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二十三話 抱擁
しおりを挟む今日も今日とて、内密な通信が記録される。
「経過報告。母胎と種子、関係良化。交合回数も増加傾向にあります」
返答は無い。一方的な報告。
されど伝える密偵の女の声が、俄かに焦燥した様に震える。
「種子側の魔力成長も、時を同じくして良化。想定を大幅に上回り、母胎に迫りつつある模様」
混じるノイズ。早る呼吸。
「玄霧はっ、何か計画をっ」
「は~い、そこまで~」
蛇女の声が割り込み、報告は途絶えた。
記録は最後に、挑発で締め括られる。
「もう勘付いて動き始めてると思うけどぉ~、ぜぇ~んぶ無駄だと思うから、諦める事をお勧めしまぁ~す。いじょ~」
聞く者を、その心理を見透かし、逆撫でするかの如きセリフ。
主人に先んじて一報を拾った、かの黒髪長身の女は憤怒する。
「絶対、殺すっ……!」
変化する関係性と日常の中、目まぐるしく時は過ぎていく。
「違うだろ! ここは……こっちで進めた方が絶対に良いって!」
「いいや、それだと確実に問題が発生する。ここは動かせない」
ある日の晩の執務室、資料に囲われたスーツ姿のチハヤと、給仕服姿の少女は、端末を挟み論を交わす。
「ならここ弄れ! そうすりゃもう少しマシになる!」
「そこは……確かに」
「だろぉ?」
「だろぉ? じゃない、効率化のアイデアが幾つもあるからと言って安定性に欠ける物まで提案するな」
「えー、試してみてもいいじゃねぇか」
「試すにしてもこれで試すんじゃない。玄霧が潰れたらお前も潰れるんだぞ、分かってるのか?」
「分かってるよ! 次いこ次!」
少女は使用人としての仕事を減らし、チハヤの仕事を手伝う様になっていた。
日夜白熱した議論と作業を行い、そして。
「んっ、んっ、っ、ぁっ、はぁっ、っ゛っ」
「このっ、っ……!」
「ぁぁ゛っ、ぁっ、ぁっ、あぁっ!」
合間の時間には、情事を交わす。
「仕事の最中に色目を使うなとっ、何度も言っているだろうっ」
「つかってにゃっ……つかってな゛ぃっ、ひぃっ!」
専ら体位は後背位。チハヤは下着以外着衣したままの少女を窓際に追いやり、背後から肉膣を揺さぶる様に突く。
給仕服のスカートが捲れ露わになった、華奢な肩幅、細く括れた腹の割に大きく豊かに張り出している白桃尻。
香り立つ、甘く芳しい雌の色香を堪能しながら言葉で責め、興じる。
「だったらあそこのカーペットのシミはなんだ? 涎を垂らしていた浅ましい股の間は? 言ってみろっ」
「っ、それはっ、わるかっ……っ゛っ! んぁあ゛っ!」
意地の悪い言い方をしながら、責め手は甘く、優しく。
ひたすら女体を慮り、官能だけを最大限引き出す動きを繰り返した。
「んきゅっ、んっ、っ゛、んぉ゛っ、っ~~~~────」
例によって少女側が誘う事も無きにしも非ず。
だが昨今は概ね、チハヤ側が率先して行為を主導する様になっていた。
その行為の暫く後、風呂場で少女は尋ねる。
「はぁーー……っ、そんなっ、気が、散るならっ……別々の部屋で、しごと、すればっ……」
「ふっ。散っても問題無いからやっているんだぞ?」
「むっ……」
現に、何故かは分からないが、プランの進捗は側から見ても頗る速かった。
とは言え、当然気は散らない方がもっと上手くいく筈。
「それにお前を一人に出来る訳ないだろ? 発情してばかりで、碌に働かなさそうじゃないか」
「それはっ、こっちも、お前で気が散ってるだけでっ……一人なら、大丈夫だしっ」
「ほう? それは本当か?」
「ぅっ……」
青の瞳が浮かべる嗜虐的な笑みを見て、言葉に詰まった。
何処か吹っ切れたのだろうか。彼の責めから迷いが失せて、此方がたじろぐ事が増えた気がする。
所と日が変わり、朝のトイレの個室で。少女は下腹部の鈍痛を感じながら、物思いに耽る。
仕事に関する討論なら問題無く渡り合えているが、その他は劣勢著しい。
ここに来て何処か覚悟の差が出て来たのではないか。
昨今何時もの様に身に着けている玄霧の改良した装具を装着したまま用を足し、妊娠のサインが出なかった事に安堵と落胆、二律背反の感情を抱きながら俯いた。
────どうにも、釈然としない。
意図はしていなかった。が、忌まわしい魔法の暴発があった事で自分は曝け出され、全てを理解されてしまった事で、今の展開がある。
何故こうなるのか。何故、彼は自分に嫌悪感を抱かず、受け入れ始めたのか。
理解に苦しみ少女は想起する、初めてベッドを共にした日の事。
「ああ、敷布団はもういい、枕だけよこせ」
「えっ、じゃあ、またっ……」
「いや、流石に草臥れたから、寝るだけだ」
「へっ?」
風呂場で気をやったあの後の夜。もう一回戦かと思った此方を他所に、「おやすみ」と、彼は寝腐った。
憤慨した自分はもう床で寝てしまおうかと思ったが、それでは翌朝の敗北感が拭えまい。そう思い、仕返しのつもりで隣に寝転がった。
「んー……」
「ひぁあっ⁉︎」
すると何と、程無く熟睡した彼は、隣に転がった華奢なその身を抱き枕にしてしまったのだ。
「ぁ、あぁぁ……!」
離れようと思っても、起こす危険を考えると離れ難く。
胸は訳も分からず高鳴り続け、ついぞ一睡も出来ず翌朝を迎えた。
陽光がカーテンの隙間から射し込む中、漸く彼の腕が解ける。
しめたと転がって離れようとした。が、その刹那。再び背後からひしと抱き留められ、頸に何時もの抑揚の薄い挨拶がかかる。
「おはよう」
「おはよう、ございますっ……」
最早立ち直れず。誤魔化す様に「申し訳ありません、今から急いで支度を……」と使用人としての振る舞いを見せようとした。
そこへ、追い討ち。
「ふっ、やはりあの言葉は、妻を目指すという言葉だったんだな」
「はぁっ⁉︎」
「何だ? 違うのか?」
「ちっ、ちげぇーし! キモいからはなせっ!」
「キモい、は聞き捨てならんな。普通に傷付くぞ? 俺も、元男のお前も」
「ぅっ、ううううぅ~~~~……!」
距離が近づいた、と言うだけならば聴こえは良いし、問題は無い。この身体になってからずっと抱いていた、置いて行かれるという感覚は無く、概ね好ましい様にも思える。
が、以前の心地良かった好敵手の距離感とは明らかに異なる。肌と肌が触れ合う距離だ。
正直、近過ぎる。こそばゆくて慣れない上、何処か一方的に翻弄されている気がしてならず、あまり愉快では無い。
少女が複雑な悶々を抱える傍、その手は後始末を始める。
すると一時だが其方に意識が向かう。
────やっぱり玄霧改良型の動作補助の首輪、良い感じだ。
指輪所持者の命令が無くとも、日常行動程度であれば少女自身の意志を反映し、登録された動作補助を精密に行う。快適性は段違い。
細い手指で紙を巻き取り、つるんとした白い装具に保護された、割れ目以外何の凹凸も無い股にそれを収め、拭って水気を吸い取る。
「っ、んっ……」
改良装具も素晴らしい。経血処理、処女膜の再生阻害に加え、性感の暴走した局部の鋭敏さがかなり抑えられている。
本来排便、排尿によって生じるべきでは無い悦楽もかなりカットされていて、中の蒸れ感も無いし、痒みも無い。
「ぁっ、んんっ」
にも関わらず、その内側がじんっと熱く痺れて止まず、少し声が出てしまった。
快感の紐付きを感じ、まだ正気の筈の脳は危ぶむ。
常態的発情では無い。確かな、チハヤという男性に対する欲情。
文明の利器による体調管理が万全であるからこそ、浮き彫りにされてしまう。
これだけの頻度で責められていたら仕方が無────くないっ!
ゴンッ。惚けてしまいそうだった頭を仰け反らせ、後頭部を後ろの壁に叩きつけた。
痛みに悶絶する頭を他所に、手指は濡れた状態の股を妥協して離れ、トイレの水を流す。
足元に下げていたショーツのクロッチに、手持ちの新品の吸水パッドを当てがってから履き、捲れていた給仕服のスカートを整えた後、脚は立ち上がり、ドアの前へ向かう。
ここからが大事なんだっ。ここからが、ボクが望む結末を掴む為に────
意気込み、スライドして開いたドアの先。
「こんにちはレイト様、いや、レイ様」
「どうやらお困りの様で」
訳知った様な仏頂面が二つ、胸の高さに並んでいた。
「ま、マリサラ……なんだよ一体」
「いえ、聴こえた反応から、遂に孕んだのかと思いまして」
「ですがどうにも違うご様子」
そうか、学業が夏期休暇に入ったんだったなそういえば……。
変わった事と言えば、此方もあったか。妙に懐かれた様で、双子が良く絡んで来るのだ。
「ごめん、今急いでるから……」
脚は意図せず勝手に動き、双子を迂回して元の持ち場へ向かおうとする。
それを双子は遮りはしない。が、ぴったりと追随し尋ねて来る。
「おかしいですね。何故未だ使用人の真似事など続けているのですか?」
「周りはもう皆把握していますよ? にいさまとレイ様のご関係を」
今の名前でわざと呼び始めた辺り、諸々把握された様だ。
その癖呆気らかんとして、何と白々しい。
此方も相応の態度で答える。
「残念ながら、現在の私には身分が御座いませんので」
そう、あくまでまだ自分は国持ちの奴隷である。玄霧には預けられているに過ぎない。
一応体裁としては使用人として振る舞う必要がある。
「おかしな話ですね」
「奇特な話ですね」
これに関しては、今更論う程の事では無い。
自動扉を潜り抜け、玄霧訓練場の外周廊下に出た所で、視線を双子から切る。
そして遠目に、演舞の如くシミュレーションを熟す彼を見た。
美しく無駄の無い迎撃。光速の魔弾により瞬殺されていく仮想敵達。
何処を切り取っても格好が良い。目を奪われる。
所定の持ち場に辿り着き、漸く脚を止めた少女レイ。
紅の瞳は羨望と哀切の色を宿し、常に赤らんで見える頬の赤みが俄かにほんの少し広がった。
その様を双子は見逃さない。
「やはり嘆かわしく思います」
「歯痒く思います」
『愛し合い、操まで重ねている男女が夫婦で無いなど』
容赦無い直球を投げ込むステレオボイスに、少女は思わず吹き出してしまった。
「っ、マリ嬢、サラ嬢……? 少々お言葉が過ぎますよ……?」
『奇譚無き意見です』
「過ぎる事など御座いません」
「我々は応援しているのです」
「お気持ちは嬉しいですが、もう少し、ご遠慮を……」
廊下に並ぶ他の使用人達の視線が、いつの間にかチハヤの方から此方に向いているのを感じる。
酷い恥辱プレイに、顔面が赤熱していく。
それを見て双子の藍色の瞳はより輝きを増す。
「まだまだ受け身な印象が見受けられます」
「もっと積極的になっても良いのでは?」
「この後にいさまの遠征で時間が空きますよね?」
「共に買い物に向かいましょう」
詰め寄る二人、強まる圧。
とそこで漸く「はいはいお二人共そこまでに~!」と、カゾノとシスイが現れ助け舟を出した。
「まずは夏季の課題を消化してからにしましょうね~!」
「チハヤ様の遠征中は、レイ様の治療が入っちゃってますから、申し訳ありませんがそのご予定もキャンセルで……」
『邪魔しないで下さい』と揃った声で退場していく愉快な双子。
少女は愛想笑いでそれを見送った。気怠さと、下腹部の痛みを隠して。
「何故せ……体調不良を隠そうとする?」
「っ、やっぱ、臭うか……?」
尚、晩の共同執務中。チハヤに対しては隠し切れなかった。
「血の臭いもそうだが、顔色で分かるぞ。冷や汗も酷い」
午後の治療で示唆された通り、生理痛は徐々に悪化して、現在は立っているのがやっとだ。
曰く刻印の、常に細胞を破壊し、より母胎として最適な物へと変える類の術式悪さをしてるとの事。
本来、この身体はもっと雑に扱われる予定だったのだろう。それが現在は肉体的ダメージが無い故、釣り合いを取る為に破壊作用が過剰に働いているというのだ。
額に汗かかない様気張っていたが、服の下の方はどうしようも無い。
対人に於いて相手の発汗量まで洞察する彼の前では、誤魔化す事罷りならなかった。
「はぁ……痛みには強いつもりで、いたんだけどな」
「夕飯もあまり喉を通っていなかった」
「おまっ、使用人の食事見てたのかよ⁉︎」
「何だ、悪いか?」
「っ、いや……」
何を言ってもカウンターが来そうで踏み込めず、少女は口籠もり俯く。
チハヤはそれを見て一つ溜め息を吐くと、語気を和らげて言った。
「仕方ない。今日は休みにしよう。とっとと身を清めてベッドに入れ」
「は? 何でだよ? 仕事なら出来」
「何故焦る必要がある? お前のお陰もあって進捗はかなり前倒しになっている筈だ。休む余裕はあるだろう?」
「んなのっ……出来る限り速い方が良いだろ」
「だとしても、無理をしてまで速める必要は無い。玄霧は白神とは違う。我々が休んでも、多少の減速はあれど、他の者が埋めてくれる」
事実を突きつけられ、白銀色の眉尻は更に下がる。
別に事実だ。こんなの。なのに何故ここまで落ち込む必要がある。
殊更に振れる精神。忌々しい、生理中に現れる特徴だ。
嫌悪に陥る。こんな身体でなければ。こんな、人間でなければと。
葛藤する精神を反映し、ハの字眉の眉間に更に皺が寄った所で、チハヤの腕に優しく抱かれた。
「……なんだよ、するのか?」
「あり得ないだろう、俺はサディストだが鬼畜では無い」
「っ……じゃあ何なんだよっ」
「何って……ふっ、こうでもすれば、お前は無理をしなくなるんじゃないかと思ってな」
感じた。間違いなく彼は何か言おうとして、誤魔化した。
しかし、それを正確に指摘出来る程、今の少女に余裕は無かった。
「るせっ……んなわけないだろっ……!」
「だろうな」
まただ。キツく締め上げられている訳でも無いのに痛い。痛くて堪らない。
涙が溢れる。コイツの前では泣きたくないのに。
嫌だ、いやだ。
「はなせっ……」
経験の無い温度。怖くて、痛くて、切なくて、振り解こうと身じろぎする。
が、その身に力は無い。腕すら自由に動かない。ただただ、子ウサギの如く震えるばかり。
「離せば、考えを改めるか?」
「いやだっ……」
「ならば離さん」
何で、こんな事するんだ?
少女は、根本から愛を知らなかった。
レイトとして歩んだ人生でも、レイとなった後も。
頭脳が客観的なこの世の善意の仕組みを理解していても、親愛すら縁遠かったその身は、それを理解出来ていなかった。
そのままチハヤは風呂を共にし、寝室を共にした。
情事に及ばず、ただひたすら、少女を情愛で包んだ。
「お前までっ、早く寝る必要はっ……」
「黙って寝ろ」
「はぁっ……っ……わかったっ、寝るからっ……もう、いいだろっ……」
「それは俺が決める」
性愛ならまだ理解出来た。性欲から来る情動は、その身に確かに存在している。
現にベッドの上、雄々しい男体に包まれた女体は、生理痛を遥かに上回る情欲を催していた。
痛みと淫熱で悶え苦しみ、息を荒げる少女。
彼はそれを純粋な生理痛と思い込み、痛感緩和の魔法を込めたその手で下腹部を抱いて離さない。
「っ……まじでっ、っーー……はなしてっ…………っ!」
震え絞り出される哀願は無視され摩られる。すり、すりと。
伝わる善意に感覚が狂う。性感とも、別の自然的な快感とも取れる暖かくて優しい痺れが、じんわりと少女の内に広がっていく。
「これで少し、楽になるか?」
「っ、っ…………!」
胸の先と股の間が熱く、何かがぷちゅりと溢れて濡れる。
同時にまったりとして、強張っていた身体が弛緩していく。
枕を食み、自己を嫌悪し、必死に声を抑えた。
何だよこれっ……何なんだよっ……。
気持ち良い。落ち着く。嬉しい。ずっとされていたい。もっとくっつきたい。
子供じみた欲求が次々湧き上がる。
善意に対して、何と邪な。身体のせいだ。こんな、身体の────
その内、薄く広大な絶頂とも表するべき境目の無い純白が広がって、騒々しかった思考は微睡蕩けて眠りに落ちた。
翌朝。
「……んっ…………?」
目覚めて最初に感じたのは、身を包む温度と感触の心許なさだった。
柔らかな布団とベッド。甘ったるい自身の女体の香り。その中に微かに残存する、清涼で高潔な男子の残り香を見つけ、切なさに胸を締め付けられる。
えっ、え……?
先に起きられる事も、起きた時に居ない事も、共に寝る様になって初めての出来事だった。
カーテンの隙間から射し込む朝日が、空々しく思えた。
幾ら見回しても彼が居ない。喪失と不安で急に目が回る。
手元が空を切る様な感覚の中、寝巻き姿のまま少女は立ち上がると、ふらふらと部屋を出た。
あれ? あれ……?
何で居ないの? 居なくなったの?
幸せな夢の後の落差に、寝惚けた頭は追い付かない。寄る方のない稚児の如く取り留めなく、求る人物を探してしまう。
「どこ……?」
「────っ! レイさまっ!」
甲高い男児の声に呼び止められ、少女は漸くハッとして我に返った。
「ねっ、寝巻き姿のまま歩いちゃだめっ! だめですよぉおっ!」
臍の高さ、真っ赤な顔をしたチハヤの弟、ハルキが小型犬の如く吠えている。
少女は恐る恐る視線を自身の身へ落とす。すると、案の定。フリル付きの白いワンピースの肩紐がずれ落ち、胸元がまろび出てしまいそうな状態だった。
紅潮は伝染。成る程、これはまずいと悟り、「あっ……申し訳、ありません……」と両手で衣服を抑える。と、更に背後から声が。
「朝から騒がしいと思えば」
「何をやっているんですか」
「ぁっ、ぁ…………」
暫し双子の説教を浴びた所で閑話休題。
マリの方が着ていたカーディガンを羽織らされ、両手を取られる形で彼女らに浴場へ引っ張られる中、チハヤについて尋ねた所、驚いた様子でこう返った。
『知らされてらっしゃらない……?』
「成る程、にいさまにも抜かりがありそうですね」
「困った事です」
双子同士で顔を合わせ首を傾げる様に、「良いから、知っているなら話してくれ……」と促す。
「いえ、仔細は我々も存じ上げません」
「ですが、今朝方日の出前に、何やら急いだ様子で人を引き連れ、慌ただしく御出立なされていました」
聞くに、緊急の案件に駆り出された様に思われた。
ただ次代当主である彼が出るとなると、事は大事だ。
念の為、首輪へ意識を送り、カゾノ、シスイ、ミマタへの呼び出しを入れる。
「……如何なさいましたか?」
左向きのサイドテール、サラが不安げに問うた。「……いや」と気もそぞろに返し、そのまま歩く。
妙な沈黙の間が空く。酷く胸騒ぎがした。
刹那、轟音が響く。
前方少し遠く、廊下の側面は爆風で吹き飛び、間も無く三人は衝撃波に襲われた。
視界を覆う煙の中、失神から復帰する。
耳鳴り。懐かしい硝煙の臭い。
下肢に走る激痛に顔を顰める。が、少女は自身の回復を待たない。
首輪の力で徐に立ち上がると、双子の安否を確認する。
「けほっ、っ……マリっ、サラっ……大丈夫っ……?」
後方、足元から微かに呻き声が返った。
意識はある様子。二人共魔術師の卵だ、自分より問題は無い筈。
判断する最中、異様な程早く目眩と聴覚の失調が回復する。
大量の魔力が、勝手に肉体の修復に回されている様だ。痛みもあっという間に失せた。
今だけは、外傷に強いこの身体に感謝を。そう戯れに考えた直後、鼓膜は迫る甲高い靴音を捉えた。
カツッ、カツッ、カツッ。
聴くだけで少女の身体は強張り、震え上がる。
濛々と上がる煙幕の中に浮かぶ、長身の女のシルエット。
聴こえるは、かの背筋の凍る様な、低くドスの効いた声。
「ふふっ、ようやく幸運が回ってきましたか」
キクチが、姿を現した。
「っ、なん、で……」
「知る必要はありません」
ドスッ。下腹部を衝撃が貫く。夢の様な幸福や甘い快感より、ずっと親近感のある苦痛に見舞われ、少女は呼吸に詰まる。
視線を下げると、ドス黒い魔力を帯びたキクチの腕が肘まで、臍下に入っていた。
「こふっ」と喉から空気が漏れる。背後、下の方から小さく「うそ……」と呟く声が聴こえた。
「浅ましい女の格好。胸と尻の贅肉、雌豚みたいに育ちましたね。それで女子にでもなったつもりですか?」
蔑みを前面に押し出したセリフが吐き捨てられる。
背中へ貫通した彼女の手には、少女を女たらしめ、子を孕み育む為の重要臓器が握られていた。
そこに浮かび上がるは、妖しく光る無数の禍々しい刻印。ドクン、ドクンとまるで心臓の如く脈打ち、魔力の波動を発する。
「なんて凄まじい魔力……もう回復しようとして、私の腕を締め付けて……ああ、気持ち悪い」
「ぁ゛……ぁぐっ……!」
「一度潰しておきましょうか────」
肉が潰れ、血が零れ落ちる音。つん裂く双子の悲鳴。
濡れる紅の瞳から、光が消え行く。
ああ、やっぱり──
全ては徐々に遠ざかり、ぷつり。少女の意識は途絶えた。
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