事務長の業務日誌

川口大介

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第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る

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 ミレイアもクラウディオも、驚きのあまり絶句していた。
 今、目の前にいるヨルゴスはただの人間だ。だがそのボス、レーゼという男は、人間ではないという。いや、人間は人間だが、ミレイアたちと同じカテゴリである【チキュウ星人】とは違い、【エルフ星人】である、と。
「ちょ、ちょっと待てよ。別の星? から来た?」
 クラウディオは、槍を持っていない左手で頭を掻き毟りながら考え、言った。
「星ってあれだろ、夜空に出る、細かい点々。あの点々から来た、ってどういうことだ?」
「待って、クラウディオ。星は空の上にあるんだから、すごく遠い。遠いから小さく見える。実際には、わたしたちが思っているよりも、あの一点一点が凄く大きい、としたら? わたしたちのいる、この世界全部と同じぐらいあるとしたら?」
「おお。頭いいな、お前」
 ヨルゴスが、ちょっと感心した。
「俺は、ボスの説明を理解しきるのに時間かかったけどな。お前の言う通りらしいぜ」
「つまり、わたしたちのいるこの世界も、遠くから見れば夜空の点々、星の一つに過ぎない。それをあなたのボスであるレーゼ、そしてエルフたちは【チキュウ星】と呼んでいるのね」
「そうだ。だから【チキュウ星に住む人間】、略してチキュウ星人。ボスたちはエルフ星の人間、エルフ星人。エルフ星から、空を飛ぶ船に乗ってやってきたんだとよ」
 話が壮大過ぎて、その様を思い浮かべるのも難しいが、ミレイアはなんとか、理屈では理解した。クラウディオはまだ頭を掻き毟っているが。
 
「エルフ星人も、チキュウ星人も、人間は人間だ。理解できたか?」
 リネットもニコロも、驚きのあまり言葉が出てこない。
「だが。虫なら虫、獣なら獣の枠内にも、強さの序列はある。エサになり喰われる者もいれば、喰う側の者もいる。我々エルフ星人は喰う側、チキュウ星人は喰われる側なのだ」
「? ちょっと、それどういうことよ!」
 リネットが声を荒げるが、レーゼは涼しい顔をしている。 
「解らんのか? 我々は、星の海を越えて、チキュウ星までの航海を可能とする船を建造できたのだ。だが、チキュウ星人にそれはできない。この一事だけでも、両者の力の差は明らかだろう。弱肉強食は、世の理というものだ」
「そ、それは」
 反論できない。リネットは、自分を創った自分の母が優れた魔術師であると思っているが、その母の技術レベルを考えても(研究分野は違うとはいえ)、人間=チキュウ星人の実力では、レーゼの言うような船は決して造れない。
 エルフ星人たちが、その力を振るって本気でチキュウ星人に侵略戦争でも仕掛けてきたら、勝ち目はないだろう。
「もともと我々は、惑星開拓の目的でこの星に来た。無論、障害になるような原住民などは、奴隷にするか、殲滅するか、というつもりでな。だが、起きてはならぬ事故が起こった」
「事故?」
「詳しいことは、私もまだ未調査だ。とにかく我々の祖先は船とともに、多くのものを失ったらしい。人員のみならず、武器、兵器、道具、資料、などの殆どを」
 昨日、ミレイアから聞いた話を思い出して、ニコロが尋ねる。
「資料や道具って、精霊術のものですか?」
「全ての内訳はわからんが、それが大部分だろうな。重力や空気などを大規模且つ半永久的に操る高度な技術が、我々にはあった。星の海を越える船も、数々の武器兵器も、そういった技術を用いて製造されていた。だが、その大半を失ってしまったのだ。そのことにより、チキュウ星人どもとの戦いが長引いてしまい、」
 レーゼは悔しそうに、吐き捨てるように言った。
「やがて我々の中から、チキュウ星人側に着く者が現れ始めた。エルフ星に帰れない以上、このチキュウ星で原住民と共存すべきなどと言ってな。そんな戦いの果てに、我々は敗れた。そして二度と戦いを起こさぬようにと、残っていた武器兵器なども廃棄した。だが、やはり原住民どもとの共存はうまくいかず、結局我々は、山や森の奥に隠れ住むようになったのだ」

 これまで抱いていた常識を、根底から覆される新情報の数々に、ミレイアは溜息をついた。
「それで……遠い星から来たということを秘し、この星に最初からいた【エルフ】という種族である、と内にも外にも言い伝えて定住……ってこと? それが世界中の、エルフ伝説の真相」
「そうらしい。俺たち側ではエルフを恐れたし、エルフ側にとっても未開の原住民相手に多数の死者を出した、忌まわしい戦いだった。だからチキュウ星人とエルフ星人の戦いについてはどちら側も、資料も言い伝えもロクに残さず、現在に至るってわけだ」
 少しずつ解ってきたクラウディオが、頭を掻く手を止めて言った。
「だが、そのレーゼって奴がそれを知ってるってことは、やはり資料だか言い伝えだかが、完全に消されてたわけではないんだよな?」
「もちろん、そうだ」
 ヨルゴスが頷く。
「ボスは各地を巡って太古の情報をかき集め、先祖の遺品を発掘し、そしてこの山に辿り着き、開いた。かつてのエルフ星人が、惜しんで廃棄しきれなかった、当時の遺品が眠る倉庫をな」
 それが、今リネットとニコロが行っている、並行世界の山か。
 ようやく全貌が見えてきて、ミレイアは結論に近づく。
「あなたがレーゼから受け取って売り捌いていたのは、エルフ星の植物を原料にした麻薬ね。それが、動物たちを巨大化凶暴化させていた」
「ああ。ケモノどものは向こうの山に生えてる草をそのまま食っただけの、いわば原液だな。俺がボスから貰って売ってたのは、それを精製して錠剤にしたものだ。ボスは更に、その研究を進めてるわけだが……おっと。説明はこの辺にして、そろそろ本題に入ろうか」

 大方の説明が終わり、レーゼは本題に入った。
「今、私が語った内容を全て知っているエルフ星人は、世界中でも僅かだろう。私自身、ここまで調べ上げるのには苦労させられたからな。そして、これらの知識を元に実際に行動している者となると、おそらくは私一人。そう、行動だ……」
 レーゼが、本性を現したとばかりに、その目つきと声に威圧を込めた。
「我々エルフ星人が、チキュウ星を手に入れること! ここの原住民・チキュウ星人を支配すること! それが我々の、本来の目的であったはず! だが怠惰に時を過ごす内に、情けないことだが私以外のエルフ星人どもは皆、フヌケきってしまった!」
「はいはい、なるほどなるほど」
 もう全部わかった、とばかりにリネットは肩をすくめた。
「いくら技術や知識があるったって、アンタ一人で世界中の人間……ああ、チキュウ星人とかいうのは言いにくいから遠慮させてもらうわね、を相手にはできない。だから、麻薬取引で資金や人脈を作るなんていう、回りくどいことをしてたわけか」
「その通りだ」
 反発せず、レーゼは素直に認めた。
「先祖の失敗は繰り返さん。今度は、チキュウ星人どもの中から、裏切り者を出させるのだ。チキュウ星人の中には、自分の住む国や街に対して、害を与えることを喜ぶ者も多いようなのでな。そいつらを利によって引き入れ、それを拡大させていく。ということだが、どうだ」
 レーゼは、視線をニコロに向けた。
「お前は、その耳のせいでチキュウ星人共から手酷い扱いを受けてきたのではないか?」
「……」
 その通りである。
「だが、その耳こそ、我ら偉大なるエルフ星人の証しなのだ。チキュウ星人に恨みがあるなら、お前にやる気があるのならば、」
「勧誘ならムダよ」
 リネットの声が、レーゼの言葉を遮った。レーゼが何か言いかけたが、それを遮って今度はニコロが声を出す。
「レーゼさん。確かに、僕はこの耳のせいで、小さい頃からよくいじめられていました。でも、そんな僕を庇ってくれた、とっても優しくて、とっても強い人がいます。僕の、理想の人です。その人も、あなたの言うチキュウ星人……人間、なんです」
 ニコロは、リネットの陰から出て、リネットの隣に並んで、レーゼに言い放った。
「その人は今、あなたがさっき言ったような人たちとは反対に、国や街を守る仕事をしています。僕は、その人のことが好きだから、その人の役に立ちたい、その人と一緒にいたい。だから、あなたの仲間にはなれません」
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