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駆け引き
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「お前は連続殺人事件について、何か思うところがあるんじゃないのか?」
再度問うてくる東堂の言葉に、様々な思慮を巡らせた後、俺は答える。
「ただの連続性のある事件、としか思ってません」
平坦に、冷静に。
東堂は、しばらく黙って俺を値踏みするように見つめる。眼鏡に反射する光が時折場所を変える。
「お前、嘘つくの下手すぎるだろ」
「嘘、ではないです」
「お前みたいなチャランポランが俺に敬語を使うなんて、相当気張ってるんだろ。何か勘づいてることがあるんじゃないか?」
東堂も冷静に、俺を問い詰める。こいつの眼は、いつだって人間の外皮ではなく内部を勝手に覗き込んでくる。その眼鏡に細工でもあるのかと思うほど、人外レベルに。
「仮にそれがあったとして、伝えたとして、もう上司でもない東堂さんはどうするんですか。もしかして、上からの命令かなんかですか」
勘づいた、なんてレベルのものではない俺の答えを、東堂に伝えたところで俺にとって何の利益もない。かつてのように協力を仰ぐこともない。
俺は既に刑事ではないのだから。
東堂は俺の言葉に一瞬目を見開いて、それからコップの水をぐいっと飲み干した。
「なんだ、てっきり俺は、お前が警察を辞めたのは自由に捜査するためだと思ったんだがな。見当違いか」
俺の狙いを、何の現物証拠もなく正確に的中させてくる。そして、それ自体がカマをかけることになることを、東堂は分かってやっている。こいつはそういうやつだ。
当たっていても、当たっていなくても、答えに近づく。絶対的な勝利への問い。
俺は、どうしようもなく、黙り込んだ。拳を少しだけ強く握りしめる。自白することだけ、ゴメンだった。
俺にはまだ、やらないといけないことがある。こんなところで東堂にバレて、諌められてたまるか。
どうやってこの状況を打開しようかと悩む間も無く、東堂は口を開いた。
「いやなに、お前の事を上に報告してやろうとか、そんな狡い事を考えてるわけじゃない。だからそんな身構えるな」
「じゃあ、なんなんすか?」
俺はゆっくりと顔を上げる。東堂の顔は、どこか柔らかい笑みを浮かべていた。
「警察の情報を提供できる俺と、独自の捜査網を持って、上の邪魔が入る事なく自由に動けるお前。二人が揃えば、どうだ?」
「どうって言われましても・・・」
まだ俺は何も答えていない。それなのにこいつは先へ先へと話を進める。
「俺の行動理由は、事件解決のためだけだ。そのためなら何でもする。お前も、この事件に賭ける思いがあったからこそ、警察を辞めてでも、捜査を続けようとしたんじゃないのか?」
芯のある声で、東堂は言う。
俺は、俺は。
正義の味方を辞めた。
麗華が死んでも、それでも縋り付いていたはずの正義から遠かった。
なのに、それなのに、こうして今沸き上がり、膨れ続ける心は。
「聞いたぞ、お前、大丸デパートに行ってわざわざ一ヶ月分の映像を引っ張って来たんだってな。あ、ちなみにこの情報は俺のとこで止めてある。あそこのお偉いさんと俺の繋がりが深くて良かったな」
「・・・すんません」
「謝るな、捜査ってのは本来そういうもんだ。あらゆる可能性を潰さなきゃ、答えには辿り着かないからな。慎重な上のバカどもよりはよっぽどマシだ」
東堂は険しい顔つきになりながら、また水を飲む。
俺の心は、たしかに燻っていた。
麗華を救えなかったあの日。絶望し、諦めたはずのあの日。
全てを煩わしいと、何もかもから逃げてきたはずの日々。
それでもその中に、確かな種火があった。逃れることも、目を逸らすことも出来ない炎がそこにあった。
東堂からの誘いは十二分に俺にとっての利益となるものだった。警察内部の情報は喉から手が出るほど欲しい。それでいて俺は俺独自の捜査を何も気にすることなく続けられる。こんなに美味しい話はなかった。
東堂の狙いが他に何かあるのではないか、とも思った。俺を騙しているのではないかと思った。しかしその疑念はすぐに消えた。
東堂は、このいけすかない相棒は、いつだって、どんな状況であっても事件解決を至上としている。そこに嘘偽りはない。長年嫌々コンビを組まざる得なかった俺でも、東堂の事件解決のための姿勢だけは、ずば抜けて評価していた。
一点の曇りもない、事件解決至上主義。情も悲哀もそこには介在しない。
この男にとって正義とは、全てを凌駕する概念なのだと思わされる。
「法を犯す人間は、須く裁かれるべきだ。俺たちは、そのためにここに居る。いいか、絶対に情けなんてかけるな。その情けは、自分自身への罪悪感を薄めるための愚かな劣情だ。俺たちは罪を裁き、人を助けるのではない。それは俺たちの仕事ではない。俺たちは、罪ある人の自由を奪うのだ。罪の有無ではない、人の自由を奪う仕事だと言う事を肝に銘じておけ」
東堂が、初めて俺とコンビを組んだ時に言ってきた言葉だった。忘れることもない。ここまで正義を渇望する刑事を、俺は見たことがなかったし、これから先も見ることはないだろう。
東堂は、正に正義の味方というべき人物だった。
「答えは、出たようだな」
再度顔を上げた俺に、東堂は微笑む。
俺の心は、滾るように燃えていた。
再度問うてくる東堂の言葉に、様々な思慮を巡らせた後、俺は答える。
「ただの連続性のある事件、としか思ってません」
平坦に、冷静に。
東堂は、しばらく黙って俺を値踏みするように見つめる。眼鏡に反射する光が時折場所を変える。
「お前、嘘つくの下手すぎるだろ」
「嘘、ではないです」
「お前みたいなチャランポランが俺に敬語を使うなんて、相当気張ってるんだろ。何か勘づいてることがあるんじゃないか?」
東堂も冷静に、俺を問い詰める。こいつの眼は、いつだって人間の外皮ではなく内部を勝手に覗き込んでくる。その眼鏡に細工でもあるのかと思うほど、人外レベルに。
「仮にそれがあったとして、伝えたとして、もう上司でもない東堂さんはどうするんですか。もしかして、上からの命令かなんかですか」
勘づいた、なんてレベルのものではない俺の答えを、東堂に伝えたところで俺にとって何の利益もない。かつてのように協力を仰ぐこともない。
俺は既に刑事ではないのだから。
東堂は俺の言葉に一瞬目を見開いて、それからコップの水をぐいっと飲み干した。
「なんだ、てっきり俺は、お前が警察を辞めたのは自由に捜査するためだと思ったんだがな。見当違いか」
俺の狙いを、何の現物証拠もなく正確に的中させてくる。そして、それ自体がカマをかけることになることを、東堂は分かってやっている。こいつはそういうやつだ。
当たっていても、当たっていなくても、答えに近づく。絶対的な勝利への問い。
俺は、どうしようもなく、黙り込んだ。拳を少しだけ強く握りしめる。自白することだけ、ゴメンだった。
俺にはまだ、やらないといけないことがある。こんなところで東堂にバレて、諌められてたまるか。
どうやってこの状況を打開しようかと悩む間も無く、東堂は口を開いた。
「いやなに、お前の事を上に報告してやろうとか、そんな狡い事を考えてるわけじゃない。だからそんな身構えるな」
「じゃあ、なんなんすか?」
俺はゆっくりと顔を上げる。東堂の顔は、どこか柔らかい笑みを浮かべていた。
「警察の情報を提供できる俺と、独自の捜査網を持って、上の邪魔が入る事なく自由に動けるお前。二人が揃えば、どうだ?」
「どうって言われましても・・・」
まだ俺は何も答えていない。それなのにこいつは先へ先へと話を進める。
「俺の行動理由は、事件解決のためだけだ。そのためなら何でもする。お前も、この事件に賭ける思いがあったからこそ、警察を辞めてでも、捜査を続けようとしたんじゃないのか?」
芯のある声で、東堂は言う。
俺は、俺は。
正義の味方を辞めた。
麗華が死んでも、それでも縋り付いていたはずの正義から遠かった。
なのに、それなのに、こうして今沸き上がり、膨れ続ける心は。
「聞いたぞ、お前、大丸デパートに行ってわざわざ一ヶ月分の映像を引っ張って来たんだってな。あ、ちなみにこの情報は俺のとこで止めてある。あそこのお偉いさんと俺の繋がりが深くて良かったな」
「・・・すんません」
「謝るな、捜査ってのは本来そういうもんだ。あらゆる可能性を潰さなきゃ、答えには辿り着かないからな。慎重な上のバカどもよりはよっぽどマシだ」
東堂は険しい顔つきになりながら、また水を飲む。
俺の心は、たしかに燻っていた。
麗華を救えなかったあの日。絶望し、諦めたはずのあの日。
全てを煩わしいと、何もかもから逃げてきたはずの日々。
それでもその中に、確かな種火があった。逃れることも、目を逸らすことも出来ない炎がそこにあった。
東堂からの誘いは十二分に俺にとっての利益となるものだった。警察内部の情報は喉から手が出るほど欲しい。それでいて俺は俺独自の捜査を何も気にすることなく続けられる。こんなに美味しい話はなかった。
東堂の狙いが他に何かあるのではないか、とも思った。俺を騙しているのではないかと思った。しかしその疑念はすぐに消えた。
東堂は、このいけすかない相棒は、いつだって、どんな状況であっても事件解決を至上としている。そこに嘘偽りはない。長年嫌々コンビを組まざる得なかった俺でも、東堂の事件解決のための姿勢だけは、ずば抜けて評価していた。
一点の曇りもない、事件解決至上主義。情も悲哀もそこには介在しない。
この男にとって正義とは、全てを凌駕する概念なのだと思わされる。
「法を犯す人間は、須く裁かれるべきだ。俺たちは、そのためにここに居る。いいか、絶対に情けなんてかけるな。その情けは、自分自身への罪悪感を薄めるための愚かな劣情だ。俺たちは罪を裁き、人を助けるのではない。それは俺たちの仕事ではない。俺たちは、罪ある人の自由を奪うのだ。罪の有無ではない、人の自由を奪う仕事だと言う事を肝に銘じておけ」
東堂が、初めて俺とコンビを組んだ時に言ってきた言葉だった。忘れることもない。ここまで正義を渇望する刑事を、俺は見たことがなかったし、これから先も見ることはないだろう。
東堂は、正に正義の味方というべき人物だった。
「答えは、出たようだな」
再度顔を上げた俺に、東堂は微笑む。
俺の心は、滾るように燃えていた。
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