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22.遊びに行きましょうか
しおりを挟む中庭に通されると、既に朝食が運ばれていた。
席に座っているジェイクが目に入るが、いつ、どの角度でも完璧な美術品のような男を遠目に見て、ほぅ、と熱い溜息が出た。
こちらの気配に気が付いた彼が席を立つと、真っすぐティムに向かって来る。令嬢らしく「朝食にお招き頂き、ありがとうございます」と挨拶をして見せると、笑顔を見せる彼が「いいえ、とんでもない」と首を横に振った。
「ジェイク様、昨日は申し訳ありませんでした」
「気にしないで下さい、それより、どうですか体調は良くなりましたか?」
「はい、すっかり良くなりました」
「そうですか、ティナの身体は私の物も同然ですので、大事に至らなくてほっとしました」
聞き流してはいけないことを言われた気がすると思うのに、心配されて嬉しい気持ちで胸が一杯になる。
ギロっとイゼルに睨まれながら、ジェイクの目の前へとエスコートされ、椅子に座ると同時にティーカップにお茶が注がれ、ついでにジェイクの視線もこちらに注がれる。
「体調が良いのであれば、今日は、演劇でも観に行きませんか?」
「演劇ですか?」
「はい、華街で公開中の演劇が話題でして、令嬢の間では人気が高いそうです」
令嬢の間で人気ならば、間違いなく恋愛物なのだろう。男が観ても楽しいわけないと思うが、昨日のこともあり、ジェイクの申し出を快く受けることにした――。
朝食を食べ終わり、与えられた自分の客室へ戻ると、隣接する使用人部屋の扉を叩いた。部屋の中から「はい、今行きます」と軽やかな返事が聞え、カリーナがぴょんと顔を出す。
「お帰りなさいませ」
「ただいまです。あの…、これから演劇を観に行くことになったのですが……」
「それなら、お着替えをなさいますか?」
彼女の問いに静かに頷き、ティムが着替えは自分ですると伝えると、目を丸くして「大丈夫ですか?」と聞かれてしまう。
普通ドレスを着る時は侍女の助けなしでは時間がかかるし、今着ているような釦が後ろにあるタイプだと、凄く大変なのは経験済みなだけに、カリーナが驚くのも無理はない。
けれど、彼女に頼むわけにはいかなかった。一応女性の下着であるドロワーズと簡易なコルセットは着けているが、ティムの体は女性とは違い、肉付きが悪いので下着姿だと男だとバレてしまう可能性が高い。
ティムは咄嗟に、もじもじと人差し指をさせ、俯きながら「えーと……、恥ずかしいの……です」と、しとやかに声を出した。
「そ、そうでしたね、では、ジャケットドレスなら前釦ですので、こちらを着て行かれるといいと思います」
差し出されたドレスを見て、これならティムにも簡単に着れそうだと思う。「それでは」と言い残しカリーナが使用人部屋へと消えていくのを見届け、早速着替える。
ぽちぽちと釦を締めながら、男の服とさして変わりない気軽さに、ほくほくと頬を緩ませながら、何とか着替えが終わる。
使用人部屋で待機しているカリーナに声をかけ、おかしな所がないか見てもらうことにした。
「ちゃんと着れていますよ」
「良かった」
ティムがほっとしていると、観に行く演劇の話になった。
「どの演劇を観に行かれるのですか?」
「詳しくは聞いてないの」
「人気の劇なら、きっとあれですよ。王様と平民の身分を超えた愛の話です」
「そう……、カリーナは観たことある?」
口角を上げた彼女は、もちろんあると答えた。内容を言ってしまうと面白くないので、言えないと言うが、彼女の様子を見れば、面白い劇なのだと感じた。
ただ、演劇などに興味がないティムにして見れば、退屈な時間になりそうだと思った。
どちらにしても、このまま屋敷にいても退屈な時間を過ごすことなるし、同じ退屈な時間を過ごすなら、ジェイクと過ごした方がいいかなと思う。
着替えが終わり、部屋から出ようと扉を開けるとイゼルが待っており、ティムは小言を言われるのかも? と覚悟していたが「ティナ様、こちらをお持ちください」とイゼルが丸い容器を手渡してくる。
「これ、ジェイク様の塗り薬ですよね?」
「そうです」
「どうしてこれを?」
「御主人様が予約された劇場の席は、ミッテルロジェ・バルコニーです。しかも貸切ったそうですので、他の観覧者は立ち入り出来ません、ですから何かあった時は貴方が頼みの綱です」
グレードの高い席を貸切ったと聞いて、ティムは言葉に詰まったが、考えて見れば女性が大勢いるような場所に行くのだから、ジェイクの体のことを考えれば当然のことだ。
「イゼル執事も同席すればいいのでは?」
「勿論、そうしたいのですが、私は明後日までに本邸と別邸を完璧な状態に仕上げなくてはいけません、遊んでいる場合ではないのです」
もし劇場内で何かあった場合、頼れるのはティムしかいないことを諭され、重要任務を任された気分になり、妙にやる気が湧いて来た。
「分かりました! ワタクシにお任せ下さい!」
気合十分に返事をしてみせれば、心配そうな表情を見せるイゼルが、「そんなに気合は入れなくても大丈夫です」と溜息を吐いた。
毎回、ティムがやる気を見せると、不安そうな顔をするイゼルに不満を抱きつつ、上司から仕事を任されたことが嬉しくなる。
塗り薬の容器を握りしめながら感激していると「いいですか」とイゼルが口を尖らせる。
「もし、旦那様の美しい顔に湿疹など作って帰って来たら――」
「はい、分かってます。あの顔が湿疹で埋め尽くされるなんて、この世の終わりに値します」
「……それは少々大袈裟ですが」
いえいえ、とティムは首を横に振る。この世は終わらなくても、間違いなく自分の命は、何処かの執事の手によって終わりを迎えるでしょう……、とイゼルを見つめる。
そんなことよりも、ひとつ残念なのは従僕の姿でジェイクの役に立ちたかったということだ。この屋敷の従僕として働くことは諦めたので、一度くらいは役に立ちたかったな、という思いが募った。
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