落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

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8巻

8-2

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反抗組織レジスタンスの『竜伐者ドラゴンスレイヤー』リック・ヴァーミルからのお手紙ってことで、迂闊うかつに動かないように手紙を書く。できるだけ早くグラス上層部に届くように手配してくれ」
「では、私も一筆したためさせてもらおう……いや、いっそバーグナー卿とレンジュウロウ、アストル君を併せて連名にしてしまおう。貴族三名とウェルスの〝賢人けんじん〟二名の連名であれば、かの国でもそれなりに丁重に扱ってくれるはずだ」

 ラクウェイン侯爵の提案に俺が首肯したのを見て、チヨが話を続ける。

「それと……不確定ですが、王の幽閉先情報が、先行している密偵から上がりました」
「本当かね!」
「はい、場所は……旧シェラタン・デザイアとのことです」

 王都の地下に広がる、攻略された元ダンジョン……!
 いまだ稼働中の区域もあるという、エルメリア王国建国にまつわる巨大な迷宮。
 そんな厄介な場所に王を幽閉しているというのか。

「ナーシェリアを王に立てる作戦と並行して、現王を救出する手も打たないとダメか」
「アストル君の言う通りだな。しかし、まずはリカルド王子を玉座から引きずり降ろさなければならんがね」

 ラクウェイン侯爵がにやりと笑う。
 ……とはいえ、そちらの準備はすでにおおよそ整っている。
 エルメリア王国では、建国王エルメリアの盟約により、選挙によって『王』が選ばれる。
 立候補の資格はその血筋を継ぐ者であれば誰でもよい。それゆえに、王子達は自分がいかに次の王に相応しいかを、投票権を持つ貴族にアピールする必要がある。王権をふるうには、貴族達から王として選ばれねばならないのだ。
 逆に、貴族はどの王子が次のエルメリアの王になるか、推し量る必要がある。
 領民と納税の多い高位貴族ほどその一票は重い。
 ──これは比喩ひゆではない。貴族達が行なう投票には重さが存在する。
 王を選定する儀式の際、貴族達に集められた民衆の支持や忠誠心は、『おうはかり』と呼ばれる特別な魔法道具アーティファクトによって重みを量られるのだ。
 初代エルメリア王その人が、大迷宮『シェラタン・デザイア』から持ち帰ったこの魔法道具アーティファクトによって、エルメリア王国は成り立っている。
 しかし、今回は違う。
 選定の儀式なくして玉座に座るリカルド王子は、
 有力貴族達から一定の支持を得られれば、選定の儀式によってナーシェリアを王に据えることは充分に可能だ。その準備は、すでにラクウェイン侯爵がしてくれている。
 それに、そもそもナーシェリアの人気は非常に高い。彼女が王として立つとなれば、民衆から寄せられる支持は相当な重みになるだろう。

「王都、王城に乗り込んで選定の儀式を行えば、王権はナーシェリアに宿るはずだ」

 ラクウェイン侯爵の言葉に頷きつつも、俺は懸念を口にする。

「ですが、動きが早い。ナーシェリア王女殿下のことは伏せておくべきだったかもしれませんね」

 ナーシェリアの名は、ガデスここ奪還だっかんするのに使ってしまった。
 リカルド王子に知れるのも時間の問題だろう。
 で、あれば……必要なのは、安全な地盤だ。

「よし、ラクウェイン領を取り返して、侯爵にお返ししよう。日和ひよりを決め込んでいる貴族にも良いアピールになるだろうし」

 現在、ラクウェイン侯爵の領地は長男でエインズの兄であるラディウスの手に落ちている。
 俺の提案に、レンジュウロウとエインズが賛同を示す。

「ふむ……。少しばかり危ないが、仕方ないかのう」
「バカ兄貴にあそこを任せとくのもマズいしな」

 王都直近の領地を取り返し、堂々と名乗りを上げて王の選定を宣言すれば、リカルド王子は逃げられないはずだ。そうやすやすとやらせてはくれないだろうが。

「で、アストル君。プランは?」

 当然のように話を振らないでほしいが、もちろん考えていることはある。

「攻略部隊を三部隊編制します。まずは、先行してラクウェイン領都マルセルに向かう部隊。次に、ナーシェリアを護衛して、ラクウェイン領都マルセルまで移動する部隊。そして、大きく先行して『シェラタン・デザイア』で現王を探す部隊です」

 リカルド王子が現王を生かしているのには、何か理由があるはずだ。
 王位を簒奪さんだつするにあたり、現王を殺してはならない理由が。
 それはおそらく、王の選定に関わることか、あるいは王家の秘密……『超大型ダンジョンコア』である『シェラタン・コア』に関することに違いない。
 となれば、その身柄をこちらで押さえるという手段はかなり有用になるはずだし……現王が玉座に戻ればおよそ解決する問題も多い。

「シェラタン・デザイアには母さん達が行くわ」

 俺の計画を聞いて真っ先に名乗り出たのは、母のファラム。〝業火の魔女ブレイズウィッチ〟ファルメリアとして知られる伝説級冒険者だ。

「たった三人で?」
「充分よ。それに、王都に一人仲間がいるから」

 笑顔で頷く母に小袋を一つ放り投げる。
 中身は色鱗竜カラードドラゴン白師ハクシ〟から譲り受けた『ダンジョンコア』がいくつか。

「任せたよ、母さん。気を付けて」
「あら、この子ったら。母さん、はりきっちゃう」

 母は目を細めてほがらかに笑う。
 この人が何か失敗するところなんて、想像もつかない。きっとなんとかしてくれるだろう。

「じゃあ残りの二部隊を振り分けていこう、まずは──」


 ◆


「ここまでは問題なしだな」

 澄み渡る青空の下、小規模な商隊に偽装した俺達は、二台の馬車に分乗して街道を一路北へと走っている。

「問題らしい問題がなかったってのも不気味なんだがな」

 俺の向かいに座るエインズが、目深まぶかにかぶった帽子の下に苦笑をにじませる。
 そのとなりで肩を揺らして笑っているのは、汚いフード付きローブをすっぽりとかぶったラクウェイン侯爵だ。

「やれやれ、ラディウスめ……。我が息子ながらここまで頭の働きが悪いとは思わなかったがね」
「これ、ジェンキンス。我が子をそうざまに言うものではないぞ」

 レンジュウロウに窘められてもラクウェイン侯爵はどこ吹く風だ。
 だが、侯爵の意見は正しいと思える。
 何せ、潜伏する間諜によると、ラディウスは自分の父親ラクウェイン侯爵が自ら変装して乗り込んでくるなど全く想定していないらしい。大々的に反抗組織レジスタンスを率いて乗り込んでくると考えているのだ。
 ……まあ、普通の貴族であれば、正々堂々と名乗りを上げ、自らの正当性と大義を掲げて正面から軍をぶつけ合うだろう。高位貴族にはそういったプロモーションじみた戦いが必要な時もあるし、ラクウェイン侯爵が領主として返り咲くにはそれが適切だと考えてもおかしくはない。
 だが、ラディウスはいくつか思い違いをしている。
 ラクウェイン侯爵はエインズに似ている――いや、逆だ。エインズワース・オズ・ラクウェインがジェンキンス・オズ・ラクウェインに似ている。
 つまり、ラクウェイン侯爵ジェンキンスという男は、荒唐無稽こうとうむけいで泥仕合をも辞さない冒険者に近い思考の持ち主であり……目的と手段をはき違えないしたたかさを持っているのだ。
 ラディウスはそこを見落としていた。
 実際、俺達は全く警戒されていない。領境などを超える際に検問じみた調べを受けることはあっても、いずれも緩やかなものだった。
 御者ぎょしゃをしているレンジュウロウが〝積み荷は捕まえた☆1だ。ラディウス様に献上しに参った〟と答えると、確認もせずに素通りさせる警備兵すらいた。
〝貴族らしい貴族〟として教育されて育ったラディウスとその配下達には、侯爵その人がボロ布を纏って乗り込んでくるなど、思いもしないのだろう。

「ふむ。こういう服を着るのも久しぶりだ。意外と気楽なものだな」

 リラックスした様子のラクウェイン侯爵がご機嫌な様子で口角を上げた。

「侯爵様、もう少し奴隷どれいらしくうつむいていてくださいよ」
「む、そうか? では、アストル君。君も私のことはジェンキンスと呼んで、敬語をやめるべきではないかね」

 無理をおっしゃる。
 侯爵となごやかなやり取りをしていると、先行警戒に出ていたチヨが静かに馬車に飛び乗ってきた。

「見回ってまいりました。特に問題はありません」
「向こうの馬車のユユとミントには?」
「もうお伝えしております。この先のキャンプ地も人の気配はありません」

 王都に近づくにつれて、人の気配が徐々に少なくなっている。それも仕方あるまい。まともな感覚の持ち主であれば、王都にただようキナ臭さを察知して、身の安全を図ろうというものだ。

ラクウェイン領都マルセルまで、何もないといいんだけどな」

 目的地であるラクウェイン領都マルセルまではあと二日といったところ。そろそろ警戒が厳しくなる頃合いではある。さらにラクウェイン領都マルセルに近づくにつれて、ラクウェイン侯爵やエインズの顔を知る者も増えてくるだろう。今後は一層注意せねばならない。
 ユユとミントは俺達の馬車の後方を走るもう一台の馬車に乗っていて、そちらはエインズの師匠であるナックさんが御者を務めている。彼はエインズに剣を教えるだけあって相当腕は立つし、この辺りの地理に詳しい。それでいて☆2なので、レンジュウロウ扮する高慢な商人が☆1奴隷を売りに来たという状況に即している。そのため今回抜擢された。
 ラクウェイン領奪還作戦はこの八人で先行して行う。
 義理の姉のフェリシアも連れてきたかったが、優れた斥候スカウトとして成長した彼女は、後発でこちらに向かうナーシェリアの護衛についてもらった。

「なぁに、ラクウェイン領都マルセルに到着したら、なんとかなんだろ」

 エインズが言った通り、ラクウェイン領都マルセルには、彼の元悪友達が今でも暗躍あんやくしており、到着次第協力態勢を築くことができる。それに、リカルド王子がラディウスにラクウェイン領の領主を任命したように、こちらにはナーシェリアの任命書状がある。
 ある程度下地を作って、ナーシェリアの到着を待てば、ラクウェイン領都マルセルを奪還するのはそう難しいことではないだろう。
 そんな考えをめぐらせているうちに、今日の野営地となるキャンプエリアへと到着した。
 もう少し足を伸ばせば整った宿場町もあるのだが、わざわざ危険を冒して人の多いところに留まる必要はない。

「アストル成分が足りないわ。補充よ、補充」

 護衛らしく完全鎧フルプレートを着こなしたミントが、自分の馬車を降りるなり、突進じみた抱擁ハグ敢行かんこうしてくるが、俺はそれを回避して頭をペチンと叩く。

「どうせするなら鎧を脱いでからにしてくれ。それと、まだ気を抜くんじゃない」

 チヨが警戒に当たっているので問題ないと思うが、気を緩めるには危険な頃合いではある。

「ユユ、アストルがひどいの」
「お姉ちゃんはぐいぐい行きすぎ、だよ」

 妹にまで窘められて項垂うなだれるミントに軽く苦笑しながら、俺は周囲に警戒用の魔法をいくつか放っておく。

「ね、アストル。それって新しい……魔法?」

 ユユは目を輝かせて、〝教えて〟の態勢だ。
 こうなると、彼女は賢人並みに頑固がんこになってしまうし、俺としても新たな魔法を教えるのは楽しいので、その場で講義を開始する。

「足音を大きくする魔法だよ。忍び足で近づけないようにするんだ。それと〈監視する小さい者スモールポインターズ〉……これは〈毛むくじゃらの使用人ヘアリーブラウニー〉を改変した魔法で、何か見つけると俺に知らせてくれる」
「――相変わらず、仲睦なかむつまじいねぇ……」

 不意に、男の小さな声が風に乗って俺の耳に届く。

「誰だ……!」

 警戒の視線を周囲に向けると、夕日に照らされた長い影が俺達の足元に伸びてきた。
 沈む太陽を背に、ほっそりしたシルエットが、ゆらりゆらりとことらに歩いてきている。

「〝刺突剣タック〟ビスコンティ……!」
「覚えていてくれて光栄だよ、〝魔導師マギ〟さんよォ」

 まるで無防備に、こちらへと歩いてくるのは、以前俺達のパーティを襲ってきた賞金稼ぎの〝刺突剣タック〟ビスコンティ。
 殺気がないからといって、油断できる相手ではない。

「止まりなさいッ!」

 状況に気付いたミントが、半分完全鎧フルプレートを脱いだ状態で俺の前に滑り込んでくる。
 同時に、ユユをカバーするようにチヨが音もなく姿を現した。

「おっとォ、待て待てェ。オレは売り込みに来たんだよォ。この〝刺突剣タック〟ビスコンティ……傭兵ようへいとして雇う気はないかねェ?」

 ニヒルに口角を釣り上げながら彼は両手を上げた。


 ◆


「そこは君の判断に任せるとしよう」

 ラクウェイン侯爵は、さも当然とでも言うように〝刺突剣タック〟ビスコンティの件を俺に丸投げした。
 この状況で傭兵を雇うのは、リスクがともなう。傭兵である以上は金で動く人間だから、払った金銭分は働いてくれるだろう。だが、特に思想や忠義でこちらについているわけではないという点において、裏切りの可能性を考慮せねばならない。
 さらに、そもそも彼がリカルド王子に雇われた間諜という可能性もある。手放しで信用することはできない。
 俺達はビスコンティを武装解除させた上で手を縛り、椅子に座らせている。
 敵意がない人間を縛るのも心苦しい部分があるが、彼ほどの手練てだれを拘束しないのも危険だ。

「オレって信用ねぇのなァ」
「賞金稼ぎを信用しろって方が無理じゃない?」
「ヘヘ、違いねェ」

 ミントのツッコミに、ビスコンティはからからと笑う。

「〝魔導師マギ〟さんよォ、〈嘘看破センスライ〉をかけてくんなァ。なんなら〈契約コントラクト〉や〈強制ギアス〉の魔法を使ってくれていいし、魔法契約書にサインしてもいい」

 どうするべきかと思案する俺に、〝刺突剣タック〟ビスコンティが意外な申し出をしてきた。
 それらは金と信用関係を重視する傭兵としては珍しい提案だ。

「いいのか?」
「構やしねェ」

 彼がそこまでする理由がまるでわからない。
 同じ疑問を抱いたのか、エインズが少しばかり疑いの目を向けながらビスコンティに問う。

「そこまでしてオレらに雇われたい理由は一体何なんだ?」
「モーディアだよォ……!」

 ビスコンティの声に険がこもるのがわかった。俺達ではない誰かに向けた殺気が、彼の体から滲む。

「モーディア皇国? 何かあったのかよ?」
「オレはよぉ……あの腐れた国の出身なのさァ」

 その言葉に緊張が走る。
 モーディア皇国という場所は、国だ。子供達は幼い内から教育と労働の責任を叩き込まれると聞いた。
 つまり、あの国の出身者はもれなく……洗脳状態にあるといっていい。

「そう警戒しなくてもいいぜェ……オレは出来のワリィ皇国民だったからなァ」

 ――ビスコンティは語る。
 彼はモーディア皇国の辺境にある小さな町で生まれた。
 中央ほどの締め付けはなく、モーディア皇国としては穏やかな環境の中で過ごしたらしい。

「でもよォ……それは間違いだったァ」

 ある日、彼の町に中央から役人が派遣されてきた――そう聞かされていた。
 だが、実際のところそれは役人などではなく、公的な人攫ひとさらいであった。
 町ごと攫う。それが訪れた役人――もとい、第二師団のやりかただとわかったのは、全てが終わった後だった。
 辺境の緩んだ空気の中でなあなあに見逃されていた☆1は全てその場で処刑。☆2であったビスコンティの妹は奴隷として……モノとしてされて、その場で支援物資として第二師団に
 町の住人の中で多くの割合を占める☆3の大半は、付近にできた鉱山開発の開拓村へと移送され、☆4であるビスコンティ他数名は、わけもわからないまま首都へと移送された。
 ──たった二日間の出来事である。

「あの国では、オレはおかしかったんだろゥ。……首都で与えられた、ありがたぁい仕事を放り出してよォ、オレは故郷に戻ったんだァ。……なーんにもなかったァ。あいつら、火を放ちやがったんだァ。あったのは獣に食い荒らされた☆1の死体と、それと同じになってた妹の死体だけだァ」

 ビスコンティの話を聞き、心底ぞっとした。
 心の奥から北風が吹くかのように、足に来る寒々とした恐怖に包まれる。

うわさには聞いていたが……まさか自国でもそんな真似を?」
「あの国では、普通なのさァ」

 そんな連中をこの国に招き入れて、リカルド第二王子は……ぎょしきれるのか? いや、大々的に『☆1狩りシングルスナッチ』が行なわれている以上、すでに制御できてないのは明らかだ。
 第二師団は占領を主眼とする軍団だと聞いた。占領とは、選別と教育を兼ねているのではないだろうか。

義憤ぎふんなんかじゃねェ、オレは私怨しえんでお前らを利用するゥ。代わりにオレは、お前らに利用されてやるしィ……第二師団とやり合うならァ、命懸けたっていいぜェ?」

 ビスコンティのギラギラとした瞳の奥には、暗い炎が渦巻いているかのような気迫がある。
 こんな演技ができる人間はそうそういない。
 そして、抵抗レジストされないまま彼に作用している〈嘘看破センスライ〉の魔法も、〝偽りなし〟との判断を俺に示していた。

「ここまでで、どう思う?」

 俺はみんなを見回す。

「モーディア皇国の情報をお持ちなのは、こちらに有効に働くと思います。実際のところ、彼らの生活様式や行動規範、構成などは不明な部分が多いですし。それに、アストルさんの魔法や、私の警戒をすり抜けてここに到達できる隠形おんぎょうは見事です」

 チヨの実務的な視点からの言葉を継ぐようにして、ミントも頷く。

「強いのも知ってるしね! 単独で強行偵察できる斥候スカウトって考えたら、良いかも」
「ワシもこの男は信用できるように思う」
「戦力は多い方が良い。特に汚れ仕事に慣れた奴は貴重だ」

 レンジュウロウとエインズも、それぞれに賛同を示す。

「そうだな。よし、じゃあ雇おう。というか、仲間になってもらおう」

 俺の言葉に、ビスコンティは首を横に振る。

「そいつは良くねェ。傭兵は使い潰すもんだァ。仲間なんてカテゴリーにすると、思い切りがなくなるもんだぜェ? 司令官殿」
「そんな思い切りは必要ないッ」

 思わず声を荒らげた俺を見て、ビスコンティが毒気を抜かれたような顔をする。

「アストル、怒ってる、の?」

 ユユに声をかけられ、少し冷静さを取り戻す。

「……ああ。やっぱりモーディアは、『カーツ』どもは潰さなきゃならない」

 ビスコンティと俺、歳も☆の数も違えば、環境や考えも違うだろう。
 だが、俺はこの男に共感を覚えていた。話を聞いているうちに、どうしようもなく俺と似ていると感じてしまう。
 あの時――妹のシスティルがカーツの偽司祭の手に落ちそうになっていた時のことを思い出す。
 カーツに洗脳され、自らの実の家族を手にかけてしまったフェリシアがあの時に間に合わなかったシスティルだとすれば、ビスコンティは間に合わなかった俺だ。
 ただキャストと筋書きがほんの少し違ったというだけで、俺とビスコンティはまるで似ている。

「しかし、くそ……! エルメリア中にそんなことが起こるってのかよ……!」

 エインズが小さな舌打ちと共に、吐き捨てた。

「バカ息子。そうさせないために我々がここにいる。しっかりせんか」
しかり。ワシらが揺らがねば、なんとでもなる。のう? アストルよ」
「ええ。それじゃあみんな、ここでビスコンティを絡めたプランの練り直しをするから手伝ってくれ」

 地図を広げる俺を、ビスコンティが唖然あぜんとした様子で見つめる。

「おい、ビスコンティ。ぼーっとしてないで意見をくれ。金か? 後で払うよ……ラクウェイン侯爵が」


 ◆


「見えてきたようだな」

 ラクウェイン侯爵が御者台の隙間からそっと顔を出して呟いた。
 ビスコンティとの邂逅かいこうから三日。目的地であるラクウェイン領都マルセルが眼前に迫ってきていた。
 都市の手前には、簡易兵舎のような物が多数建てられており、南からの敵襲に備えた要塞化ようさいかが進められている。
 完全に、リック率いる反抗組織レジスタンスが攻めてくると見越しての準備だ。

「我がうるわしのラクウェイン領都マルセルになんたる無粋ぶすいな真似を……。だからあいつはラクウェインに向かんのだ」

 ため息をつきつつ、ラクウェイン侯爵が鋭い目つきで皆に告げる。

「再度の通達となるが、リカルド王子……ひいてはモーディアについた以上、ラディウスに容赦ようしゃはしなくていい」
「よいのか? 仮にも息子であろう」

 御者台に座るレンジュウロウが振り向いて問う。
 敵対したとはいえ、実の子だ。そう割り切れるものではないだろう。

「そりゃ、生かしておいてくれるならありがたいがね。だが、我々の命を懸けるほどではない。あやつはちゃんと貴族の学校に行って、貴族のなんたるかを学んだのだ。もし、この情勢がくつがえった時どうなるかは、理解しておるはず」

 そう、リカルド王子に与してラクウェイン侯爵を追い出した以上、ラディウスは国を売ったということだ。
 それをラクウェイン侯爵が取り戻したなら、その首に刃を引かねばならない状況もあり得る。
 逆に言えば、ラディウスはラクウェイン侯爵の脱出を絶対に見逃すべきではなかった。
 それは逆襲されるリスクを負うことになる失態だ。

「前方、検問があります」

 陰に潜むチヨの報告に、レンジュウロウが口角を上げる。

「何、奴隷らしくしておれ。問題があれば、別の案を練ればよい」

 ここからが正念場だ。俺達はレンジュウロウ率いる〝オットー商会〟の構成員とその奴隷で、二台の馬車に積まれているのは商品というていでいく。
 俺とラクウェイン侯爵、エインズは、首輪とボロを身につけて、怪しまれないように俯いた。
 俺達オットー商会は、バーグナー領都ガデスの新興商会で、反抗組織レジスタンスの領都奪還に伴って肩身が狭くなったので、商機を求めてラクウェイン侯爵領に来た……という筋書きになっている。
 意外と演技派なレンジュウロウのことだ、上手くやってくれるだろう。


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