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2話

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 タケリード・ザンバト伯爵令息は婚約者のナナリー・メリエラ伯爵令嬢が好きでも嫌いでもなく、親にあてがわれた婚約者という印象以上のものはない。
 小さな頃は一緒に遊んだりもしたが、本を読みたいナナリーと馬に乗りたいタケリードのように、何一つ折り合いがつかず。両親から大切な婚約者だから仲良くしろと、耳にタコができるほど言われてはいたが、一緒にいても楽しくないのだからしようがないと思っていた。

 最近は編入してきた子爵令嬢と親しくなったこともあり、一段とナナリーを誘わねばならないパーティーなどが面倒くさくなってきている。

─ランチも本当ならナナリーから誘ってくるべきだが、俺を放って友だちとどこかで食べているんだ。だから俺も好きな友だちと好きなところで食べて何が悪い!

 そう考えて、自分にもたれかかっているかわいいティミリとふたりっきりのランチ中だ。

「はあ、どうしたものだろう、なぜナナリーが婚約者なんだ」
「タケリード様、婚約者がいらっしゃるの?」
「うん、親が決めていてね。」
「では私がタケリード様にパーティーにエスコートしていただくことはできないのね」

 少女は悲しそうにくすんと鼻を鳴らした。

 ティミリ・アルメは、ブロンドの巻髪をふわりとさせ、可愛らしく装った少女である。

 純粋な子爵家のご令嬢ではなく、ナナリーが警戒している所謂令嬢もどきだ。
 アルメ子爵とティミリの母イルマが再婚したおかげで、ティミリも同居人として子爵家に住み、上級学院に通わせてもらえることになった。
 アルメ子爵には亡くなった先妻とのこどもがいるので、将来の相続を考えてティミリとは養子縁組をしない。その代わり上級学院に多少でも通わせ、子爵家に縁ある娘として裕福な商会にでも嫁がせてやろうと考えていた。
 それを聞いたティミリの母は、元は平民の自分を弁え、ティミリにも十分すぎると感謝している。
 夫妻は共に、上級学院に通う間、便宜上アルメ姓を名乗ることを許されただけのティミリが、まさかそれを理解せずに子爵令嬢として名乗り、振る舞っているとは思ってもみなかった。

 ティミリは、母が貴族と結婚したのだから当然自分も貴族の仲間入りをした、子爵令嬢だと思っていたのだ。



 本人が間違えているほどだから、タケリードも信じていた。

 ナナリーよりティミリのほうがかわいい。自分に何くれと気を配り、褒めてくれ、たててくれる。
 ナナリーは頭は良いが閉鎖的で、学院でも決まった友人としか付き合わない。これでは将来貴族の社交を任せるには不安があるが、その点ティミリなら明るく誰とでも打ち解けられて言うことなしだ。

 そんなことを考え始めると、ナナリーは自分の婚約者には相応しくないような気がしてきて。

「婚約を解消できないだろうか・・・」

 破棄というとお互いにあとがキツそうなので、せめて解消してからティミリとというのはどうだろうか?


 ナナリーとは家同士の大事業が絡んだ婚約なのに、タケリードはころりと忘れてしまっていた。


 何気なくタケリードが呟いた「婚約を解消」という言葉を、ティミリは聞き逃さなかった。
 伯爵家の令息タケリードに婚約者がいることは、実は知っていた。でもティミリのいた世界なら、誰かと付き合っていても他に好きな人ができたら別れるくらいは普通のこと。
 タケリードの小さな好意をいいことにターゲットに定めて、可愛らしく見えるよう髪を巻き、甘えた言葉で褒め殺す。

 自らはなにもせずにいるくせに、婚約者と距離が縮まらずにいるのはナナリーのせいだと不満を感じていたタケリードは、さり気なくグイグイ押してきたティミリに簡単に傾いた。

「婚約解消・・・できるとよろしいですわね、愛のある結婚のほうが幸せですもの」

 わざと聞こえるか聞こえないかくらいの儚げに聞こえる声を漏らすと、タケリードを慰めるように瞳を覗きこんだティミリは、婚約を破棄か解消させて自分がその座に滑りこもうと狙っていた。

─解消したいと考え始めたタケリード様に、あと一押し・・・。
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