白銀が征く異世界冒険記―旧友を探す旅はトラブルまみれ!?―

埋群のどか

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第一章:始まりの国・エルフの郷

第10話

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 三人は駆けていく。郷の防壁近くへ行くにつれて生き物の気配が増えていくのだ。

「クロエさん、戦いの前に一つだけ。」

 走りながらミーナがクロエに話しかけた。走る正面を向いたままクロエは返事をする。

「なんですか?」
「ここは外れとは言えまだ郷の中です。家屋もまばらではありますがあります。なので、原始魔法を使う際は中魔法までのレベルで抑えて頂きたいのです。できるだけ周りに被害が及ばないように。難しいことを要求していることは分かっております。」

 原始魔法は大魔法以上になると広範囲を攻撃するために爆発を伴うのだ。そんなものを放とうものなら周りの家屋に甚大な被害が及ぶ。ミーナの懸念はそこによるのだ。
 だが、クロエにはクロエなりに心配事があった。

「で、でも、大丈夫ですか? ボクはまだ弱いのに……」
「大丈夫ですよ。この森にすむモンスターの強さは中魔法レベルで十分対応できますわ。トライウルフに追われていたころのクロエさんとはもう違うんですもの。」
「そ、そのことは忘れてください!」

 恥ずかしそうに叫ぶクロエ。その顔は真っ赤だ。その時、先行していたミーナが急に停止した。二人も止まる。

「いました。すでに郷内に侵入していましたか……二時の方向、数四です。」

 その言葉に二人の視線が集中する。視線の先にいたのは、クロエがこの世界に来て初めて会ったモンスター、三つ目のオオカミのトライウルフだ。

「いましたわね……でも、なにか様子がおかしいですわ……?」

 サラがつぶやく。クロエたちの前に立ちふさがるトライウルフらの目は血走り、半開きの口からはうなり声とよだれが出ていた。明らかに正気の沙汰ではない。
 集団の中のひときわ大きい個体が天へ向かって一声吠えた。その遠吠えは広く遠く届いていく。そしてその鳴き声を合図にか、三頭のトライウルフが一斉にクロエたちの元へ走り出した。

「――! 行きますわよ! 私が矢で牽制しますわ。クロエさんは接敵してくださいまし!」

 サラが叫ぶ。その言葉を聞くと同時にクロエが走り出した。トライウルフと距離を詰めるクロエ。その手には何も握られていない。ついに両者の距離が数メートルに近づいたその時、クロエがその口を開き魔法を詠唱する。

「【影創造クリエイト・鴉丸】!」

 魔力を自身の影に流し込み、とある形を成す。射出されるように勢いよく飛び出したそれは、一振りの打刀だった。
 漆黒の刀身は光を反射しないマットな見た目だ。反りの少ない直刀に近い刃は、クロエの体格に合う長さである。影で出来たそれはどこをとっても漆黒。クロエ自身が名付けたその銘の由来にした、鴉をかたどった鍔が印象的である。
 クロエの魔法によって生み出された鴉丸はクロエの左後方から柄を先に、まるで鞘を走るかのように飛び出した。体の側面に現れた柄を右手で握ると、体を沈ませて飛び込んできたトライウルフの爪を避ける。そして、その走りのエネルギーを体重移動で留め、その力を乗せて刀を抜き打ちに斬り上げた。

「てぇいっ!」

 振りぬかれた刀はトライウルフの柔らかい腹をいとも容易く切り裂いた。毛を切り、皮を裂き、肉を削ぎ、骨を断ち。魔力によって形成されたその刃毀(こぼ)れ知らずの黒刀は、惚れ惚れするまでの切れ味によってトライウルフを簡単に両断せしめた。
 断末魔の叫びもなくトライウルフの一匹が絶命する。だが、正気を失っているらしいトライウルフらは、仲間が死んだぐらいでは止まらない。すぐにもう一匹のトライウルフがクロエに襲い掛かる。クロエは刀を抜き放った体勢のままで、その胴体はがら空きだ。
 だが、クロエは慌てない。頼もしい後方支援が待ち構えているからだ。クロエに襲い掛かろうとしたトライウルフだが、大きく口を開き牙を突き立てる直前、その頭を一本の矢が貫通した。

「ギャンッ!?」

 サラの魔法、【風の矢ウィンドアロー】が放たれたのだ。断末魔を上げて絶命するトライウルフ。大きく開かれた口が閉じられることはもう二度とない。だが、安心するのも束の間。その隙すらもついたリーダーらしき大型のトライウルフがクロエの背後から襲い掛かる。爪を振り上げ目の前の少女、いや、獲物を仕留めんと振り下ろした。

「クロエさん!」

 サラが声を上げる。矢を放とうにもまだ二の矢をつがえていない。援護は無理だ。
 だが、クロエはその声に応えるかのように、なんと刀を背後に投げ捨てた。驚いたトライウルフは振り下ろそうとした爪をそのままに、無理やり体をねじって投げ放たれた刀をよける。

「キャインッ!?」

 だが間に合わず、右前足が斬り落とされてしまった。思わずひるむトライウルフ。トライウルフの右前足を斬り落とした刀は空中で霧散する。その隙にクロエがまたも魔法を発動した。

「【影創造クリエイト】……」

 その言葉とともにクロエの右側方、体のすぐ脇に影の幕が立ち上がった。まるで衝立のようなそれはとても薄い。クロエは体を回転させ、その壁に向かって左フックを放つ。

「【影腕アーム】!」

 詠唱とともにクロエの小さな拳が影に吸い込まれる。すると、その影の壁から拳の勢いそのままに、クロエの腕の数倍はある巨大な腕が現れた。影で出来た巨大な腕は距離を取ろうとしていたトライウルフを射程に捉え、風切音を響かせながらその打撃を叩きこんだ。

「ギャ……ッ!」

 短い悲鳴を上げて吹き飛ぶトライウルフ。郷の防壁に叩きつけられたその体はもはや原形をとどめない肉塊となっていた。

「ふぅ……」
「大丈夫ですの、クロエさん?」

 心配するようにサラが近寄ってきた。主な攻撃手段が弓矢である彼女は基本的に後方に待ち構えている。近寄ってきたサラに心配ないとばかりに、クロエは笑顔を浮かべた。

「大丈夫です。ヒヤッとしましたけどね。」
「流石ですわ。しっかり訓練の成果が出てますもの。リベンジ成功ですわね?」
「はい! あれ、ミーナさんは……?」
「おりますよ。」

 クロエの疑問にミーナが答える。悠々と歩くその様子からは一切の焦りも見られない。手にした大振りのコンバットナイフに付いた血を布で拭いていた。
 だが、クロエはとある点に気が付いた。ミーナはクロエと同じ近接武器で戦ったのは明白である。それも、クロエよりも短い刃渡りの武器だ。なのにその体のどこにも返り血が付いていない。クロエでさえ初めのトライウルフを両断した際に、頬に返り血が飛んだのに、だ。

(凄い……いったいどんな戦闘技術ならそんなことできるんだろう……沖田総司みたいだ。)

 クロエの驚愕を他所に、ミーナはナイフの血を拭うとそれを空間魔法で収納した。

「さて、まだまだ油断はできません。とりあえず、郷の中に侵入してきたトライウルフはこれで終わりでしょう。」

 ミーナがそう言った瞬間だった。すぐ近くの郷の防壁、丁度トライウルフが叩きつけられた辺り、その土壁がミシリと音を立てて軋んだ。すぐに壁にひびが入る。あっけにとられる三人の前で郷の防壁が大きな音を立てて崩れ落ちた。
 崩壊した壁の向こう、そこにいたのは解放に喜ぶ人々などではなく一頭の中型モンスターと、その後ろに控える多くのモンスターだった。

「あれは、ビッグボアですか。いくら中型モンスターとは言え、あの程度に破壊されるほど柔な防壁ではなかったはずですが……」
「……ご、ごめんなさい。たぶんボクがあそこにトライウルフを殴り飛ばしちゃったから……」

 クロエが冷や汗を流しながら謝る。彼女は背中に感じるミーナとサラの視線が、まるで突き刺さるような感覚を得ていた。

「……まぁ、過ぎたことを責めても仕方ありません。この件については事態が収束してからじっくりと。では、皆さん。参りますよ。」

 ミーナが空間魔法【パンドラ】を発動、亜空間から一振りのハンマーを取り出した。クロエの初めての魔法練習の際に見せたハンマーだった。
 郷の防壁に空いた穴の向こう、先頭に立つビッグボアが一声吠えた。それを鬨の声に背後のモンスターが続々と郷へ侵入してきた。
 今、ここに、エルフの郷始まって以来の戦闘が起きようとしていた。










「クソッ、どれだけいるんだ……!」

 次々と襲い掛かるモンスターを手にした鴉丸や展開した影腕アームで倒していくクロエ。無限ではないにしろその数は到底数える気も起きないほどだった。
 正面から襲い掛かるトライウルフをその脇に一歩、前に出るように避け、すれ違いざまに斬り捨てる。その返す刀で背後から襲い掛かる鳥のようなモンスターを斬り上げた。その時、猫のようなモンスターが足音もなくクロエに近づき、異様に発達したその牙でクロエを突き刺そうと口を開けた。だが、しっかりとそれに気が付いていたクロエは足元の影から影腕アームを展開、猫型のモンスターをつかみ上げそのまま握り潰す。

(このまま一匹ずつ相手にしてたら、それこそ日が暮れるよ……でも、大魔法以上はダメって言われたし、他に何かないか?)

 ただの肉塊となった元・猫型モンスターを他のモンスターに豪速で投げつける。肉と骨などで出来たその即席モンスター球は、2,3体のモンスターに当たり吹き飛ばした。
 クロエは周囲を見回す。このモンスターたちは比較的正気を残しているのか、クロエを取り囲むことには成功したものの、その戦いぶりに攻めあぐねているようだ。
 ふとクロエはその集団の中に、まるで二足歩行のハリネズミと言ったようなモンスターがいることに気が付いた。それを見てピンと閃くクロエ。思い出すのは、前世のインターネットで見たとある絶景である。持っていた鴉丸を目の前のイタチのようなモンスターの顔面に投げ刺すと、クロエは急にしゃがみこんだ。
 モンスターたちは急にしゃがみこんだクロエの行動に疑問を覚えるものの、これを好機と捉え一斉に襲い掛かった。
 だが、モンスターたちは気が付いていなかった。襲い掛かろうと飛び出したその足元、黒く広がるその影に。

「【影創造クリエイト影千本ハリヤマ】!」

 詠唱と共に足元から影の針が無数に飛び出す。その針はクロエにとびかかるモンスターの体を下から次々に突き刺していった。その様子はまるで針山の如く、モンスターの断末魔が周囲に響き渡る。流れる血はまるで池のように溜まっていった。

(よし! だいぶ数が減ったな。でもまだいる……初陣からこれはキツイな。)

 クロエは改めて鴉丸を展開。正眼の構えで油断なく周りを見回すのだった。










「【矢の雨アローレイン】!」

サラの魔法が放たれた。魔力で出来た矢を天高く放つ。矢は空中で弧を描き、幾重にも分裂して地上のモンスターを貫いていった。

「よしっ、クロエさんは……」

 サラがクロエの方を見る。視線の先、クロエは自身の魔法をうまく活用して多くの敵と渡り合っていた。目の前を一体一体斬り捨てていく傍ら、囲まれたときは魔法でまとめて殲滅する。師匠が優秀なのか、その戦いぶりは初陣とは思えないものであった。

(流石ですわね。これなら安心ですわ。)

「お嬢様、こちらは大体片付きました。」

 ミーナがそう言いながら近づいてきた。動きづらいであろうロングスカートを物ともせず、傷一つ、返り血一つすら浴びずに敵を倒し切ったようだ。

「そうですか。ご苦労様ですわ。」
「とんでもない。お嬢様の弓捌きもますます磨きがかかっておりますね。」
「モンスターのレベルが低いからですわ。魔物も確認していませんし、これならクロエさんの経験になるでしょう。」

 サラの言葉通り、先ほど侵入してきたモンスターは総じて強力なものではなく、唯一郷の防壁を破ったビックボアも、すでにミーナの手によって肉塊と化している。

「ミーナ、もうこの辺りは大丈夫そうですわ。中央の方は大丈夫ですの?」
「そうですね……私も立場としては大長老様の秘書兼身辺警護長ですし、この緊急事態に不在はマズいですね。申し訳ありませんが少し失礼させていただきます。」

 ミーナはそういうと一礼し、とても素早い所作で走り去っていった。サラがその姿を見送りクロエの方を見る
 サラの視線の先、クロエは丁度目の前のモンスターを仕留めたところだった。最後の一匹だったのか、クロエの周りに敵の影はない。サラの視線に気が付いたのか、クロエが手を振ってサラの下へ駆け寄ってくる。

「サラさーん! 終わりました!」

(あぁもう! そんな可愛い笑顔をこんな屋外で振りまくだなんて! 周りの人が全員避難しててよかったですわ! それにしてもホンット可愛いですわね。たまには一緒にお風呂でも……)

 サラがそんな考えを巡らせていた。それはひとえに油断だったのだろう。今までの敵がみな雑魚だったからと言って、全てがそうとは限らないのに。
 サラの下へ向かうクロエの背後、不意に空中から飛来する巨大な影が現れた。今までの敵とは明らかに違うその雰囲気、まるで神話に登場するかの如しその巨体、天を覆いつくすほどの大きさの翼。
 だが、何よりも違うのはその体から感じる魔力である。一般的にモンスターはただの動物と同じ、魔力を持たない存在である。モンスターの中には魔法としか思えない生体を持つものも存在するが、それらはすべて何かしらの物理法則下で行われる現象にとどまる。だが、その枠に収まらないものがいる。魔力を取り込み変異した存在、それが魔物だ。
 魔物は魔法を使う。変異前のモンスターとの戦闘力は段違いだ。魔物は魔力を取り込んで魔物になるか、または魔物から生まれることで魔物となる。
 今、クロエの背後に降り立った魔物は、今までクロエが相手にしていた中型の鳥型モンスターのジャングルホークの魔物化個体だ。その着地の衝撃だけでクロエの体がよろめいた。だが、クロエはその衝撃に片膝をつきかけるも、すぐに刀を握り直し果敢にも目の前の魔物グランドホークへ斬りかかった。
 だが、その刀はグランドホークの硬い爪で受け止められた。器用にもそのままクロエから刀を奪う。

「――ッ! クロエさん魔法です!」

 サラがそう言って風属性の中魔法、【疾風中魔法ゲルネス】を放つ。だが、相手も強力な魔物。中魔法程度の魔法ではびくともしなかった。

(クッ……いけません、このまま被害を気にしていたらこちらがやられてしまいますわ。)

 サラが焦り始めたその時、突然遠くからフォークのような三叉の槍が飛んできた。グランドホークが慌てて飛んでそれを躱す。

「変な魔力を感じて引き返してみたら……なんと、グランドホークだとは。一体どういうことです?」
「ミーナ! 助かりましたわ!」

 ミーナが引き返してきた。飛来したグランドホークに驚きつつも冷静に場を見極めている。

「クロエさん! 一度退いてください! 体勢を立て直しますよ!」

 ミーナがクロエに向かってそう言った。サラも絶えず矢を放ちクロエの退路を確保しようと試みる。
 不意にグランドホークが首を上にもたげた。クロエがその行動にうろたえる。

「――! クロエさん、いけません早く退いてください!!」

 ミーナが焦ったように叫んだ。「え?」とクロエが振り返るも、すでに時遅し。「キェェエエエエ!」と言う見事な化鳥音と共にグランドホークの口からガスのようなものが吐き出され、クロエを包み込んだ。

「わぷ! う……ゴホッゴホッ!」

 咳込むクロエ。ガス自体はすぐに風に運ばれ消えるも、そのガスを吸ってしまったクロエの様子がおかしい。

「ケホッ! え……ひっ!?」

 急に目の前のグランドホークに異常なまでの恐怖を感じたように、顔を青ざめさせた。手に持っていた刀を取りこぼし、そのまま尻餅をついてしまう。
 グランドホークが吐いたガスは魔力を含んだ特別なガスだった。吸い込んだものの魔力バランスを狂わせ、その精神までを狂わせる。目の前の何でもないものにすら恐怖を覚え相手の反抗心をへし折るものだ。

「クロエさ……って、お嬢様!?」

 ミーナが珍しく驚いたような声を上げた。ミーナがクロエを案じる声を上げたときにはすでにサラは駆け出していたのだ。グランドホークに怯えるクロエは、止めとばかりに振り上げられたその足爪をただただ震えて見上げていた。

(――間に合え、間に合えッ!!)

「キャッ!? ……え?」
「良かった、間に……合いました、わ……」

 思わず悲鳴を上げて目をつぶったクロエ。だが、不意にその体が暖かなものに包まれたのだ。恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは優しく微笑むサラの顔だった。
 だが、その額からは汗がとめどなく流れている。不意にサラが咳き込んだ。「ゴホッ」と言う声と共に、クロエの頬に生暖かい物を感じる。

「え……ち、血……?」

 クロエの顔が驚愕にゆがむ。サラの背中、そこにはグランドホークの足爪が深々と突き刺さっていたのだ。ズルリとその爪が引き抜かれると、サラの体から力が抜けクロエにもたれ掛かった。

「サ、サラ、さん……? サラさんっ!!」

 クロエが涙を流しながらサラの体を支える。だが、サラは途切れ途切れで、声にすらならない。その様子がよりクロエの心をかき乱すのだ。
 グランドホークが改めて止めを刺すため、再び足爪を振り上げる。だがそれにもクロエは気づけずにいた。










 ミーナは激怒した。普段感情を表に出さない性格の彼女をして、その憤怒はあふれ出ている。その怒りは自身の大切な人を傷つけた魔物に対しては勿論の事、それを防げなかった自身にも向けられていた。

(メイドを名乗っていながら何たる不始末! 全ては先の予想が足りなかった私の不手際。だが、反省は後だ。まずは……)

「――まずは、貴様を殺してからだ。」

 怒りに身を任せ、そのダークエルフの身体能力を最大限に、地を踏みしめる。爆発的な推進力に脚力による加速を更に加え、握りしめた拳をその振り下ろされる足に叩きつけた。

「グギャァアッ!?」

 叫び声を上げて吹き飛ぶグランドホーク。今までのどこか余裕を見せる姿は一転、悠々と歩み寄るミーナに怯え、雷属性の小魔法【雷撃小魔法ラジト】を連続で撃ってきた。

「下賤な魔物の分際で、お嬢様に傷負わすその大罪……楽に死ねると思うなよ?」

 空間魔法【パンドラ】を使ってズルリと取り出したのは、ミーナの身の丈ほどの大きさもあるペンチのような代物だった。明らかに重そうなそれをミーナは片手で軽々と振り回し、グランドホークの放つ【雷撃小魔法ラジト】を弾いていく。

「まずは、そのオイタをした爪を剥がしましょう? 貴様にそんなものはいらない。」

 そう言い捨てると、ミーナはペンチの持ち手を両手で持ち左右に開いた。そしてそのまま、先ほどのパンチのダメージで動けないグランドホークの大きい足爪を挟むと、力任せに爪を剥がしとった。

「グギャアッ!?」

 痛みに声を上げるグランドホーク。だが、ミーナは薄っすらと微笑みを浮かべるばかりでその手を止めはしない。

「黙りなさい。貴様も魔物の端くれならばがわかるだろう? そら、少し力を解放してやる。わかったらその汚い口を開くな。」

 ミーナの言葉にグランドホークのくちばしが閉ざされた。だが、それはグランドホークの意思ではないようだ。突然開けなくなったくちばしに混乱しながら、くぐもった叫び声を上げる。その間も、ミーナによるグランドホークの生爪はがしは残酷なほどじっくりと行われていた。

「ほら、仕上げです。体勢を変えなさい。愚図ですね、ほら!」

 ミーナがペンチでグランドホークを殴りつけ無理やり体勢を変えさせる。すでにグランドホークは先ほどの拷問で意識がなかった。だが不幸にも、その殴りつけられた衝撃で半端に覚醒してしまった。気が付くと自身の首はペンチの間に挟まれている。
 魔物は一般的にモンスターよりも高い知能を持つとされる。無論個体差はあるが、その魔力量と知能は比例の関係にある。だからだろうか、グランドホークはその中途半端な知能で何をされるか理解してしまった。
 ――今から行われるのは、自身の断頭ショーだ。

「お嬢様に手を出したこと、クロエさんに恐怖を与えたこと。己のその愚行を悔いたまま、この世から消えろ。」

 ミーナはそう吐き捨てると、ペンチの握り手から魔力を流し込んだ。エネルギーを流されたペンチは、ミーナの腕力を増強してそのギロチンを下ろすのだった。

「では、さようなら。」

ゴトリ、と落ちるグランドホークの首。だが、ミーナはそんなものに一切目をくれずクロエとサラの下に駆け寄る。ミーナが遠くから観察する限り急所は外れているようだ。
サラの下へ到着したミーナは、すぐに診察に取り掛かる。ミーナの予想通りその傷はうまく急所を外れていた。

(よし、これならば手持ちの回復薬(ポーション)で十分に治る。)

 そう思ったミーナはサラに抱き着いてカタカタと震えるクロエに向かって話しかけた。

「クロエさん、ご安心ください。急所は外れておりました。これならばすぐに治りますよ……クロエさん?」

 だが、ミーナの呼びかけにクロエは答えなかった。サラの流す血に自身が染まることも厭わずに、ひしと強くサラを抱きしめている。俯く表情は分からないが、どうやら何かを呟いているようだ。ミーナが耳を傾ける。

「……せいだ。ボクのせいだ。ごめんなさい、ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったんです。ごめんなさい。ボクのせいだ。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 クロエはまるで精神が壊れたかのように、ただひたすらブツブツと謝罪の言葉を繰り返していた。ミーナが慌てて言葉を重ねる。

「ち、違います! クロエさんは悪くありません! この郷を襲ったのはモンスター、お嬢様を傷つけたのは魔物ではないですか!」
「……モンスター……魔物……」

 ふと謝罪の言葉を止め、ポツリとつぶやくクロエ。その言葉に疑問を呈そうとミーナが口を開きかけたその時。郷の防壁にぽっかりとあいた大穴からモンスターたちが続々と侵入してきた。見るとその中には魔物の姿もある。どうやら、郷の防壁沿いに侵入口を探していた集団がたどり着いてしまったらしい。

「チッ、こんな時に……!」

 一体どこまで邪魔をすれば気が済むのか。ミーナの心はここ最近類を見ないほどに騒いでいた。

(なぜ今日に限ってここまで大量のモンスターが来襲する!? しかも、普段は郷を襲わないような魔物たちまで。一体なにが起きていると言うの……!? しかし、そんな文句を言っている場合じゃない。まずは……)

「クロエさん、敵の第二波のようです。このままの状態では非常に危険です。さ、お嬢様を治療しますので、その手をお放しください。」

 ミーナの言葉に、クロエはサラを抱きしめる手をほどき、ゆらりと立ち上がった。ミーナがほっとしてクロエの顔を見あげると、そのクロエの顔、そこにはおよそ感情と言う物が見られなかった。まるで虚無のような虚ろな瞳は、郷に侵入するモンスターや魔物をとらえて離さない。
 不意にクロエが魔力翼を展開し宙に浮かび上がった。郷に保護されて3週間ほど、その間に彼女は飛行を習得していたのだ。だが、まだ浮かび上がるのが精いっぱいだったはずである。それなのに彼女は今、まるで何百年も飛び続けて来たかのようにごく自然な姿で宙を滑っていく。
 だが、ミーナはクロエの別の部分に驚き絶句していた。それはクロエのまとう雰囲気、そして垂れ流し状態になっているその魔力だ。雰囲気はおどろおどろしく、その魔力はまるで押しつぶすかのような圧力を伴っていた。

「ク、クロエさん……?」
「あいつらが、ボクの……ボクの……ボク? いや、妾(わらわ)の大切なものを、傷つけたのか……? 許さん……許さんぞ!」

 クロエの雰囲気が一変する。それと同時にその見た目にも変化が現れた。クロエの頭上、そこにまるで浮かび上がるかのように漆黒の輪が浮かび上がる。それはまるで天使の光輪のようだ。背中の翼はその枚数を三対、六枚に増やした。白銀の髪の毛先が黒く染まる。ミーナの位置からは見えにくいが、その頭からはまるで悪魔のような角が生えていた。

(あ、あの姿は何です……!? 見た目の特徴は悪魔族(デーモン)ですが、頭上の輪と六枚翼……あれはまるで、神話にある神族ではないですか……)

 クロエの豹変に、残されたミーナはただただ混乱するしかなかったのだった。


―続く―
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