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ユードリンの思い
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「メットリアでロンッテウゥが治療を開始したそうだ」
ユードリンが家族団欒中に思い出したらしく、突然呟いた。
「そうですか。御令嬢が助かるとよろしいですわね」
「そうだなあ」
「首尾よくいってるんですか?」
シューリンヒ侯爵家に入り浸るようになったメイガーが、令嬢の回復の話を折るように割り込んだソンドールに、もう少し堪えたほうがいいと思いながら弟を見たが、それでもあたたかな目を向けている。
ジュルガーが教育を受けても最後までわからず仕舞いだった様々を考えると、ソンドールは貪欲に公爵家に生まれた立場や高位貴族の振る舞いを吸収し、それらしく変わってきているから。
「やはり俺も行けば良かった」
ソンドールはロンッテウゥがメットリアに行く際、護衛としてついて行きたいと手を挙げたのだが、ユードリンはソンドールにやってもらいたいことがあり、別の護衛をつけて出していた。
「ソンドール様は御自分がメットリアに行きたかっただけでしょ?」
笑いを堪えたリーリルハに指摘されると、バレたかと言いながら頭を掻いてみせる。
何ということのない風景だが、そのほわんとした空気がメイガーはいたく気に入っていた。
パートルム公爵家にはないもの。
本当に仲良く、互いを思い合うやりとりに心が温まるのだ。
「まあそのうちに行く機会もある。なんなら新婚旅行に行ってきたらどうだ?」
ユードリンに言われて、ソンドールがパッと赤くなった。
(こんなことで赤くなるなんて、やっぱりまだまだだ)
メイガーは取り戻した弟にこれからもたっぷり手をかけてやらなくてはと、自分でも気づかぬうちににんまり笑みを浮かべていた。
「兄上、何笑ってるんです?」
口を尖らせる手前でなんとか踏みとどまったソンドールに指を差されたものの、「行儀が悪い」と今度はリーリルハがソンドールを叱る。
「まあまあそう言わずに」
ユードリンが両手のひらをひらひらと動かして間に入ると、また家族みんなでパァッと笑った。
「しかし、万一御令嬢が完全に回復したらとこちらの計画が頓挫するのではありませんか」
「ロンッテウゥは、倒れてから治療を始めるまでの期間が長すぎたから、そこまでは回復させることはできないだろうと言っていた。自力で散歩できるようになれば御の字らしいから、その心配はない」
「まあ、では歩くことも難しいと?」
「うむ、ロンッテウゥはそう診たてていたようだ。実際本人を診察したら多少変わるかもしれないが、どちらにしても強毒の影響が長く残る者を王子妃として迎えるのは難しいからな」
手にする筈だった幸せが目の前で砕け散った令嬢を思い、リーリルハの眉間に皺が寄った。
「御令嬢が気の毒だわ。毒を飲ませた者たちは断罪されなくては」
「ああ。しかしそのお陰で我らに別の光が見えたことも間違いない。もし意識を取り戻されたら、ニールクメール侯爵家に何か農作物の支援をするといいかもしれんな」
我らからの補償代わりに。
ユードリンのちいさなちいさな囁きはソンドールにしか聞こえなかった。
(補償?令嬢の未来を奪ったのは我らではないのに?)
不思議に思ったが、ユードリンは娘を持つ父として、単純にニールクメール侯爵の気持ちを慮り、たぶん寝たきりになるだろう娘の生涯を守り続ける彼らに、希望となるものを贈りたいと考えていた。
見舞いや新たな絆を結ぶ贈物といえばよかったのだろうが、貴族らしく補償と口から溢れたのだった。
「我らの計画は暫くはノルデに任せるしかない。その代わりに専門家でも見る機会が少ないという南方の毒を手に入れた者を洗い出して、ノルデの手柄として献上しようではないか」
ユードリンの差配により、シューリンヒ侯爵とパートルム公爵それぞれが抱える暗部の者たちが各国に散らばって行った。
ユードリンが家族団欒中に思い出したらしく、突然呟いた。
「そうですか。御令嬢が助かるとよろしいですわね」
「そうだなあ」
「首尾よくいってるんですか?」
シューリンヒ侯爵家に入り浸るようになったメイガーが、令嬢の回復の話を折るように割り込んだソンドールに、もう少し堪えたほうがいいと思いながら弟を見たが、それでもあたたかな目を向けている。
ジュルガーが教育を受けても最後までわからず仕舞いだった様々を考えると、ソンドールは貪欲に公爵家に生まれた立場や高位貴族の振る舞いを吸収し、それらしく変わってきているから。
「やはり俺も行けば良かった」
ソンドールはロンッテウゥがメットリアに行く際、護衛としてついて行きたいと手を挙げたのだが、ユードリンはソンドールにやってもらいたいことがあり、別の護衛をつけて出していた。
「ソンドール様は御自分がメットリアに行きたかっただけでしょ?」
笑いを堪えたリーリルハに指摘されると、バレたかと言いながら頭を掻いてみせる。
何ということのない風景だが、そのほわんとした空気がメイガーはいたく気に入っていた。
パートルム公爵家にはないもの。
本当に仲良く、互いを思い合うやりとりに心が温まるのだ。
「まあそのうちに行く機会もある。なんなら新婚旅行に行ってきたらどうだ?」
ユードリンに言われて、ソンドールがパッと赤くなった。
(こんなことで赤くなるなんて、やっぱりまだまだだ)
メイガーは取り戻した弟にこれからもたっぷり手をかけてやらなくてはと、自分でも気づかぬうちににんまり笑みを浮かべていた。
「兄上、何笑ってるんです?」
口を尖らせる手前でなんとか踏みとどまったソンドールに指を差されたものの、「行儀が悪い」と今度はリーリルハがソンドールを叱る。
「まあまあそう言わずに」
ユードリンが両手のひらをひらひらと動かして間に入ると、また家族みんなでパァッと笑った。
「しかし、万一御令嬢が完全に回復したらとこちらの計画が頓挫するのではありませんか」
「ロンッテウゥは、倒れてから治療を始めるまでの期間が長すぎたから、そこまでは回復させることはできないだろうと言っていた。自力で散歩できるようになれば御の字らしいから、その心配はない」
「まあ、では歩くことも難しいと?」
「うむ、ロンッテウゥはそう診たてていたようだ。実際本人を診察したら多少変わるかもしれないが、どちらにしても強毒の影響が長く残る者を王子妃として迎えるのは難しいからな」
手にする筈だった幸せが目の前で砕け散った令嬢を思い、リーリルハの眉間に皺が寄った。
「御令嬢が気の毒だわ。毒を飲ませた者たちは断罪されなくては」
「ああ。しかしそのお陰で我らに別の光が見えたことも間違いない。もし意識を取り戻されたら、ニールクメール侯爵家に何か農作物の支援をするといいかもしれんな」
我らからの補償代わりに。
ユードリンのちいさなちいさな囁きはソンドールにしか聞こえなかった。
(補償?令嬢の未来を奪ったのは我らではないのに?)
不思議に思ったが、ユードリンは娘を持つ父として、単純にニールクメール侯爵の気持ちを慮り、たぶん寝たきりになるだろう娘の生涯を守り続ける彼らに、希望となるものを贈りたいと考えていた。
見舞いや新たな絆を結ぶ贈物といえばよかったのだろうが、貴族らしく補償と口から溢れたのだった。
「我らの計画は暫くはノルデに任せるしかない。その代わりに専門家でも見る機会が少ないという南方の毒を手に入れた者を洗い出して、ノルデの手柄として献上しようではないか」
ユードリンの差配により、シューリンヒ侯爵とパートルム公爵それぞれが抱える暗部の者たちが各国に散らばって行った。
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