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第四章:犠牲の国・ポルタ

第78話

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 エリーの突然の告白に、クロエとサラは呆気に取られてしまった。数秒間の沈黙の後に、ようやくクロエが口を開く。

「え、えっと……エリーさんは、その、吸血族《ヴァンパイア》なんですか?」
「ええ、そう言ってるじゃない。何よ、信じられないの?」

 エリーが少し眉をひそめながらそう言った。クロエが慌てて否定する。しかし、とっさに信じられなかったのも無理はないだろう。
 吸血族《ヴァンパイア》は、世界でも稀少な魔族の一つである。その個体数は世界でも4桁に届かないとも言われている程だ。普通に出会う確率はほぼゼロに等しいのである。それもこんな陽の下で、だ。なぜそんな珍しいのか、それは彼らの不老性と強大な力に起因する。
 彼らは総じて強大な魔力を持っている。その力はギルドで換算するならAランクは間違いない。滅多なことでは死なない強靭すぎる肉体に再生力、そして半永久の寿命。その代わりに彼らが子を成す事は滅多にないらしい。そのせいか、悪行を働いた一部の吸血族《ヴァンパイア》がハンターらの死力をもって滅殺された以外は数も減らず増えずとなっているらしい。
 クロエはまだエルフの郷にいた頃、ミーナからこの吸血族《ヴァンパイア》についてよく学んでいたのだ。クロエはその頃、ミーナから悪魔族《デーモン》ではないかとさ推測されていた。故に可能性として関係する強力な種族を重点的に学ばされていたのである。

(すごいなぁ……まさか、こんなところで吸血族《ヴァンパイア》の人に会えるなんて。しかもギルド所属だなんて、この人ぐらいじゃないのかな?)

 しかし、彼女が吸血族《ヴァンパイア》であるならば、剣を握る手が燃え盛るのも納得がいく。彼女の説明に依るならば、彼女の持つ双剣は高い光の属性を持つのだろう。吸血族《ヴァンパイア》の特性として、光属性の魔力を受けるとその個人の属性に関わらず攻撃を受けた箇所が燃えて灰になると言うものがあるからだ。その魔力が低ければ再生して終わりだろうが、度が過ぎれば死んでしまう。
 となると納得がいかないのは、なぜ彼女がそんな武器を持っているかと言う点である。今まさに彼女の持つ武器はまさに諸刃の剣である。むしろ彼女に対してのダメージの方が大きかろう。実際、彼女の両手はあふれでる光の魔力に燃やされ、しかし再生しての繰り返しを超高速で行っているのだろう。
 どうしても納得がいかなかったクロエは、恐る恐る口を開いた。

「あ、あの……何でそんな武器を持っているんですか? 相性最悪ですよね?」

 クロエの疑問にエリーは武器を元の十字架に戻すと、自身の両手をプラプラと降った。その両手は炎に燃やされ炭化している。だが次の瞬間には、まるで逆再生を見ているかのようにその手はあっという間に元の姿に戻ってしまった。

「見たでしょ? アタシ、吸血族《ヴァンパイア》の中でも特に再生力が高いのよ。だからこれを使っているの。」
「えっと……つまり?」
「だから、アタシの武器光十字リュミエールは高い光属性の魔力を持つ宝珠武器なのよ。それこそ、アタシ達みたいな吸血族《ヴァンパイア》なら触れただけで灰になるほどのね。でも、アタシなら再生能力が高いからこれを装備できる。これなら一般的に不死と言われてる魔物や魔族も殺せるわ。それこそ、吸血族《ヴァンパイア》でも、ね。」

 エリーはそう言うと空気を換えるようにパンパンと二回手を打った。そして腰に手を当てて「分かった?」とでも言いたげな表情でこちらを見ている。

「という事は、あなたはそう言った相手……吸血族《ヴァンパイア》を専門に戦っている訳ですの?」

 サラが尋ねた。サラもクロエと同じように吸血族《ヴァンパイア》についてはミーナから教わっている。だからこそ、一つの疑問を抱いたのだ。何故、世界でも稀少と言われている吸血族《ヴァンパイア》を、同じ吸血族《ヴァンパイア》が殺せると発言したのかだ。
 サラの疑問にエリーは緩く首を振って否定した。

「違うわ。別に同族殺し専門って意味じゃないの。確かに何回か同族は殺したわ。でもそれは、ギルドでも懸賞金がかけられていた相手なのよ。と言うより、そのことを知ってギルドに懸賞金をもらいに行ったら、スカウトされてギルドに入ったのよ。普段は普通にギルドの任務を受けながら国を転々としてる。」

 するとエリーはそこでクロエをチラリと見やった。しかしすぐに視線を戻すと言葉を続け始める。

「……アタシには、一つ目標があるの。それを成し遂げるためには、ギルドは丁度良かったわね。」
「目標、ですか?」
「そう、目標。いや、悲願って言っても良いかしらね。」

 そこまで話したエリーは突然、目眩でも得たかのように片手で頭を抱えた。プルプルと頭を軽く振る。よく見るとその表情は真っ青だ。クロエが心配して声をかける。

「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ……でも、ちょっと日差しがきついわね。もうこれでお暇するわ。」

 エリーは日傘を開くと商店の軒先の日陰から、意を決したように歩き出そうとした。しかし、その足取りはフラフラとして覚束ない。クロエはこの世界における吸血鬼を言う存在を良く知らないが、どうやら前世における吸血鬼と同じ弱点を抱えていることは見て取れた。
 さっとエリーの手を取って自身の肩に置いたクロエは、心配そうな声でエリーに声をかける。

「無理しないでください。フラフラじゃないですか。」
「だ、大丈夫よ。これくらい、どうってことないわ……」
「そんな真っ青な顔と千鳥足で言われても説得力ないです。サラさん、ボクこの人送っていくよ。」
「そうですわね……確かにその様子だと心配ですわ。」
「うん、ミーナさんが帰ってきたら事情を説明しておいてくれる? 何か連絡があったら【魔力念話《テレパス》】で伝えて。」
「分かりましたわ。お気をつけて。」
「な、何よ……別にアタシは平気だって言ってるのに……で、でも、その……ありがと。」

 エリーが照れたように小さな声でポソッとお礼を言った。その様子にクロエとサラは満足げに微笑んだ。その二人の表情にエリーが声を上げる。

「な、何よ! 何かおかしい!?」
「いえいえ、別に?」
「ええ。意外と可愛らしい一面もあるんですわね、なんて思ってませんわ。」
「フ、フン……アタシの宿は南区画の場所にあるわ。南区画にはそこしか宿がないから、最悪人に聞けば分かるから……」

 そこまで言ったエリーはもう限界とばかりに目を伏せて口を噤んだ。その様子はまるで、限界まで飲み明かした翌日の二日酔い状態のようである。とても辛そうだ。

「じゃあ、サラさん。行ってくるよ。」

 クロエはそう言うとエリーをおぶさって歩き出した。いくらクロエが見た目十歳前後の見かけとは言え、その実人外の身体である。エリーのような細身の女性一人、おぶさって歩くのは訳ないのである。
 クロエの姿が見えなくなるまでその姿を見つめていたサラだったが、クロエの姿が街角に消えて数分後、ミーナが戻ってきた。

「おや、まだこちらにいらっしゃったのですか。こちらは北区画にあるギルドと提携している騎士団詰所近くの宿が取れましたよ。……おや? クロエさんはどちらに?」
「あら、ミーナ。実はですね……」

 サラはミーナにこれまでのいきさつをかいつまんで話し出した。ミーナは相槌を打ちつつそれを聞く。一通り話を聞き終わった後に、満足そうに頷いて口を開いた。

「そうでしたか。それはまた珍しい方にお会いしましたね。吸血族《ヴァンパイア》の方は本当に稀少ですから。しかし、吸血族《ヴァンパイア》、ですか……」
「何かあるんですの?」
「いえ、先ほど歩いていた折に少し気になる事を耳に挟みまして。立ち止まっていても仕方ありません。まずは中心区画の商店街へ向かいましょう。その道中でお話いたします。」

 そう言うとミーナが歩き出した。サラもそれに続く。二人の歩く先は北区画から南方向、クロエの後を追うような道だ。
 しかしまさかこの時、こうして分かれたことが後に起こる事件のきっかけになろうとは、サラたちは無論の事、クロエすらも予想だにしなかったのであった。


 ―続く―
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