落ちこぼれ[☆1]魔法使いは、今日も無意識にチートを使う

右薙光介

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10巻

10-3

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 ◆


 一日付き合うと宣言した以上は付き合わねばならないが……ナナシが満足したのは、日が傾きはじめたころだった。
 ドゥルケの有名店はほとんど回ってしまったのではないだろうか。
 もうしばらくはケーキもプディングもゼリーも見たくない。できればフルーツも勘弁してもらおう。

「ナナシったら、食べすぎよ?」
「ん。ユユ、夕ご飯がお腹に入らない、かも……」

 胃袋を全て甘味で満たされたミントとユユが、少しばかり恨みがましい目で悪魔を見た。
 そんな視線を華麗かれいかわして、ナイスミドルな紳士に化けたナナシが口角を上げる。

「いや、実に良い一日だったよ」
「それは重畳ちょうじょうなことだ。明日からバリバリ働いてくれ。……ん?」

 手配した貸家に向かって大通りを歩いている途中、中央広場が何やらざわついているのに気がついた。良い気配とは言えないが、トラブルは確認しておきたい。

「アストル、あまり首を突っ込まないでよ?」
「わかっている」

 ミントの注意に軽く頷きつつ、四人で固まって広場へと近づく。
 南部と違って、ここはラクウェイン領都マルセルの目と鼻の先だ。
 中央に近い土地柄であれば、☆1に対する風当たりも強い。
 軽々にトラブルに巻き込まれるわけにはいかない。
 しかし、現場を目の当たりにした俺は、思わずつぶやいてしまう。

「……これはよくないな」

 小さな花壇かだんがある中央広場、その只中ただなかに亀のように身を丸くして縮める人影が見えた。
 人々はその人影に向かって罵声ばせいを浴びせながら、石やらゴミやらを投げつけている。

「この☆1野郎が!」

 誰かの言葉が耳に入る。
 あの人影は☆1か……
 いや、こんな仕打ちがまかり通るのは、☆1ならではかもしれない。

「どうする、我が主マスター

 ナナシが小声で尋ねてくる。

「どうする、とは?」
「このままでは、あの子供は死んでしまうが……いいのかね?」

 いいわけがない。しかし、ここで目立つわけにもいかない。

「──……〈矢避けの加護ミサイルプロテクション〉」

 もはや、無意識に手が動いていた。
 無詠唱で、魔法を少年へと向ける。
 脳裏に、死んでしまったキアーナの顔がちらりとよぎる。
 正論では救えなかった同じ☆1の冒険者の少女。
 あの時の後悔が、俺をトラブルに踏み込ませた。

「ナナシ、露見時ろけんじパターンBだ。あの少年を買うぞ」
「やれやれ……だが吾輩は機嫌がいい。小芝居の一つも打とう」

 その服装を高位貴族もかくやというものに変化させたナナシが、ずいっと前に出た。
 威風堂々いふうどうどうといったその姿に、広場の喧騒けんそうがピタリとやむ。

「誇り高きエルメリアの臣民が、なんてことをしているのだね」

 燕尾服えんびふくにシルクハットのナナシが、大仰おおぎょうな動きで少年の前に進み出る。
 俺と姉妹は、その様子を人だかりの中からそっと見守った。

「なんだ、アンタは!?」
「吾輩か? 吾輩はヴィクトール陛下直属の賢人〝アルワース賢爵けんしゃく〟の臣である。新たな栄光の時代へと歩まんとする諸君が、何故このような蛮人じみた行いをするのか?」

 つらつらと、まるで劇役者のようにナナシが語る。
 あまりに堂々とした姿に、誰もその身分について追及したりはしなかった。
 ミントが以前見せた役者っぷりも凄かったが……ナナシもなかなかのものだ。
 そんな中、群衆の中から男が一人歩み出て、不満の声を上げた。

「☆1に何したって、俺らの勝手でしょう!」
「話をすり替えるべきではないね。諸君の行いが野蛮だと言っているのだ」
「そいつは盗人だ! ☆1の犯罪者を生かしておくべきじゃねぇ」
「さて、我が国では私刑を禁じたはずだが? 何故、警邏けいらに連絡しないのかね?」

 まるで自分が法を決めたかのようにうそぶいて、身分の詐称さしょうを強化するあたり、ナナシのしたたかさが出ているな。

「それで、彼は何を盗んだって?」
「砂糖を盗んだんだ。高級な雪砂糖ゆきざとうだ」
「そうなのかね?」

 よく磨かれた革靴の先で、ナナシがうずくまったままの少年を軽くつつく。
 貴族階級をよそおう以上、☆1に必要以上に優しく接する必要はないというのを、ナナシはよくわかっている。

「違います。僕は……きちんと、代金を、払いました」
「……らしいがね?」

 ナナシは再び男に向き直り、静かに聞いた。

「☆1に雪砂糖なんて高級品、どこも売るわけないだろう! つまり盗んだに違いない!」

 この先頭に立って少年をなぶっていた男……どうやら関係者でもなんでもないらしい。

「つまり、彼が雪砂糖を持っていたから暴行を加えたと? 疑わしきは罰せずだよ、君」
「でもそいつは☆1なんだ。雪砂糖を買うような金を持ってること自体おかしい。盗みでも働かない限りはな!」
「それを判断するのは、君ではない。我々『高貴なる者』だ。君達が行なっていたのは、単なる王国臣民への暴行行為だよ」
「な……ッ?」

 男と、周囲を取り囲んでいる者達の顔色が変わった。

「この件は吾輩の判断でアルワース賢爵預かりとする。この少年は、誰かの奴隷かね?」
「僕は、奴隷ではありません……」
「よろしい。では、さっさと立ちたまえ。君の疑いが晴れたわけではない。取り調べをさせてもらう」

 ナナシは少年の横腹を杖で軽く叩いてみせる。
 それに少年は小さなうめき声を漏らす。
 おそらくあれは肋骨ろっこつが折れているな……ナナシめ、少しは手加減してやれ。

「彼に瑕疵かしがない場合、諸君は罪に問われる可能性がある。確たる証拠や事実をもって彼を罰していたという者は、進み出よ」

 ナナシの声に進み出る者はなく、むしろ周囲は軽いパニック状態となり、実行犯達は後退あとずさるか人混みにその身をまぎませるかした。
 打ち合わせたわけではないが、ナナシは上手く予防線も張ってくれたようだ。
 こう言っておけば、自分から関係者ですと申し出る者はまずいない。
 この場に〝アルワース賢爵の使用人がいた〟という話が広まるスピードも抑えられるだろう。

「では、行こうか。吾輩もいそがしいのでね。君への尋問は道すがらとさせていただく。荷物を忘れるなよ? ──〝能無のうなし〟」

 そうあごをしゃくられて、俺は自分にこの小芝居の役が回ってきたと理解した。

「はい、心得ております」

『塔』への土産みやげ兼、ナナシのおやつとして買った焼き菓子と、菓子の材料類……さっきから話に出ている雪砂糖などが入った袋をこれ見よがしに抱え上げて、俺はややぎこちなくナナシの後に続く。
 おそらく、この広場に集まった住民達は、郊外に馬車でも待たせていると思っただろう。

「大丈夫か、君」
「はい、すみません」

 ふらふらと立ち上がった少年に肩を貸しながら、スタスタと歩きゆくナナシの後ろになんとかついていく。
 これが、本来の☆1の待遇だ。演技でなければ、ナナシの頭蓋を叩いているところである。
 俺達の意をんでくれたらしいユユとミントは、少し離れた場所から尾行者を警戒しつつ、ついてきている。

「さて、ここまで来ればいいだろう」

 町を出て街道を少し歩いたところで、ナナシが立ち止まった。

「ああ、よくやってくれた。久々に☆1の現実を思い知ったよ」

 俺は返事をしながら、手ごろな岩に少年を座らせる。

「……あの、助けていただいてすみません」
「表立って君を保護するのは難しかった。こういう形になったことを謝罪しよう。吾輩の行動を許してくれたまえ」

 ナナシが貼り付いたような笑みを浮かべて優雅ゆうが会釈えしゃくする。
 人間の表情がよくわからないというナナシにしては、表情豊かと言える。
 頭蓋の時の方がずっとわかりやすくはあるけど。

「仕方ないです。僕は、☆1ですから」
「俺もそうだよ。君、名前は?」
「ベンウッドといいます。あの……」

 ベンウッドと名乗った少年は、怪訝けげんな顔で俺とナナシを交互に見る。

「アストル。〝能無し〟アストルだ。こっちはナナシ……俺の使用人だ」

 使い魔であることは伏せておこう。
 ☆1が使用人を持っていること自体が異常ではあるが、まだ悪魔だなんだと紹介されるよりは呑み込みやすいだろう。

「☆1、なんですよね……?」

 ベンウッドの言葉に、俺は苦笑いを返す。

「いろいろ事情があってね。アルワース賢爵の関係者というのは本当だよ」
「……ああ、それで……」

 合点がいったという風に頷くベンウッドに、俺は小さな違和感を覚えた。
 そこで納得できる要素などあっただろうか?
 アルワース賢爵として俺が行なっている事業などないのだが……

「アルワース賢爵はヴィクトール国王陛下の『平等化計画』を進めていると聞いています。それで、僕を助けてくださったんですね」
「……ああ、そうなんだ」

 そんな計画、聞いたことがない。
 ヴィーチャめ、俺の知らないところでまた妙な政策をやっていたな……!
 まったく。だが、俺の居心地が悪い原因がわかったぞ。
 そんな政策を公表すれば、『ノーブルブラッド』も黙っちゃいないだろうさ。

「あっ」

 突然、ベンウッドが取り乱したように自分の体をまさぐりはじめた。

「どうした?」
「ようやく買うことができた雪砂糖が……」
「そういえば、どうして雪砂糖を? あの男の言葉が正しいと言うわけじゃないが、あんな高級砂糖……どうするつもりだったんだ?」

 俺の問いに、ベンウッドは涙をにじませながら答える。

「病気の妹がいて……死ぬ前に雪砂糖の味を知りたいって……。でも僕は無力だ……☆1なせいで……妹の願いも叶えてやれない……!」

 俺は泣きじゃくるベンウッドの背中を軽く叩き、ナナシをちらりと見る。
 ナナシがうなだれるように小さく頷いたので、俺は少年に提案する。

「俺達の持っている雪砂糖を分けるよ。だから、そんな風に泣くのはよせ」


 ◆


「こちらです」

 ユユ達と合流した俺達は、ベンウッドに案内され、街道から少し離れた場所にあるという彼の住む集落へと向かっていた。
 雪砂糖だけ渡して帰してもよかったのだが、〝ぜひお礼をさせてください。きっと妹も喜ぶので〟と言うので、お邪魔させてもらうことにした。

「ウチの集落はあぶれ者ばかり集まった所で……小さいですが、ラクウェイン卿にお目こぼしをかけてもらって、なんとかやってます」
「そうなのか。こんな場所に村があったなんて、知らなかったな……」

 街道から細い道を川に向かって進むと、簡素なさくで覆われた素朴そぼくな建物が見えてきた。

「元は放棄されたキャンプエリアでした。そこを中心に集落ができた感じです」
「素朴で良い村だ」

 どことなく俺の故郷……東スレクトを思い出させる。
〝何もない〟があるというか、〝足りないこと〟が足りているというか。
 都市部の喧騒を忘れさせる、のどかな雰囲気ふんいきが気に入った。

「何もない村ですが、歓迎させていただきます。アストル様」
「様付けはよせ。俺達は貴族じゃない」
「では、アストルさんとお呼びしますね」

 俺の言葉に、ユユとミントが小さく噴き出す。
 賢爵だなんだってのは、ヴィーチャの悪戯いたずらだ。俺が求めたわけじゃないぞ!

「あそこに見えるのが僕の家です」

 そう少年が指さす家は、妹と二人で暮らすには些か大きい。
 おそらく、その余った部屋はこの少年の親の部屋なのだろう。
 この周辺は王都にそれなりに近い……瘴気ミアズマの影響をもろにかぶったはずだ……
 となると、彼の両親は『悪性変異マリグナント』に変じたか、耐えられずに死んだか、あるいは変じたそれらに殺されたかしたと思われる。

「おう、ベンウッド。町はどうだったね。その方達は、客人か?」

 通りがかったくわかついだ男が、手を挙げて挨拶をしてくる。
 しかし、その目には俺達を警戒するような色がにじんでいる。
 ☆を気にしないという特殊性から考えて、この村の住民はほとんどが☆1か2なのだろう。
 しいたげられてきたがゆえに、警戒心もあれば閉鎖的にもなる、と言ったところか。

「ああ、町で助けてもらったんだ。恩人さ」
「……町で? 何かあったのか? いや、その傷……」
「ドジっちゃって。でも大丈夫、お二人が助けてくれたんだ」
「そりゃあ、ありがとうございます。何もないところですが、ゆっくりしていってくださいや」

 ベンウッドの話を聞いた男が、すぐさま俺達に深々と頭を下げた。
 それだけで、この村がどれほど寄り添いあって生活しているかがわかる。

「ええ、お邪魔します」

 軽く会釈して、ベンウッドの家へと向かう。
 質素ではあるが丈夫に組み上げられたらしい家は、補修が行き届いていて、むしろ味がある。
 俺が東スレクトに移り住む前の家もこんな感じだった。

「帰ったよ、マーヤ」
「……お帰り、兄さん」

 かすれたような小さい声が聞こえ、寝間着姿ねまきすがたの少女がよろよろと現れる。

「お客様? やだ、私ったらこんな姿で、ごめんなさい」

 顔を赤くして、壁に隠れる小さな人影。

「急にお邪魔しちゃってごめんね。アタシ、ミント。こっちは妹のユユ」
「ユユ、です。顔色、悪いね? 大丈夫?」

 ミントとユユがにこりと笑いながら手を振る。
 それにベンウッドの妹も小さく頭を下げて応えた。

「マーヤ、こちらはアストルさんと、ナナシさん。町でトラブルになった僕を助けてくれたんだ」
「……大丈夫なの? 兄さん」

 トラブルと聞いて、隠れていた妹がおぼつかない足取りながらもベンウッドに歩み寄る。
 せていて血色が悪い。ぱっと見ただけで、あまり良い状況でないのがわかる。

「大丈夫、最低限の傷の治療はしてもらったから。アストルさんは治癒ちゆ魔法使いなんだ」
「兄さん、回復魔法って高いんじゃ……」

 回復魔法の施術料は、やや高騰こうとうしている。
 魔王事変で単純に魔法使いが減った影響もあるが、貴族や有力者達が保身と安全のために魔法使いを囲っているからだ。

「それは……」
「安心してくれ。金を取るほどのことはしていないよ。……ところで、妹さんの体調は大丈夫なのか?」

 言葉に詰まるベンウッドの背中を軽く叩き、俺は話題を転じる。

「そうだよ、マーヤ。寝ていなくっちゃ」
「少し体調が良いの……ゴホッ」

 言ったそばからせきむマーヤをベンウッドが支える。

「ちょっと失礼」

 一声かけて少女の顔を覗き込む。
 顔はやや紅潮こうちょうしているが、唇はチアノーゼのような青みがあり、首から鎖骨さこつにかけての肌は血色が悪い。呼吸は弱めで、やや喘鳴音ぜんめいおんがあるものの、湿性音しっせいおんはない。
 風邪によく似た症状だが、この魔力波動いやな感じ……

「この子……『さわ風邪かぜ』か?」

 俺の問いに、ベンウッドが頷いた。

「……はい。もう半年以上になります」

『障り風邪』は、瘴気ミアズマの引き起こす、魔力マナ理力オドへの干渉現象だ。
 半年もわずらっていれば、命にかかわる。

「食事はとっているか? 水分は?」

 食事には、栄養以外にも魔力マナを体に取り込む作用がある。

「少しずつ減ってしまって……。それで雪砂糖を……」
「わかった。まずは横になろうか。ユユ、少し手伝ってくれ」
「ん」

 ベンウッドがマーヤを抱え上げる。

「部屋に戻るよ、マーヤ」
「うん」

 そのまま俺達も一緒に、マーヤの部屋へと入る。

「ナナシ、部屋の環境調整を。魔力マナ濃い目にな」
「承った」

 ナナシに部屋のことを任せて、俺は提げた魔法の鞄マジックバッグから、『障り風邪』用の魔法薬ポーションと、いくつかの栄養剤を取り出す。
 呆気あっけにとられるベンウッドをよそに、ユユがマーヤにいくつかの付与魔法──健康増進用に作った魔法だ──をかけていく。

「ベンウッド。君の妹さんを助けるけど……構わないか?」
「待ってください、アストルさん。金がない、ないんだ! この家にはもう銀貨すら残ってないんです」
「……なら、このまま受け入れるのか?」

 俺の追い込むような質問に言葉を詰まらせたベンウッドが、一拍置いて……口を開いた。

「……奴隷として、俺を買ってくれませんか」
「兄さん!」

 マーヤが悲痛な声を上げるが、ベンウッドは淡々と続ける。

「治るんですよね?」
「治せる。少なくとも今すぐ治療すれば、命は助かるし、助けた以上は後遺症が出ないように努力もする」
「……僕の命で足りますか?」
「どう考える?」

 禅問答ぜんもんどうごとき質問返しに、ベンウッドが呻くように答える。

「☆1の命一つでは……足りません」
「今はそうだな。これは先行投資だ。時が来たら、きっとアルワース賢爵の役に立ってくれると約束ができるか?」
「します。その時がくれば命でもなんでも差し出しますから……! 妹を助けてください!」

 ベンウッドの本気がわかれば、それで充分だ。
 最初から助けないなんて選択肢はない。
 全ての人を助けるなど烏滸おこがましい真似はできないが、こうやって関わった人を助けることに迷いなどないのだ。

「よし、じゃあマーヤさん、この瓶の薬を飲んで。『障り風邪』の原因となっているものを打ち消すための薬だ」
「……いただけません」

 マーヤが泣きそうな目で、半ば俺を睨むようにして首を横に振る。

「私のために、兄が犠牲ぎせいになるなんてこと、あってはいけないんです。都会では☆1だなんだと言われますが、私にとってはたった一人の大切な家族なんです」
「わかっているさ。だから、君達を助ける。俺にも妹がいる……。うらやましいよ。俺の妹は、☆1の俺のことを〝神の敵〟だなんて呼んだからね」

 今は違うが……あの時のショックはなかなかでかい。
 だから、こうやって☆1の兄をかばうマーヤがとても好ましく思えた。

「マーヤ、僕はいいんだ。体を治して、元気になっておくれ。あんな風にアストルさんはおっしゃったけど、きっと何か考えがあってのことだ。同じ☆1同士、苦労はわかる……。アストルさんは僕に覚悟を問われたんだよ」

 さとい少年だ。そこまで見透みすかされているとは。
 きっと、苦労してきたんだろう……。それでも腐らず、ねず、こうやってまっすぐな気性なのは、俺にユユがいたように、彼には大切なマーヤがいたからに違いない。

「でも、兄さんがいなくなったら、私……」
「おっと、勘違いしないでくれ。今すぐどうこうって話じゃない。何年も先の話になるだろうし、その時は二人でどういう形にするか決めてくれたらいい」
「いいんですか?」
「いいも何も、今の俺達は旅人だからね。君を連れていくわけにもいかない。だから、まずは治療を受けて、しっかり良くなってくれ。ベンウッド、ついでと言っちゃなんだが、あとで君も一緒に診察させてもらうからな」

 ベンウッドの胸のあたりをちょいちょいとつつく。
 ☆1が故に症状が出ていないだけで、瘴気ミアズマの影響は受けているかもしれないのだ。

「さぁ、治療を始めるぞ。薬を飲んで」
「はい」

 マーヤはおずおずと魔法薬ポーションを口へと運ぶ。
 流通価格は一本で金貨二枚。
 安いとは言えない魔法薬ポーションだ。
 さっきの魔法と、これから行う施術……都市にいる治癒魔法使いに頼めば、とんでもない値段になるだろう。
 それがわかっているから、ベンウッドは命を渡すと言った。
 ……自分の命では価値が足りないとも言った。
 だが、それは違うんだ、ベンウッド。
 君は勘違いしている。命に値段なんて付けられやしない。
 君の命に価値がないんじゃない。
 全ての命には、金貨をいくら積んでも代えられない価値があるのだ。
 魔法薬ポーションを飲み終えたマーヤが目を見開く。


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