15 / 28
辺境のタケリード編
2話
しおりを挟む
七年前。
ザンバト伯爵家から五日間馬車に揺られ、辺境の地ドルドミラに全財産を詰め込んだ鞄を引きずるタケリードが降りたった。
「いままでの甘い考えはすべて捨て、いちから人としてやり直す!どんなに辛くてもだ!」
そう自分に言い聞かせて、監督用に用意された小さな家に踏み込んでみると。
一軒の家のはずだが、伯爵家の自室より狭い・・・。
埃が積もった黴臭い部屋を掃除してくれる者もいないので、仕方なく窓を開け放つと掃除を始める。何をどうすればきれいな部屋になるのやら、初めてのひとりきりの掃除に四苦八苦しながら、部屋に残されていた雑巾で拭き清めていく。
半日以上かけて日が暮れる頃、ようやくなんとか眠れそうなほどになったが、今度は食事の支度がわからない。
近くに店はあっただろうか?
乗合馬車を降りてから、まっすぐ家を目指してきたので、まわりを確認していなかった。
家を出て鍵を締める。
人生で初めての鍵締めだ。
カチャリと重みのない音がして、これで本当に鍵がかかったのか心配になり、ノブをガチャガチャと回してみて確かめる。
「締まってる・・・か?」
金を上着の裏ポケットにしまい、ふらりと町を歩く。寂れた町は人気も少ないが、ぽつりぽつりと食堂や宿、日用品を売る小さな店が見つかり、一番近い食堂のドアを開けた。
「いらっしゃい」
感じのよいふくよかな女性がカウンターの奥から声をかけてくる。母より少し年上くらいだろうか?
「見慣れない人だね、旅の途中かい?」
「いえ、道路工事の仕事できました」
「へえ・・・そうだったのかい」
不自然なほどの間があり、
「そうかい。それはご苦労なこったね。まあせいぜいがんばりな」
それからカウンターの硬い椅子に座るよう勧められ、メニューを渡してくれた。
「おすすめは何かありますか?」
「そうだねえ、ポークソテーかマスの塩焼き」
「ではポークソテーを」
暫くすると、肉を焼いたものと付け合わせの野菜、ライス付きの料理が運ばれて。
一口大に切ろうとすると、肉が抵抗でもしているかのように、固くてナイフの刃が肉を挟んで皿を擦り、ぎりぎりと音がする。
なんとか切り離して一口。
うまいとはお世辞にもいえないが、それよりその固さだ!小さく切ったのになかなか噛みきれない。
しかし考えようによっては、少ない量でも腹が膨れるかもしれない。そんなことを考えながら
『本来なら勘当されて野垂れ死んでもおかしくない、有り難いと思うんだな』
兄の言葉を思い出していた。
時間が経つほどに自分が犯した過ちを痛感するようになり、どれほどの恩情を受けたかも理解できた。
その恩を返すためには歯を食いしばり、難しいと言われる与えられた仕事をやり遂げねばならない。
飲み込むだけの食事を終え、家に戻る途中でパン屋を見つけ、明日の朝に備えて数個買い求めて帰宅する。
誰一人待つもののいない真っ暗な家に自分で鍵を開けて入り、灯りをつけて。
湯浴みの準備もできず、初めてのたった一人の夜だが疲れもあり、隙間風が窓をカタカタと鳴らすことにも気づかずに眠りについた。
翌朝から早速タケリードの平民ばりの労働が開始される。
まずタケリードは現場の拠点となっている事務所に、皆より早く行くように向かった。かなり早起きして朝食にパンと伯爵家から持ってきたコーヒーを飲んで、出かけたのだが。
到着すると、作業員たちは既に現場に出る支度を終えていた。
「お、おはようございます。タケリード・ザンバトです」
間違いなく相手は平民だろう。
それに対し、貴族がするにはあり得ないような丁寧な挨拶をしたタケリードに、作業員たちは胡散臭いものでも見るような目を向けた。
「若輩で経験の浅い私では皆さんにご納得いただけないかもしれませんが、現場監督として参りました。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
「現場監督だってよ」
「監督できるほど仕事がわかってんのかね」
野次が飛ぶと
「それはこれから学びます、よろしくお願いします」
「お貴族様は、気楽でいいねえ」
「ほーんとだな」
男たちは肩を竦め、タケリードを残して現場へと出かけていった。
伯爵家で謹慎中に、一応研修は受けてきたが、現場で何をやるか身を持って理解できたわけではない。
立ち尽くしているとドアが開いた。
「おはよ、あら?」
髪をまとめた中年の女性が箒を手に入って来る。
「おはようございます、タケリード・ザンバトです」
自己紹介をすると
「え?明日からじゃありませんでした?ヤダ、もう家に行きました?昨夜は宿に泊まりました?」
タケリードはきょとんとした。
「ああ、ごめんなさいね、あたし間違えちゃったみたい!いらっしゃるの明日だと思いこんで、今日掃除に行くつもりだったんですよ」
「あっ!そうだったんですね」
ようやく話が通じた。
汚れきった家でもありがたいと思っていたが、本当はその汚れぶりに少し心が萎れた。
覚悟してきたつもりでも、父からおまえにはそれで十分だと言われた気がしていたのだが、この女性の手違いにすぎず、ちゃんと清潔な家を用意してくれていたとわかり、心から感謝した。
ザンバト伯爵家から五日間馬車に揺られ、辺境の地ドルドミラに全財産を詰め込んだ鞄を引きずるタケリードが降りたった。
「いままでの甘い考えはすべて捨て、いちから人としてやり直す!どんなに辛くてもだ!」
そう自分に言い聞かせて、監督用に用意された小さな家に踏み込んでみると。
一軒の家のはずだが、伯爵家の自室より狭い・・・。
埃が積もった黴臭い部屋を掃除してくれる者もいないので、仕方なく窓を開け放つと掃除を始める。何をどうすればきれいな部屋になるのやら、初めてのひとりきりの掃除に四苦八苦しながら、部屋に残されていた雑巾で拭き清めていく。
半日以上かけて日が暮れる頃、ようやくなんとか眠れそうなほどになったが、今度は食事の支度がわからない。
近くに店はあっただろうか?
乗合馬車を降りてから、まっすぐ家を目指してきたので、まわりを確認していなかった。
家を出て鍵を締める。
人生で初めての鍵締めだ。
カチャリと重みのない音がして、これで本当に鍵がかかったのか心配になり、ノブをガチャガチャと回してみて確かめる。
「締まってる・・・か?」
金を上着の裏ポケットにしまい、ふらりと町を歩く。寂れた町は人気も少ないが、ぽつりぽつりと食堂や宿、日用品を売る小さな店が見つかり、一番近い食堂のドアを開けた。
「いらっしゃい」
感じのよいふくよかな女性がカウンターの奥から声をかけてくる。母より少し年上くらいだろうか?
「見慣れない人だね、旅の途中かい?」
「いえ、道路工事の仕事できました」
「へえ・・・そうだったのかい」
不自然なほどの間があり、
「そうかい。それはご苦労なこったね。まあせいぜいがんばりな」
それからカウンターの硬い椅子に座るよう勧められ、メニューを渡してくれた。
「おすすめは何かありますか?」
「そうだねえ、ポークソテーかマスの塩焼き」
「ではポークソテーを」
暫くすると、肉を焼いたものと付け合わせの野菜、ライス付きの料理が運ばれて。
一口大に切ろうとすると、肉が抵抗でもしているかのように、固くてナイフの刃が肉を挟んで皿を擦り、ぎりぎりと音がする。
なんとか切り離して一口。
うまいとはお世辞にもいえないが、それよりその固さだ!小さく切ったのになかなか噛みきれない。
しかし考えようによっては、少ない量でも腹が膨れるかもしれない。そんなことを考えながら
『本来なら勘当されて野垂れ死んでもおかしくない、有り難いと思うんだな』
兄の言葉を思い出していた。
時間が経つほどに自分が犯した過ちを痛感するようになり、どれほどの恩情を受けたかも理解できた。
その恩を返すためには歯を食いしばり、難しいと言われる与えられた仕事をやり遂げねばならない。
飲み込むだけの食事を終え、家に戻る途中でパン屋を見つけ、明日の朝に備えて数個買い求めて帰宅する。
誰一人待つもののいない真っ暗な家に自分で鍵を開けて入り、灯りをつけて。
湯浴みの準備もできず、初めてのたった一人の夜だが疲れもあり、隙間風が窓をカタカタと鳴らすことにも気づかずに眠りについた。
翌朝から早速タケリードの平民ばりの労働が開始される。
まずタケリードは現場の拠点となっている事務所に、皆より早く行くように向かった。かなり早起きして朝食にパンと伯爵家から持ってきたコーヒーを飲んで、出かけたのだが。
到着すると、作業員たちは既に現場に出る支度を終えていた。
「お、おはようございます。タケリード・ザンバトです」
間違いなく相手は平民だろう。
それに対し、貴族がするにはあり得ないような丁寧な挨拶をしたタケリードに、作業員たちは胡散臭いものでも見るような目を向けた。
「若輩で経験の浅い私では皆さんにご納得いただけないかもしれませんが、現場監督として参りました。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
「現場監督だってよ」
「監督できるほど仕事がわかってんのかね」
野次が飛ぶと
「それはこれから学びます、よろしくお願いします」
「お貴族様は、気楽でいいねえ」
「ほーんとだな」
男たちは肩を竦め、タケリードを残して現場へと出かけていった。
伯爵家で謹慎中に、一応研修は受けてきたが、現場で何をやるか身を持って理解できたわけではない。
立ち尽くしているとドアが開いた。
「おはよ、あら?」
髪をまとめた中年の女性が箒を手に入って来る。
「おはようございます、タケリード・ザンバトです」
自己紹介をすると
「え?明日からじゃありませんでした?ヤダ、もう家に行きました?昨夜は宿に泊まりました?」
タケリードはきょとんとした。
「ああ、ごめんなさいね、あたし間違えちゃったみたい!いらっしゃるの明日だと思いこんで、今日掃除に行くつもりだったんですよ」
「あっ!そうだったんですね」
ようやく話が通じた。
汚れきった家でもありがたいと思っていたが、本当はその汚れぶりに少し心が萎れた。
覚悟してきたつもりでも、父からおまえにはそれで十分だと言われた気がしていたのだが、この女性の手違いにすぎず、ちゃんと清潔な家を用意してくれていたとわかり、心から感謝した。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
異母妹に婚約者を奪われ、義母に帝国方伯家に売られましたが、若き方伯閣下に溺愛されました。しかも帝国守護神の聖女にまで選ばれました。
克全
恋愛
『私を溺愛する方伯閣下は猛き英雄でした』
ネルソン子爵家の令嬢ソフィアは婚約者トラヴィスと踊るために王家主催の舞踏会にきていた。だがこの舞踏会は、ソフィアに大恥をかかせるために異母妹ロージーがしかけた罠だった。ネルソン子爵家に後妻に入ったロージーの母親ナタリアは国王の姪で王族なのだ。ネルソン子爵家に王族に血を入れたい国王は卑怯にも一旦認めたソフィアとトラヴィスの婚約を王侯貴族が集まる舞踏会の場で破棄させた。それだけではなく義母ナタリアはアストリア帝国のテンプル方伯家の侍女として働きに出させたのだった。国王、ナタリア、ロージーは同じ家格の家に侍女働きに出してソフィアを貶めて嘲笑う気だった。だがそれは方伯や辺境伯という爵位の存在しない小国の王と貴族の無知からきた誤解だった。確かに国によっては城伯や副伯と言った子爵と同格の爵位はある。だが方伯は辺境伯同様独立裁量権が強い公爵に匹敵する権限を持つ爵位だった。しかもソフィアの母系は遠い昔にアストリア帝室から別れた一族で、帝国守護神の聖女に選ばれたのだった。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
【完結】殿下、私ではなく妹を選ぶなんて……しかしながら、悲しいことにバットエンドを迎えたようです。
みかみかん
恋愛
アウス殿下に婚約破棄を宣言された。アルマーニ・カレン。
そして、殿下が婚約者として選んだのは妹のアルマーニ・ハルカだった。
婚約破棄をされて、ショックを受けるカレンだったが、それ以上にショックな事実が発覚してしまう。
アウス殿下とハルカが国の掟に背いてしまったのだ。
追記:メインストーリー、只今、完結しました。その後のアフターストーリーも、もしかしたら投稿するかもしれません。その際は、またお会いできましたら光栄です(^^)
勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる