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103 閑話 ほのかな・・・
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フォンブランデイル公爵家に仕える使用人は多く、すべての者が互いに名も顔も知り得るわけではない。
ただ、親の代から仕えている者は、時折親に連れられて出入りするため、マトレイドとルジーのように年は違うが幼馴染となる者も多い。
マトレイドにとってルジーはやんちゃな弟のようなもの。貴族学院を出るとすぐ同じ情報部に入り、その貴族らしからぬ如才なさで市井に紛れた調査に才を見せた。投擲と体術が得意だ。
護衛として十分に足る能力、しかしそうは見えない衒いのなさとこどもと目線を合わせて話ができそうな性格を見込まれ、ドレイファスの護衛に抜擢された。
マトレイドはそれまでも時々見かける三姉妹の侍女をルジーがかわいいと褒めそやしていたのを知っていたので、面白いことになったと思ったのだが。
ルジーはマトレイドが思っていた以上に純情で、傍から見るとメイベル嬢が大好きだろう?とバレバレなのに、こどもっぽく意地悪したりからかったりしてまったく進展しない。
ドレイファス付きになったとき、二人ともすでに婚約してもおかしくない年齢だったから意外と早くくっつくかもとまわりも見守ったが、これが二年経っても少しも進展しないのだ。
メイベルはサイルズ男爵家の長女で、男子のこどもがいないので彼女が跡取り娘である。貴族令嬢の適齢期は十八からニ十三歳と言われるため、そろそろ婚約の話がなければおかしいくらい。
そのサイルズ男爵家は公爵夫人マーリアルの実家と縁戚で、マーリアルの元で行儀見習いをするため公爵家のこどもたちの侍女となった。ただの行儀見習いではない。マーリアルが従姉妹の娘でこどもの頃から知るメイベルたちをより良き家と縁組させるために預かっているのだ。
爵位を継ぐことのない貴族の次男三男からしたら、どんなに小さくても領地持ちの男爵、しかも公爵家と縁のある嫡子メイベルはかなり条件の良い婿入り先となる。
メイベル本人が、ちょっとお転婆で元気いっぱいなどということは知られていないが、それでも声がかからない?いや、本当は申込みはあるのだが、公爵家から嫁に出すと言ってドリアンが撥ねている。
それもそのうち、ふたりがくっつくだろうと思っていたからなのだが。
「ドリアン様。あのふたりはあのままでは永遠に進展しません」
マトレイドが事もあろうか、ドリアンに告げている。
「メイベルももう二十歳を超えるのだから、そろそろ婚約はさせたいわ。お互いの気持ちはどうなのかしら?」
マーリアルもふたりの恋路にやきもきしているひとりだ。
「この前の祝い膳のときを見るからに、メイベル嬢もまんざらでもないと思うんですよね」
実は。
ときどき公爵の執務室で、公爵夫妻と執事マドゥーン、情報部のマトレイドは顔を突き合わせ、若いふたりのじれじれを共有しては笑ったりもじもじしたりして楽しんでいた。
楽しいのだが、そんなことをしている間にメイベルが行き遅れることになったら、サイルズ男爵夫妻に顔向けができない。
「ではやはりこちらからふたりに打診するか」
ドリアンがなぜか残念そうに言うのを見て、
「メイベルが嫁いだら、リンラに素敵な人を見つけてあげましょう」
マーリアルがまだ次もあると匂わせ、夫妻だけの何か通じ合う合図をしたようである。
そろそろ潮時かな?とマトレイドは部屋を辞する挨拶に
「では何かあればお呼びください」
夫妻に告げた。
「それでどうしますの?」
「そうだな、マールは何か考えはあるか?」
「ないわ」
カクっと。
まさかの公爵がコケた。
「少し考えてみるわ。なにかロマンチックなことを。サイルズ家とバルモンド家にはドリアン様から根回ししてくださるのよね?」
「もちろんだ」
夫妻はニヤニヤし、それから少しぬるくなった茶を飲んだ。
マーリアルは部屋に戻ると自分の侍女を呼んで
「ねえ、ナラだったらどんなデートしたいかしら?」
「ええっ?奥方様なにを!」
「私ではないわよ。ロマンチックなデートを用意してあげたい子がいるの」
パチッとウインクをして見せた。
ナラはメイベルの一つ下で、彼女がいいと思うならとちょっと期待して聞いたのだが。
「私なら王都の劇場でコメディを見てから、カフェでティー漬け干しペリルを食べておしゃべりしたいですわ」
ナラの答えを聞いて、マーリアルの期待は萎んだ。
たぶんふたりともそういう柄ではないし、そもそもマーリアルにとってもまったくロマンチックではないデートだ。
「ありがとうナラ、参考になったわ」
手を振って用が済んだと伝え、部屋からナラが出ようというとき。
「ナラ、リンラとトロイラを呼んできて」
いいことを思いついた、マーリアルはそんな顔をしていた。
「奥方様、リンラとトロイラでございます。お呼びとうかがいました」
「入って」
マーリアルがちょいちょいと手招きすると、二人の侍女は足音を立てずにすーっと近寄った。
メイベルとは違い、妹たちは淑やかでおとなしい。メイベルは領主に、妹たちは外に嫁がせるために他家に入って歓迎されるよう躾けられていると感じる。
「ちょっと長くなるからそこに座ってね」
近くに置いてあるスツールを勧めると、早速話し始めた。
「メイベルとルジーのこと、ふたりはどう思う?」
ズバリと聞かれて、リンラは驚いた顔をするが、トロイラはちょっとだけ口角をあげた。
「あの、どうとおっしゃいますと?」
「お似合いだと思うの。婚約とかどうかしら」
リンラよりトロイラのほうが物分りがよさそうだと、マーリアルはトロイラに話を振る。
「メイベル姉様はルジー様を想われていらっしゃいますわ」
「え?そうなの?」
鈍いのはメイベルだけではなかったようだ。
「あら、リンラ姉様ってば気づかなかったの?よくルジー様のお話されてますわよ。うれしそうに」
ひゅっとリンラが息を吸った。
「知らなかった・・・」
呆然とするところを見ると、本当に気づかなかったようだ。
姉妹の温度差はともかく。
「ねえトロイラ?メイベルならどんなデートがロマンチックだと思うかしら?」
「そうですねえ・・・」
考え込み、顔を上げると
「メイベル姉様は丘にピクニックに行ったりするのが好きですわ。あと昔は家の近くの湖に日が落ちるのを見に行って、お母様に叱られておりましたわ」
「そう!それだわ」
マーリアルの碧い瞳がキラリと光る。
「この近くの景色の良い湖ってどこかしら?」
マーリアルは執務室でドリアンと、マトレイドを待っていた。
「計画を考えたわ」
その瞳が妖しいほどキラキラしている。
ドリアンに視線を送ると
「確か別邸の中に湖の前に建てられた所があるって仰っていなかった?」
「ああ、ある。ちょっと辺鄙なところなので、マールとも行ったことがないな。
山の畔にあって、湖に山々が映り日が落ちるときは湖面が真っ赤に染まるんだ。とても美しいところだが、何しろ辺鄙で湖以外何もない。ここからだと馬車で一日半かかる」
それを聞くと満足気な顔で
「いいと思うわ。ねえドリアン様。私たちこどもが生まれてから一度も避暑も行っていないから、みんなで行きませんこと?
メイベルは湖で夕日が落ちるのを眺めるのが好きなんですって」
なにやら大掛かりなことになっていた。
ただ、親の代から仕えている者は、時折親に連れられて出入りするため、マトレイドとルジーのように年は違うが幼馴染となる者も多い。
マトレイドにとってルジーはやんちゃな弟のようなもの。貴族学院を出るとすぐ同じ情報部に入り、その貴族らしからぬ如才なさで市井に紛れた調査に才を見せた。投擲と体術が得意だ。
護衛として十分に足る能力、しかしそうは見えない衒いのなさとこどもと目線を合わせて話ができそうな性格を見込まれ、ドレイファスの護衛に抜擢された。
マトレイドはそれまでも時々見かける三姉妹の侍女をルジーがかわいいと褒めそやしていたのを知っていたので、面白いことになったと思ったのだが。
ルジーはマトレイドが思っていた以上に純情で、傍から見るとメイベル嬢が大好きだろう?とバレバレなのに、こどもっぽく意地悪したりからかったりしてまったく進展しない。
ドレイファス付きになったとき、二人ともすでに婚約してもおかしくない年齢だったから意外と早くくっつくかもとまわりも見守ったが、これが二年経っても少しも進展しないのだ。
メイベルはサイルズ男爵家の長女で、男子のこどもがいないので彼女が跡取り娘である。貴族令嬢の適齢期は十八からニ十三歳と言われるため、そろそろ婚約の話がなければおかしいくらい。
そのサイルズ男爵家は公爵夫人マーリアルの実家と縁戚で、マーリアルの元で行儀見習いをするため公爵家のこどもたちの侍女となった。ただの行儀見習いではない。マーリアルが従姉妹の娘でこどもの頃から知るメイベルたちをより良き家と縁組させるために預かっているのだ。
爵位を継ぐことのない貴族の次男三男からしたら、どんなに小さくても領地持ちの男爵、しかも公爵家と縁のある嫡子メイベルはかなり条件の良い婿入り先となる。
メイベル本人が、ちょっとお転婆で元気いっぱいなどということは知られていないが、それでも声がかからない?いや、本当は申込みはあるのだが、公爵家から嫁に出すと言ってドリアンが撥ねている。
それもそのうち、ふたりがくっつくだろうと思っていたからなのだが。
「ドリアン様。あのふたりはあのままでは永遠に進展しません」
マトレイドが事もあろうか、ドリアンに告げている。
「メイベルももう二十歳を超えるのだから、そろそろ婚約はさせたいわ。お互いの気持ちはどうなのかしら?」
マーリアルもふたりの恋路にやきもきしているひとりだ。
「この前の祝い膳のときを見るからに、メイベル嬢もまんざらでもないと思うんですよね」
実は。
ときどき公爵の執務室で、公爵夫妻と執事マドゥーン、情報部のマトレイドは顔を突き合わせ、若いふたりのじれじれを共有しては笑ったりもじもじしたりして楽しんでいた。
楽しいのだが、そんなことをしている間にメイベルが行き遅れることになったら、サイルズ男爵夫妻に顔向けができない。
「ではやはりこちらからふたりに打診するか」
ドリアンがなぜか残念そうに言うのを見て、
「メイベルが嫁いだら、リンラに素敵な人を見つけてあげましょう」
マーリアルがまだ次もあると匂わせ、夫妻だけの何か通じ合う合図をしたようである。
そろそろ潮時かな?とマトレイドは部屋を辞する挨拶に
「では何かあればお呼びください」
夫妻に告げた。
「それでどうしますの?」
「そうだな、マールは何か考えはあるか?」
「ないわ」
カクっと。
まさかの公爵がコケた。
「少し考えてみるわ。なにかロマンチックなことを。サイルズ家とバルモンド家にはドリアン様から根回ししてくださるのよね?」
「もちろんだ」
夫妻はニヤニヤし、それから少しぬるくなった茶を飲んだ。
マーリアルは部屋に戻ると自分の侍女を呼んで
「ねえ、ナラだったらどんなデートしたいかしら?」
「ええっ?奥方様なにを!」
「私ではないわよ。ロマンチックなデートを用意してあげたい子がいるの」
パチッとウインクをして見せた。
ナラはメイベルの一つ下で、彼女がいいと思うならとちょっと期待して聞いたのだが。
「私なら王都の劇場でコメディを見てから、カフェでティー漬け干しペリルを食べておしゃべりしたいですわ」
ナラの答えを聞いて、マーリアルの期待は萎んだ。
たぶんふたりともそういう柄ではないし、そもそもマーリアルにとってもまったくロマンチックではないデートだ。
「ありがとうナラ、参考になったわ」
手を振って用が済んだと伝え、部屋からナラが出ようというとき。
「ナラ、リンラとトロイラを呼んできて」
いいことを思いついた、マーリアルはそんな顔をしていた。
「奥方様、リンラとトロイラでございます。お呼びとうかがいました」
「入って」
マーリアルがちょいちょいと手招きすると、二人の侍女は足音を立てずにすーっと近寄った。
メイベルとは違い、妹たちは淑やかでおとなしい。メイベルは領主に、妹たちは外に嫁がせるために他家に入って歓迎されるよう躾けられていると感じる。
「ちょっと長くなるからそこに座ってね」
近くに置いてあるスツールを勧めると、早速話し始めた。
「メイベルとルジーのこと、ふたりはどう思う?」
ズバリと聞かれて、リンラは驚いた顔をするが、トロイラはちょっとだけ口角をあげた。
「あの、どうとおっしゃいますと?」
「お似合いだと思うの。婚約とかどうかしら」
リンラよりトロイラのほうが物分りがよさそうだと、マーリアルはトロイラに話を振る。
「メイベル姉様はルジー様を想われていらっしゃいますわ」
「え?そうなの?」
鈍いのはメイベルだけではなかったようだ。
「あら、リンラ姉様ってば気づかなかったの?よくルジー様のお話されてますわよ。うれしそうに」
ひゅっとリンラが息を吸った。
「知らなかった・・・」
呆然とするところを見ると、本当に気づかなかったようだ。
姉妹の温度差はともかく。
「ねえトロイラ?メイベルならどんなデートがロマンチックだと思うかしら?」
「そうですねえ・・・」
考え込み、顔を上げると
「メイベル姉様は丘にピクニックに行ったりするのが好きですわ。あと昔は家の近くの湖に日が落ちるのを見に行って、お母様に叱られておりましたわ」
「そう!それだわ」
マーリアルの碧い瞳がキラリと光る。
「この近くの景色の良い湖ってどこかしら?」
マーリアルは執務室でドリアンと、マトレイドを待っていた。
「計画を考えたわ」
その瞳が妖しいほどキラキラしている。
ドリアンに視線を送ると
「確か別邸の中に湖の前に建てられた所があるって仰っていなかった?」
「ああ、ある。ちょっと辺鄙なところなので、マールとも行ったことがないな。
山の畔にあって、湖に山々が映り日が落ちるときは湖面が真っ赤に染まるんだ。とても美しいところだが、何しろ辺鄙で湖以外何もない。ここからだと馬車で一日半かかる」
それを聞くと満足気な顔で
「いいと思うわ。ねえドリアン様。私たちこどもが生まれてから一度も避暑も行っていないから、みんなで行きませんこと?
メイベルは湖で夕日が落ちるのを眺めるのが好きなんですって」
なにやら大掛かりなことになっていた。
応援ありがとうございます!
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