掟破りのキサ

田原更

文字の大きさ
19 / 25
五章:甘い声

19話

しおりを挟む
 キサはダネルの部屋におもむいた。ダネルは机に向かって椅子に腰掛けていたが、いつものように本を読んではいなかった。

 キサは黙ってダネルの背中を見つめた。自分から声をかけたくなかった。しかし、いつまで経っても反応はなかった。声をかけるどうか、キサは迷いはじめた。どこか具合でも悪いのだろうか、それとも、これも私を惑わせる作戦なのだろうか、どちらにしても、キサは心配になってきた。

「あの……」

 キサはついに声をかけた。今さらだが、ダネルのことを何と呼べばいいかわからなかった。

「キサ。来ていたのか」

 ダネルは振り返った。顔色が悪く、何か物思いにふけっていたように感じられた。言い終わるとダネルはまた向きを変えた。キサは彼の背中に声をかけた。

「あなたのお付きの方に呼ばれたから来ましたが、具合が悪いようなら部屋に戻ります」

「具合が悪いように見えるか」

 ダネルの切り返しに、キサは戸惑った。

「ばらのような顔色になってもおかしくないほどの事態が起きたのだが、やはり、具合が悪く見えるのか」

 キサは小さく頷いた。

「そうか。やっとあいつらが死んだのに、私は喜んではいないのか」

 キサは事態を飲み込めず、ぽかんとしていた。

「そうだな。親が死んで、嬉しいなどとは思うまい」

 ダネルの放心しきったような声を聞いて、キサの心の奥底から、また、甘い声が響いてきた。

『かわいそうなダネル。ご家族が亡くなって混乱しているのね。私、ダネルのことを慰めてあげたい……』

 その声に抗う気はなかった。ダネルが腰掛ける椅子にそっと近寄り、背中に手を伸ばそうとした。

 次の瞬間、ダネルは振り返り、キサの顔をじっと見つめて、こう言い放った。

「あいつらが死んだのが口惜しい! 私がこの手で殺してやるつもりだったのだからな!」

 キサは伸ばした手を瞬時に引っ込め、口元に当てた。ダネルは立ち上がり、キサの両肩に手を置いて、話し続けた。

「私は武芸を重んじる貴族の家に生まれた。武術の才に恵まれた兄とは異なり、身体の弱かった私に両親は何の期待も抱かなかった。私は常に放っておかれた。寂しいと泣いても、叫んでも、誰も助けてはくれなかった。私は何度も我らの神の名を呼んだ。しかし、神は答えてはくれなかった。

 ある程度大きくなれば、孤独と折り合う術を知った。私は書物に夢中になった。伝承を語り聞かせる吟遊詩人の訪問を楽しんだりもした。そんな折に、兄が落馬して亡くなった。両親は、今まで散々放っておいた私に期待を抱いた。それからが地獄の始まりだった」

「地獄……?」

 キサはダネルの険しい顔に驚き、戸惑った。

「そうだ。地獄だ。父は私に武器を持たせ、血を吐くまで稽古させた。少しでも休めば鞭を打った。口答えをしたら、庭にある池に突き落とされた。私をその腕で池に沈めようとしたのだぞ! 泣いても、叫んでも、どんなに許しを乞うても、父はやめようとしなかった。他の誰も助けてはくれなかった。私は何度も何度も、我らの神の名を呼んだ。しかし、神は答えてなどくれなかった!」

 ダネルの話は、キサの想像の全く及ばない世界だった。キサはただ震えていた。

「そんな地獄のような日々に何年か耐えたが、やがて父は諦めた。父は私を汚物でも見るような目で見るようになった。武術に優れた甥を養子にとり、私に家を継がせまいとした。母は……父の陰で、いつも暗い顔をしていた。『お前を見ると、暗い顔をしている自分を鏡で見ているような気分になる。自分の生き写しのような醜い子を産むのではなかった!』と毎日のように恨み言を言ったのだ!」

 醜い人間を産みたくないなどと言うのは、とんでもない思い上がりだ、という発言の真意を知って、キサは自分の口を両手で覆った。

(私、なんてことを言ってしまったの……)

「そんな折に、我が家にやってきたのが、三百年前、蛮族どもを追い払ったという火の鳥の伝説を語る、吟遊詩人の一団だった。私は火の鳥の伝説に心を躍らせた。しかし、父は違った。父は、何万もの武人を瞬時に焼き殺した火の鳥のことを、心から恐れていた。その様子を見たとき、私はあることを心に決めた……」

(やめて……もう聞きたくない……)

 キサの身体の震えはますます激しくなった。

「それからだ。私はお前たち風の民の伝承を探り始めた。書物をあたり、各地を訪ねまわり……やっとお前たちを見つけたのが、三年前だ。そして、数か月前にお前を手に入れた。私はお前から、どうしても滅びの神の名前を聞き出さねばならなかった。何故ならば、私自身が滅びの神を呼び出し、父が唯一恐れたものの力で、父を葬ってやろうと思ったからだ!」

 ダネルは高らかに笑った。しかし、すぐに笑うのをやめた。

「なのに父母は、私がたまたま王に召喚され都に戻った前日に、馬車の事故で亡くなったのだ。親子揃って、馬が、その命を奪っていったのだ。私がこの手で息の根を止めてやってもよかったのに! せめてあと一日早く着いていれば!」

 ダネルはキサの肩をつかんだ。あまりの痛さに、キサは小さく悲鳴を上げた。

「これくらいの痛みで音を上げるお前が、拷問に耐えられると思ったのか? お前は本当に考えの浅い娘だ! 私が三年間にわたり拷問を受けても耐えられたのは何故だか、もうわかるだろう? 何のために耐えたのか、もうわかるだろう? 私はそのために生きてきたのに、すべてを失ったのだ!」

 ダネルはキサの肩から手を離した。キサはひざから崩れ落ちて、しくしくと泣き出した。何故泣いているのか、自分でもよくわからなくなった。キサは頭が痛くなるまで泣き続けた。

「……どうだ、今の話は。よくできた話だろう?」

「え……?」

 ダネルの意外な言葉に、キサは顔を上げた。

「先日、都で流行っている小説を買ってきてやると約束したろう? しかし、手違いがあって買えなくてな。代わりに、私自身が物語を作ってやったのだ」

 ダネルはにやりと笑った。キサは目をぱちくりさせた。胸の奥底から、温かいものがふわっとあふれてきて、こわばった身体を緩めていった。

「そう……そうなのね。今の話は、全部、作り話だったのね」

 キサはほっと胸をなで下ろした。口元が自然とほころんできた。

「あまりにも真に迫っているから、本当の話だと思ったわ。でも、よかった。あなたがそんな辛い目に遭っていなくて。あなたも物語を作るのが好きだなんて、意外だわ。あなたとわたしは同じ匂いがするって言っていたけど、こういうことね? あなたもみんなに囲まれて、楽しく話をしたのでしょう? でも、今みたいな辛い話をして、まわりを怖がらせたことはないかしら? 私も昔、作り話でみんなを怖がらせたことがあるのよ。そのときのみんなの顔を見たら、私、もう……」

 突然、手が伸びてきた。キサの身体はダネルに吸い寄せられた。青い目と、緑の目。二つの目線が合わさった。キサの唇が、自然と、言葉を紡いだ。

「ダージャ……」

 風の民の言葉で、美しい男という意味だ。よきお方。素敵な人。そんなふうに使われる。つまり、愛のささやきだ。ダネルにもそれがわかったのだろう。それともダネルの愛称だと思ったのか。

「キサ……」

 甘い声がした。二つの唇が重なりかけたそのとき、キサは自身の決意を思い出した。

「やめて!」

 キサはあらん限りの声で叫び、あらん限りの力でダネルを突き飛ばした。ダネルは机に身体をぶつけて、ひるんだ。キサは戸口まで走り、扉を開けようとした。しかし、扉は開かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました

藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、 騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。 だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、 騎士団の解体と婚約破棄。 理由はただ一つ―― 「武力を持つ者は危険だから」。 平和ボケした王子は、 非力で可愛い令嬢を侍らせ、 彼女を“国の火種”として国外追放する。 しかし王国が攻められなかった本当の理由は、 騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。 追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、 軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。 ――そして一週間後。 守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。 これは、 「守る力」を理解しなかった国の末路と、 追放された騎士団長令嬢のその後の物語。

逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊
ファンタジー
【注意】この作品は自己転載作品です。現在の他所での公開済みの分が終了後、続編として新シリーズの執筆を予定しております。よろしくお願い致します。 【あらすじ】 侯爵令嬢ロゼリア・マゼンダは、身に覚えのない罪状で断罪、弁明の機会も無く即刻処刑されてしまう。 しかし、死んだと思った次の瞬間、ベッドの上で目を覚ますと、八歳の頃の自分に戻っていた。 過去に戻ったロゼリアは、処刑される未来を回避するべく、経過を思い出しながら対策を立てていく。 一大ジャンルとも言える悪役令嬢ものです

処理中です...