落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

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1巻

1-3

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「ありがとう! ありがとう!」

 その言葉とともに、気を抜いていた俺を突然の衝撃が襲った。
 冒険者の一人――大剣を背負った完全鎧フルプレートで全身を覆ったの小柄なヤツ――が背後から抱きついてきたのだ。
 正直鎧がゴテゴテしていて痛い上に、みょうに怪力なので苦しい。
 フルフェイスのかぶとをかぶっていてわからなかったが、声からして女性のようだ。
 しかし、背中には鎧の硬質な感触が伝わるだけで、まったく〝役得感〟がない。

「仕事だから、当然ベストを尽くすよ。今回は運よく助かったってだけだ」

 俺は冒険者を引きはがすのに苦戦しながら、そう伝える。

「確かにオレ達は運が良かった。ランクⅢの回復魔法が使える治癒魔法使いが助けてくれたんだからな」

 そう言って依頼者の男は深々と頭を下げた。
 よく見たら全員ボロボロだな。
 ついでなので、他のヤツらも癒やしておくか。
治癒キュアウーンズⅠ〉を順次飛ばして、全員のり傷などを軽く塞いでおく。

「む……今のは魔法か?」

 彼らの仲間の一人――東方風のラメラーアーマーを身にまとったおおかみ頭の武者が、俺を軽く威圧いあつするように見据みすえる。
 灰色の毛並みの間から金色のするどい眼光が覗く。
 その迫力に、俺は思わずつばを呑み込んだ。

「今のは初回サービスだ。金は取らないよ」

 彼らの過剰な反応を見ると、もしかしたら魔法の押し売りなんてのも横行おうこうしているのかもしれない。
 少し軽率だった。今度から気を付けよう。

「えーと……それで、オレらはアンタにいくら払えばいい?」
「エインズ、おぬしまさか……値段も確認せずに治癒魔法使いを雇ったのか!?」

 依頼者の男が場を取りなすように言うと、これに鎧武者が非難の声を上げる。

「し……仕方ねぇだろ! 緊急事態だったんだから!」

 そういえば、値段設定してなかった。俺も他人ひとのことは言えないな。

「あー……俺、実は冒険者になりたてでさ、相場がわからないんだ。だから金額は任せるよ」

 俺が頭をきながらそう告げると、四人の冒険者は顎が落ちる勢いで大口を開き、唖然あぜんとする。
 そこまでびっくりしなくてもいいじゃないか。

「お主、そんなことも決めずにランクⅢの回復魔法をユユに使ったのか?」

 鎧武者はため息とともに肩の力を抜き、心底あきれた様子でそう言った。
 倒れていたはユユっていうのか。
 大変可愛らしい名前で結構なことだ……ではなくて。

「登録申請の真っ最中に雇われたもんでね……そうだな、ポーションと造血剤込みで……三千ラカ、銀貨三枚でどうだ?」

 ラカはこの世界の共通通貨だ。
 宿に一泊するなら素泊すどまりで銅貨三枚(三百ラカ)くらい。
 食事は一食につき棒銅貨五枚(五十ラカ)から銅貨一枚(百ラカ)くらいが相場だ。
 四人はポカンとした顔で俺を見ているわけだが……さすがに吹っ掛けすぎたか?

「いや、待て……お主、それは安すぎであろう?」

 えっ?

「相場を知らないってホントだったのね……」

 大剣使いの女冒険者が、兜を外しながら苦笑を見せた。
 倒れていた少女と同じ色の髪をポニーテールにまとめている。
 目つきは少しキツい印象だが、意外に可愛いな。

「そうさな、一般的な相場であれば〈治癒キュアウーンズⅠ〉で千~千五百ラカ、Ⅱならばその三倍、さっき使ったⅢランクの〈治癒キュアウーンズ〉であれば……最低でも一万ラカは支払わねばならんところじゃ。お主は、魔法を何回使った?」
「〈治癒キュアウーンズⅡ〉を二回と、〈治癒キュアウーンズⅢ〉を一回。それと消毒に〈解毒キュアポイズンⅠ〉を……」

 鎧武者は俺の話を聞きながら「ふむ……」と顎に手を当てて、懐から金色に輝く硬貨を三枚取り出して俺に差し出す。

「ならば、我らがお主に払うべき報酬ほうしゅうは薬品代を合わせて、三万ラカこのくらい妥当だとうなところと思う」

 そんなバカな。
【魔法】は多くの『アルカナ』でスキルとして授かることができる。決して珍しいわけではない。
 たかだか二~三回の回復魔法で、こんな高額を要求できるはずがない。

「それはさすがに多すぎじゃないか?」

 俺の言葉に鎧武者は首を横に振る。

「回復魔法を使える魔法使いは、それほど多くない」
「バカな。魔法に得手不得手えてふえてはあってもその種類の間に垣根かきねなんてないはずだ。炎を飛ばすのも、傷を癒やすのも原理は一緒だ」

 魔法とはロジックだ。
 魔力マナを操る力……【魔法】のスキルがあれば、詠唱をはじめとした組成式に魔力導線を通すことで簡単に使用できる。
 ちょっと難解なパズルを解くようなものだ。

「……お主、正気で言っておるのか?」
「☆1だからな。もしかしたらどこか正気じゃない可能性はあるかも」

 おっと、このジョークはまずかったか?
 軽口で返したら、四人が一斉に凍りついてしまった。

「☆……1? お前さんが?」

 依頼者の男――エインズが信じられないものを見る目で俺を見る。
 この☆1であるという屈辱くつじょくと絶望に慣れる日は、いつ来るのだろうか。

「今朝、儀式で判明した。☆1だから予備学校を追い出されたんだ」

 隠していても仕方ないので、俺はできるだけ悲愴ひそう感がただよわないように話す。
 しかし、どうしてもミレニアのことを思い出してしまい、少し体が強張こわばるのを感じた。
 思いのほか、俺は未練みれんがましいらしい。

「『バーグナー冒険者予備学校』の生徒だったのかよ……。どうりで見ねぇ顔だと……」
「もう生徒じゃないけどな」
「ああ、いや、そんなつもりじゃねぇんだ」

 俺の落ち込んだ様子が気になったのか、エインズは少しばかり慌てて取りつくろった。
 気を遣わせてしまったらしい。

「それにしても、アンタが☆1なんて、まったく信じられないな……」
「俺だって信じたくないさ。だけど、この通り魔法が少しばかり使えるから、☆1でも小銭稼ぎができるだろうと思ってさ」

 この先の不安がないわけじゃない。
 今日はこうして仕事にありつけたが、明日も仕事があるとは限らない。
 ☆1という理由で料金を踏み倒すヤツだって山ほどいるだろう。

「ユユは、助かったよ?」

 起き上がった少女が、少し震える俺の手をぎゅっと握ってくる。
 温かく、柔らかな感触。

「そうよ! アンタがいなかったらユユは死んでたわ。妹の命の恩人よ!」

 もう片方の手を、大剣の女冒険者が握る。
 姉妹だったのか。
 言われてみれば、髪色が同じだし、顔つきもよく似ているな。

「然り。お主は自分を卑下ひげするべきではない。今しがた、お主は立派に仕事を成しげたではないか? ☆は才能の指針やもしれぬが、それをふるうのはやはり人よ。☆の数ではない、成したことを誇ればよい」

 狼人コボルトの鎧武者が、俺の肩に手を乗せて笑った。
 冒険者というのは、心の広い連中が多いんだろうか。
 ☆1できそこないにこんな風に声をかけてくれるヤツなんて、普通はいない。

「そうだぜ! ランクⅢの回復魔法が使える魔法使いが冒険者ギルドに詰めてるだけで、オレ達は安心できるってもんだ」

 そう、それだ。
 エインズの言葉で頭に引っ掛かっていた違和感が形になった。

「なんで、治癒魔法使いが少ないんだ?」

 予備学校で読んだ書物によれば、冒険者ギルドには居つきの治癒魔法使いや鍛冶かじ屋、鑑定士が多数在籍しているはずなんだが。
 特に、ここガデスのような冒険者の多い大都市ともなれば、うなるほどの人材が溢れていてもおかしくない。
 ☆1の治癒魔法使いだと客がつかないかもしれない、というのはそこが問題だったのだけれど。

「バーグナー伯爵だよ。フリーの魔法使いをほとんどお抱えにしちまったんだ」

 そういえば、ダンジョン攻略のために少なくない数の魔法使いを引き抜いたって話を聞いた。
 それで、冒険者サイドの治癒魔法使いが少なくなってしまったのか。

「ま、俺はしばらくこの町にいるし……バーグナー伯爵から声がかかることは絶対ないだろうから、また依頼があったら呼んでくれ」

 俺はそう言って、依頼者のエインズに笑ってみせる。

「ああ、顔見知りにも伝えておく。腕とサービスの良い治癒魔法使いがいるってな」
「アタシも。って……名前を聞いてなかったわね?」

 そういえば、名乗っていなかった。

「俺はアストル。〝☆1のうなし〟アストルさ。今後ともどうぞご贔屓ひいきに」
「まったく、お主は……自分で卑下するのはよさぬか。名乗るにしても〝無詠唱クイックキャスト〟なぞの方が良かろうて」

 ……しまった。
 無詠唱を見ていたのか。
 うっかり――というか、事態が切迫していたから思わず使ってしまっていた。

「ていうか、そんなスキル持ってて☆1なの? ありえなくない?」

 ユユの姉が疑問を口にして、エインズも首をひねる。

「言われてみたらそうだよな? 【高速詠唱】や【詠唱短縮】なんてスキルはたまに聞くが、今さっき、無詠唱で魔法を二連射……してたよな? それに、その後の〈治癒キュアウーンズⅠ〉も」

 雲行きが怪しくなってきた。

「お主……本当に☆1か?」

 疑いの目を向ける狼人コボルトに、肩をすくめて答える。

「残念ながら、間違いなくね。何なら冒険者ギルドで確認してもらってもいい」
「ふむ……では『先天能力インヒーレント』かの?」
「まぁ、そんなところ。とにかく、今度おまけするから、魔法の無詠唱と連続使用の件は黙っていてくれないか? ☆1が妙なことしてる――なんてうわさが立つと困る」

 俺の言葉に、狼人コボルトは「然り、そうであるな」と頷く。

「では、アストル。二つ名の件はまた今度ということにしよう。ただし、〝☆1のうなし〟アストルを名乗らぬようにな?」

 狼人コボルトはそう笑って俺の頭をわしわしとでたくった。

「お、おい待て待て、俺はもう子供じゃないぞ!」
「ガハハ、ワシにとってはまだまだ子犬よ」

 どうやらこの狼人コボルトはけっこう年上らしい。
 もう少し改まった態度で接した方が良かっただろうか?

「安心したらお腹減っちゃった! そうだ! アストルも一緒にどうかしら?」
「自己紹介も、まだ、だし。いこ?」

 快活かいかつな姉に続き、ユユもたどたどしく俺の手を取る。
 こんな風に両手を少女達に引っ張られては、鼻の下が伸びそうだ。
 しかし、腹が減ったのも確かだ。ここはご一緒させてもらおうか。

「よし、じゃあアストルとの出会いを祝して……今日は俺のおごりだ! いくぞ、野郎ども!」

 ――これが俺の初めての仕事で、エインズ達との出会いで、そして……これから起こる波乱の出来事の始まりだったと思う。



 ■討伐依頼


 唐突とうとつな初仕事を終えてから、一ヵ月が経っていた。
 俺は冒険者ギルド登録の治癒魔法使いとして、比較的忙しい日々を送っている。
 何せ、冒険者ギルドに詰めている治癒魔法使いは、〝少ない、高い、腕が悪い〟の三拍子さんびょうしが揃っていた。
治癒キュアウーンズⅠ〉を三回ほど唱えたら魔力マナ切れを起こすヤツ、とにかく値段を吹っ掛けるヤツ、そもそも冒険者ギルドにほとんど来ないヤツ。
 それらと比べると、俺は☆1であることに目をつむりさえすれば、少しばかり腕のいい治癒魔法使いに見えるかもしれない。
 とにかく金が欲しい俺は、毎日冒険者ギルドに出向いてスペースを借り、適正価格で適切な治癒を施した。
 ついでに、夜のうちに作っておいた魔法薬も一緒に販売して、小銭を稼ぐことも忘れない。
 日々少しずつ貯まっていくラカを見るのは実に気分がいい。
 調査団には入れなかったが、予備学校で魔法や魔法薬をはじめとする様々な知識を得られたことは、大きな助けになっている。
 正直なところ、生活が安定している今となっては……バーグナー伯爵を恨む気持ちはこれっぽっちもない。
 俺はギルド居つきの治癒魔法使いとしての活動をする以外に、登録冒険者として普通の依頼も少しだけこなしている。
 冒険者ギルドのランクが上がれば、広告やスペースの手数料が少し安くなるらしいし、一日ギルドの貸しスペースにこもりっきりというのは、体がなまっていけない。
 なので、週に二日だけ普通の依頼を受けることにした。
 とはいえ、さすがにダンジョン産の魔物素材回収などの依頼は、☆1の俺に回ってくることはない。
 精々、森での薬草採取や、俺が販売している魔法薬の納品、町の診療しんりょう所の手伝いなどだ。
 今日受けた依頼は、北街区の診療所の応援である。
 治癒魔法使いの仕事は、何も傷付いた冒険者相手だけではない。
 普通に生活していても怪我をすることはあるし、病気になることもある。
 そのため、町の診療所から俺のような治癒魔法使いへの応援依頼も寄せられるのだ。

「えーっと……この先か」

 俺は辺りを見回しながら北街区のメインストリートを歩く。
 あいにく『バーグナー冒険者予備学校』は南街区だったので、北街区の地理にはうとい。
 この一ヵ月で町をずいぶん歩いたはずだが、まだまだ迷うことが多いのは、俺が方向音痴おんちだということだろうか?

「あれ? アストル?」

 突然、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、そこには白いワンピースを着た小柄な少女が、笑顔で俺にヒラヒラと手を振っていた。
 彼女はショートボブにしたストロベリーブロンドの髪を揺らしてこちらに駆け寄ってくる。

「お仕事? アストル」
「ああ、午前中は診療所のヘルプだ。ユユはオフか?」
「ん。今日はダンジョン、行かない」

 この一ヵ月でエインズのパーティともすっかり顔馴染なじみになった。
 俺のサービスがお気に召したのか、彼らは決まって治癒依頼に俺を指名するようになったからだ。
 魔法薬ポーションもよく買ってくれるので、俺の懐のおよそ三分の一はエインズ達から払われた報酬と言っても過言ではない。
 リーダーのエインズは☆3の『太陽』で、前衛戦闘に優れた剣士だ。
 常に攻撃にさらされる前衛なのに、俺はほとんど彼を治療したことがない。
 何かしら防御系のスキルを持っているんじゃないだろうか。なんでも、どこかの貴族の出だそうだけど、普段の言動からは気品の欠片かけらも感じない。
 世間知らずの俺に、忠告や助言をしてくれる狼人コボルトの侍は、レンジュウロウ。
 ☆4の『剛毅ごうき』である彼は、高い戦闘能力を持っているらしい。
 怪我の治療はあまりしないが、おそらく仲間のためだろう、よく治癒魔法薬ヒーリングポーションを買ってくれる。
 ユユの姉で大剣使いのミントは、たまに二日酔い覚ましの魔法薬ポーションを買いに来る。
 治療回数が最も多いのは彼女だが、敵の撃破数が最も多いのも彼女であるらしい。
 何か特別なユニークスキルを宿していると聞いたが、それについてたずねるのはマナー違反なので、詳しくは知らない。

「アストルは、ダンジョン、行かないの?」
「ダンジョンに入るためのメンバーがいないし、俺は☆1だからなぁ……きっと入ったらすぐに野垂のたれ死ぬ気がする」
「魔法、いっぱい使えるのに、もったいないね?」

 隣を歩きながらユユが俺の顔を覗き込む。
 彼女は歳が近いせいもあってか、少し距離感が近いというか、親しみを感じる気がする。
 同じ魔法使い同士だから、というのもあるだろうけど。
 ユユは☆3の『星』で、【魔法】スキルを後天的に得た魔法使いだ。
 回復魔法にはあまり適性がないのか、使えるのは〈治癒キュアウーンズⅠ〉が精々だが、補助魔法は得意らしい。
 そういえば、俺は学校の外へ出て初めて知ったのだけど、『アルカナ』によって発現する――つまり、『先天能力インヒーレント』ではない【魔法】スキルは、その能力が制限されているらしいのだ。
 たとえるなら、〝先天能力おれにとっての魔法〟が四則演算しそくえんざんであるとしたら、『アルカナ』によって発現する魔法は人によって加算、減算、乗算、除算と、できることが限られていて、しかも〝一桁ひとけたの加算〟や〝繰り上がりできる加算〟などと細かく分かれている。
 魔法の得手不得手や、適性の有無はそこに拠るというわけだ。
 学校にいる時は、単なる修練不足や好き嫌いの問題だろうと思っていたが、『アルカナ』からスキルとしてもたらされる魔法は、根本的に俺の魔法と少し違うらしい。
 俺にとっては「計算は計算だろ?」という感覚であるが、『アルカナ』の【魔法】スキルを得たものにとっては「こんな計算はできない」という感覚がついて回るのだ。

「アストル。また、無詠唱教えて、ね?」
「構わないけど、できるとは限らないぞ?」

 ユユは俺の無詠唱と発動待機ストックにとてもご執心しゅうしんだ。
 しかし、教えろと言われても、感覚的なものなのでなかなかうまく説明できないんだが……

「いいの……アストル、魔法教えるの上手いし」

 そう言われて悪い気はしない。
 ☆がモノを言うこの世界で、自分の努力を認めてもらえるだけでも俺はうれしい。


「お、あそこだな。北街区診療所」

 ユユと連れ立ってしばらく通りを歩いていると、目的の建物が見えてきた。
 四角いレンガ造りの、なんの変哲へんてつもない建物の正面に、大きく『北街区診療所』と書かれた看板かんばんがかかっている。
 外に並べられた簡素な椅子には、すでに何人かの患者おきゃくさんが座っているようだ。

「じゃあ、ね。アストル」
「ああ、明日は冒険者ギルドにいるから、無詠唱の練習をするなら時間がある時に来たらいいよ」
「……ん」

 短く返事して頷くと、ユユはくるりと身をひるがえして、来た道を引き返していった。
 もしかして、俺と話すためだけに一緒に歩いていたのだろうか?
 ……まさかな。
 落伍者の俺が過分かぶんな期待を抱くべきじゃない。
 運よく美少女と一緒に歩く役得にありつけただけだ。
 ユユと別れた俺は、診療所の扉をくぐって声をかける。

「こんにちは、冒険者ギルドから依頼を受けてきました」

 するとすぐに、壮年そうねんにさしかかった女性が小部屋から顔を覗かせた。

「ああ、来てくれたわね! 助かるわ」

 ちょうど患者を診察し終えたらしく、彼女は俺を手招きする。

「アストルさんね? ここで医者をしてるヌヒアよ。医術も心得があるって東街区の子から聞いて一度仕事を頼みたかったの。今日はよろしくね」
「こちらこそ。それで、どうしましょうか? 回復魔法を使う時だけお手伝いするか、俺も普通に診察もするかの判断はお任せしますけど」

 ヌヒアさんは少し考えて、「診察もお願い」と言った。
 ☆1ってことは伝わっているはずだけど、なかなか思い切った判断をする人だ。

「わかりました」
「隣の小部屋を使ってちょうだい。回復魔法は補助金の適用外だから、患者に使ってほしいかどうか確認して、記録をお願いね」

 俺は奥の小部屋に荷物を置いて、患者が来るのを待った。
 診療所は町に四つ、東西南北の街区に一つずつ設けられている。
 基本的には、診察と簡単な応急処置や投薬を行う。
 これらの医療費は町の補助金でいくらかまかなわれていて、税を納めている住民であれば比較的安価に受診することができる。
 ただし、回復魔法はその適用外である。
治癒キュアウーンズⅠ〉一回につき、銀貨一枚(千ラカ)を基本相場として、その場で実費を支払う必要がある。
 魔法使いが使う回復魔法は、高額医療なのだ。
 それでも、診療所に行けば回復魔法をかけてもらえるという安心感は、日々の労働で賃金を得るものにとっては大きな支えになる。
 たとえば足や腕を怪我すると、治るまで働けない。それは信用の低下、ひいては失業にもつながるため、大金を払ってでもその日のうちに治してしまいたいと考える者はそれなりに多い。
 しかし、診療所に詰めている治癒魔法使いだけではさばききれないことも多々ある。
 回復魔法の使いすぎで魔力マナ枯渇こかつを起こせば、その後の診察につかえるし、診療所を訪れた依頼者に回復魔法を施せなくなってしまう。
 だから、回復魔法を求めて直接冒険者ギルドに足を運ぶ者もいるのだ。
 そんなわけで今回のように、冒険者ギルドを介して、回復魔法が使える冒険者に診療所補助の依頼が来ることも多い。
 さらに言えば、俺には蓄えた医術知識があるので、やろうと思えば診察もできる。
 こういうところで役に立つとは……なんでも勉強はしておくものだ。


 部屋には次々と患者が訪れ、俺は彼らを手早く診察していく。
 ほとんどの者が打身うちみ捻挫ねんざ、それに季節風邪かぜ程度なので、特に回復魔法は必要なかった。
 ……無詠唱でこっそり体力を回復させたり、消毒したりはしたけど。
 特に、子供は体力が少ないから、季節風邪でもあっさりってしまうことだってある。
 俺は金に汚いが、いい加減な仕事はしたくないのだ。


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