くすぐりマインドフルネス

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心のひだを撫でる絹 ― 拘束の修行とくすぐりマインドフルネス

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その日、道場の空気は張りつめていた。
薄曇りの光が障子越しに差し込み、静謐なる白の空間に、柔らかな絹の衣が揺れている。

弟子たちは全員、修行着である薄手の絹衣をまとっていた。
まるで風すらもくすぐりとなるような、なめらかで、やさしい質感。
それは触れる指先に感覚を伝えるためではなく、内なる感受性を際立たせるための衣である。

そして、今日の修行は──

「四肢を……静かに委ねてください」

菜々の声はやさしかった。
けれど、その指示の意味は明確だった。

弟子たちは、横たわり、四肢を固定されていく。
心を乱さぬように、美しく、安らかに、けれど確かに。

制約の中でこそ見えてくるものがある。
そう、師範は教えていた。

菜々は、ひとりの弟子――月乃の傍らに膝をついた。

絹の衣が、身体の輪郭にやさしく寄り添っている。
脇の下も、脇腹も、膝裏も――普段は隠されている場所が、今、無防備にさらけ出されていた。

「月乃、いま、何を感じている?」

「……こわい、です。でも……楽しみで……変な気持ち……」

「それでいいの。心のひだが揺れている。今、その震えに寄り添って――」

菜々の指先が、絹衣の上から、そっと脇腹に触れる。
決して乱暴ではなく、滑らせるように、布越しに伝わる存在の圧。

「ふくっ……っ、う、く、くふふっ……!」

月乃の肩がピクリと揺れた。
拘束されているせいで、逃げ場がない。けれど――だからこそ、笑いと共に感覚を“赦す”ほかない。

菜々は、指先を滑らせながら言葉を紡ぐ。

「くすぐったさは、拒むものではないの。
それは……あなたの中に眠る“心の記憶”。
誰かに見せたことのない、奥の奥にある、やわらかいひだの部分。
そこに触れるからこそ、笑いがあふれる。涙に近い、歓喜の声なのよ」

指先が、肋骨の間をなぞるように這い、絹越しの感触が心の奥に届いていく。
月乃の息は乱れ、けれど深く、笑いながらもどこか静謐だった。

「っあ……は、っ、あはっ、ふふふっ……っあぁ……!」

彼女の笑い声は空間を満たしながら、やがて波が静まるように穏やかになっていく。

「どうだった、月乃」

「……怖かった。でも、笑ってるうちに……全部、忘れて。……わたし、笑いながら、泣いてたかも……」

「それは、あなたが中心にいた証よ。
感覚に飲まれず、笑いを通して、自分の核に届いたの。
それが、“いまここ”のあなた──」

その後も、ひとり、またひとりと弟子たちは絹衣のまま、静かなる拘束の中でくすぐられた。
腰骨のきわ、太ももの内側、足指の間……
どのくすぐりも、激しさではなく、じっくりと、心の隠れたひだを撫でるように。

そして皆が気づくのだ。
笑いながらも、なお深く――意識は鎮まり、
感覚の奥に広がる静寂が、美しい世界を映し出していることに。

拘束されているはずなのに、心が自由になる。
逃げられないからこそ、感じることを選び、受け入れる。
くすぐりは、心の核心に届く“道”となる。



その夜、菜々はひとり、自らも同じ絹衣をまとい、帯で四肢を結び、静かに横たわった。

「私も……もっと深く、届きたい……」

やがて、弟子たちの手が菜々の身体に触れる。
優しく、遅く、丁寧に。

笑いがこみ上げ、声が漏れ、涙が滲む。
でも、それは悲しみではなく、開かれていく悦びだった。

そして彼女は、くすぐったさの波の中で、再び“自分の中心”に還っていくのだった。
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