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繰返し
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「いやぁー今日も疲れましたねぇ、先輩!」
パソコンの画面と睨めっこしていた私に、突然背後から声がした。
見るまでもなく声でわかる。あいつだ。
「先輩に対してその言い方はないだろう、まったく」
うんざりするように言いながら振り返った先に、あいつがいた。外崎。三つ下で去年入社したばかりの新人だった。社会人、というよりホストのような髪型のせいで、スーツを着ているにも関わらず何処か締まりがないなと私は常々思っていた。
「またまた~こうして可愛い後輩の僕に絡んでもらって内心嬉しいんじゃ無いんですか~」
ふと、外崎は時計を見遣った。
「残業申請出さなきゃ、また課長に怒られますよ~。ほら、出来る後輩ってやつじゃないですか?俺」
外崎が指さした時計は定時の午後7時を指していた。始業時間が遅いせいで定時と言えども、もう外の日は暮れていた。いつもはここから最低3時間の残業を嬉々としてこなす私だったが、今日の私は残業に追われている場合ではなかった。
「そんなことはない。今日は帰って予定があるんだ。残業に付き合ってやれなくて残念だが、またな」
私の言葉に、外崎は意外そうな顔をしてみせた。そしてすぐさまいつもの調子に戻る。
「え~家族サービスってやつですか? 僕にもしてくださいよ~」
「はいはい、また今度な。おつかれさん」
私は立ち上がってポンポン、と外崎の肩を軽く叩いた。外崎は項垂れるような声を漏らしていた。ちゃんとしてなさそうで、仕事は案外きちんとこなす外崎は、私の部下であり、指導担当だった。
私は作業途中だったパソコンをシャットダウンし、明日へ仕事を持ち越しながらも、清々しい気分で終業した。使い古された会社の机を軽く掃除して、足元の鞄を持って立ち上がる。
「先輩」
「ん?」
珍しく、外崎の声が低く落ち着いたものだったので、私は軽やかだった帰宅への足取りを一旦止めた。
「夜道、気をつけてくださいね」
「おいおい、不気味だな、やめてくれよ」
笑いながらそう返したが、外崎は笑ってはくれなかった。
ただ、気をつけてくださいね、と念を押すように私に言うのだった。
少しだけ妙な気分を感じた。それでも外崎なりに気を遣ってくれていたのか、嫌味を言っていたのか、分からないことには干渉すべきでは無い。
私にとって、会社や社会という世界は常に曖昧模糊としているもので、それゆえにあらゆる判断や決断を下すのは材料が曖昧である以上、意味のないものだと思っていた。
私は思考をやめて、最新鋭のセキュリティを備えている我が会社の正面玄関から、灯りがぼちぼち飲食街を照らす夜道へと歩き出したのだった。
パソコンの画面と睨めっこしていた私に、突然背後から声がした。
見るまでもなく声でわかる。あいつだ。
「先輩に対してその言い方はないだろう、まったく」
うんざりするように言いながら振り返った先に、あいつがいた。外崎。三つ下で去年入社したばかりの新人だった。社会人、というよりホストのような髪型のせいで、スーツを着ているにも関わらず何処か締まりがないなと私は常々思っていた。
「またまた~こうして可愛い後輩の僕に絡んでもらって内心嬉しいんじゃ無いんですか~」
ふと、外崎は時計を見遣った。
「残業申請出さなきゃ、また課長に怒られますよ~。ほら、出来る後輩ってやつじゃないですか?俺」
外崎が指さした時計は定時の午後7時を指していた。始業時間が遅いせいで定時と言えども、もう外の日は暮れていた。いつもはここから最低3時間の残業を嬉々としてこなす私だったが、今日の私は残業に追われている場合ではなかった。
「そんなことはない。今日は帰って予定があるんだ。残業に付き合ってやれなくて残念だが、またな」
私の言葉に、外崎は意外そうな顔をしてみせた。そしてすぐさまいつもの調子に戻る。
「え~家族サービスってやつですか? 僕にもしてくださいよ~」
「はいはい、また今度な。おつかれさん」
私は立ち上がってポンポン、と外崎の肩を軽く叩いた。外崎は項垂れるような声を漏らしていた。ちゃんとしてなさそうで、仕事は案外きちんとこなす外崎は、私の部下であり、指導担当だった。
私は作業途中だったパソコンをシャットダウンし、明日へ仕事を持ち越しながらも、清々しい気分で終業した。使い古された会社の机を軽く掃除して、足元の鞄を持って立ち上がる。
「先輩」
「ん?」
珍しく、外崎の声が低く落ち着いたものだったので、私は軽やかだった帰宅への足取りを一旦止めた。
「夜道、気をつけてくださいね」
「おいおい、不気味だな、やめてくれよ」
笑いながらそう返したが、外崎は笑ってはくれなかった。
ただ、気をつけてくださいね、と念を押すように私に言うのだった。
少しだけ妙な気分を感じた。それでも外崎なりに気を遣ってくれていたのか、嫌味を言っていたのか、分からないことには干渉すべきでは無い。
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私は思考をやめて、最新鋭のセキュリティを備えている我が会社の正面玄関から、灯りがぼちぼち飲食街を照らす夜道へと歩き出したのだった。
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