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【21】ー4

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 初めは、産めないだろうと思った。
 まだ堕胎に十分間に合う時期で、誰に相談しなくても、どうするべきかはわかっていた。

「でも、産みたかった……」

 光の膝の上で大人しく服の紐を弄っている汀を、朱里は明るい茶色の目で愛しそうに見つめた。

 一人でどうやって産むのか、産んでも育てていけるのか、考えても考えても答えは出なかった。
 それでも、どうしても産みたくて、妊娠したことを誰にも言わずにいた。

 ある日、身体の変化に気付いた両親に無理やり病院に連れていかれそうになった。
 朱里は家を出て、疎遠になっていた父方の祖母を頼った。
 就職したばかりの商社を辞め、産み月の近くまで祖母の家の近くのコンビニで働いたという。

 一人で育てるつもりだった。
 幸い祖母が味方になってくれたし、住むところがあれば、やっていける。そう思っていた。

 清正に会おうと思ったのは、清正が何も知らない間に彼の子どもを産むことに罪悪感があったからだ。
 何かを求めるつもりはなく、ただ、清正には知る権利があり、朱里には知らせる義務があると考えた。

 知らせて、詫びる必要があると思った。
 勝手なことをしたと。

「でも、話が終わると、清正くんはひと言『籍を入れよう』って言ったんです」

 信じられなかった。
 そんなことをしてもらうつもりで、話したのではないと朱里は言った。

 けれど、清正は

『三人が食べていくくらいなんとかする』

 そう言って、笑ったそうだ。

「その日のうちに、婚姻届けを出しました」

 年末、世間は仕事納めで、慌ただしさの中にも一年が無事に終わることを喜んでいるようだった。
 役所の入り口には、新しい年を迎えるための松が飾られていた。
 そうして、朱里は清正の妻になった。

「おかげで、私を案じていた祖母は泣いて喜んでくれました。両親も私を許してくれました。上沢のお義母さまには本当によくしていただいて……」

 上沢から数駅離れた土地で二人は暮らし始めた。
 年が明けて、ひと月余り経った二月の初めに汀が産まれた。

「幸せでした。清正くんは、本当にいい夫でいい父親だったと思います」

 優しくて子煩悩で、立派な会社に勤めていて、家事も積極的にこなす。その上、

「イケメンだし」

 朱里はわずかに口元をほころばせた。
 ずいぶん羨ましがられたのだと、当時を懐かしむように目を細める。

 その笑顔が、寂しそうなものに変わる。

「どうして……」

 汀に指をおもちゃにされながら、光は、いつか会ったら、会って聞ける日が来たら、聞きたいと思い続けてきた問いを口にした。

「どうして、別れたんですか」

 清正と……。
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