くすぐりマインドフルネス

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かつて笑いを禁じられた少女

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それは、静流がまだ道場に来る前のことだった。

家庭では厳格すぎる父のもと、
「笑うこと」は軽率なことだと教えられて育った。
「笑顔は愚か者の証」「女が笑っていいのは、男を喜ばせるときだけだ」と。

だから、静流は笑いを押し殺すようになった。
くすぐられても、くすぐったくないふり。
泣きたくても、涙を飲み込む。

その“ふり”はやがて鎧になり、
彼女の心をも、凍てつかせていった――。

◇ ◇ ◇

夜。菜々の導きで、静流はひとり、修行の間へと呼ばれた。

月明かりが、襖の向こうから淡く差し込んでいる。
絹の修行着に身を包んだ静流は、絹の帯でゆるやかに四肢を結ばれ、床に横たわっていた。

「静流……今日はあなたの番です」

菜々の声は、まるで母のように優しく、どこか切なげでもあった。

「あなたの中にある、まだ声になっていない感情。今日、いっしょに迎えに行きましょう」

菜々はまず、静流の足元にそっと膝をつく。
足の甲からくるぶし、ふくらはぎへと、修行着の上から指先が撫でられていく。
絹の上から伝わる感触は、まるで音叉が心に触れるような繊細さだった。

「……っ、ぅ……」

静流は、息をのんだ。
顔をそむけ、声をこらえた。

「笑わなくてもいい。でも、感じて」

菜々の指先は、膝裏へ。
そこから太ももの内側へと、ゆっくり、やさしく。

「……あ……ぁ……くすぐったい……」

その声は、長く封じられていた彼女の“素直”だった。
いつからか忘れていた、自分が“感じてよい存在”だということ。

菜々の手が、今度は脇腹に添えられる。

「……はっ、ふ、ふふっ……ふぁっ、くすぐっ、や、やだ……っ、笑っちゃ……だめ……」

「なぜ、だめなの?」

「……父が……“笑うな”って……わたし……ずっと……」

菜々は、そっとその胸元に頭を寄せた。
「じゃあ、今日は父のいない夜にしましょう。ここはあなたのための、自由な夜……笑っていいのよ、静流」

その言葉が、涙腺を決壊させた。

「ひっ……あはははっ、やだ……くすぐっ、だめ……でも……気持ちいい……」

菜々の指が、あばらをなぞり、首の後ろへ。
笑いとともに、涙が零れ、声があふれる。

「くすぐったい……こんなに、くすぐったかったんだ……!」

笑い声の中に、深い悲しみが溶けていく。
静流の全身が、笑いという優しい波に包まれながら、
やっと、感情の海に身を預けたのだった。

菜々は彼女の髪を撫でながら、そっと言った。

「それが、あなたの声。ずっと、聞きたかったわ。静流……よく、がんばってきたね」

静流は、涙と笑いの合間に、はじめて素のままの笑顔を浮かべた。
その微笑みは、誰かのためではなく、自分自身のためにこぼれたものだった。

――笑いとは、弱さではなく、赦し。

その夜、静流の心に宿った“くすぐられた感情”は、
長く封じられていた自分自身を、そっと迎え入れたのだった。

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