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前編

出会い 変化の兆し

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 東京の煌めく夜景を背に、記者の井上いのうえ陽介ようすけはビルの屋上で息を潜めていた。彼の目的は、週刊誌のための決定的瞬間を捉えること。

 今夜のターゲットは、人気急上昇中の若手俳優、柏木かしわぎ悠斗ゆうととだった。

 陽介にとって、芸能人のスクープはただの仕事で、彼らの私生活に情けをかける余裕はなかった。どうせ、輝く表面の下には汚れた真実が隠されている。そう信じて疑わなかった。

 今まで彼が担当してきた芸能人はすべて、どうしようもない奴らばかりだった。
 金に溺れる者、男女の関係を楽しむ者、権力を振りかざす者……陽介が人間不信になるのに時間はそうかからなかった。

「人間なんて、そんなもんだよ……」
 どこか少し寂しそうな表情を見せて陽介はつぶやいた。
「さて、どんな醜聞を掴むことができるかな…」
 陽介はカメラのレンズを通じて柏木の動向を監視していた。


 突然、陽介の耳に柔らかな声が届いた。柏木が何かを話している。
 彼は耳を澄ませ、隠しマイクでその会話を聞き取ろうとした。しかし、柏木の言葉は陽介の予想を裏切るものだった。

「どうしたの? お母さんは?」
 どうも、柏木は小さな男の子に話しかけている様子だった。迷子だろうか。
「……そっか、じゃあ、一緒に探してあげるよ」
 柏木はそう言うと、男の子の手を取り二人で街中をキョロキョロしながら歩き出した。

 どういうことだ?
 柏木はわざわざ送り届けようとしているのか?
 そんなことをしてあいつになんの得がある?
 周りの誰かに目撃され、好感度を上げるのが目的か?

 いや、誘拐に疑われるかもしれないし、小さな子といれば、隠し子と騒がれるかもしれない。そんなリスクを取るだろうか。
 柏木は男の子が安心できるように常に笑顔を崩さない。

「わからない……」

 柏木の狙いが何なのか陽介はさっぱりわからず、彼を遠くから睨みつけるのだった。


 次の日も陽介は、柏木の後をつけていた。

 今日こそ、柏木の真実を撮ってやる! と気合を入れていた。
 が、陽介は愕然とする。

 柏木は風でドミノ倒しにされている自転車を一台ずつ丁寧に起こしていた。
「あいつ……まじか」
 陽介が口をポカンと開け、その様子を見ていると、買い物がえりの老人が重そうな荷物を持って、柏木の側を通り過ぎた。

「おばあさん、大丈夫ですか? もし、よろしければ、お持ちしますよ」
 と笑顔でその老人に声をかけた。

「な、なんだと?」
 陽介は次々起きる想像していなかった出来事に、頭が追いついていかない。
 柏木は老人の持っていた荷物を全部持つと、その老人と楽しそうに談笑しながら歩き始める。

 陽介は、はっと我に返り、急いで後を追った。


 柏木は無事に老人を自宅に送り届け、気持ちよさそうに伸びをしていた。
「あいつは、一体……」
 陽介は、柏木が好感度を狙ってワザとこれらの行動をしているのか、本当にいい奴なのか思案していた。

「いや、そんな、あんな奴いるわけが」
 陽介はまだ信じられなかった。芸能人としてとかでなく、人間としてあんな奴いるわけないだろ。
「俺は信じない、絶対、あいつの本性を暴いてやる」
 陽介が意気込んでいると、柏木は道に捨てられている空き缶を拾い、ゴミ箱へと入れた。


 陽介はなんとしても柏木のしっぽを掴むため、彼の故郷へと向かった。

 まずは家族に話を聞くことにする。
 彼の実家はのどかな田舎で昔ながらの雰囲気が陽介の心に染みる。こんな穏やかでゆっくりした空気を感じたのはいつぶりだろう。
「ここに彼のルーツがあるのか」

 陽介は柏木の実家を訪ねた。
 彼の母親はいきなり訪ねてきた怪しい記者に対して、とても親切にしてくれた。
「どうぞ、何もないところですけど」
 そう言うと、柏木の母親は笑顔で陽介を家にあげた。

「あの……すみません。突然」
「いいえ、悠斗のインタビューなんて、すごいわ。嬉しいです」
 彼女の笑顔を見て、陽介の良心が痛んだが、すぐに話を始めた。

「彼は、どういうお子さんだったんですか?」
「悠斗は優しい子ですよ、人の気持ちを考えられる。純粋で素直で、馬鹿がつくほどお人好し……」
 彼女は柏木のいろんなお人好しストーリーを陽介に聞かせたのだった。

「……そうですか、芸能界に入ってからも、変わりませんか?」
「ええ、いつも私たちのことも気にかけてくれて、連絡もこまめにしてくれるし。いつ会っても、昔のままの悠斗ですよ」
 母親の顔を見ていると、嘘をついているようには見えない。
 陽介はお礼をいい柏木の実家を後にした。

 陽介は次に柏木の親友に会うことにした。彼もまた、陽介を快く受け入れた。
「悠斗はいい奴です。俺の知っている中で、彼は一番いい人間ですね。まあ、お人好し過ぎて心配になりますよ」
 彼の瞳も嘘をついているようなそれではない。陽介は今までたくさんの嘘をつく人間を見てきたからわかる。

 彼の母親も親友も嘘をついていない。
 陽介は認めざるを得なかった。彼が見た柏木は、本当にいい奴だった。

 そんないい人間を俺は陥れるための仕事をしているのか。
 今まで感じたことのない罪悪感が、彼の胸に渦巻いていた。





 読んでいただき、ありがとうございます!

 短編になりますので、次回で終わります。
 次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/
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