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3話
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婚約者ではない令嬢がもたれかかっているのに、注意するわけでもなく、距離を置くでもなく、顔を寄せてくすくすと笑いあうザンバト伯爵令息とアルメ子爵令嬢の姿は、以来学院内で頻繁に見られるようになった。
当然噂も立ち、ナナリーの耳にも親切という看板を掲げた噂好きのご令嬢が教えに来てくれた。
警戒心の強いナナリーは学内で一人で行動することはない。必ず気心知れた友人かいとこのルムリと共に動いているので、そのときに一緒にいた友人たちもみな、その汚らわしい噂を聞くことになってしまった。
「私、そのお二人を目撃し、ナナリー様があまりにお気の毒と思いまして、教えて差し上げようと参りましたのよ」
手のひらで口もとを隠すが、あきらかに目が笑っている。
「ご忠言感謝申し上げますわ、きっとそのご令嬢はタケリード様のご友人と思いますが、距離が近すぎるようでしたら注意いたします。ご心配をおかけして申し訳の無いことでございました」
ナナリーも目は悲しげに伏せたが、同じように手のひらで隠した口もとは、堪えきれず湧き上がる笑みに震えていた。
─チャンス、キターッ!
ここが自室ならうれしくて飛び上がっただろう。いや、踊りだしたかもしれない。
ナナリーには本当にどうでもよい婚約者なので、欲しいならいくらでもくれてやりたいが、自分が傷物になるのは嫌だ。
見回すと心配そうに寄り添ってくれる親友、ミルタ侯爵令嬢マーガレーテが自身の白い手を握りしめていた。
「ナナ、大丈夫よあんな噂間違いだわ」
お人好しのマーガレーテはナナリーが婚約者に興味がないなんて考えてもいない。いつもナナリーが垂れ流す愚痴も、本気ではなく愛があるからこその愚痴。きっと照れてうまくいかないだけ、過ごす時間が増えればきっと変わると信じている、天然純粋仕様なのだ。
「大丈夫よマギー、私は大丈夫」
彼女のきつく握られた白い手をやさしく解してやると血の気が戻り始める。
まだ眉間に小さな皺を寄せ、労しげにナナリーを見るマーガレーテには申し訳ないが
(噂が本当であることを祈ってるくらいですもの)
心の声が漏れ出ないように我慢するのが大変だった。
学院では王族以外は成績順にクラスが編成されている。
ナナリーはお勉強が大好き!よく励む故に当たり前の結果として一番上のAクラスだが、タケリードは体を動かすほうが得意なせいかEクラスという一番下位クラスに席を置く。
ティミリも編入者だが授業についていくことができず同じEクラス。編入直後にわからないことを聞いたタケリードが、なかなか感触がよかったので調べたら伯爵家の次男だった。以来親しくなっていったのだが。
ところで。
ザンバト家とメリエラ家はどちらも伯爵だが、ナナリーの父マードル・メリエラ伯爵は所謂やり手で商会やゼネラルコントラクターを手中に収める富豪だ。
この数年、国王陛下の勅命による大規模な道路建設を請け負っているマードルには、様々な貴族から事業への参加を希望されていた。
この道路建設は各領地を縦断し、二十年以上かけて国の交通網を整備し直す基幹事業である。参加が認められれば、その中で与えられた役割をただこなすだけでも莫大な利益を得ることができるのだ。
ユード・ザンバト伯爵は前から交流があり、やり手振りを目にしていたマードルの一人娘ナナリーの婿養子に、同い年の次男タケリードをと頼み込んで婚約を取り付けると、今度はいずれ家族となるのだからと、メリエラのゼネラルコントラクターの事業に、ザンバト派閥の貴族もろとも参加させてくれるよう頼み込んだ。
タケリードがなにを勘違いしているのかわからないが、ナナリーとの婚姻はザンバト家とその派閥貴族全体の利益を賭けたもので、ザンバト家から簡単に破棄やら解消などできるものではない。
しかし。タケリードは既にナナリーとの婚約をなんとかするための手段に囚われて、頭がいっぱい。そばでティミリがそれこそ一日中囁くのだ。
「タケリード様に婚約者がいらっしゃるなんて、私おそばにいてはいけませんのね」
そう言っては身を擦り付ける。
「想ってはいけないと思うほどタケリード様が恋しくて」
などとうっすら涙をためたりしながら。
「親の決めた愛のない結婚をタケリード様がされるなんて、胸が張り裂けそう」
とか言いながら、ホロリと涙をこぼしたり。
ティミリにすっかり頭をヤラれてしまったタケリードは、ますますのめり込んでいった。
学内で婚約者を蔑ろにするタケリードが噂の的になっていることに気づかずに。
当然噂も立ち、ナナリーの耳にも親切という看板を掲げた噂好きのご令嬢が教えに来てくれた。
警戒心の強いナナリーは学内で一人で行動することはない。必ず気心知れた友人かいとこのルムリと共に動いているので、そのときに一緒にいた友人たちもみな、その汚らわしい噂を聞くことになってしまった。
「私、そのお二人を目撃し、ナナリー様があまりにお気の毒と思いまして、教えて差し上げようと参りましたのよ」
手のひらで口もとを隠すが、あきらかに目が笑っている。
「ご忠言感謝申し上げますわ、きっとそのご令嬢はタケリード様のご友人と思いますが、距離が近すぎるようでしたら注意いたします。ご心配をおかけして申し訳の無いことでございました」
ナナリーも目は悲しげに伏せたが、同じように手のひらで隠した口もとは、堪えきれず湧き上がる笑みに震えていた。
─チャンス、キターッ!
ここが自室ならうれしくて飛び上がっただろう。いや、踊りだしたかもしれない。
ナナリーには本当にどうでもよい婚約者なので、欲しいならいくらでもくれてやりたいが、自分が傷物になるのは嫌だ。
見回すと心配そうに寄り添ってくれる親友、ミルタ侯爵令嬢マーガレーテが自身の白い手を握りしめていた。
「ナナ、大丈夫よあんな噂間違いだわ」
お人好しのマーガレーテはナナリーが婚約者に興味がないなんて考えてもいない。いつもナナリーが垂れ流す愚痴も、本気ではなく愛があるからこその愚痴。きっと照れてうまくいかないだけ、過ごす時間が増えればきっと変わると信じている、天然純粋仕様なのだ。
「大丈夫よマギー、私は大丈夫」
彼女のきつく握られた白い手をやさしく解してやると血の気が戻り始める。
まだ眉間に小さな皺を寄せ、労しげにナナリーを見るマーガレーテには申し訳ないが
(噂が本当であることを祈ってるくらいですもの)
心の声が漏れ出ないように我慢するのが大変だった。
学院では王族以外は成績順にクラスが編成されている。
ナナリーはお勉強が大好き!よく励む故に当たり前の結果として一番上のAクラスだが、タケリードは体を動かすほうが得意なせいかEクラスという一番下位クラスに席を置く。
ティミリも編入者だが授業についていくことができず同じEクラス。編入直後にわからないことを聞いたタケリードが、なかなか感触がよかったので調べたら伯爵家の次男だった。以来親しくなっていったのだが。
ところで。
ザンバト家とメリエラ家はどちらも伯爵だが、ナナリーの父マードル・メリエラ伯爵は所謂やり手で商会やゼネラルコントラクターを手中に収める富豪だ。
この数年、国王陛下の勅命による大規模な道路建設を請け負っているマードルには、様々な貴族から事業への参加を希望されていた。
この道路建設は各領地を縦断し、二十年以上かけて国の交通網を整備し直す基幹事業である。参加が認められれば、その中で与えられた役割をただこなすだけでも莫大な利益を得ることができるのだ。
ユード・ザンバト伯爵は前から交流があり、やり手振りを目にしていたマードルの一人娘ナナリーの婿養子に、同い年の次男タケリードをと頼み込んで婚約を取り付けると、今度はいずれ家族となるのだからと、メリエラのゼネラルコントラクターの事業に、ザンバト派閥の貴族もろとも参加させてくれるよう頼み込んだ。
タケリードがなにを勘違いしているのかわからないが、ナナリーとの婚姻はザンバト家とその派閥貴族全体の利益を賭けたもので、ザンバト家から簡単に破棄やら解消などできるものではない。
しかし。タケリードは既にナナリーとの婚約をなんとかするための手段に囚われて、頭がいっぱい。そばでティミリがそれこそ一日中囁くのだ。
「タケリード様に婚約者がいらっしゃるなんて、私おそばにいてはいけませんのね」
そう言っては身を擦り付ける。
「想ってはいけないと思うほどタケリード様が恋しくて」
などとうっすら涙をためたりしながら。
「親の決めた愛のない結婚をタケリード様がされるなんて、胸が張り裂けそう」
とか言いながら、ホロリと涙をこぼしたり。
ティミリにすっかり頭をヤラれてしまったタケリードは、ますますのめり込んでいった。
学内で婚約者を蔑ろにするタケリードが噂の的になっていることに気づかずに。
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