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156 トレモルの先生
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公爵家にトレモルの鞭の教師として呼ばれてきたウィザ・メラニアルは、一晩経って寝心地抜群の寝具の威力にやられていた。
いや、それだけではない。
昨夜、公爵家に来て初めての夕餉が凄すぎたのだ。使用人用の食堂に見たこともない景色が広がっていた。
例えば他の使用人たちが当たり前のように口に放り込んで行く、たまごやき?
─何それ?たまごやきですって?
まさかこれが卵だっていうの?
固く茹でて食べるんじゃないの?
なんでこんなにふんわりしてるのよっ!
混乱しながら、ふぅんわりした黄色い卵焼きを一口二口と食べ進めるうちに、もう他の食事はまずくて食べられなくなるんじゃないかと不安にかられたウィザである。
最後に極めつけのデザートまでついて。
冒険者が泊まる宿はピンからキリ。Aランクのウィザは比較的よい宿に泊まり、またときどきある貴族の依頼をこなすと、食事に招待されることもあったりするが、こんなレベルの食事にはお目にかかったことがない。
「うううん、んっまいわこれ!美味しすぎてヤバい」
貴重な塩が躊躇いなく使われて、贅沢この上ないのである。
このフォンブランデイル公爵領は、公爵騎士団が領地をしっかり管理しており、危険な魔物がとても少ない。
冒険者には縁のないところなので、急に暫く公爵家で鞭を教えてほしいと現れた男に胡散臭さしか感じず、しかも怪我が治ったばかりでまだよく動けないと断ったにも関わらず、拝み倒されるように連れてこられてしまったものだから、不機嫌を一切隠さずに対応してやったのだ。
「ねえ、あなた。ここの食事っていつもこんななの?」
隣りに座った騎士らしい男に訊ねると、くりくりの大きな目をした男はにっこり笑って
「ああ、毎日こんな食事が朝昼晩とただで食べられるよ。君、はじめまして?」
「ええ、今日来たばかりよ」
「あっ!もしかして鞭使い?」
「え?そ、そうよ」
くりくりの大きな目は無邪気な笑みを浮かべた。
「メルクル・グゥザヴィ、よろしく頼む。騎士団の騎士だ。鞭使いを呼んでくれるように頼んだのは私なんだ」
「ウィザ・メラニアルよ。そう、気になっていたの。騎士団では鞭使いなんていらないじゃない?」
メルクルはこくこくと頷き、ウィザの問いに答える。
「騎士見習いや護衛に当たる者に鞭使いを覚えさせたいんだ。帯剣できないところでも鞭なら磁石魔法にも引っかからないし、隠して持ち込めるだろう?」
「そう。でも私怪我が治ったばかりで、まだそんなに動けないのよ」
「ああ、そうだったんだ!鞭使いって意外と少なくて条件に合う者が見つからないって聞いてたんだ。なるほど、療養中で動けないところを狙われたんだな」
面白そうにくつくつと笑いを堪えるメルクルに、
「笑いごとじゃないわよ。まだ足が痛むって言ってるのに荷物まとめさせられて馬車に乗せられて、ここまでガタガタ運ばれてきたのよ」
「それは大変だったな。しかし、これから先は来てよかったと思うことばかりだと思うから、安心していい」
ウィザが疑うような顔をしたのを見て、大きく頷き
「うん、わかるよ。私も弟に呼ばれてここに来たとき、君みたいに疑っていたからね。話がうますぎる、おかしいって。
しかし今は公爵家に来てよかったなーって思っているんだ。だから安心して。あと怪我が治りきらないうちは無理しなくても大丈夫。ちゃんと治してからで問題ないよ。ここは使用人を無理に使ったりはしないからね」
そう話しながら、飲み込むのがもったいないような美味しい料理をどんどん口に放り込み、
「じゃ、また。あ、何かわからないことがあれば、メルクルを呼べと言えばいい。兄弟たちもお仕えしているものでね、グゥザヴィというと似た顔の男が何人も来てしまうから」
自分で言って自分で笑い、メルクルがトレーを持って立ち上がる。
歩き出そうとして立ち止まった。
「足はまだ痛むのかな?」
「傷は治ったけど、歩くとか走るは痛むのよ」
「じゃあ治療師を手配するよう伝えておこう。アコピというんだ、腕がいいから早く治してくれると思うよ」
親切な、陽気な男は軽く手を振り去っていった。
「そ、そう、ふーん。それは助かるわね」
その次の日、ようするに今日であるが、ウィザはドリアン・フォンブランデイル公爵に呼ばれて面談させられた。
黒髪で怜悧な黒い瞳をした公爵は、その位の高さを感じさせない丁寧な言葉で、急に連れてきたことを詫びたので、ウィザは腰が抜けるほど驚いた。
公爵閣下なら簡単に平民に言うことをきかせることができるのに!
「メルクルから話を聞いたのだ。我が手の者が随分と強引だったそうだな、申し訳なかった。明日からうちの治療師を差し向ける。しっかり治してから教えてやってくれ」
何もかもが変だった。
公爵閣下があんなに腰が低いのも。
『話がうますぎる、おかしい』
メルクルの言葉が蘇る。
「料理も美味すぎるのよ」
あれを食べていなかったら逃げ出したかもしれないのだが、人生初というほどのうますぎる食事にウィザは魅力されてしまった。
その日の朝食だってそうだ。
ブレッドなんか、どこで食べたって固くパサパサして飲み込みづらいものと相場は決まっている。塩気の少ないスープにつけ、ふやかしてなんとか飲み込むのだ。
しかし、ここのブレッドは固いのとは少し違っていてカリッカリ。それがたまらなく香ばしい上、そこに黄色いトロリととろける油のようなものをのせて、贅沢すぎるほどたっぷりのはちみつを回しかける。
「んっふ!何かしらこれ!こんな美味しいブレッドがあるなんて」
何枚でも食べられそうだ。
スープも、まろやかでしっかりと味がついていて、たった二回の食事でウィザの気持ちは公爵家にしっかりと繋ぎ止められていた。
それから暫くは、毎日アコピの治療を受け、ドレイファスたちの訪問をストーンブリードと受けて仲よく遊び、美味しいものをたらふく食べてのんびり過ごした。
「こんな待遇、本当にありなのかしら?まさか太らせて食べられちゃうとか」
食堂で顔を合わせたメルクルにそうボヤくと、ぶっはっと吹き出したメルクルに大笑いされた。
「食べられたりはしないから」
顔を赤くし、テーブルを叩かんばかりに笑っている。気持ちよいくらいの陽気さだ。
「そ、そう。まあいいわ。アコピ先生のおかげでもうじき鞭を教えられそうだから、仕事を始めればそんなに不安にも思わなくなるかもしれないしね」
「ああ、それはよかったな!あ!頼みがあるんだが」
「なにかしら」
「武具屋を呼ぶので、君の生徒たちに鞭を選んでやってほしいんだ。我々ではどうもわからなくてね。ものすごい高級品はちょっとあれだが、まあまあレベルのを見繕ってもらいたい」
「いいわ。予算は?」
「鞭の良し悪しがわからんからなぁ、適当に。支払いは公爵家が行うから心配いらないよ」
武具屋が来る前に、ウィザの生徒たちと引き合わされた。
「あら、トレモル様?」
「トレモルでいいです、よろしくお願いします」
他にもドレイファスの護衛として育成中の若い騎士見習いが数人。
「トレモルはドレイファス様の側近候補で、護衛騎士を目指している。他の者たちは生粋の騎士見習いで、立場が少し違う」
顔合わせのあと、鍛錬場に残って生徒たちの名簿を眺めていたウィザに、メルクルが声をかけ簡単な事情を話す。
「もともと鞭を習いたいと言い始めたのもトレモルでね。やる気はめちゃくちゃあるから、しっかり教えてやってくれ」
「わかったわ、メルクル先生」
トレモルがそう呼んでいたので、剣術か何かを教えているのだろう。わざと先生と呼んだ。
「お!メル、そちらは?」
ワーキュロイが顔を覗かせる。
「トレモルの鞭の先生だ、ウィザ・メラニアル。こちらはワーキュロイ・イルツエグ。私と同じ騎士だよ」
「ああ、そうか!君が。トレモルのことを頼むよ。ドレイファス様の筆頭護衛になると言ってめちゃくちゃがんばっているからな」
ウィザが生徒たちと選んだ鞭が届いて、ようやく教え始めた頃、あることに気がついた。
─どこに行ったのかしら─
先程ドレイファスとレイドが階段下の小さな扉に入っていくのを見かけた。
しかしまったく出てこないのだ。扉は見るからに公爵家嫡男が出入りするような作りではなく、不自然極まりない。
興味を惹かれて扉の取手に手をかけようとしたのだが、パシッと弾かれた。
「痛っ、何これ?」
そろりともう一度手を伸ばしたが、電流でも走ったかのように弾かれる。
「なんで?なに、どうなってるの?」
取手に何度も弾かれていると背後から声がかかり、ウィザは冗談でもなんでもなく飛び跳ねた。
「おい、ウィザ。そこは関係者以外立ち入り禁止だ」
メルクルだ。
「立ち入り禁止?だってドレイファス様が護衛と入っていったのよ。いくらご嫡男だって言っても普通こういうのってこどもはダメでしょ?」
「いいや。ここはドレイファス様のプライベートな領域への入口なんだ。許可ある者しかその扉に触れることはできないぞ」
「プライベートな領域?こどもなのに?」
「ドレイファス様と側近候補の少年たちは、ほとんどが既に自分の研究室などを持って、ある者は錬金術を、ある者は生物の生態研究をと、こどもながらに大人の斜め上を行く勉強をしている。剣の道を選んだものはトレモルのように必死に鍛錬を積んでいる。すごいんだよ、みんな」
納得していない顔のウィザに、メルクルは忠告した。
「ウィザ、なんでも知らなければならないわけではないぞ。しかし、知りたいなら今の客人のままではダメだ」
「なにそれ」
暫く無言で考えていたメルクルが意を決したように告げる。
「んー。なあウィザ、ここの仕事をいつか終えたらまた冒険者に戻りたいか?」
「え?」
「ここに呼ばれたということは、ウィザはクリアのはずだ。ウィザが望めば公爵家の使用人になることもできると思うんだが」
「何、いきなり何言ってるの?」
メルクルは零れ落ちそうな大きな瞳を見開いて、じーっとウィザを見つめると、もう一度言った。
「冒険者をやめて、トレモルたちをもっと腰を据えて育ててやるというのはどう思う?」
「え?だって騎士になるんだから、そこまでじゃなくてもいいんじゃない?」
「ウィザ、そんな中途半端な気持ちでやっているのか?」
もともと、イヤイヤ連れてこられてたのだから、その程度かもしれないとウィザは思ったが。
必死に食らいつき、何度もウィップが自分の体に当たってあちこち傷だらけになっても、少しも諦めないトレモルの顔が浮かぶ。
「今はまだ・・・わからないわ」
「そうか。まあ今はそれでいいよ。
気持ちが変わったら相談してくれ。
あ、あまり嗅ぎ回るなよ」
いや、それだけではない。
昨夜、公爵家に来て初めての夕餉が凄すぎたのだ。使用人用の食堂に見たこともない景色が広がっていた。
例えば他の使用人たちが当たり前のように口に放り込んで行く、たまごやき?
─何それ?たまごやきですって?
まさかこれが卵だっていうの?
固く茹でて食べるんじゃないの?
なんでこんなにふんわりしてるのよっ!
混乱しながら、ふぅんわりした黄色い卵焼きを一口二口と食べ進めるうちに、もう他の食事はまずくて食べられなくなるんじゃないかと不安にかられたウィザである。
最後に極めつけのデザートまでついて。
冒険者が泊まる宿はピンからキリ。Aランクのウィザは比較的よい宿に泊まり、またときどきある貴族の依頼をこなすと、食事に招待されることもあったりするが、こんなレベルの食事にはお目にかかったことがない。
「うううん、んっまいわこれ!美味しすぎてヤバい」
貴重な塩が躊躇いなく使われて、贅沢この上ないのである。
このフォンブランデイル公爵領は、公爵騎士団が領地をしっかり管理しており、危険な魔物がとても少ない。
冒険者には縁のないところなので、急に暫く公爵家で鞭を教えてほしいと現れた男に胡散臭さしか感じず、しかも怪我が治ったばかりでまだよく動けないと断ったにも関わらず、拝み倒されるように連れてこられてしまったものだから、不機嫌を一切隠さずに対応してやったのだ。
「ねえ、あなた。ここの食事っていつもこんななの?」
隣りに座った騎士らしい男に訊ねると、くりくりの大きな目をした男はにっこり笑って
「ああ、毎日こんな食事が朝昼晩とただで食べられるよ。君、はじめまして?」
「ええ、今日来たばかりよ」
「あっ!もしかして鞭使い?」
「え?そ、そうよ」
くりくりの大きな目は無邪気な笑みを浮かべた。
「メルクル・グゥザヴィ、よろしく頼む。騎士団の騎士だ。鞭使いを呼んでくれるように頼んだのは私なんだ」
「ウィザ・メラニアルよ。そう、気になっていたの。騎士団では鞭使いなんていらないじゃない?」
メルクルはこくこくと頷き、ウィザの問いに答える。
「騎士見習いや護衛に当たる者に鞭使いを覚えさせたいんだ。帯剣できないところでも鞭なら磁石魔法にも引っかからないし、隠して持ち込めるだろう?」
「そう。でも私怪我が治ったばかりで、まだそんなに動けないのよ」
「ああ、そうだったんだ!鞭使いって意外と少なくて条件に合う者が見つからないって聞いてたんだ。なるほど、療養中で動けないところを狙われたんだな」
面白そうにくつくつと笑いを堪えるメルクルに、
「笑いごとじゃないわよ。まだ足が痛むって言ってるのに荷物まとめさせられて馬車に乗せられて、ここまでガタガタ運ばれてきたのよ」
「それは大変だったな。しかし、これから先は来てよかったと思うことばかりだと思うから、安心していい」
ウィザが疑うような顔をしたのを見て、大きく頷き
「うん、わかるよ。私も弟に呼ばれてここに来たとき、君みたいに疑っていたからね。話がうますぎる、おかしいって。
しかし今は公爵家に来てよかったなーって思っているんだ。だから安心して。あと怪我が治りきらないうちは無理しなくても大丈夫。ちゃんと治してからで問題ないよ。ここは使用人を無理に使ったりはしないからね」
そう話しながら、飲み込むのがもったいないような美味しい料理をどんどん口に放り込み、
「じゃ、また。あ、何かわからないことがあれば、メルクルを呼べと言えばいい。兄弟たちもお仕えしているものでね、グゥザヴィというと似た顔の男が何人も来てしまうから」
自分で言って自分で笑い、メルクルがトレーを持って立ち上がる。
歩き出そうとして立ち止まった。
「足はまだ痛むのかな?」
「傷は治ったけど、歩くとか走るは痛むのよ」
「じゃあ治療師を手配するよう伝えておこう。アコピというんだ、腕がいいから早く治してくれると思うよ」
親切な、陽気な男は軽く手を振り去っていった。
「そ、そう、ふーん。それは助かるわね」
その次の日、ようするに今日であるが、ウィザはドリアン・フォンブランデイル公爵に呼ばれて面談させられた。
黒髪で怜悧な黒い瞳をした公爵は、その位の高さを感じさせない丁寧な言葉で、急に連れてきたことを詫びたので、ウィザは腰が抜けるほど驚いた。
公爵閣下なら簡単に平民に言うことをきかせることができるのに!
「メルクルから話を聞いたのだ。我が手の者が随分と強引だったそうだな、申し訳なかった。明日からうちの治療師を差し向ける。しっかり治してから教えてやってくれ」
何もかもが変だった。
公爵閣下があんなに腰が低いのも。
『話がうますぎる、おかしい』
メルクルの言葉が蘇る。
「料理も美味すぎるのよ」
あれを食べていなかったら逃げ出したかもしれないのだが、人生初というほどのうますぎる食事にウィザは魅力されてしまった。
その日の朝食だってそうだ。
ブレッドなんか、どこで食べたって固くパサパサして飲み込みづらいものと相場は決まっている。塩気の少ないスープにつけ、ふやかしてなんとか飲み込むのだ。
しかし、ここのブレッドは固いのとは少し違っていてカリッカリ。それがたまらなく香ばしい上、そこに黄色いトロリととろける油のようなものをのせて、贅沢すぎるほどたっぷりのはちみつを回しかける。
「んっふ!何かしらこれ!こんな美味しいブレッドがあるなんて」
何枚でも食べられそうだ。
スープも、まろやかでしっかりと味がついていて、たった二回の食事でウィザの気持ちは公爵家にしっかりと繋ぎ止められていた。
それから暫くは、毎日アコピの治療を受け、ドレイファスたちの訪問をストーンブリードと受けて仲よく遊び、美味しいものをたらふく食べてのんびり過ごした。
「こんな待遇、本当にありなのかしら?まさか太らせて食べられちゃうとか」
食堂で顔を合わせたメルクルにそうボヤくと、ぶっはっと吹き出したメルクルに大笑いされた。
「食べられたりはしないから」
顔を赤くし、テーブルを叩かんばかりに笑っている。気持ちよいくらいの陽気さだ。
「そ、そう。まあいいわ。アコピ先生のおかげでもうじき鞭を教えられそうだから、仕事を始めればそんなに不安にも思わなくなるかもしれないしね」
「ああ、それはよかったな!あ!頼みがあるんだが」
「なにかしら」
「武具屋を呼ぶので、君の生徒たちに鞭を選んでやってほしいんだ。我々ではどうもわからなくてね。ものすごい高級品はちょっとあれだが、まあまあレベルのを見繕ってもらいたい」
「いいわ。予算は?」
「鞭の良し悪しがわからんからなぁ、適当に。支払いは公爵家が行うから心配いらないよ」
武具屋が来る前に、ウィザの生徒たちと引き合わされた。
「あら、トレモル様?」
「トレモルでいいです、よろしくお願いします」
他にもドレイファスの護衛として育成中の若い騎士見習いが数人。
「トレモルはドレイファス様の側近候補で、護衛騎士を目指している。他の者たちは生粋の騎士見習いで、立場が少し違う」
顔合わせのあと、鍛錬場に残って生徒たちの名簿を眺めていたウィザに、メルクルが声をかけ簡単な事情を話す。
「もともと鞭を習いたいと言い始めたのもトレモルでね。やる気はめちゃくちゃあるから、しっかり教えてやってくれ」
「わかったわ、メルクル先生」
トレモルがそう呼んでいたので、剣術か何かを教えているのだろう。わざと先生と呼んだ。
「お!メル、そちらは?」
ワーキュロイが顔を覗かせる。
「トレモルの鞭の先生だ、ウィザ・メラニアル。こちらはワーキュロイ・イルツエグ。私と同じ騎士だよ」
「ああ、そうか!君が。トレモルのことを頼むよ。ドレイファス様の筆頭護衛になると言ってめちゃくちゃがんばっているからな」
ウィザが生徒たちと選んだ鞭が届いて、ようやく教え始めた頃、あることに気がついた。
─どこに行ったのかしら─
先程ドレイファスとレイドが階段下の小さな扉に入っていくのを見かけた。
しかしまったく出てこないのだ。扉は見るからに公爵家嫡男が出入りするような作りではなく、不自然極まりない。
興味を惹かれて扉の取手に手をかけようとしたのだが、パシッと弾かれた。
「痛っ、何これ?」
そろりともう一度手を伸ばしたが、電流でも走ったかのように弾かれる。
「なんで?なに、どうなってるの?」
取手に何度も弾かれていると背後から声がかかり、ウィザは冗談でもなんでもなく飛び跳ねた。
「おい、ウィザ。そこは関係者以外立ち入り禁止だ」
メルクルだ。
「立ち入り禁止?だってドレイファス様が護衛と入っていったのよ。いくらご嫡男だって言っても普通こういうのってこどもはダメでしょ?」
「いいや。ここはドレイファス様のプライベートな領域への入口なんだ。許可ある者しかその扉に触れることはできないぞ」
「プライベートな領域?こどもなのに?」
「ドレイファス様と側近候補の少年たちは、ほとんどが既に自分の研究室などを持って、ある者は錬金術を、ある者は生物の生態研究をと、こどもながらに大人の斜め上を行く勉強をしている。剣の道を選んだものはトレモルのように必死に鍛錬を積んでいる。すごいんだよ、みんな」
納得していない顔のウィザに、メルクルは忠告した。
「ウィザ、なんでも知らなければならないわけではないぞ。しかし、知りたいなら今の客人のままではダメだ」
「なにそれ」
暫く無言で考えていたメルクルが意を決したように告げる。
「んー。なあウィザ、ここの仕事をいつか終えたらまた冒険者に戻りたいか?」
「え?」
「ここに呼ばれたということは、ウィザはクリアのはずだ。ウィザが望めば公爵家の使用人になることもできると思うんだが」
「何、いきなり何言ってるの?」
メルクルは零れ落ちそうな大きな瞳を見開いて、じーっとウィザを見つめると、もう一度言った。
「冒険者をやめて、トレモルたちをもっと腰を据えて育ててやるというのはどう思う?」
「え?だって騎士になるんだから、そこまでじゃなくてもいいんじゃない?」
「ウィザ、そんな中途半端な気持ちでやっているのか?」
もともと、イヤイヤ連れてこられてたのだから、その程度かもしれないとウィザは思ったが。
必死に食らいつき、何度もウィップが自分の体に当たってあちこち傷だらけになっても、少しも諦めないトレモルの顔が浮かぶ。
「今はまだ・・・わからないわ」
「そうか。まあ今はそれでいいよ。
気持ちが変わったら相談してくれ。
あ、あまり嗅ぎ回るなよ」
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