生死の狭間

そこらへんの学生

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放浪

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「ありゃ、佐竹さんじゃないか。こんなとこで油売ってていいのかい?」
 寂れた商店街を歩く佐竹は、シワがれた老爺の声に振り返る。佐竹にとって見慣れた顔の老爺だった。老爺はこの商店街でペンキ屋を営んでいた。そうして、佐竹は薄汚れた茶色のジャンパーのポケットに突っ込んでいた手を出して挨拶を返した。
「良いんですよ、俺みたいな下っぱはこうして油を売ることが仕事ですから」
 佐竹の適当な返答に老爺は一瞬眉をしかめたが、すぐに表情を和らげた。
「勘弁してくれよ佐竹さん、例の事件のせいで、ただでさえ少ない客足が無くなっちまいそうなくらいなんだ。早いとこ解決するように上司にでもキツく言うといてくれんか」
「はいはい、分かりました。それじゃあまた」
 老爺の返答を待つまでもなく佐竹はもう一度薄汚れたジャンパーのポケットに手を突っ込んで、歩き出した。シャッター街になりつつあるこの商店街で生まれ育った佐竹にとって、この街は愛着がある訳でも無い訳でも無かった。ただ、虚しさだけがそこにあった。
「腐れじじいが、偉そうなこと言いやがって」
 ボソ、と佐竹はつぶやいた。シャッター街で少しだけ佐竹の声はこだまする。

ーー早いとこ解決するように上司にキツく言うといてくれんかーー
 老爺の棘のある声が蘇る。
 そんな事を言ってやる気を出して解決できる能力が上の人間にあるのならとっくの昔にやっている、と佐竹は思った。第一、上の人間にとっては今回の連続殺人事件は、自らの手柄を立て社会的な評価を高めるための糧程度にしか思われていないのだ。個々人の出世のための事件解決であり、警察組織の社会的地位向上のための事件解決でしかない。
 つまり、住民など二の次なのだ。寧ろ上層部からすれば、この小さな町の一角で起きた連続殺人事件が、国を揺るがすほどの大事件に発展したところで犯人を捕まえるという最悪かつ最上級なシナリオを心のどこかで願っているに違いない。
 悪人の存在や犯罪の発生が、警察の責任になることはほとんどの場合においてあり得ない。異常な事件であればあるほど、犯人の精神状態や性格に原因があるとされ、その内面を育てた教育機関や親に責任や非難の目は向けられるのだ。
 一刻も早く捕まえなかった、事件を未然に防げなかった警察が責められることは、早々ない。勿論当たり前と言えば当たり前だが、それは警察が全力を挙げて事件解決に尽力したという前提が必要なのである。全力でやったが、ダメだったというのならそれで良いが、この事件に関してはそうでは無い。佐竹はそれを知っていた。だからこそ、佐竹自身も警察組織の一員として、捜査に精を出すことなどしなかった。それは地位や名誉向上のための捜査だと知っていたから。
 シャッター街を漸く抜けた佐竹が見た景色は、朝の日差しが眩しく差す、大きなショッピングモールだった。
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