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中編
しおりを挟む宿題集中期間後も、俺と太一はほぼ毎日顔を合わせ続けた。
合わせなかったのは、彼が部活連中との付き合いに向かう日位で。
それ以外の日は毎日、殆どの時間家の中でゲーム三昧に勤しんだ。
とまあ、そうなると。
「……最初のうちは良いけど、やっぱ流石に毎日は、何となく味気なくなってくるなぁ」
全然楽しいには楽しいけど、うーん……。
「だろうな」
危惧した通り。特段ゲーマーでもない俺達はゲームだけじゃ保たず、陳腐化してしまった。
う゛~……こんな身体じゃなければ、もっと色んな事するのになぁ……。
自宅のリビングで。
暇を持て余してソファーに転がった俺は、特に意図せずテレビの入力をゲームの物から地デジに切り替える。
そこに映ったのは、今は遠き夏の風物詩。
同い年ぐらいの男女達の合唱と、迫力のあるブラスバンド演奏。
土の上のダイヤモンドで躍動する球児達。
「…………」
チャンネルを切り替えた。
すると、丁度夏休みの観光特集をやっている報道番組が映る。
「……どっか無難なとこ無いかね、ソージでも安心して楽しめそうな所」
「っ……探すよ、俺が、探さなきゃ」
「おう。まあオレも探すけど……楽しみにしてるわ」
そこそこに充実した、去年と変わらない夏休み初期の怠惰な日常だ。
イレギュラーはあれど、概ね今年も同じ様に続いていくかに思われた。
しかし、そんな折。部活連中の方の付き合いが二日間優先されて、久々に少し間が空く。
若干の寂寥を抱いた俺は、そこで思い切った行動に出る。
その後日、八月二日の事────
「おおー……!」
晴天、照り付ける日差しに肌をヒリつかせ、ツンと香る塩素の香りに胸を躍らせる。
「うわっ、人すっご……てかカップル多っ」
俺と太一はおおよそ十年ぶりに地元の大規模屋外プールに来ていた。
昔と変わらぬ大盛況だ。辺りは人でごった返している。
「俺達もカップル扱い不可避だなこりゃ」
落ち着きのない自分に、彼は恐る恐る言う。
「……ソージ、お前、それ、水着さ」
「……何だよ、変か」
恥ずかしくてついもじもじと身体をくねらせると、ひらり、ひらり。自身の纏う黒色のワンピースが揺れる。
色は地味で、露出少なめ。サイズ大きめで少しヒラヒラしているのだけ邪魔な、女性の水着。
下は短パンに似た薄茶色のボードショーツで隠されているものの、上はそれがしっかりと露わになっている。
母さんと一緒に通販で一番、無難な物を選んだつもりだったけどっ……くそっ、そうだよな変だよなっ。
顔から火が出て、後悔に悶える。
ラッシュガード? とかいうやつ着たままにすれば良かったっ……でも暑いし邪魔だしっ……。
「いや、似合ってる、けど」
「けど、何だよ」
「…………今のお前……どっちなんだ?」
「え? どっちって?」
「……ああいや、どっち行くのかなぁって」
凄い変に誤魔化された。
戸惑う理由は分かる。こんな事、少し前までなら有り得なかった。
女子扱いなんかされたく無い。なのに、どうしてこんな格好をして、こんな所に来てしまったのか。
偏に夏の暑さのせい、とするには些か違和感のある衝動。
それに突き動かされるまま、俺は昔は身長制限で乗れていなかった憧れを見上げながら、彼の手を取る。
「……ウォータースライダーに決まってんだろ? その為に水着、用意したんだから」
「……だよな」
「そうだよ、さっさと行くぞ」
その頃の自分は凄く、ハイになっていた。
理由はよく分からない。宿題から解放されているにしても、ここまで興奮するのは不自然だったと思う。
何せかの事件は未解決のまま、迷宮入りの様相を呈していたのだから。
「蒼ちゃん、元気になったのは良いけど……」
「分かってるって」
弟は部活で忙しくて、あれ以来自分とは滅多に顔を合わせないし、母さんは余り上手く事情を把握し切れ無いのか仲直りを促すばかり。
────無いか。捨てた? いや、どうしてそんな事する?
自分も弟の部屋や庭の倉庫等々、それとなく無くした物を探したけれど、全く見つからず。
証拠が無い以上、そして再び弟が何か言って来ない以上は、とても蒸し返す気にもなれないので。
結果として数日で風化の一途を辿り、あれは唯の俺の勘違いという事でほぼ落ち着いてしまった。
心の奥底では確かに引き摺っている。
けれどあれから、どういう訳か心が軽くて。
その上で漠然とした焦燥感があって。
今までやっていなかった事をしてみたくて、元々良く言えばチャレンジング、悪く言えば無謀な性格の俺は、ついいきなり一番高いハードルを越えようとしてしまった。
長蛇の列を少しずつ進んで、漸く順番が来た。
係員の人が「次はそこのお二人さん! お兄さんと……妹さんかな? ほら来て!」と声を張り上げて、自分達を手招きする。
「おい、呼ばれたぞ」
「んあ、ああ」
兄妹? 兄妹に見えるのか俺達は?
気もそぞろに持っていた専用の浮き輪を太一の前に置いた。
「オレの前に出してどうする、そっちが前に乗らないと」
「あっ、ああ、そうだな」
もやもやしながら前に乗ると、太一が慎重な足取りで後ろに続く。
しかし、ずべっ。滑った音と共に脚が尻の周りを囲って、ゴツゴツした体温が背中に触れた。
「わひゃっ!」
こそばゆさで背筋が跳ねて、変な声が出てしまった。
「あっ、ごめっ! って、でもこれ、こうせずには乗れな」
「OK? OKですねはい行ってらっしゃーい!」
心の準備が出来る間も無く、係員の人が彼の背中を押してスライダーは出発する。
「う、お、おお」
バランスを崩した彼の手が、ぎゅっと腹回りを抱いた。
「あ、あ」
「「うあああああああああああああああああああぁ!」」
高い声と低い声、オクターブ違いの絶叫が、曲がりくねった青い筒の中を反響しながら加速降下していく。
激しい水飛沫、摩擦で唸りを上げる思った以上のスリルと迫力を前に余裕は一切無くて、俺は俺を抱く太一の手を強く握ってただ叫ぶばかり────
「あっ……!」
長い間待ったのに、終わるのはあっという間だった。
出口が見えて、直後、ザパァン! 勢い良く水の中に突っ込んだ。
熱くなった肌が一瞬衝撃に打たれてから、冷やされる。
地味にこの身体になってから初めての、プールの水に浸かる感触だ。
あ、結構、気持ちい……。
心地良かったので暫く浸かってから、底に脚をついて徐に立ち上がる。
「ぷはっ……あ」
丁度太一と目が合った。自分が軽いからか、結構距離に差が出来ている。すぐさま歩み寄って声を掛けようとした。
しかし、何故だろう。彼の視線はひょいと逸らされた。
かと思えば、真っ赤な顔をして、飛沫を上げる勢いで大慌てで向こうから近付いて来るではないか。
「ソージバカッ! 隠せっ! 隠せっ!」
「は? 何を?」
「っ、出てるんだよ馬鹿!」
何が出てるのか。彼は言わなかったけれど、周りからの熱と粘っこさを孕んだ視線の集まる先を感じて気付いた。
左肩、水着がはだけて、ささやかなサイズの乳房がぽろり。丸ごと顔を出している事に。
「ぅ、あ、あぁ……!」
恥ずかしくて、恥ずかしくなっている自分が殊更に恥ずかしくて、俺はその場で硬直して少し泣いてしまった。
太一がそんな自分のはだけた水着を直して、抱え上げてそそくさと退散してくれたから良かったものの、続けてプールに入っていられる筈も無く。
折角の楽しい時間だったのに、台無しになってしまった。
「はぁ……こうなる気はしてたんだよ。お前の水着若干緩かったから……」
「うっ、なら先に言ってくれよぉっ……」
「いや言ったただろ、“大丈夫か?”って……」
「あれかよぉ……」
自販機の前のベンチに腰を降ろし、二人肩を並べ、ガックリと肩を落とす。
中に着たままの濡れた水着が冷たい。気になってそわついてしまう。
「諸々止めなかったオレが悪かったわ、すまん」
「いや、我儘言ったのは俺だし……謝るのはこっちだよ……」
実際の所、ここに至るまでのハードルはかなり高かった様に思う。
水着を母に頼み込んで買うのもそうだけれど、それを実際に公の女子更衣室で上着を脱いで、太一の前で見せびらかすなんて。
冷静になった今となっては正気と思えない行動だ。
何で俺、こんな事しちゃったんだろ……。
その自問に対する答えが、懺悔として口元から勝手に溢れる。
「テレビでさ、久々にこのプールのCM、見ちゃったんだ。そしたら、ガーっと火が着いちゃって……」
「あー……楽しそうだもんな、あれ」
言ってどうなるんだよ……。
乱れた心の整理が付かない。振り回される。
「あああぁ……」と頭を抱えて蹲りかけた、その時だ。
「あれっ? 太一じゃん!」
「お前も来てたのか」
小太りなのと、細長いの。
コミカルな男子の二人組が現れて、太一に声を掛けて来た。
「やっつん⁉︎ よしやん⁉︎」
名前らしき物を呼び、慌てて腰を上げる彼。
それをコンビは尻目にして、興味を此方に向ける。
「おや? お隣のはお連れの……ぁっ、秋原さんっ⁉︎」
「っ、どうも……」
「お初かな? 僕らは野球部の、なんていうかエンジョイ勢? で太一くんとよしみのあるヤツギと」
「キバヤシというものでして……知らないよね? 別のクラスだから……」
ドギマギした態度で名乗られた。
分かりたく無いのに分かってしまう。これは、モテた事ない奴らだなと。
これは不可抗力で、名前が齎した弊害だ。
秋原青という名前は、五十音順だと確実に前の方、下手すればトップになる。
残念ながら入った高校は一組出席番号一番を新入生代表とする為、運悪く一組の一番となった自分は入学時に壇上に上がる事を求められてしまった。
その時のせいか、自分には妙な知名度がある。
クラス外の人間にも「秋原さん」とすぐに気付かれて、話し掛けられる傾向があるのだ。
それにしても今って結構、薄手の黒い長袖に帽子って感じの、男っぽい服装をしてるのに。
「おいこらお前達っ! えーっと、ちょっと待っててっ!」
此方がフリーズしているのを見兼ねてか、太一は間に割って入って彼らを引き離し、共にわちゃわちゃと離れていく。
それを横目に見送って、俺は静かに自身の腕を抱いた。
……なんか、嫌だな。
どうしてこんな気分にならなきゃいけないんだろう。
面識がある訳じゃないけれど、あの二人の名前は太一が語る部活での話で聞いたことがある。きっと嫌な奴らでは無い。
でも、いつもモヤモヤしてしまう。楽しそうで。自分と過ごすより楽しいのでは無いかと。
それを不意に目の当たりにした上、あろう事か連れの女子扱いされた瞬間、胸の奥底で暗い炎が激るのを感じて、頭がずんっと重くなる。
自分がどうしても仲の良い同性として扱われない状況に対する疎外感。
自分が望んでいる関係性を他人が持っている事への嫉妬心。
自分だけが彼と仲良くしていたいという独占欲。
我儘で醜くて浅ましい、ドス黒い感情ばかりが次々湧き上がる。
ここに来れば、昔に戻れると思ったのに。
いや、嘘だ。昔になんて戻れない。分かっているだろう?
心の内が、反駁した。
…………。
分かっているだろう? 昔に戻るとかじゃない。お前は自分の孤独を、彼で埋めたいだけだ。
今の自分には、太一しか居ないからな。
だから、どうしても引き留めていたいんだ。
違う。
焦ったんだろう? その内、部活連中とばかり一緒にいる様になるんじゃないかって。
自分は見向きもされなくなるんじゃないかって。
だから、あろう事か、女の身体を使って。
ちがう、ちが
う。
なら、どうして。上着を脱いで、水着を見せびらかす様な真似をしたの?
あれは、本当に暑くてっ。
今は着てるじゃん。
っ、それはっ。
自分の気持ちに説明が付かない。矛盾だらけだ。
頭の歯車が空転する音がする。
そうだよ、俺は、本当は、もう────
「──ージ、ソージ!」
「んえ? ひっ⁉︎」
太一の声と、不意にぴとりと当てられた首筋への冷たさが、沈み行く意識を引っ張り上げた。
「っ、ごめん……って、大丈夫か? 具合、悪いのか?」
自販機から買って来たと見られる缶のコーラを手に、彼は心配そうな表情で此方を覗き込む。
ああ、またこの顔をさせてしまった。
心苦しく思いながら、慌てて取り繕う。
「いや、はは大丈夫、ちょっとボーッとしてただけで……」
「嘘つけ! 顔赤いし目が虚ろだぞ!」
「そんなことは……あっ、あれ……?」
立ち上がろうとして、くらり。眩暈がしてフラついた。
「おまっ、ほんと馬鹿っ……! やっぱり無理してたんだろ!」
「そんなことないって、大丈夫だから……」
優しくされたくない。大事にされると、女の子扱いされてるみたいで嫌だ。
やんわりと払い除けようとした手は、まったく力が無くて、ただ助けを求めたみたいに彼に取られてしまう。
「あっつっ! 熱あるんじゃねえのか⁉︎」
「ぇ、そんな、わけ……」
「ほら水分! これ飲んだら少し休んでとっとと帰るぞ!」
「え、でも……」
「いいから!」
ああ、何で……。
何で、こうなっちゃったんだろう……。
その後無理矢理家に連れ帰られた俺は体温を測られて、ベッドに寝かせられた。
39度6分。十中八九、熱中症だった。
この身体になってからは体力が無いなんて、そんな事。随分前に理解して、折り合いを付けていた筈なのに。
バカだなぁ、俺……。
「はぁ、そんな泣くなって。楽しかっただろ? ウォータースライダー」
「泣いてないし……一回、だけだったじゃん……」
「今度また、行けばいいじゃん? ほら、もっと空いてる時にさ」
「いや、もういいよ……」
「っ…………」
もう、こんな思いしたくない。いじけた自分がそう吐き捨てた。
良くない言い方だったかもしれない。枕元に立つ太一の顔が、一瞬凄く悲しそうに見えた。
彼は、躊躇った様に数度呼吸を置いて。
「元気になったら、連絡くれよ」
優しい声でそう言って、去って行く。
待ってくれ、置いて行かないでくれ。
お前にまで腫れ物みた
いに扱
われたら、俺は────
追い縋ろうとした自分の意識は暗転して、その後。暫し支離滅裂で都合の良い夢を見た。
単純な夢だった。あのスライダーに何度も乗ってはしゃぐ夢だ。
楽しい夢。だけど、妙にあつい夢。
背中や、腹回り。触れる体温ばかりが、妙に熱い夢。
気が付くと深夜、ベッドの上で一人になっていた。
ずっと、涙していた様だ。目頭が痛くて、枕が冷たい。
布団は汗水でぐっしょりと濡れていて、その中で自分の身体が熱に浮かされている。
重たい。孤独にのし掛かられて、心も身体も重たい。
その癖穴が空いたみたいにスカスカしていて切なくて、火傷した肌みたいにひりついていて。
あ………………?
ボーッとした頭が、妙な感覚に気付く。
じくじく、じんじん。日焼けした跡とは別の灼熱感。それが、肌に残っている。
これ、は……っ。
先程まで見ていた夢で感じていた熱だ。随分前に触れられた体温が、じんわりと身体の芯を燻していた。
「ふっ……ぅ……?」
意識すると勝手にまた反芻してしまって、より酷くなっていく。
腰が勝手に引ける。閉じた内腿に力が入る。臍の下辺りがきゅうきゅうと締まって、切なくて苦しくなる感覚が止まらない。
訳も分からず、自分の手で下っ腹を抱いた。するとまた皮膚がじんっと痺れて、余計に悪化する。
ぅ、なんだ、これ……?
心臓が早鐘を打つ。浅くて荒い呼吸が早まる。
頭から離れない。太一の、ゴツゴツしていて熱い、身体の感触が。
腹を抱く手がより強くなった。その途端身体が強張って、じゅくり。股の間から何かが滲み出す。
意図せず漏らしたみたいで驚いて、確認の為に布団を退かして股間を触った。
瞬間、びりっ! 電気が走って、ぴくんっと身体が跳ねる。
「っ! っーー……!」
えっ……気持ち、いい……?
感電した箇所は股間表面と、身体の芯。
そこに長々と残る余韻は、紛れもなく快感を示していた。
じーん、じーん、じーん……。木霊すみたいにそれは続いて、はっきりとした疼きになる。
うそだ……っ、ぁっ……!
好奇心を孕んだ指先がもう一度、割れ目の輪郭をなぞれば。
ぞくぞくぞくぞくっ、熱を帯びた震えが背筋を駆け上がる。
腹の奥が締まって、痙攣して止まらない。
「ふーーっ、ふーーっ……!」
込み上げる耐え難い欲求は、心の穴のひりつきと似ていた。
太一の形をした、埋まる想像のつかない穴だ。
それに気づいた時には、全てが遅かった。
服の上から擦る手指は、刺激を目的にして絶え間なく動く様になって。
身体はその快感を覚えて、浅ましく貪り狂い始めてしまった。
ぃや、だっ……だめだっ、こんなのっ……!
いけないことだ。人として、何より男として。
それが分かっているのに、身体も心も全然言う事を聞かない。
拒絶しようとすればする程強く想い、感じてしまう。
うで、ぎゅってっ……っ、たりないっ……さみしいっ……!
「はぁっ……ぁっ、ああぁっ……!」
如何わしい女の子の声が、悶える肌が、濡れたシーツと服に擦れる音がする。
その中に、くちゅり。粘度のある水音が混じれば、よりエスカレートしていく。
「はんっ……んっ……んんんっ……!」
脳髄を侵す快感に堪え兼ねて、唇は枕カバーを食んだ。切なげな声がくぐもる。
股倉の濡れた感触が、昂りと一緒に滑り気を増す。滑ると一層、刺激が心地良くなって、いやらしい音が激しくなる。
求めてしまう。訳も分からず自分の柔い身体を抱いて、延々と。
もっと、もっとぎゅってっ……もっとっ……!
頭は次第にそれ以外何も考えられなくなって、白黒し始める。
ぁっ、ゃ、なんかっ、くるっ……でるっ……⁉︎
腰に溜まった熱が一杯になると、襲い来るのは、何かが溢れそうな切迫感。
怖くなって、手元は加減しようとする。けれど、判断が間に合わなかったか。
痙攣する下腹部は、今までに無い程縮こまって、快感を溜め込んで。
だめだとまらなっ…………っ!
「んぁ゛っ⁉︎」
どぱっと、放出した。
「ぁっ……ぁ゛っ、っ…………っ~~……!」
瞬間的に満たされて、爆発したみたいだった。
身体と声は大きく跳ねた後、広がって暴れる余韻を勝手に収めようとして、勝手に痙攣して悶える。
でもそれが妙に心地良くて、微睡んでしまう。
頭は一瞬の閃光に吹き飛ばされてもう、真っ白。
それまでのしんどい気持ちも何もかも忘れて、そのまま力尽きる様にふっと眠りに落ちてしまった。
決定的な瞬間だったと思う。
俺という卵の殻は、内側から破られた。
◇◆
太一は、本当にいい奴だ。
俺には勿体無いくらいに。
「ソージさぁ、他の人とももう少し仲良くなれたら、楽しいと思わない?」
ある時、学校での他人への振る舞いが冷たい自分に、彼はそう尋ねた事があった。
同じクラスだ。クラスメイトに対して、露骨に壁を作って居心地悪そうにしている自分が心配になったのだろう。
「……なれたら、良いんだけどな」
「そうだろ? だからさ、そう思うならもう少し心開いてさ……」
少し間を置いてから、ごめん、と重々しく返した。
「どうしてもさ、騙してる気分になるんだ……」
「うーん、んなの気にしなくて良い、とまでは言えないけどさぁ……何とかこう、もう少しさ」
こんな風に。俺が問題を抱えれば、一緒に、真剣に悩んでくれるし、気持ちを考えてくれる。
なのに、俺は。この身体になってから一度も、彼の力になれていない。
「太一こそ。太一こそ、さ。ほらあの、一年の姫川さんと、もっと仲良くしてあげたら?」
「そっ、それは違うだろ⁉︎」
知っている。別に俺だから親切という訳じゃない事も。誰にだって親切なんだ。
だから皆から好かれている。だから。
独占しようとしている俺なんかが居なければ、きっと、もっと。
「でも、告白されたんじゃないの? 何で断ったんだよ、可愛らしい後輩だったんでしょ?」
「いや当たり前だろ? 何も知らない相手だし……」
「なら知っていけば良いじゃん?」
「自分を棚に上げてそういう事言うかフツー?」
────分かってる。
この気持ちは、きっとそんな彼に対する依存心なんだって。
だから、切り離さなきゃ。
切り
離さなきゃ。
“お盆はお互いの家族総出で、海山両取りパーティー……って感じで、どう?”
三日間、音信不通が続いた後の、八月五日の夜。
滅多に震えない俺のスマホが振動して音を発したかと思えば、メッセージアプリにそんな通知が入っていた。
URLが添付されていて、開けば画面にその旅行先と見られる場所が躍り出る。
家族と一緒なら問題も起きにくくて、遠出も出来る。
配慮がそこから窺えた。
“こんなこと、出来るの?”
“こっちの家族はもうオーケー取れた。そっちもまあ、オレとソージでソージの母ちゃん押せば行けるっしょ”
お盆の予定が決まった。
そうなれば、その準備をする必要がある。
翌朝。
「言い出しっぺだからな。色々必要な物買いに行かねえと」
だから付き合え。彼はそう言って、塞ぎ込んでいた自分を半ば無理やりにへ連れ出した。
曇り空の下、彼の家の前で話す。
「もう身体は大丈夫なんだろ?」
「そう、だけど……」
「まだ不安なのか? ……うーんまあ心配すんな! ほら、今日はウチの姉ちゃんも居るし!」
車から、昔馴染みのある女性が「荷物係でーす」と顔を出す。
「ミナ、姉……?」
「久しぶりー、元気してたー?」
中学の頃以来だ。帰って来てるのか。
少し驚いた自分の反応を見れば、彼はもう有無を言わさなかった。
「ほら、行くど行くどー」
そうして、俺達二人は保護者同伴の下、買い出しの為に大規模ショッピングモールを練り歩く事になったのだけれど。
「おっ!」
無数に存在する店舗の中の一つ、アウトドア用品専門店の一角で。
太一は浮き輪を腰に抱いて、はしゃいで見せる。
「ほれ! こんなのいいんじゃね?」
少し間を置いてから、俺は力無く「うん……そうだね」と答えた。
すると彼は此方の顔色を窺ってから、しゅんとする。
「むぅ、そっかイマイチか……」
「いや、肯定しかしてないんだけど……」
妙にわざとらしく面白おかしく振る舞うので、思わずツッコミを入れてしまった。
「だって元気も興味も無さそうだからさー。丁度良いからセンサー代わりにしてやろうかと」
「何だよそれ……」
「ほら、暗い顔してるソージの顔がちょっとでも明るくなったら、それだけ良いアイテムって分かるだろ?」
何でこういうユーモアを働かせられるんだろうか。普通はしんどくなりそうな物だけども。
「うーん、じゃあ、これはどうだ?」
水鉄砲。確かに昔好きだったな。
昔は。
「……んー、ダメかぁ」
またしゅんとして、若干自信があったのか、此方をチラチラ見て勿体振りながら渋々商品を棚に戻した。
心苦しい。
「別に俺はいいから、太一が面白そうだと思ったやつ買ってよ……」
「ええーやだよ。それじゃつまんないじゃん」
「何でよ……」
「当たり前だろぉ? 一人より二人以上で楽しめないと、楽しさ激減すると思わない?」
「それは、そう、だけど……」
「分かってるじゃねぇか」
何で、断れなかったんだろ……。
旅行なんて行かないって、言えば良かったのに。
もう無理して仲良くしなくていいって、突き放せば良かったのに。
なのに、中途半端な気分でここにいる。
理由が付かない事ばかりだ。矛盾だらけ。
うじうじうじうじ、もう、いやだ……!
「ん!」
「おっ、どうした? ダブルでそんなもの構えて……」
俺は小さめの水鉄砲二丁を構えて、「ばん!」と声に出した。
「んなっ?」
「はい、今ので太一死んだ。この二丁は購入決定」
決めてしまった以上、ドタキャンはあり得ない。太一を悲しませるなんて、絶対あってはならない。
その一心で、ただ親友に楽しんで貰う為に、俺はぐちゃぐちゃな自分の気持ちを無視する。
「……因みに俺のお小遣いで買うから、拒否権は無し」
「……いい覚悟じゃねえか!」
無理矢理テンションを上げれば、案外楽しくなるのはあっという間だった。
「はんもっぐ! はんもっぐ!」
「あっ、よく眠れそう……」
「あんた達ねぇ……」
俺と太一(主に太一の)欲望の下、次々と購入の目星が付けられ、彼の姉の精査によって、午前中の内にキャンプグッズ一式と水遊び様の玩具が揃った。
「ハンモッグ必要だったろ!」
「予算オーバーだっつの!」
「ははは……」
笑う自分に「そうだ」とミナ姉。そろそろお腹が空いてきていないか尋ねて来る。
と、丁度、くーっと、俺の腹の虫が鳴く。
「そう、ですね……」
「よっしゃじゃあ○ックにすっか!」
「アンタに訊いてないんだけど!」
「あ、いえ、○ックでいいですよ」
「……そう。じゃあ一階のフードコートで食べて行っちゃおっか」
「いえーい!」
少し普段より太一が子供っぽいのは、お姉さんの影響なんだろうか。
微笑ましく思いながら、俺は彼らの後を暫し歩いた。
ミナ姉はこの時既に気付いていたんだろうか。俺達の危うさに。
────いや、気付いていたら、止めてたか。
「うっ……!」
せっかく持ち直したと思ったのに。
彼らと買い物をした二日後に、またしても俺は生理に襲われた。
前の物とは比にならない。重くて、気分の悪い物だった。
当然遊びに行くなんて無理で、一日中、部屋の中で寝込んだ。
なのに、何処かホッとしている自分がいた。
時期的に当日までには何とかなりそう、というのは勿論の事。ここ最近の気持ちの乱高下も、きっとこれのせい。そうに違いないと思えたからだろうか。
何にせよあとはもう祈るだけだった。当日には収まっています様にと。
応援ありがとうございます!
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