くすぐりマインドフルネス

文字の大きさ
1 / 11

くすぐられながら、精神統一できますか?

しおりを挟む
天蓋から淡い布がゆれる道場の一隅。柔らかな畳の香りと、遠くで鳴る風鈴の音が、時の流れをゆるめていた。

薄衣を纏った女弟子──沙雪(さゆき)は、静かに正座していた。
目を閉じ、呼吸を整える。

──吸って……吐いて……

だが、修行はすでに始まっていた。
背後にそっと近づいたのは、師範・宗道(そうどう)。

無言のまま、彼は沙雪の背後に膝をつくと、静かに──あまりに静かに、彼女のわき腹へと指を添えた。

「っ……」
瞬間、身体が微かに震えた。

「心を見失ったな」
師範の声は静かで低く、どこか慈しみに満ちていた。

「これは精神統一の妨げです……っ、くすぐられたら、集中など……」
そう訴える沙雪の言葉を遮るように、指が再び、今度はより繊細に、わき腹から背骨に沿って滑り上がった。

ぷる、と肩が揺れる。
笑ってはいない。だが──心が波立っていた。

「心とは、常に揺れるものだ。
……ならば、その揺れを拒むな。味わい、受け入れよ」

指先は今度、首筋の下──肩甲骨の内側にそっと触れた。
まるで羽毛を這わせるかのように、静かに、肌をなぞる。

「ふっ……ふぅぅ……」
深呼吸を保ちながらも、沙雪の吐息はわずかに震えていた。

だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。

──この震えの中に、自分の心の輪郭がある。
──指の感触が、心のざわめきを写し出している。

いつしか沙雪は、くすぐったさそのものが「雑念」ではなく、「気づき」だと気づき始めていた。

師範は次第に指先の動きを変えた。
わざとギリギリ笑いがこぼれない程度に、くすぐりの“緩急”と“間”を操っていく。

「今、何を感じている?」

「……波のように、揺れて……
 でも、揺れても、戻ってこられる……
 私の中心は、ここにある……」

沙雪の声は深く、そして静かだった。

もはや彼女は、くすぐられているのではなかった。
くすぐりという“波”に、完全に身をゆだね、呼吸とともに“今”だけを感じていた。

くすぐりマインドフルネス──
それは、笑いの発作の直前、身体が最も敏感になる「一点」に、意識を集中させる修行。
くすぐったさは恐れではなく、感覚を澄ませる“門”である。

やがて沙雪は、呼吸の中で、涙をひとすじ流した。
苦しさではない。歓喜と、解放の涙。

そして、師範の指がふっと止まった。

「……ようやく、本当のおまえの静けさに、触れられたな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三匹の○○○

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ とある家を襲おうとしている狼の、下品な話。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

処理中です...