【完結】許さないってどういうことですか?それは私の台詞です。

やまぐちこはる

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辺境のタケリード編

2話

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 七年前。

 ザンバト伯爵家から五日間馬車に揺られ、辺境の地ドルドミラに全財産を詰め込んだ鞄を引きずるタケリードが降りたった。

「いままでの甘い考えはすべて捨て、いちから人としてやり直す!どんなに辛くてもだ!」

 そう自分に言い聞かせて、監督用に用意された小さな家に踏み込んでみると。
一軒の家のはずだが、伯爵家の自室より狭い・・・。
 埃が積もった黴臭い部屋を掃除してくれる者もいないので、仕方なく窓を開け放つと掃除を始める。何をどうすればきれいな部屋になるのやら、初めてのひとりきりの掃除に四苦八苦しながら、部屋に残されていた雑巾で拭き清めていく。
 半日以上かけて日が暮れる頃、ようやくなんとか眠れそうなほどになったが、今度は食事の支度がわからない。

 近くに店はあっただろうか?
乗合馬車を降りてから、まっすぐ家を目指してきたので、まわりを確認していなかった。
 家を出て鍵を締める。
人生で初めての鍵締めだ。
カチャリと重みのない音がして、これで本当に鍵がかかったのか心配になり、ノブをガチャガチャと回してみて確かめる。

「締まってる・・・か?」

 金を上着の裏ポケットにしまい、ふらりと町を歩く。寂れた町は人気も少ないが、ぽつりぽつりと食堂や宿、日用品を売る小さな店が見つかり、一番近い食堂のドアを開けた。

「いらっしゃい」

 感じのよいふくよかな女性がカウンターの奥から声をかけてくる。母より少し年上くらいだろうか?

「見慣れない人だね、旅の途中かい?」
「いえ、道路工事の仕事できました」
「へえ・・・そうだったのかい」

 不自然なほどの間があり、

「そうかい。それはご苦労なこったね。まあせいぜいがんばりな」

 それからカウンターの硬い椅子に座るよう勧められ、メニューを渡してくれた。

「おすすめは何かありますか?」
「そうだねえ、ポークソテーかマスの塩焼き」
「ではポークソテーを」

 暫くすると、肉を焼いたものと付け合わせの野菜、ライス付きの料理が運ばれて。
一口大に切ろうとすると、肉が抵抗でもしているかのように、固くてナイフの刃が肉を挟んで皿を擦り、ぎりぎりと音がする。
なんとか切り離して一口。

 うまいとはお世辞にもいえないが、それよりその固さだ!小さく切ったのになかなか噛みきれない。
 しかし考えようによっては、少ない量でも腹が膨れるかもしれない。そんなことを考えながら

『本来なら勘当されて野垂れ死んでもおかしくない、有り難いと思うんだな』

 兄の言葉を思い出していた。
 時間が経つほどに自分が犯した過ちを痛感するようになり、どれほどの恩情を受けたかも理解できた。
 その恩を返すためには歯を食いしばり、難しいと言われる与えられた仕事をやり遂げねばならない。

 飲み込むだけの食事を終え、家に戻る途中でパン屋を見つけ、明日の朝に備えて数個買い求めて帰宅する。
誰一人待つもののいない真っ暗な家に自分で鍵を開けて入り、灯りをつけて。
湯浴みの準備もできず、初めてのたった一人の夜だが疲れもあり、隙間風が窓をカタカタと鳴らすことにも気づかずに眠りについた。

 翌朝から早速タケリードの平民ばりの労働が開始される。
 まずタケリードは現場の拠点となっている事務所に、皆より早く行くように向かった。かなり早起きして朝食にパンと伯爵家から持ってきたコーヒーを飲んで、出かけたのだが。
 到着すると、作業員たちは既に現場に出る支度を終えていた。

「お、おはようございます。タケリード・ザンバトです」

 間違いなく相手は平民だろう。
それに対し、貴族がするにはあり得ないような丁寧な挨拶をしたタケリードに、作業員たちは胡散臭いものでも見るような目を向けた。

「若輩で経験の浅い私では皆さんにご納得いただけないかもしれませんが、現場監督として参りました。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

「現場監督だってよ」
「監督できるほど仕事がわかってんのかね」

 野次が飛ぶと

「それはこれから学びます、よろしくお願いします」
「お貴族様は、気楽でいいねえ」
「ほーんとだな」

 男たちは肩を竦め、タケリードを残して現場へと出かけていった。
 伯爵家で謹慎中に、一応研修は受けてきたが、現場で何をやるか身を持って理解できたわけではない。
 立ち尽くしているとドアが開いた。

「おはよ、あら?」

 髪をまとめた中年の女性が箒を手に入って来る。

「おはようございます、タケリード・ザンバトです」

 自己紹介をすると

「え?明日からじゃありませんでした?ヤダ、もう家に行きました?昨夜は宿に泊まりました?」

 タケリードはきょとんとした。

「ああ、ごめんなさいね、あたし間違えちゃったみたい!いらっしゃるの明日だと思いこんで、今日掃除に行くつもりだったんですよ」
「あっ!そうだったんですね」

 ようやく話が通じた。
汚れきった家でもありがたいと思っていたが、本当はその汚れぶりに少し心が萎れた。
 覚悟してきたつもりでも、父からおまえにはそれで十分だと言われた気がしていたのだが、この女性の手違いにすぎず、ちゃんと清潔な家を用意してくれていたとわかり、心から感謝した。
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