雲の巣

鵜海 喨

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雲の糸「一章」

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「すごい綺麗!」
 横でそう言った日向は海に向かって駆け出した。
 いつも見る景色なのにどこが綺麗なのか分からないが、彼女が言うのだきっとそうなのだろう。
 私は「水」のいる空を見上げた。
 空は青い。そこに浮かぶ入道雲は異様な存在感を放っていた。海と空の交わる境界線。そこで生まれる風は時間をかけて私たちのもとにやってくる。髪や旗を靡かせ、私達に気持ちを与える。そこにも「水」はいる。体を駆け巡る血も「水」本人。この海も「水」その物だ。
 風は笑う。日に浴びて、喜ぶように踊り回る。波は泣く。音を立て、絶望するかのように嘲笑う。
 「水」は人を嫌う。
 「風」は人を笑う。
 「日」は人を好む。
 「地」は人を拒む。
 「時」は人を殺す。
 その日。私は「時」に愛された一人の少年に出会う。それは遠い未来ではない。そう「水」は告げる。
「縁ちゃん? 天井ばかりみてどうしたの?」
 私は生かされている。
「ううん。何でもない。海入ろっか」
 あらかじめ衣服の下に水着を着ていたこともあり、日向はワンピースを脱ぎ捨て海に飛び込んで行った。
 私は彼女が海に入った事を確認して自身も海に飛び込む。無論、服を脱ぎ捨てて。
 水を私に掬い投げる日向はどこにも迷いが見られない顔をしていた。私と対になる表情だ。
 私はそんな顔に向かって水を投げる。
 不安定に光り輝く粒は、肌を湿らせ体のラインにそって流れ落ちていく。
「やったなー! おりゃ!」
 また光が飛んでくる。それは私の黒色に見える海では唯一の輝きでもあった。私にとっての一番の光。それが何度も何度も飛んでくる。
 悪い気はしない。むしろ最後に見える色のようで心地いい。
 微笑ましい水の掛け合いはしばらくの間続いた。その後は沖まで泳いだり、素潜りをしてナマコやウニを取って遊んだ。
 気が付けば空は灰色だった。
「もう夕焼けだね」
 日向が呟く。
「うん」
 彼女にはどのように見えているのだろうか。この海の輪郭に交わる太陽の色をどう表現するのだろう。私はわからない。
 ふと体の中から声が聞こえた。「水」だ。
 それは、「時」が来た。と言った。
 それが何を言っているかはわからない。いつも無視をしていた。
「そう言えば今週で夏休み終わっちゃうね」
 日向は私に話しかける。
「そうだね」
 そんな事を言った。
 何事もない夏休みは終わりを告げようとしている。今思い返せば、何事も無かったが何もなかった。いつも通りに海で遊び、水を掛け合う。
 何も無かった。かといって、学校に何かがあるかと言えば、それも違う。
 つまり、夏休みが終わろうが私には何も関係ない。関係が無いこともないが、生活リズムが整うぐらいで、何も変わらない。
「私は、もうちょっと遊んでいたかったな縁と遊ぶの楽しかったし。それにこの夏休みで久しぶりに笑顔が見れて嬉しかった」
「でも、まだ数日あるじゃん」
 呆れ気味に口を開く私。
「そうだけど、この時間が永遠に続けばいいなって。毎日遊んで、笑い合って素敵な時間はいくらでも欲しいものじゃん」
 それを否定するのは「水」だ。
 胸の中で「水」が暴れている。それは胸騒ぎとなって私に伝わる。
 お腹に違和感を感じた。皮膚が溶けるようなそんな感覚。
「海月」
 そう聞こえた気がした。
「時間だし、そろそろ帰ろっか」
 笑顔で言うのは私だ。
 私は気づかない。心までさえも侵されている事を。しかし希望はあると「水」は言った。
 家に帰った私は迷わずお風呂に入った。そこで驚く事になる。
 水着を脱ぎ、浴室に入る。そこで何気に腹を触った。この動作だ。
 あの体から出る透明の液体が何なのかを知った。
 クラゲ。そう言った方がいい。腹の皮膚の一部が弾力のある透明の分厚い膜に置き換わっている。それにそこからは絶えず嘔吐物と同じ液体が滲み出ていた。
 その中には内臓らしき物体が見える。しかしそれらは、人間の物ではなかった。心臓もなければ肺もない。まるでクラゲだ。
 唯一ある内臓は昼食に摂取した食物を薄い膜で覆い、残骸すらも残さずに消化していた。その内臓から放出されている白く濁った水は栄養だろうか。
 私にはわからない。しかしその体を受け入れることは容易だった。
 私はいつものように、髪を洗い体を洗った。
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