生死の狭間

そこらへんの学生

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瞬き

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「すみません。尋ねたいことがあるのですが」

 私に話しかけてきたのは、黒いコートを身に纏った、少年だった。

「どうしたの? 道に迷ったの?」

 つい、子供扱いするような言葉を使ってしまった。こう言うところに、私は自分の職業病を感じてしまう。悩み、苦しむ生徒に寄り添おうとする養護教諭。それが私の仕事だった。

「少し、お時間あるでしょうか?」

「ええ、あるわよ。どうしたの?」

 随分と礼儀正しい少年だな、と思った。普段勤務先の学校で見るやんちゃな小学生と同じくらいの背丈のはずなのに、この少年はなぜな大人びて見えた。言葉遣い、落ち着き様が異様なまでにハッキリとしていた。

 最初から、そうであるかのような。何にも迷っていないような、そんな立ち振る舞い。いや、変な話だ。何を考えているのだろう、私は。

「今日は、どんな1日でしたか?」

「え?」

 真夜中の夜道、静まり返った住宅街で、疑問と驚きの声が漂う。

 どんな1日? 何を、聞いているのだろう、この少年は。道に迷っている訳ではないのか。いや、それよりも、その質問の意図はなんなのだろう。

「是非、渡辺さんの1日を、渡辺さんの意識と共にお聞きしたいんです」

「ええ、と。何を言ってるの? 君は、誰?」

 私の名前、少なくとも苗字の渡辺を知っている時点で即座に私は身構えた。不審者には決して見えなかったが、それでも十分警戒には値する会話だった。
 ストーカー、痴漢、露出狂etc...あらゆる恐怖と不安が脳を席巻する。男性に対する恐怖、それこそ私自身が持っている特有の偏見。それが、この少年には全く感じらなかったと言うのに。
 今でも、身構えていながら、私は少年の手の届く距離にいた。
 甘えだったのかもしれない、油断だったのかもしれない。

「ちょっと、お姉さんにはよく分からないから、今日は早く帰ったらどうかな? もう遅いから親御さんも心配してるわよ?」

 決して態度は崩さず、静かに諭す。いざとなれば大声で叫べば、助かる自信はあった。少なくともこの少年にそれほどまでの力はないように思えた。

 恐怖が、手の先の震えとなって現れていた。

 だが、結末はやけにあっさりとしたものだった。

「そうですか。やはり、分かりませんか。残念です」

 そう言って、少年は残念そうに頭を下げて、去っていった。綺麗に回れ右をして帰る姿は、やはりその背丈と同じ小学生を彷彿とさせた。

 私は大きな息を吐きながら、胸を撫で下ろす。冷や汗が背中にびっしょりと張り付いている。

「あぁ、怖かった」

 私はホラー映画は好きだったが、現実で恐怖するのは全くもって好きではなかった。少年の醸し出す恐怖は、死の危険を感じさせるものではそもそも無かったが、それでもやはり異様な何かだった。

 ハッキリとしすぎている異物。
 人としてあるべき何かを超越した、何かだった。
 私には何だったのかわからない。

 少年が暗闇に消えていくのを見届けて、私はもう一度帰り道の方へと振り返った。心は随分疲れていたが、それはいつものことだった。

ーーーーーーー


 私は、冷たさを感じた。冷たさ、と言っても、頬に、腹部に、足に、全身にヒヤリとした感覚があった。冬場のコンクリートだと気付くまでにそう時間はかからなかった。

「ーーーー」

 言葉が出なかった。おかしい。地面に倒れていることはわかった。

 なぜ?
 いつのまに?

 疑問が言葉にならない。声が出ない。

 そして突然激痛が走る。激痛が、知覚される。間違いなく、喉からの物だった。硬直する顔を必死に動かそうとした。目線を、痛みの原因である喉元に向ける。

「あ、ーーーー、あ、、、、」

 血だった。
 止めどなく溢れる血が、コンクリートに色をつけていた。

 自分の喉から、出血している。

 言葉を出そうとしていた脳が一瞬でパニックになる。溢れ出る情報と疑問符で脳が混乱する。

「なあ、どうだ? 苦しいかぁ?」

 言葉は頭上から聞こえてきた。
 声の主の顔は一切見えない。

 それでも、確かに分かることがある。

 私はこの頭上の声刺され、今正に死のうとしているのだと。

 信じられない現実と、認めなくない残酷な事実が、そこにあった。

 今日の日誌、手抜きで帰ったから、ダメだったのかなあ。

「お? 目が死んできたなあ。そろそろか」

 私は、静かに目を閉じた。
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