掟破りのキサ

田原更

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一章:継承の儀式

4話

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(あれから半年が経って……やっと今日、外に出られたのよ)

 キサは細く目を開いた。自分の継承の儀式のことを思い出している間にも、雲は形を変えていた。キサにお土産をくれると言った雲は、もうどこにもいない。

 今日はウィッサの継承の儀式が開かれた。村人たちは広場で昼間から酒を飲んでいる。でも、キサはすぐにはお酒をもらえなかった。蜂蜜酒はキサのお気に入りなのに、もう二度と飲んではならないと、村長からきつく叱られたばかりだ。それをかわいそうに思ったウィッサが蜂蜜酒をくれて、さらに、自身が食べるはずの蜂蜜入りの甘い甘い焼き菓子までくれたのだ。キサはそれを家で食べると言って広場をあとにしたが、何故かむしゃくしゃして、お気に入りの場所に逃げ込んだのだ。

 誰も憎むな。あの日村長にかけられた言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。

(誰も憎みたくないわ……人を恨むなんて、もってのほかだわ……自分の運命を呪うなんて、そんな惨めなことはないわ……)

「だけど、だけど、母さん……母さん……ひどいわ」

 キサは泣き出した。今日、キサは見てしまった。アイサが神の名を口にするのを。

 ウィッサの継承の儀式に立ち会うため、いつもより早めに洗濯物を干していたアイサを手伝おうと庭に出たとき、アイサは確かに神の名を口にしていた。何度も何度も口にした。そのときの、アイサの震えるような喜びの声を、全ての重圧から解き放たれた満足気な顔を。まるで少女のように飛び跳ねて舞い踊る姿を。

 そのとき、キサは、自分の母が重苦しい使命から解放されたことを喜べなかった。喉元からどす黒い何かがわいてきて、苦しくて、吐きそうだった。唇を震わせて立ち尽くしているキサに気づいたアイサの取り繕うような態度が、キサの神経を逆なでした。

 キサはしばらくの間、部屋で布団をかぶって泣いていた。いや、怒っていた。あの日以来、忍び寄る緊張感で徐々に食事も喉を通らなくなり、寝込んで痩せていく娘を前にして、母は一人で喜び浮かれているのだ。キサはその怒りを、母の仕事を引き継ぎたくないと言ったウィッサと分かちあいたくなった。キサは痩せた身体を引きずるようにして広場に向かった。

「キサ!」

 広場にはロッジュがいた。ロッジュは痩せたキサを見て、一瞬、辛そうな顔をした。でもすぐに笑顔になって、キサを同じござの上に座らせた。

「何か食べたいものある?」

 あたりはお祭りのように食べ物であふれていた。でもキサは何も食べたくなかった。

「ううん、いい」

「これだけでもいいから、口に入れて」

 ロッジュは脇に置いていた缶から黄色い塊を取り出して、ほんの少しだけ小刀で切り取り、キサの口に入れた。とんでもない甘さだった。

「何、これ……」

 キサはむせかえり、驚いてロッジュに尋ねた。

「巣蜜よ。つまり、蜜蜂が集めたそのまんまの蜂蜜。これが一番風味がよくて、栄養も豊富なの」

「もう少し優しいものを口にしたかったわ」

 キサはこほこほと咳こみながら、不満を口にした。

「じゃあ、蜂蜜粥を作ってきてあげる」

 ござから立ちあがろうとしたロッジュの服を、キサが握りしめた。

「ここにいて。一人にしないで」

 キサのすがるような顔を見たロッジュは、キサの肩を抱いて側に寄せた。

「ええ、一緒に見ましょう。ウィッサに悪いもんね。ありがとう、止めてくれて」

 二人は親友が成人になるのを一緒に見届けた。ウィッサは立派な薬売りになる、と、誇らしげに宣言した。薬を作りたいとわがままを言うことはなかった。

 キサは、自分一人が子どもじみているようで、恥ずかしく、悔しく、悲しくなった。その気分を紛らわしたくなった。キサはロッジュが止めるのも聞かず、蜂蜜酒の振る舞いの列に並んで、村長から叱られた。

 皆がキサを見つめていた。顰蹙を買ったわけではない。皆、怯えた顔をしていた。キサの心はずたずたに引き裂かれた。人垣をかき分けるように、今日の主役、ウィッサがやってきた。

「キサ。あんた、どうしたの。まるで悪霊みたいな顔をして」

 ウィッサは晴れやかに化粧をして、ばらのように頬を赤く染めていた。青白い顔をしたキサとは対照的だ。ウィッサは蜂蜜酒が入った銅の器を持っていた。銅の器は、こうした神事でしか使わない、貴重で神聖なものだ。三百年前から使い続けているらしい。

「これが欲しいんでしょ。じゃ、あげる。飲みなさい」

 ウィッサは蜂蜜酒の器をキサに差し出した。キサは反射的にそれを取って、飲み干した。

「こら! ウィッサ、何をするか!」

 村長は大声で怒鳴った。

「村長様。これは薬です。血の気が引いた者には、薬用酒を売る。薬屋なら当たり前のことです」

 ウィッサは悪びれもせずに言い返した。

「ほら、ご覧ください、キサの顔。悪霊の顔から、精霊の顔に変わりましたよ。元々綺麗な顔立ちなんだから、辛気くさい顔をしていると、もったいない」

 キサの顔はほんのりと赤く染まり、化粧を施したウィッサと並んでいると、ばらが二輪咲いたようだ。騒ぎを聞きつけて、ロッジュが駆けつけてきた。ロッジュは顔色がよくなったキサを見て、嬉しそうに笑った。

「ウィッサ、キサ。継承の儀式おめでとう。二人とも、これで大人の仲間入りよ」

 その言葉を聞いた村人ははっとなり、二人に祝福の言葉をかけた。

「あ、そうだ」

 ウィッサは彼女の席に戻ると、何かを持ってキサのところへやってきた。

「これ、全部あげるわ。今日の祝い菓子よ。蜂蜜入りで、とっても甘い。あんた、甘いものに目がないもんね。食べなさいよ」

 キサはずっしりと重い焼き菓子を受け取った。

「ありがとう……」

 キサの心にやっと温かい感情が戻ってきた。しかし、戻ってきたのは温かい感情だけではなかった。喉元になにか酸っぱいものが上がってきた。

「ごめんね、もう帰る。祝い菓子は家で食べるから……またいつか、いつか会えたら、二人に今日のお礼をするから」

「うん、帰って休みな」

「気をつけてね」

 ウィッサとロッジュの声を背に受け、キサはよろよろと歩いた。
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