉観光地らしい風景に変わって行く。いわゆる日本の有名温泉地的な雰囲気で和風テイストも強い。朝日にとっては馴染みある落ち着く光景だ。
「わあ! うんうん。すごく温泉旅行って感じがしてきた。それにしてもにぎやかだね」
想像以上に人(女性のみ)が多い。前後の車も途切れない。途中、車の窓から見える土産物や飲食店なども観光客でごった返していた。
「国始め(この世界のお正月)の直前まではこう言った所でゆっくりすんのが定番だかんな」
助手席から梅が振り向く。今は深夜子が運転手、後部座席に朝日と座っているのは五月だ。
この世界は十二月中旬から『国納め』と言って、一般的な企業や学校などは一斉に冬休みとなる。その分、行楽地などは書き入れ時になるのだ。
「それにしても一般女性の集まる行楽地で、完全男性福祉対応施設の運営。国もチャレンジしてますわね」
「五月。そう言えば五月ママの会社も出資企業に名前が入ってたけ――」
「私がアレにこの事を伝えるとでも?」
氷よりも冷たい口調で五月が即答する。
「あはは……で、五月さん。やっぱりこうしても男性ってあんまり来ない……ですよね?」
「まず来られませんわ。男性は外出を好まれない……のもありますが、外出しにくい環境も社会問題の一つですから」
今回、朝日たちが利用する新規オープンの宿泊施設は、国が企業出資を募って相当の投資をかけている。男性と警護官が利用する別館から、女性客向けの本館まで含めて敷地内は男性特区扱い。男性の宿泊フロアに至っては同行できる警護官にも制限がある。
そんな背景もあって、色々な方面での男性福祉アピールと半ば強引な男性集客が行われていたのだ。
「朝日君。そろそろ見えて来たよ」
車が敷地内へと入り、朝日の目に映るのは高級志向の温泉宿。本館『雲海』と男性福祉対応の別館『海神』の二棟。海岸線を望んだ山肌に立つ、自然に囲まれた超大型の和風リゾートホテルだ。露天風呂なども複数見える。
「こりゃ冗談抜きで金かけてんな……しっかし、あれだな……」
口をあんぐりと開けた梅が敷地内を見渡す。本館はともかく、別館すら見た目で客室は三桁に迫るであろう大きさだ。『絶対そんな人数、男が泊まりに来るわきゃねーだろ』とツッコミたくなるのであった。
その規模に負けず劣らず。男性客である朝日家ご一行様には、駐車場への誘導から、フロントロビーの案内まで、過剰と思える人数の従業員で出迎えサービスが行われた。
その分、手間なくスムーズに客室までご案内――のはずだったが、チェックインで何やら手間取っている。
「神崎様……あの、再確認となり……大変、その、失礼を承知ではありますが……この、お部屋取りは――」
「いえ。ちゃんと申し込みした通りで――」
ホテル側からすれば、貴重な男性客である朝日の機嫌を損ねるなど万が一にも起きてはいけない。にも関わらず。やたら低姿勢で、やたら申し訳なさそうなフロント係員が朝日に何度もチェックイン確認を行っていた。
「あの……朝日様。何かトラブルでも?」
五月が心配して声をかける。
朝日たっての希望で、宿泊プランなどは全て朝日一人で決めている。オンラインによる事前申し込みだった為、五月たちは詳細についてノータッチであった。
「あっ、五月さん。ごめんなさい。もう大丈夫ですから、さ、行きましょ」
「は、はぁ……?」
フロント係員との話を強引に切り上げ、朝日に言われるがままに五月たち三人は宿泊フロアに移動する。
「あっ、ここですよ五月さん。僕たちの泊まる紫陽花の間。深夜子さん、梅ちゃんもこっちだよー」
少し後ろを着いて来ている二人に手を振ってから、五月の手を引いて部屋へと入る朝日であった。
室内は部屋の名前が示す通りで純和風の造りだ。建物の八階に位置し、窓側は渓谷から海岸まで一面を見下ろせる。その絶景を楽しめるよう浴室には大型の檜風呂が設置され、温泉が引いてある。
他は二十畳の大広間と寝室に使う十畳の和室が二部屋。全て襖で仕切られ、外せば大部屋になる仕組みだ。
「わー、思ってた通りにいい感じ。良かったー!」
「あの……朝日様」
喜ぶ朝日におずおずと五月が声をかける。
「はい。五月さんどうかしました?」
「朝日様のお部屋はわかりましたが……その私たちの宿泊部屋は……」
すでに嫌な予感はひしひしと押し寄せている。それでも五月は引きつる顔の筋肉を押さえ込み笑顔をつくる。
もちろん朝日の回答は――。
「へへへ。全員でお泊まりできる部屋にしました」
「ふへえっ!?」「はあっ、なんだと朝日!?」
その一言に固まる深夜子と梅。
「やはり……ですか……どおりでフロント係員たちから見送り時に『呪われろ』とか『爆発しろ』とか『湯あたりしろ』の言葉が聞こえるはずですわ」
「黙っててごめんなさい。でも、みんなと旅行できる時くらいは思い出に家族みたいな感じがいいなって思って……ね、五月さん」
五月の腕に絡みつきちょっと甘えてみる。
「はひっ!? も、ももももちろん! 五月はっ、五月は問題ありませんことよ。朝日様との文化の違いもしっかりと理解しておりますし。それに、まあ、いずれ、五月と家族になるのは間違いな――あうっ」
暴走しかける五月の後頭部に梅が物理的ツッコミを入れる。
「こら、何を口走ってやがる。動揺しまくりじゃねえか?」
「し、失礼しましたわ」
五月は咳払いをしながら、ずれた眼鏡をかけ直す。
「ま、いいんじゃねえか? 部屋だって別れてるしよ」
「大和さん。私もダメとは申しませんわ。けれど鍵もかからないこんな薄い襖一つでは……」と五月が襖を開けたその先には――。
畳にしっかりと布団が敷かれ、枕元には常夜灯と箱ティッシュが一つ。
「さあ、あたしとレッツ愛の創造! いあ! いあ! 朝日君!」
深夜子が布団の中から手招きをしていた。無論、全裸待機ッッッ!!!
「てめえはアホかああああああ!!」
「あ、な、た、と言う人はああああああ!!」
「――――ふぎゃああああああっ!!」
【――布団ごと深夜子のすまきが完成するまで、しばらくお待ち下さい――】
「うっし、んじゃあ昼飯に行くぞ。回らない寿司食べ放題だぜ!」
「就寝時のことは食事の後でゆっくり検討することにして――ささ、参りましょうか。朝日様」
「えっ、あっ、うん……」
『ちょおーーーーっと? あっれー? くらいよー? せまいよー? ま、待って? お昼? お寿司!? ちょっ!? お、置いて、置いてかないでぇええええええええ!!』
【邪神封印】と書かれたシールが貼られた押し入れには、しっかりとつっかえ棒がクロスしている。
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