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第四章:犠牲の国・ポルタ
第103話
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瞬間咎人は三人の前にいた。驚く三人だったが、とっさの判断が生死を分ける。クロエは影腕《アーム》を展開し自身を投げて咎人から距離を取った。その時にサラを同時に持つことも忘れない。
ミーナは【パンドラ】を咎人の真上に展開する。そしてその中から直径一メートルはあろうかと言う丸太を叩き落した。咎人はそれを右手一本で受け止めた。その様子には余裕が見て取れる。その間にミーナも距離を取っている。すでに【パンドラ】からいつものハンマーを取り出していた。
そして距離を取ったサラとクロエの内、サラが遠くから矢を番《つが》え射った。風を魔力で操り威力を底上げしている。クロエは翼を展開すると、大講堂の空中に躍り出た。
右手で巨大な丸太を支える咎人は胴体ががら空きだった。そこへサラの矢が連続で届く。魔法でなくてもハイエルフとして矢の扱いは一流であるサラの弓射だ。効果的に人体の急所を狙っていた。
しかし、咎人の体表に突き刺さった矢群は、まるで泥にでも突き刺さったかのように手ごたえの無い様子である。ぬぷぬぷと気味の悪い動きで突き刺さった矢が床に落ちた。
咎人が丸太を掴む右手に魔力を込めた。すると次の瞬間、立派だった丸太は水分を過剰に吸ったかのようにふやけると、ぐずぐずに腐り、気味の悪い液体になってしまった。そして蒸発して消えた。
(厄介な……腐食の魔法ですか? 触れられるのはマズいようですね。)
ミーナが再び【パンドラ】を展開し、その中からもう一本ハンマーを取り出した。両手にハンマーを構え咎人を睨みつける。視線を感じたのか、咎人はパックリとあいた口を三日月のように歪め釣り上げると、ミーナの方へ体を向けた。
「――どこ見てるんだよ!」
空中からクロエの声が聞こえてきた。その声に咎人が顔を上げるよりも早く、天井を蹴って加速したクロエが超高速で急転直下。咎人の脳天深くにナイフを突き刺した。そして攻撃はそこで終わらない。体を前に折った反動を使って背面に飛び降りる。それと同時に突き刺したナイフを引き抜き、体を回転させて首を斬った。着地と同時に心臓と思われる場所に再びナイフを深々と刺すのも忘れない。これが人間でなくても大体の相手は死ぬだろう。
しかし咎人は死ななかった。クロエの開けた脳天の穴と首の切り傷はパックリとあいているが、そこから血などは出ていない。むしろ、ぐじゅぐじゅと蠢き不穏な様子を見せている。クロエは嫌な気配を感じた。
クロエの予感は的中した。クロエ自身が付けた傷、そこからどす黒い液体が噴出した。それは意志を持つかのように空中で方向を変え、クロエを飲み込もうと振り注いだ。しゃがみこんでいたクロエはとっさに動くことが出来ない。
しかしその時、降り注ぐ液体を巻き込むかのようにハンマーが回転しながら飛んできた。液体は姿を変えて手の形になる。咎人はその手でハンマーをのけぞりながらも受け止めた。
その間にクロエは咎人から距離を取った。クロエに言葉がかかる。
「クロエさん!」
クロエは飛んできたナイフ二本を、そちらの方を一切見ずに影腕《アーム》でうけとった。咎人の身体に残して来たナイフの代わりなのだろう。ミーナが投げたものである。クロエは逆手でそれを構えた。ミーナと共に油断なく咎人を見据える。咎人は少なからずダメージがあったのだろうか、ハンマーを受け止めたまま動かない。
「ミーナ、矢にまだ余裕はありますの!?」
「お任せください。一個師団分は揃えております。」
「それを聞いて安心しましたわ! あれをやりますわよ。千枚通しの用意は?」
ミーナがハンマーを床へ思い切り叩きつけた。床へハンマーを固定すると【パンドラ】から長大なランスを引きずり出す。ミーナが「千枚通し」と呼ぶ投擲槍だ。
「――いつでも。」
「風よ、構え。」
風が渦巻く竜のようにのたうった。そして矢筒の矢をすべて巻き上げる。巻き上げられた矢は渦巻く風に整えられて、等しく一方向へ矢じりを向けた。それはまさに意思を持った矢群である。
サラは弓を構え、一本だけ手に持ち残っていた矢を番えて引き絞った。そして言葉をつむぐ。
「集え、向かえ。我が一矢《いっし》の軌跡をたどれ! 【竜の矢】!」
サラが引き絞った矢を咎人へ向けて放った。その矢を追うように、風によってまとめられた矢群が超高速で飛ぶ。先に放たれた矢はようやく動き始めた咎人の胸の中心に突き刺ささった。そして、それを目標に飛んできた矢群が咎人の身体を包み込む。
矢の勢いと風が、咎人の身体を徐々に押し、そしてそのまま体を持ち上げた。その勢いのままに咎人の身体を大講堂の壁に叩きつける。咎人は動こうにも次々と突き刺さる矢の前にどんどん動きを制限された。そして風が止む頃、すでに咎人の身体は矢群によって壁に縫い付けられていた。そしてそこにミーナの追撃が届く。
「起動。」
ミーナの持つ投擲槍からプラズマが散った。電撃をまとう投擲槍を振りかぶり、そしてそのまま咎人へ向けて投げつける。一直線に飛んだ投擲槍はガパリと開いた咎人の口を貫通した。
「トドメです。」
ミーナがパチンと指を鳴らした。それを合図に起動槍が残されたエネルギー全てを電撃に変えて放出した。電撃は咎人の身体に突き刺さった金属製の矢じりに導かれるように咎人の身体を焼き尽くしていく。これがサラとミーナの合わせ技である。エルフの郷の外の森、そこで強力な魔物が発生した時に時々使っていた技だ。木々の連なる森の中では使えない、条件が絞られた技であるが、これで仕留められなかった魔物はいない。
「流石に、結構削りましたわよね……?」
「そう信じたいものですが、果たして――ッ!?」
電流が巻き起こした煙の向こうから、ミーナが先ほど投げたハンマーが飛んできた。恐るべき速度、その先にいたサラはハンマーを知覚するするので精一杯だった。
「危ない!」
ミーナがサラを突き飛ばし、ハンマーの前に躍り出た。速度重視の為に地面に突き立てたハンマーは持っていない。【パンドラ】から武器を出す暇もなく、ミーナは飛んできたハンマーを食らってしまった。
「――ッ!」
ミーナが声もなく吹き飛んだ。
「ミーナ!」
「ミーナさん!?」
二人は声を上げた。そしてミーナが吹き飛んだ方を見る。吹き飛ばされたミーナは何とか勢いは殺したようだが、平静の彼女らしからぬボロボロの姿で大講堂の柱に叩きつけられていた。飛んできたハンマーを杖に立っているが、その表情は険しく口からは血が流れている。
「ミーナ、大丈夫ですの!?」
「お嬢様、前をッ!」
「――え?」
サラが振り返った先、目の前に咎人がいた。サラはとっさの反応で森林の旋風を体の前に挟む。
咎人が腕を横なぎに振るった。実にぞんざいな、軽い動作である。しかしサラは体を大きく曲げ、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。床を一度バウンドし、ベンチを粉々にして止まる。痛みにうめき声をあげ立ち上がろうとするが、顔を上げるだけで精一杯のようだ。
「お、お嬢様ッ!」
ミーナがサラの下へ行こうとするが、先ほどのダメージなのだろう。目眩を起こしたかのようにふらついて膝をついた。
その間にも咎人は人体工学を無視した動作でサラに近寄った。サラは鋭い目つきで咎人を見上げ睨みつけるが、体が言う事を聞かない。
咎人が右手を掲げた。人と同じような真っ黒な手がグニャグニャと歪《ゆが》み、歪《いびつ》な斧のような形をとる。まるで、そのままサラを真っ二つにしようとでも言うかのようだ。
「――やめろォッ!!」
翼を展開したクロエが鋭い動きで咎人へ飛び掛かった。右手を振りかぶり背後から伸ばした影を殴りつける。
「【影創造《クリエイト》】、影腕《アーム》・巨腕《グランデ》!」
影から出現した巨大な影腕《アーム》が咎人を殴りつけた。しかし、咎人を殴りつけた影腕《アーム》はまるで吸い込まれるように、いや実際吸い込まれたのだろう。目を疑うような光景だが、はるかに小さい咎人に吸い込まれてしまった。
「な――!? チッ!」
舌打ちをしたクロエが急いで影腕《アーム》との接続を切った。残った影腕《アーム》は霞のごとく消えるが、その大部分は咎人に吸収されてしまった。クロエはとっさの事に、闇属性の魔法を使ってはいけないことを忘れてしまっていたようだ。
翼をはためかせ空中で急ブレーキをかけたクロエだが間に合わず、咎人の近くにまで寄ってしまった。体勢も崩してしまっている。咎人はその隙を見逃さなかった。クロエの右足を掴むと、ぐるんと回して大講堂の扉へ投げつけた。
「ッ、アアアアッ!!」
扉に打ち付けられたクロエだったが、どうやら扉は闇属性の物を封じる類のものだったようだ。それは咎人を封じるのに絶大な効果を発揮するのと同時に、クロエへの大ダメージを与えてしまった。全身に電流を流されたように身体を痙攣させたクロエは、そのままずるずると床に落ちた。その身体からは軽く煙が上がっている。
「う……ぐ、うぅ……」
クロエを投げ飛ばした咎人は、自身の身体をかき抱くように体を縮めた。そして次の瞬間、まるで爆発するかのようにその身体は肥大化した。その体躯は建物の二階建て部分まで届いている。クロエの芳醇な魔力を吸収した結果だろう。吸血姫が美味しそうと言ったのは伊達ではない。
三人はそれぞれボロボロになりながらも、何とか立ち上がった。ミーナが【パンドラ】を展開し、クロエとサラそれぞれの手元に回復薬《ポーション》を届けた。二人はほとんど浴びるように回復薬《ポーション》を飲む。ミーナも自身様に回復薬《ポーション》を取り出すとそれを摂取した。
何とかある程度回復した三人はそれぞれ一か所に集まった。そして油断なく巨大化した咎人を睨みながら会話を交わす。
「クロエさん、あれだけ闇属性の魔法はお控えくださいと申しましたのに。」
「ご、ごめんなさい……。サラさんがピンチだったから、つい……。」
「そう責めないでくださいな、ミーナ。あそこでクロエさんの助けがなければ、私は真っ二つでしたもの。」
「それもそうですが。まぁ、過ぎた事です。しかし、これは……」
咎人を見上げたミーナが言葉を失った。目の前のそれは先ほどまでのギリギリ人間状態であった先ほどまでと違い、もはや化物のそれとなっている。クロエの魔力が高すぎたのだろうか、肥大化した身体は機動性が低そうである。しかしその力は恐らく先ほどまでとは比ぶべくもないのだろう。体のあちこちから伸びる気色の悪い触手群は、太くぬらぬらと揺らめいている。
「あれに捕まりたくはないなぁ……」
クロエが心底嫌そうな顔をした。誰でもそうであろう。しかし改めて声に出さずにはいられないらしい。
「不幸中の幸いでしょうか、敵はあそこから動く気配はなさそうです。なんとか削りましょう。」
「クロエさん、気を付けてくださいね。あれ以上クロエさんの魔法を与えるのは危険ですわ。」
クロエは無言で頷いた。三人は改めて咎人を見上げる。もしここで負ければ、この化け物は大聖堂の外へ出てしまう。そうなれば標的となるのは何の罪もないポルタの国民たちだ。それだけは避けなければならない。
「行こう、ラストスパートだ。」
クロエの声を合図に、三人は戦いを再開した。
―続く―
ミーナは【パンドラ】を咎人の真上に展開する。そしてその中から直径一メートルはあろうかと言う丸太を叩き落した。咎人はそれを右手一本で受け止めた。その様子には余裕が見て取れる。その間にミーナも距離を取っている。すでに【パンドラ】からいつものハンマーを取り出していた。
そして距離を取ったサラとクロエの内、サラが遠くから矢を番《つが》え射った。風を魔力で操り威力を底上げしている。クロエは翼を展開すると、大講堂の空中に躍り出た。
右手で巨大な丸太を支える咎人は胴体ががら空きだった。そこへサラの矢が連続で届く。魔法でなくてもハイエルフとして矢の扱いは一流であるサラの弓射だ。効果的に人体の急所を狙っていた。
しかし、咎人の体表に突き刺さった矢群は、まるで泥にでも突き刺さったかのように手ごたえの無い様子である。ぬぷぬぷと気味の悪い動きで突き刺さった矢が床に落ちた。
咎人が丸太を掴む右手に魔力を込めた。すると次の瞬間、立派だった丸太は水分を過剰に吸ったかのようにふやけると、ぐずぐずに腐り、気味の悪い液体になってしまった。そして蒸発して消えた。
(厄介な……腐食の魔法ですか? 触れられるのはマズいようですね。)
ミーナが再び【パンドラ】を展開し、その中からもう一本ハンマーを取り出した。両手にハンマーを構え咎人を睨みつける。視線を感じたのか、咎人はパックリとあいた口を三日月のように歪め釣り上げると、ミーナの方へ体を向けた。
「――どこ見てるんだよ!」
空中からクロエの声が聞こえてきた。その声に咎人が顔を上げるよりも早く、天井を蹴って加速したクロエが超高速で急転直下。咎人の脳天深くにナイフを突き刺した。そして攻撃はそこで終わらない。体を前に折った反動を使って背面に飛び降りる。それと同時に突き刺したナイフを引き抜き、体を回転させて首を斬った。着地と同時に心臓と思われる場所に再びナイフを深々と刺すのも忘れない。これが人間でなくても大体の相手は死ぬだろう。
しかし咎人は死ななかった。クロエの開けた脳天の穴と首の切り傷はパックリとあいているが、そこから血などは出ていない。むしろ、ぐじゅぐじゅと蠢き不穏な様子を見せている。クロエは嫌な気配を感じた。
クロエの予感は的中した。クロエ自身が付けた傷、そこからどす黒い液体が噴出した。それは意志を持つかのように空中で方向を変え、クロエを飲み込もうと振り注いだ。しゃがみこんでいたクロエはとっさに動くことが出来ない。
しかしその時、降り注ぐ液体を巻き込むかのようにハンマーが回転しながら飛んできた。液体は姿を変えて手の形になる。咎人はその手でハンマーをのけぞりながらも受け止めた。
その間にクロエは咎人から距離を取った。クロエに言葉がかかる。
「クロエさん!」
クロエは飛んできたナイフ二本を、そちらの方を一切見ずに影腕《アーム》でうけとった。咎人の身体に残して来たナイフの代わりなのだろう。ミーナが投げたものである。クロエは逆手でそれを構えた。ミーナと共に油断なく咎人を見据える。咎人は少なからずダメージがあったのだろうか、ハンマーを受け止めたまま動かない。
「ミーナ、矢にまだ余裕はありますの!?」
「お任せください。一個師団分は揃えております。」
「それを聞いて安心しましたわ! あれをやりますわよ。千枚通しの用意は?」
ミーナがハンマーを床へ思い切り叩きつけた。床へハンマーを固定すると【パンドラ】から長大なランスを引きずり出す。ミーナが「千枚通し」と呼ぶ投擲槍だ。
「――いつでも。」
「風よ、構え。」
風が渦巻く竜のようにのたうった。そして矢筒の矢をすべて巻き上げる。巻き上げられた矢は渦巻く風に整えられて、等しく一方向へ矢じりを向けた。それはまさに意思を持った矢群である。
サラは弓を構え、一本だけ手に持ち残っていた矢を番えて引き絞った。そして言葉をつむぐ。
「集え、向かえ。我が一矢《いっし》の軌跡をたどれ! 【竜の矢】!」
サラが引き絞った矢を咎人へ向けて放った。その矢を追うように、風によってまとめられた矢群が超高速で飛ぶ。先に放たれた矢はようやく動き始めた咎人の胸の中心に突き刺ささった。そして、それを目標に飛んできた矢群が咎人の身体を包み込む。
矢の勢いと風が、咎人の身体を徐々に押し、そしてそのまま体を持ち上げた。その勢いのままに咎人の身体を大講堂の壁に叩きつける。咎人は動こうにも次々と突き刺さる矢の前にどんどん動きを制限された。そして風が止む頃、すでに咎人の身体は矢群によって壁に縫い付けられていた。そしてそこにミーナの追撃が届く。
「起動。」
ミーナの持つ投擲槍からプラズマが散った。電撃をまとう投擲槍を振りかぶり、そしてそのまま咎人へ向けて投げつける。一直線に飛んだ投擲槍はガパリと開いた咎人の口を貫通した。
「トドメです。」
ミーナがパチンと指を鳴らした。それを合図に起動槍が残されたエネルギー全てを電撃に変えて放出した。電撃は咎人の身体に突き刺さった金属製の矢じりに導かれるように咎人の身体を焼き尽くしていく。これがサラとミーナの合わせ技である。エルフの郷の外の森、そこで強力な魔物が発生した時に時々使っていた技だ。木々の連なる森の中では使えない、条件が絞られた技であるが、これで仕留められなかった魔物はいない。
「流石に、結構削りましたわよね……?」
「そう信じたいものですが、果たして――ッ!?」
電流が巻き起こした煙の向こうから、ミーナが先ほど投げたハンマーが飛んできた。恐るべき速度、その先にいたサラはハンマーを知覚するするので精一杯だった。
「危ない!」
ミーナがサラを突き飛ばし、ハンマーの前に躍り出た。速度重視の為に地面に突き立てたハンマーは持っていない。【パンドラ】から武器を出す暇もなく、ミーナは飛んできたハンマーを食らってしまった。
「――ッ!」
ミーナが声もなく吹き飛んだ。
「ミーナ!」
「ミーナさん!?」
二人は声を上げた。そしてミーナが吹き飛んだ方を見る。吹き飛ばされたミーナは何とか勢いは殺したようだが、平静の彼女らしからぬボロボロの姿で大講堂の柱に叩きつけられていた。飛んできたハンマーを杖に立っているが、その表情は険しく口からは血が流れている。
「ミーナ、大丈夫ですの!?」
「お嬢様、前をッ!」
「――え?」
サラが振り返った先、目の前に咎人がいた。サラはとっさの反応で森林の旋風を体の前に挟む。
咎人が腕を横なぎに振るった。実にぞんざいな、軽い動作である。しかしサラは体を大きく曲げ、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。床を一度バウンドし、ベンチを粉々にして止まる。痛みにうめき声をあげ立ち上がろうとするが、顔を上げるだけで精一杯のようだ。
「お、お嬢様ッ!」
ミーナがサラの下へ行こうとするが、先ほどのダメージなのだろう。目眩を起こしたかのようにふらついて膝をついた。
その間にも咎人は人体工学を無視した動作でサラに近寄った。サラは鋭い目つきで咎人を見上げ睨みつけるが、体が言う事を聞かない。
咎人が右手を掲げた。人と同じような真っ黒な手がグニャグニャと歪《ゆが》み、歪《いびつ》な斧のような形をとる。まるで、そのままサラを真っ二つにしようとでも言うかのようだ。
「――やめろォッ!!」
翼を展開したクロエが鋭い動きで咎人へ飛び掛かった。右手を振りかぶり背後から伸ばした影を殴りつける。
「【影創造《クリエイト》】、影腕《アーム》・巨腕《グランデ》!」
影から出現した巨大な影腕《アーム》が咎人を殴りつけた。しかし、咎人を殴りつけた影腕《アーム》はまるで吸い込まれるように、いや実際吸い込まれたのだろう。目を疑うような光景だが、はるかに小さい咎人に吸い込まれてしまった。
「な――!? チッ!」
舌打ちをしたクロエが急いで影腕《アーム》との接続を切った。残った影腕《アーム》は霞のごとく消えるが、その大部分は咎人に吸収されてしまった。クロエはとっさの事に、闇属性の魔法を使ってはいけないことを忘れてしまっていたようだ。
翼をはためかせ空中で急ブレーキをかけたクロエだが間に合わず、咎人の近くにまで寄ってしまった。体勢も崩してしまっている。咎人はその隙を見逃さなかった。クロエの右足を掴むと、ぐるんと回して大講堂の扉へ投げつけた。
「ッ、アアアアッ!!」
扉に打ち付けられたクロエだったが、どうやら扉は闇属性の物を封じる類のものだったようだ。それは咎人を封じるのに絶大な効果を発揮するのと同時に、クロエへの大ダメージを与えてしまった。全身に電流を流されたように身体を痙攣させたクロエは、そのままずるずると床に落ちた。その身体からは軽く煙が上がっている。
「う……ぐ、うぅ……」
クロエを投げ飛ばした咎人は、自身の身体をかき抱くように体を縮めた。そして次の瞬間、まるで爆発するかのようにその身体は肥大化した。その体躯は建物の二階建て部分まで届いている。クロエの芳醇な魔力を吸収した結果だろう。吸血姫が美味しそうと言ったのは伊達ではない。
三人はそれぞれボロボロになりながらも、何とか立ち上がった。ミーナが【パンドラ】を展開し、クロエとサラそれぞれの手元に回復薬《ポーション》を届けた。二人はほとんど浴びるように回復薬《ポーション》を飲む。ミーナも自身様に回復薬《ポーション》を取り出すとそれを摂取した。
何とかある程度回復した三人はそれぞれ一か所に集まった。そして油断なく巨大化した咎人を睨みながら会話を交わす。
「クロエさん、あれだけ闇属性の魔法はお控えくださいと申しましたのに。」
「ご、ごめんなさい……。サラさんがピンチだったから、つい……。」
「そう責めないでくださいな、ミーナ。あそこでクロエさんの助けがなければ、私は真っ二つでしたもの。」
「それもそうですが。まぁ、過ぎた事です。しかし、これは……」
咎人を見上げたミーナが言葉を失った。目の前のそれは先ほどまでのギリギリ人間状態であった先ほどまでと違い、もはや化物のそれとなっている。クロエの魔力が高すぎたのだろうか、肥大化した身体は機動性が低そうである。しかしその力は恐らく先ほどまでとは比ぶべくもないのだろう。体のあちこちから伸びる気色の悪い触手群は、太くぬらぬらと揺らめいている。
「あれに捕まりたくはないなぁ……」
クロエが心底嫌そうな顔をした。誰でもそうであろう。しかし改めて声に出さずにはいられないらしい。
「不幸中の幸いでしょうか、敵はあそこから動く気配はなさそうです。なんとか削りましょう。」
「クロエさん、気を付けてくださいね。あれ以上クロエさんの魔法を与えるのは危険ですわ。」
クロエは無言で頷いた。三人は改めて咎人を見上げる。もしここで負ければ、この化け物は大聖堂の外へ出てしまう。そうなれば標的となるのは何の罪もないポルタの国民たちだ。それだけは避けなければならない。
「行こう、ラストスパートだ。」
クロエの声を合図に、三人は戦いを再開した。
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