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最終話
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さて。
シューリンヒ侯爵家にて、一人娘リーリルハとコイント子爵家のソンドールの結婚式の日がやって来た。
新郎新婦が予想した通り、メットリア王国王太子夫妻がやってきてどちらが主役かわからなくなるところだったが、とうに予想していたソンドールはリーリルハには内密に、なんとカジューンたちを客間に閉じ込めてしまう。
無事に式を終え、披露パーティーの終盤になって初めて、特別ゲストとしてふたりを引き出してみせた。
招待客は大歓声をあげ、閉じ込められて気分を害していた王太子夫妻はそれに気を良くしてソンドールを不問に付すことに。
言うに事欠いて。
「まあ、こんなにも我らが歓迎されてしまっては、一生一度の主役を食われたリーリルハ様が気の毒なことになっただろうからな」
そう言ったカジューンにカチンときたソンドールが、このあと意趣返しをしてみせる。
勿論王族に危険なことなどは出来ない。
笑って済ませることができるような。
卒業式のときに味を占めたカジューンは、今回もシューリンヒ家の客間に泊まるつもりでやって来ていた。
勿論リュスティリアもだ。
そこでソンドールは急ぎ使用人に犬を何匹も連れてこさせた。
「王太子殿下ご夫妻は犬が大好きで、常々から犬とともに過ごされている。遠路を駆けつけてくださったお疲れををお慰めするために、お泊りになる客間に可愛い犬を何匹か入れてやってくれ」
ふふっ。
ふふふっ。
ソンドールの足元は羽が生えたように軽かった。
犬が大好きなのはリュスティリアだ。
カジューンは幼少に追いかけられて以来、犬が怖くてしかたない。
仲良し夫婦ではあるが、ここだけは相容れないとリュスティリアが溢したのを覚えていたソンドールは、新婦の親友リュスティリアが大好きな犬を、歓待のために用意させた。
華燭の宴のあと、客間に通された王太子夫妻の口から歓声と罵声が、ソンドールから大爆笑の声があがったのは言うまでもない。
「もうっ、ソンドール様ったらあんなことして!リア殿下が宥めてくださったからよかったものの」
「ハハ。でもカジューン殿下が悪いんだぞ!まったく無神経なんだよ。
でもこれに懲りて、気軽にシューリンヒに泊まろうとは考えなくなるだろう」
背中を丸め、声を潜めてくつくつと笑うソンドールは、如何にも悪い顔をしている。
リーリルハは最近、ソンドールが高位貴族らしくなってきたと感じるようになった。
次期侯爵として頼もしくもあり、どこまでいってしまうのかと不安になることも無くはないが、唯一変わらないのはリーリルハへの愛と態度だ。
「これで五月蝿い奴らも片付いたからな、ふたりでゆっくりしよう」
甘く蕩けそうに笑うソンドールに、リーリルハは抱きしめられ、リュスティリアとカジューンのように、ソンドールと裏表を楽しむのも悪くないかもと思い始めて。
そのリーリルハの柔らかさを愉しむように抱きしめているソンドールは、人生をどこか諦めていた自分に光を与えた、女神にも等しいリーリルハを生涯愛すると心に決めている。
ジュルガーのような愚かな真似はしない。兄を見て、幸せは絶対ではなく簡単に手から溢れ落ちると知っているから。
兄がそのありがたさに気づかずに手放した、今や妻となったリーリルハが、偶々自分の好みの女性だった幸運、彼女が侯爵の継承権のない一人娘だった幸運、実兄がよく似た自分を衒いなく可愛がってくれた幸運、苦境の時代に貧しいなりに守ってくれる養父たちに出会えた幸運。
(考えるほど俺はツイている!ツキだらけの人生じゃないか)
シューリンヒ侯爵となった暁には、領民たちを守れる領主になってみせると心に誓う。
金がなければ倹約を重ねて領地を守る養母ユミンのように。
そして、自分に足りないものを素直に認め、騎士団で金を稼いででも領地を守る養父ナニエルのように。
小さなリーリルハの手を腕に乗せたソンドールは、次期侯爵夫妻を祝おうとお出ましを待ち侘びる領民たちの前へとバルコニーに歩みだす。
若い夫妻が手を振ると、領民たちの声が一段と大きくなって・・・・。
後にシューリンヒ侯爵となったソンドールは、騎士団出身らしく治安の維持に力を発揮した。
また先代のユードリン・シューリンヒが自領の農産物を広めるために築いた商会を、自身の友人であるメットリア王国国王夫妻との繋がりを利用して強大なものへと育て上げた。
侯爵夫人リーリルハをこよなく愛し、子どもは男の子が二人。
次男にコイントを継がせることになるため、ソンドールはユードリンと相談の上荒れ地でも育つ作物を改良し、前コイント領に植え、農民を誘った。
後にパートルム公爵メイガーと共にクィード公爵家を圧倒する派閥を育て上げたソンドールは、歴代シューリンヒ侯爵家最高の当主と呼ばれるようになり、リーリルハ夫人と末永く幸せに暮らしたと言われている。
■□■
いつもお読み頂きありがとうございます。
最後までお付き合いいただきましたこと、俯角御礼申し上げます。
★新作2作のお知らせです★
恋愛もの「あなたを忘れたい」
ファンタジーの「呪われ令嬢、猫になる」
連載開始しています。
暫く更新をお休みしていた「神の眼を持つ少年です。」も4月2日から日曜更新を再開しています。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
シューリンヒ侯爵家にて、一人娘リーリルハとコイント子爵家のソンドールの結婚式の日がやって来た。
新郎新婦が予想した通り、メットリア王国王太子夫妻がやってきてどちらが主役かわからなくなるところだったが、とうに予想していたソンドールはリーリルハには内密に、なんとカジューンたちを客間に閉じ込めてしまう。
無事に式を終え、披露パーティーの終盤になって初めて、特別ゲストとしてふたりを引き出してみせた。
招待客は大歓声をあげ、閉じ込められて気分を害していた王太子夫妻はそれに気を良くしてソンドールを不問に付すことに。
言うに事欠いて。
「まあ、こんなにも我らが歓迎されてしまっては、一生一度の主役を食われたリーリルハ様が気の毒なことになっただろうからな」
そう言ったカジューンにカチンときたソンドールが、このあと意趣返しをしてみせる。
勿論王族に危険なことなどは出来ない。
笑って済ませることができるような。
卒業式のときに味を占めたカジューンは、今回もシューリンヒ家の客間に泊まるつもりでやって来ていた。
勿論リュスティリアもだ。
そこでソンドールは急ぎ使用人に犬を何匹も連れてこさせた。
「王太子殿下ご夫妻は犬が大好きで、常々から犬とともに過ごされている。遠路を駆けつけてくださったお疲れををお慰めするために、お泊りになる客間に可愛い犬を何匹か入れてやってくれ」
ふふっ。
ふふふっ。
ソンドールの足元は羽が生えたように軽かった。
犬が大好きなのはリュスティリアだ。
カジューンは幼少に追いかけられて以来、犬が怖くてしかたない。
仲良し夫婦ではあるが、ここだけは相容れないとリュスティリアが溢したのを覚えていたソンドールは、新婦の親友リュスティリアが大好きな犬を、歓待のために用意させた。
華燭の宴のあと、客間に通された王太子夫妻の口から歓声と罵声が、ソンドールから大爆笑の声があがったのは言うまでもない。
「もうっ、ソンドール様ったらあんなことして!リア殿下が宥めてくださったからよかったものの」
「ハハ。でもカジューン殿下が悪いんだぞ!まったく無神経なんだよ。
でもこれに懲りて、気軽にシューリンヒに泊まろうとは考えなくなるだろう」
背中を丸め、声を潜めてくつくつと笑うソンドールは、如何にも悪い顔をしている。
リーリルハは最近、ソンドールが高位貴族らしくなってきたと感じるようになった。
次期侯爵として頼もしくもあり、どこまでいってしまうのかと不安になることも無くはないが、唯一変わらないのはリーリルハへの愛と態度だ。
「これで五月蝿い奴らも片付いたからな、ふたりでゆっくりしよう」
甘く蕩けそうに笑うソンドールに、リーリルハは抱きしめられ、リュスティリアとカジューンのように、ソンドールと裏表を楽しむのも悪くないかもと思い始めて。
そのリーリルハの柔らかさを愉しむように抱きしめているソンドールは、人生をどこか諦めていた自分に光を与えた、女神にも等しいリーリルハを生涯愛すると心に決めている。
ジュルガーのような愚かな真似はしない。兄を見て、幸せは絶対ではなく簡単に手から溢れ落ちると知っているから。
兄がそのありがたさに気づかずに手放した、今や妻となったリーリルハが、偶々自分の好みの女性だった幸運、彼女が侯爵の継承権のない一人娘だった幸運、実兄がよく似た自分を衒いなく可愛がってくれた幸運、苦境の時代に貧しいなりに守ってくれる養父たちに出会えた幸運。
(考えるほど俺はツイている!ツキだらけの人生じゃないか)
シューリンヒ侯爵となった暁には、領民たちを守れる領主になってみせると心に誓う。
金がなければ倹約を重ねて領地を守る養母ユミンのように。
そして、自分に足りないものを素直に認め、騎士団で金を稼いででも領地を守る養父ナニエルのように。
小さなリーリルハの手を腕に乗せたソンドールは、次期侯爵夫妻を祝おうとお出ましを待ち侘びる領民たちの前へとバルコニーに歩みだす。
若い夫妻が手を振ると、領民たちの声が一段と大きくなって・・・・。
後にシューリンヒ侯爵となったソンドールは、騎士団出身らしく治安の維持に力を発揮した。
また先代のユードリン・シューリンヒが自領の農産物を広めるために築いた商会を、自身の友人であるメットリア王国国王夫妻との繋がりを利用して強大なものへと育て上げた。
侯爵夫人リーリルハをこよなく愛し、子どもは男の子が二人。
次男にコイントを継がせることになるため、ソンドールはユードリンと相談の上荒れ地でも育つ作物を改良し、前コイント領に植え、農民を誘った。
後にパートルム公爵メイガーと共にクィード公爵家を圧倒する派閥を育て上げたソンドールは、歴代シューリンヒ侯爵家最高の当主と呼ばれるようになり、リーリルハ夫人と末永く幸せに暮らしたと言われている。
■□■
いつもお読み頂きありがとうございます。
最後までお付き合いいただきましたこと、俯角御礼申し上げます。
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