神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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155 トレモルの思いつき

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「ドレイファス様の護衛になってから、いいことばかりだなー」

 ノージュ・ファンダラと交代して情報室に戻ったあと、レイドは近くに座る上司のマトレイドに話しかけるでもなく独りごちた。

「そうか、それはよかったな」

 こどもの世話なんて飽き飽きと言ったロイダルとはえらい違いである。

「それで、よかったことって何か教えてくれないか?」

 たぶん食べ物だと踏んで、マトレイドはにやりとレイドに顔を寄せた。

「え?ええっと、えっとほらえーっと、詳しいことはボンディさんに聞いてくださいっ」

 自分だけが美味しいものを食べたとわかるのはよくないかもと気づいて、それだけ言ったレイドは逃げ帰った。
 マトレイドが厨房に様子を見に行くと、試食会を行っている。

「おうマティ!カルルドくんのはちみつをドレイファス様がくださったんだよ、試食するから一緒にどうだ?」

 試食と言っているが、そんなにたくさんあるわけではないので、ドレイファスたちが食べていたときの三分の一ほどの量をみんなで分けているのだが、そのほんの少しのはちみつでも風味も香りも味も際立っていることがわかる。

「なるほど、レイドも食べたんだな」
「ああ、さっきな」
「なるほど、だからか」
「ん?」
「いや、ドレイファス様の護衛になってからいいことばかりって言ってたから」

 市中で調査を行っていたときに比べ、危ない目に遭うことも少なくなり、かわいい少年を守りながら美味しいおやつを振る舞われるのだ。

「じゃあもっと美味いものを食べさせてやろうかな」

 ボンディは大変楽しそうに大声で笑った。

 使用人たちを満たしたはちみつが、マーリアルに届けられたのはまだもう少し先のこと。

 はちみつが大好きになったドレイファスがカルルドに、

「蜂も花もうちから持って行ったのだから、優先的にして!」

と食いしん坊むき出しにお願いして、

「もちろんそのつもり」

 にっこり返事したカルルドに抱きついたドレイファスは、早速その日の帰りにスートレラ子爵家に寄り道した。
 自家用に残してあるはちみつを、希望するだけ籠に入れてもらってにんまりしたドレイファスが、小銭入れを引っ張り出す。
 初めて買い物をしてから、自分でお金を払って買うことの面白さに目覚めたが、何かほしいと言うと何でも先回りした誰かが買ってきてしまうのでなかなか買い物をする機会がない。
喜び勇んで

「いくら?」

カルルドに聞くと、

「お金なんかいらないってば!ドルのうちから連れてきた蜂だって自分も言ってたでしょ!」
「そうだけど、買いたいんだってば!」
「だからお金はいらないってば!」

 普段はおとなしいカルルドだが、ここは譲らない。しかし、ドレイファスも買い物する機会を逃さんとばかりになんとかコインを押し付けようと問答を続けていると、見かねたメルクルが割って入った。

「ドレイファス様!好意を受け取りましょう。次から商会に頼めば好きなだけ金を払って買い物ができますよ。私がモーダに頼んでおきますから」

 コインをひっこめたくないドレイファスは、なかなかうんと言わない。

「じゃあドレイファス様が庭で作っているレッドメルをあげようとしたら、みんながお金を払うと言ったらどうします?」
「え?レッドメルを?あげたいからあげるんだよ。お金なんていらない・・・」
「僕もドルにあげたいから」

 何かがすとんと腹に落ちたドレイファスは、小銭入れにコインを戻して素直にはちみつを受け取った。

「ありがとうカルディ」
「いや、僕もいつもいろいろありがとう」

 今度はふたりでありがとうの問答が始まったが、メルクルはふたりの気の済むまで見守った。



 スートレラ子爵家は代々文官の家系で、武術に秀でた者はとんといない。
 しかし、ドレイファスと一緒にきていたトレモルは庭に行く途中で気になるものを見つけ、ふたりとは別れてそれを観察していた。

「そういえばトリィどしたのかな?」
「さっき倉庫の前通ったときに、なんか覗いてたよ」

 カルルドが通り過ぎてきた倉庫にドレイファスとメルクルを連れて戻ると、トレモルは確かに倉庫の中で何かを触って確かめている。

「トリィどうしたの?」
「これ、何だろうと思って」

 それを見たメルクルが教えてやる。

「それは追い鞭だな」
「これも鞭?」

 こどもたちは馬に乗るときに使う短い乗馬用の鞭しか見たことがなかった。

「こんなに長いの、からまっちゃうんじゃない?」

 ごく当たり前の疑問をドレイファスが述べると

「んー、私は鞭は得意ではないんだが」

 そう断ってからメルクルが、ピシッと長い鞭をしならせて地面を打ち付けて見せた。

「わっ!い、痛そうっ」
「これはどういうときに使うんですか?」
「例えば」

 木を目指して鞭を振るい、靭やかに巻きつく様を見せてやる。

「すごいっ!カッコいい!」
「走る野生馬をこの鞭で調教するんだ」

 こどもたちの尊敬の眼差しに、珍しく照れたメルクルが細かく説明して。
やってみたがったトレモルが失敗して、ドレイファスの足に当たり、

「いったーい!」
「ごめんごめん、ごめんってば」
「もう、鞭禁止ーっ!」

 トレモルの好奇心は、大袈裟に痛みに反応したドレイファスにあっという間に阻まれた。
その時は、である。
トレモルは諦めていなかった。

 その日、公爵家に戻ったトレモルは鍛錬場で武具倉庫を漁り、一本の古びた長鞭を探し出した。

「あったぁ!」

 騎士を目指しているのは変わらない。しかし、剣の持ち込みができないところもあるのだ。
 例えば学院の中。ただそれは生徒たち皆同じ条件だから、体術である程度対応できる。しかしこれを服の内側などに仕込めたら一つの武器になると思いついて、訓練してみたくなった。

「あれ、トレモルどうした?」

 鍛錬場に来たワーキュロイがトレモルが手にした鞭を見咎めた。

「はい、今日スートレラ子爵家で追い鞭を見せてもらいました。こういうの、武器にできないかと思って」
「武器に?している者もいるが」
「本当ですか?」
「主に冒険者だな。騎士は・・・いないぞ」

トレモルはニカッと笑い、自分の思いつきを説明する。

「はい、わかっています。帯剣できないところでは、体術はまだ体も小さくて自信がないので・・・」
「ああ、鞭ならそれを補えると?」
「はい、それです!おぎなうです!」

 言葉が思いつかなかったらしいが、ワーキュロイにはトレモルの言いたいことがわかり、なかなかいいと褒めてやった。

「そうだな、しかし鞭を扱えるものがなぁ。今騎士団にはいなかったと思うぞ」

 むしろ、調教師のほうが上手く扱うと思うが、それでは武器にはならないだろう。
どうしたものか。
そして鞭もこれでよいのか、さすがのワーキュロイにもわからなかった。

「心当たりがないか、ちょっと聞いてみよう。ニ、三日時間をもらうぞ」
「はいっ」



 ワーキュロイはすぐ、フォンブランデイル公爵家騎士団長のザルード・ゾーランの元に赴いた。

「団長、トレモル・モンガルの件でご相談が」
「ん?トレモルか。頑張っていると聞いているが」

 ドレイファスの学生護衛の成長ぶりは騎士団長自らも気にかけており、ワーキュロイやメルクルといった教育係にも折りに触れアドバイスを送っている。

「今日、トレモルが鞭をやってみたいと」
「む、鞭?」
「帯剣できない場所では、まだ小さなトレモルでは体術が不安だと。鞭なら服に仕込め、不足を補えるのではと考えたそうです」

 ゾーランは口角を上げて、笑いかける。

「それはトレモルが自分で考えたことなのか?」
「そのようです」

 誇り高き騎士には、鞭という選択肢はない。
魔獣相手をしていたワーキュロイも、鞭を使うくらいなら魔術か投擲が選択肢だ。

「思いつかなかったが、確かに学内では剣やナイフは持ち込めないし、魔術も制御されているが、皮製の鞭なら持ち込めるな」
「一度使ってしまったら、次は持ち込み不可にされてしまうと思いますが」
「ああ、構わんだろう。学内で鞭を使わねばならんとしたら、相当に危険な状況に違いない。ただ一度のもっとも危険な状況を乗り越えられれば、我らとしては問題なかろう。もちろん使うことがないことを心から祈るが、もしものときはきっと頼りになるに違いない」

 トレモルの思いつきは騎士団長ゾーランに肯定され、鞭の使い手はゾーランが探すことになった。

 数日後、ゾーランが見つけてきた、身上調査もクリアした鞭使いはAランクソロの冒険者ウィザ・メラニアルという女性。怪我の治療中だというのをちょっと無理矢理呼び寄せた。
 二十代半ばの彼女はテイマーで美しい白い狼を連れており、呼ばれたことを迷惑そうに公爵家に現れたのだが、ドレイファスを始めとした公爵家のこどもたちに狼ごと大歓迎され、広くてふかふかの寝台が備えられた客間に通されると機嫌を直して、ドレイファスたちに白狼を触らせることにも同意した。

「ぼくたちの仲間にもテイマーがいるんです」

 ドレイファスがカルルドのことを聞かせると、ウィザは興味深そうにその話を聞きたがった。

「トロンビーをたくさんテイムしてるんだ!」

 自慢したつもりが、ウィザがぷぷっと笑って

「トロンビー?嘘でしょ、蜂じゃない!」

馬鹿にしたように言ったので、皆一斉に反論を始める。

「ただの蜂じゃないよ!カルディのトロンビーたちはみんなすっごくおりこうですっごくえらいんだから!」

 笑いはしたが、これだけ皆に庇われる少年に興味を持った。もともとテイマーは少ないため、ウィザはカルルドに会ってみたいとドレイファスに頼んでみる。

「もちろん!カルディに言っておくね」
「ねえ、わんわんのおなまえは?」

 天使のようにかわいらしいノエミがこども部屋を抜け出し、白狼を撫で撫でしながら訊ねた。

「この子はストーンブリードてすよ」
「しゅとーんふひーと?」
「付けておいてなんだけど、呼びにくいから、普段はスチューと呼んでいるの」
「すちゅ」

 療養中に強引に契約を進められて、腹立ち半分でやってきたウィザだったが、来てみたらすごい高待遇とかわいいこどもたちの歓迎に、少し長逗留しても良いかもねと公爵家の仕事に前向きに変化していた。

「ドレイファス様、そろそろ夕餉の時間になります」

 レイドが部屋の外から声をかける。

「もう?じゃあスチュー、またね」

 ストーンブリードを撫で撫でしたドレイファスは、名残惜しそうに腰を上げると、トレモルと一緒に弟妹たちと手をつないで部屋を出ていった。

「んっ、かわいい子たちばかりね。来てみて良かったかも!」

 ウィザは、公爵家で人生を変える出会いがあるとはまだ知らない。
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