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笑いの中の静寂 ― くすぐりマインドフルネスの核心へ
しおりを挟む「今日は、笑っても、いいのよ」
道場に集った弟子たちは、思わず顔を見合わせた。
師範・菜々の柔らかな微笑は、春の陽差しのようだったが、そこに込められた意味は深い。
「これまで私たちは、くすぐったさの中で静寂を保とうとしてきました。でも今日は……その笑いすら、手放さずに、味わってみてください」
それは、試練であり、祝福でもあった。
くすぐりの刺激を“堪える”ことから、“赦す”ことへの転換。
己の感情、己の身体の反応を、否定せずにそのまま受け入れる。
それこそが――真のマインドフルネスである、と菜々は気づき始めていた。
そして、儀式は始まった。
*
第一の弟子・優奈の足裏に、菜々の指先が触れる。
つま先からかかとまで、やわらかく、ゆっくりと、まるで感覚を撫でるように。
その瞬間――
「ひゃっ……は、ふふっ……あははっ……!」
優奈は笑った。声に出して、素直に。
けれど驚くべきことに、その笑いは乱れでも、脱落でもなかった。
笑いながらも、彼女の呼吸は深く続いていた。
吐く息とともに、笑いが音となってあふれ出し、吸う息とともに、また新たな静けさが満ちる。
「気持ちいい……なんだか、あたたかいです……」
「それでいいのよ、優奈。あなたは、あなたのままでいて」
菜々は心からそう思った。
抑えつけることも、制御することも、美徳ではない。
感じ、笑い、揺らぎながらも、自分の中心に還ってくること――それが、真の“座”である。
第二の弟子・詩織は、肩甲骨まわりをくすぐられながら、最初は歯を食いしばっていた。
けれど、ふいに菜々の指先が、脇腹から腰骨のきわにすべりこんだ瞬間。
「っひゃ、ひぃ~っ……ははっ、あっはははっ、も、無理っ……!」
崩れるように笑った。肩が震え、涙すら浮かぶほどだった。
けれど、それを止めようとはしなかった。菜々も止めなかった。
「詩織……ほら、笑って。大丈夫よ。」
そう語る菜々の目にも、静かに光るものがあった。
*
弟子たちは次々と、声を上げ、体をよじり、くすぐったさを隠さずに受け入れた。
それでも不思議と、空間は騒がしくならなかった。
むしろ――深まりがあった。
感覚の波に逆らわず、笑いとともに漂うように過ごすその時間は、まるで舞いのようであった。
高まり、揺らぎ、また静まり。笑いが余韻となって胸に残るとき、そこには**「自分であることの悦び」**があった。
最後に、菜々自身がその輪に座った。
「では、今度は……私が、受けましょう」
弟子たちはそっと彼女を囲み、手を重ねるように伸ばす。
誰もが、今日という特別な許しの時間に、敬意を抱いていた。
その指が、菜々の足首、脇腹、腰に、優しく触れていく。
徐々に、笑いの波が彼女にも押し寄せる。
「んふっ、く……くふふっ……っあはははっ……っ、やだぁ……!」
菜々が笑った。声を出して、素直に。
けれどその顔は、苦しげではなかった。
目を細め、笑いながら涙をにじませ、彼女は感じていた。
ああ、私は生きている。
この身体と、感覚と、声とともに、今、ここに在る――
その体験が、彼女に新たな道を示していた。
笑いは、気を散らすものではなかった。
それは、深く今を感じるための“呼び声”だったのだ。
*
その夜、道場は静けさに包まれていた。
くすぐりの余韻、笑いの記憶。
身体の奥に残る震えが、まるで聖なる鐘のように、静かに鳴り続けていた。
菜々は、床に座し、深く息を吸い込んだ。
笑いながら、深く、静かに在れるという奇跡――
その中心で、彼女は今、確かに微笑んでいた。
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