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21.ロベリオ疲れただろう?
しおりを挟むその日、訓練から帰って来たロベリオに、「今日は何も無かったのか?」と聞かれて、特に何も無かったと答えた。
「そんなに心配するな、この屋敷に居る限り危険な目には遭わない」
「油断は禁物だ」
ぴしゃりと言い切るロベリオを見て、エヴァは後ろめたい感情が湧いた。実際は押し花の入った手紙が届けられたが……、と言い出せない出来事を呑み込む。
事情を知っている執事へ視線を向ければ、使用人らしい笑みを貼り付けており、知らぬ存ぜぬを通す態度を見て、ほっとしていると、ロベリオに医者の診断はどうだったかと聞かれた。
「あー、胎児は少し小さいけど大丈夫見たいだ」
「そうか、良かった……」
「どっちがいい? 男か女」
「無事に生まれてくれたら、それでいいんだ」
ほぅと熱い吐息を吐くロベリオは、おずおずと遠慮気味にエヴァのお腹に手を添えた。
「エヴァ、明日の聖火祭りは行くの止めないか?」
「え……」
「毎年、楽しみにしているのはレンから聞いているが、やはり普段とは違い人が多いし、危険だ」
「お前がいるのに危険な目に遭うわけがない、それとも俺から目を離すのか?」
「何てことを言うんだ。そんなわけない」
慌てふためくロベリオを見てエヴァは、ああ、また彼の気持ちを試すような言葉を言ってしまったと思う。そんなつもりはないのに……、と軽く自己嫌悪に陥る。
今の彼は昔とは違うと分かっている。けれど、何処かで信じられない気持ちがあるのだろう。取りあえず、エヴァは労いの行動に移すことにした。
「ロベリオ疲れただろう?」
「いや?」
「……疲れただろう?」
「……いや?」
平然とした顔を向けるロベリオに苛っとさせられたエヴァは、「もう、いい」と言い放ち、その場を立ち去ろうとした。
だが、こちらのやり取りを見ていた執事が、ロベリオにこっそり耳打ちをする。何を聞かされたのか想像が付くだけに、エヴァは恥ずかしくなり、急いで自分の書斎に引き籠ろうとしたが、「あ、ああ、疲れた!」と取って付けたかのようにロベリオが言う。
「……嘘つけ」
「本当だ。君に軟弱な男に思われたくないだけで、本当は疲れているんだ」
「じゃあ……、寝室に」
取りあえず誘って見たものの、ニコニコと嬉しそうにするロベリオの顔がこんなにも腹が立つとは……、と膝枕をしてから思う。
「疲れても無いのに、疲れたふりをするな……」
「いいや、凄く疲れている。君の介抱がなければ、明日は動けないかも知れない」
「……はあ、何だか俺は馬鹿みたいだ」
「君が馬鹿なら私はどうなるんだ」
「さあな……」
くすっと笑みを浮かべながら、ロベリオは明日の聖火の話をし始めた。どうやら、バレッタのことが気がかりで、本当は行きたくないのだと言う。
ジャレッド皇子が仲裁に入り、バレッタの目論見を崩すことが出来たが、彼女は聖火祭りの慈善活動を科せられているらしく、エヴァの視界に知れたくないと言われる。
「なるほどね、バレッタ嬢か、会ったところで、俺はどうってことないが?」
「君は良くても、私が嫌なんだ」
「そっか……」
「あ、今のは私の我儘だから君が行きたいと言うなら……」
エヴァは頭を左右に振った。
「ロータスの花が舞う瞬間だけ見られればそれでいいんだ。そのくらいの時間なら構わないだろう?」
「ああ、その時間に広場に着けるよう手配しよう」
ほっとした顔を見せたロベリオはエヴァの膝の上で静かに目を閉じ、「エヴァは、そんなに祭りに行きたいのか?」と聖火の話を続ける。
「ロータスの花をあれだけ集めるの大変だろ? それに、頭上からくるくる舞い降りて来るあの瞬間を見ているだけで幸せな気分になれる……」
「意外だな……」
「そうか?」
彼がぱちっと目を開けると、エヴァの顔を見上げた。
「エヴァの〝癒しの花〟を初めて見た時、私はこの世で最も美しく世界中の人を幸せに出来る花だと思った。だから他の花を綺麗だと思ったことは一度も無い」
初めてロベリオからそんな話をされて、エヴァは驚いた。だから、つい照れ隠しで、「じゃあ、生んでやろうか?」と言った。
「いや、私のために花を生むのだけは絶対にやめてくれ」
「なぜ……?」
「君が花を生む時、命を削っていることは知っている。お願いだから、もし私に何かあっても絶対に慈悲の心など込めないで欲しい……」
今にも死んでしまいそうなほど悲しそうな顔で言われてエヴァは、「大袈裟だな」と微笑した。
確かに花生みの寿命は短いが、エヴァは半獣の混血で生命力は人間より長いのだ。少々のことではロベリオより先に寿命が尽きることはない。
――もしかして、半獣を助けて死にかけた件を未だに引き摺っているのだろうか?
あの時のことがロベリオの心に深く浸水しているのだろう。そう思うと、申し訳ない気持ちになった。
「そういえば、エヴァは癒しの花を生む時、どうやって泣くんだ」
「簡単だ。その人の死を想像するだけで涙が出る」
「……そうなのか」
実に不思議なことだが、死を想像出来ない相手には〝癒しの花〟は生んでやれないということになる。
それと、既に亡くなってしまった場合も泣けない。エヴァが知人や親類の悲報を聞いて、どれだけ悲しくても涙が出ないのはそのせいだった。もう亡くなっている人の死など意味が無いと本能で分かっているからだ。
当然だが嬉しくても、感動しても、心は震えるが涙までは出ない。
ふと、エヴァは生まれたばかりの時のことを思い出した。
「そういえば、〝癒しの花〟については生まれて直ぐに誰かに教えてもらったんだが、それが誰なのか覚えてないんだ」
「そうなのか? 生まれて直ぐって赤子の時なのか?」
エヴァはこくりと顎を縦に揺らした。この話は、他の花生みにも聞いたが全員そうだと言っていた。
この世には精神世界のような魂だけの世界があると聞いたことがあるので、恐らく花生みは生まれる時に助言を受けるのだろう。
皆が赤子の頃から記憶があると言うのだから、間違いなく花生みだけは、何らかの助言を受けているのだ。
「変な話しだよな……、聞かなかったことにしてくれ」
「いいや、君のことなら何だって知りたい」
「俺も、お前――」
ロベリオの話を聞かせて欲しいと思う反面、何を知りたいのかと悩んでしまった。
「学園にいた頃……、もう少し一緒に居られたら良かったな、そうすれば、こんな風に今さら話し合うこともなかったし、俺も何の話をすればいいのかと悩まなくて済んだ」
ぽそりと言ったエヴァの言葉に、ロベリオは顔をくしゃっと歪めて起き上がった。
「学園の時のことなら本当に悪かった」
「あー、責めているわけじゃないんだ。元々は、お前が俺のことを疎ましく思っていると勘違いしてたせいだし……」
「いや、そう思わせた私が悪いんだ」
すっと立ち上がった彼は、「湯浴みをしてくる」と言って部屋を出て行った。
彼を見送ったあと、エヴァはそのまま後ろへ倒れ、寝台へ身を沈める。
――傷ついてたなぁ……。
責めるようなことを言うつもりは無かったのに、とロベリオの落ち込んだ顔が何時までもエヴァの脳裏から消えなかった――。
その日の夜、いつまでも落ち込んでいるロベリオに、「悪かったよ、そんなに気にしてると思ってなかったんだ」と学園の話題に関して謝罪した。
「いや……、いいんだ、私が愚かな男だったせいで……」
めそめそする男を見つめ、ああ、なんて鬱陶しいのだろうか……、とエヴァは眉間に皺を寄せる。
だいたい、自分の数十倍ある古竜を真っ二つにするような豪剣の持ち主が、こんなに内面の弱い男で大丈夫なのかと思う。
仕方がないヤツだなと、ロベリオの顔を両手で包み込みエヴァは唇を重ねた。
「……んぅ……」
遠慮がちに入って来る舌に思い切り吸い付くと、ロベリオがトントンとエヴァの背中を叩いた。
「なんだよ……?」
「エヴァ、こ、こういうことは、子供が生まれてからにしてもらえないだろうか……?」
「あっ、なるほど、ちょっと見せて見ろ」
「え”?」
「勃ったんだろ? 見せろ」
せっかくだから、ちょっと拝見したいと申し出る。
「な、ど、どうしてですか!」
「……お前って、焦ると畏まるんだな……」
挙動不審になるロベリオの下服へと手を伸ばしたが、エヴァの手を振り払うと物凄い勢いで部屋から逃走した。
――やれやれ……、前途多難だな……。
エヴァとしては子供は一人ではなく、二人か三人は欲しいと思うが、大丈夫だろうか? と今から少し心配になった――――。
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