神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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153 兄と弟

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 スートレラ子爵家の別邸で、真新しいソファが置かれた居間に入ると、タンジェントはふたりの少年に順を追って丁寧に話し始めた。

 別邸にはふたりの父スートレラ子爵ランカイドが決めた者以外の出入り禁止を徹底する。洩れを防ぐため、結界と鍵魔法を設定したほうがよいこと。公爵家で屋敷と庭の設備を建てているため、迂闊に漏らすと契約違反となること。
 特に、粒からのハウスでの栽培はまだ他には出していない。スートレラ子爵家が公爵家以外では初めての設置先となるので、いずれ公開される日までは決して口外しないことなどを説明した。

「なんか結構面倒だな」

先程羨ましさ全開だったエーメが引いている。

「スートレラ家の方々と使用人たちは神殿契約済と聞いております」
「は、はい」
「今お伝えしたことは神殿契約に触れないための注意事項で、ランカイド様にもドリアン様から書面でお知らせしていることですので、お忘れないように。特にカルルドくん!」
「はいっ」
「ファロー・ミース氏をここに入れてはなりませんよ。ランカイド様が本宅の庭園に少しトロンビーを残されるのは、ミース氏をこちらに入れないためですから十分ご注意ください。まあ鍵魔法をかければ、どんなに入りたがっても入れませんけどね」

 困惑した顔をしてカルルドが訊ねた。

「あの、どうしてミース先生に見せたり話したりしてはいけないんですか?」
「ミース氏は神殿契約者ではないですから」
「じゃあ神殿契約してもらえば」

 言いかけたカルルドを止め、タンジェントが続ける。

「庭師のジョルスさんが神殿契約をするとしたら、主であるランカイド様の命令で子爵家の使用人として行いますよね?」

 エーメが頷く。

「ミース氏にはそういう繋がりがない」
「え?でもそれならローザリオ先生だって」
「シエルド様をローザリオ様の弟子にお引き合わせしたのは公爵様と奥方様ですから、直接ドレイファス様と関わりがあります。ドレイファス様から発する物を作る機会も多い上、もともと公爵夫人の幼馴染みで多くを話さなくても理解を得られたと聞いています」

 カルルドには今ひとつわかりにくいようだ。

「ローザリオ様のようにご本人の性格、主義思想や家系的なことがわかっているのと、そういう繋がりがない人とでは違うということです」

 まだ不満そうなカルルドとは違い、エーメには伝わったようである。

「カルディ、今後ずっとダメと言っているわけではないよ。カルディにとって良い先生だから秘密を打ち明けても大丈夫とはいかないのがおとなの世界なんだ。ミース先生の本当の腹のうちがわからない限り、そもそも神殿契約を持ちかけること自体リスクだと考えているということですね?」

 タンジェントはにこやかに頷いた。

「公爵家ではミース氏の動向を定期的に確認しています」
「え?それって」
「カルルドくんを通しドレイファス様の秘密に触れる可能性のある者には、すべて目を光らせる。ドレイファス様をお守りするためなら手は抜くことはないのです」

 ごく当然のように答えたタンジェントを見たカルルドは、初めてドレイファスと共にいるということを理解したと言える。
 もっと幼い頃、躊躇うことなくみんなで神殿契約を結んだが、当たり前のように目にしていたことがすべてドレイファスの秘密だということ。
 わかったようで、わかっていなかったと改めて気づく。

「あの、もしドルの秘密がもれたら」

 真剣な顔をしたタンジェントが低い声になる。

「神殿契約を交わした者の口からはもれませんが、はっきりしたことを聞かなくとも、聞いたことから想像することができれば秘密があると気づく者が現れるかもしれない。
例えばローザリオ様が作られたフラワーオイルやウォーターはものすごく売れています。この小屋に使われた濁りガラスも。爆発的に売れる物をいくつも作り出すこどもがいたら、どうなると?」

 青褪めたエーメが呟く。

「それ全部ドレイファス様が?本当に・・・?そんなことが知られたら攫われてしまうかもしれない」

 ハッとして兄を見るカルルドも、血の気の引いた顔をしている。

「そう。儲かると思ったら例え公爵家の嫡男だろうと攫って隠し、いろいろ作らせようとするかもしれない」
「そんな・・・」
「ドレイファス様の作り出すものを独り占めしたいと思う者がいてもおかしくないんです」

 エーメが震え始めたカルルドの肩を抱いてやる。

「ミース氏がそういう輩だと決めつけているわけではないですが。ただローザリオ様のようによくわかっている人と同列には扱えないということです。エーメ様がおっしゃられたように、少なくとも今はまだ。おわかりいただけましたか?」

 カルルドはトレモルの言葉を思い出していた。

『誰よりも強くなってドルを守ってやるんだ』

「トリィがいつもドルを守るって」
「ああ、公爵家にいるから誰よりもわかっているんだと思います、というか、誰よりわかっているから公爵家にいるのか」
「シエルもだね」

 そう、シエルドもまわりの言動には注意深く、核心に触れそうな話しが出るとうまく交わすのだ。シエルドにはドレイファスのスキルを現実化させる力が既にあり、ドレイファスの危険はシエルドの危険でもある。
 ローザリオやアーサからしつこく教え込まれているので、六人のこどもの中ではだれよりも鼻が利く。

「僕、全然わかってなかったんだ」

 がっくりと項垂れたカルルドの頭を撫でてやるエーメは、慰めるように優しい声をかける。

「これから気をつければいいよ。とりあえずミース先生が大丈夫とフォンブランデイル公爵家が判断するまでは、別邸は採取を始めたはちみつを守るために誰も入れないと父上が決めてしまったとでも言えばいいさ」

 カルルドにとってミースは最大の理解者だ。だが、ドレイファスは親友で仲間。
ドレイファスを危険に晒してまでミースにすべてを話したいとは思わない。

「ここのことは秘密にする」

 固い意志のこもった目で、カルルドが言った。



 それから二月に及ぶ長い期間アイルムが逗留し続けて、スートレラ子爵家の別邸では山からとってきた花が枯れるだろう頃に、季節外れの花の蕾が膨らみ始めた。 
 エーメとカルルドは今日もふたりで別邸にいる。

「畑作っちゃうとか、ないよな」

 屋根の下で行儀よく並ぶ、青々と茂った葉や蕾を開かせようとする植物を、呆然と眺めるエーメの声に、ドレイファスの畑で見慣れているカルルドは肩を竦める。

「ドレイファス様って、本当にすごいな」
「そうだね、ドルもタンジェントさんやミルケラさんやアイルムさんたちもみんなすごいよ。すごくないのはぼくだけだ」

 項垂れる弟の背中をぽんぽんしてやると、その弟は自信なさげに眉尻を下げた顔を向ける。

「おまえだってすごいよ。スートレラの高級はちみつ、もう売り切れちゃって予約殺到らしいぞ」
「え?そうなの?」
「そうさ。おまえはスートレラ家に利益をもたらした。自分自身で得たトロンビーに対する気づきでだよ。素晴らしいじゃないか。私なんか、まだなんの利益もあげていないんだぞ」

 今度はエーメか肩を竦める。

「そうだ、今度公爵家で催しがあるときは、兄上も一緒にって言われてたんだ」
「ええっ!本当に?いやー、それすごくうれしいなあ。行ってみたかったんだよ、地下通路とか、スライム小屋とか、ここ作るときに聞いて、なんで私だけ知らなかったんだーって悔しかったんだ」

 エーメはカルルドの肩を抱き寄せて、呟いた。

「人にはな、ちょうどいい時っていうのがあると思うんだ。ドレイファス様にはドレイファス様のタイミングがあり、カルルドにもカルルドの花が開くときが来る。もちろん私にも来るはず。早く来る人もゆっくり来る人もいるんだから、人と比べて落ち込むことはないよ」

 兄の言葉は落ち込んだカルルドの心をじんわりと癒やしていった。
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