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甘い罰と脱走

#22

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――温かい…。

 目が覚めると、普段感じる事の無い温かい体温を傍に感じた。
 そして、いつも見ている天蓋とは違うことに気が付き、昨晩のあらゆる行為を一気に思い出した。
 途中から気が飛んでしまったが、思い返せば羽を広げた神様は彼だった。
 シドに身を委ね、贖えない欲に溺れた罪悪感が一気に押し寄せた。

――…あ……ぁ…、僕はなんてことを…。

「起きたのか」
「……! おは、よう…、ございます」

 声を出して驚いた。
 とても乾いた声で掠れており、自分の声だとは思えなかった。
 シドの手が伸びて来ると、引き寄せられ腰を抱かれる、起きたばかりの彼は気怠い表情を見せるが、それが何とも艶っぽく、アダムは直視出来ず目を逸らした。

「まだ、ゆっくりしているといい」
「僕、宮殿に帰らないと」

 額に彼の唇が触れる。

「帰らなくてもいい」

 ふにふにと頬を揉まれ、彼に見つめられ微笑まれる。
 そして昨晩のことを、思い出せば思い出すほど、アダムは羞恥が込み上げて来る。
 あんなに恥ずかしい行いをしたのにも関わらず、彼は爽やかに微笑むと、軽い口づけをした。
 どうして彼は平気なのだろうか、経験のないアダムにも昨夜の行為が、男女の営みに似た行為だと想像がついたし、更に分からないのは、なぜ昨夜のような行為をアダムが受けたのかだった。
 芳香のせいなのだろうか、と考えるとしっくり来るが、何故か胸がチクっと痛んだ。 

「どうかしたか?」
「昨日……」
「身体はどうだ? 痛みは?」
「少し…痛いです」
「では痛み止めを持って来させよう」
 
 何故あんなことをしたの? と聞きたいが、芳香のせいだと言われることに、ショックを受けそうな自分がいる事に気が付き、言葉を飲み込んだ。
 どうして、こんなに不安な気持ちになるのか、アダムには分からない、どちらにしても数十日後には、この国を出る事が出来るのだから、何が起きても耐えなくてはいけないと思う。
 起き上がろうと身体に力を入れると、全身が軋み悲鳴を上げる、震える腕でやっと上半身をもたげ、辺りを見回した。
 
「あれ、昨日の部屋とは違う…」
「あの部屋は夜伽用だ」
「夜伽……っ」
「ここからたっぷりと精が出たからな…、寝るには少し問題がある」
「……やっ…!」

 彼の指が悪戯に動く、もどかしい刺激に腰回りが疼いて、頬が熱くなっていく、こんな感情は不道徳だと分かっているのに、自分の意思とは無関係に体だけが、刺激に忠実に従っていた。

「残念だな…、これから俺は仕事だ、使いの者を呼ぶ大人しく寝ていろ」
「はい…」

 彼はひらりとベッドから降りると、逞しい体を惜しげもなく晒し、手元にある衣類を手に取った。
 呼び鈴を鳴らすと、彼は隣の続き部屋へ移動し、アダムはぽーっとしながら、シドが出て行くのを見届けた後、しばらくベッドの上にいた。
 けれどすっかり目が冴えてしまい、じっとしているのも苦痛に感じた。

 取りあえずベッドから降りようとするが、腰の辺りが重く鈍痛を感じ、太腿が動かない、何とかベッドの縁まで移動したが、とても自分の足で歩けるとは思えなかった。
 その時、小さくノック音が鳴り、扉の開く音が聞えた。
 
「アダム様!」

 聞きなれた声が部屋に響くと、見慣れた耳がピョコピョコと動きながら近づいて来た。

「ビビアン…! ……っ」

 いつもそうだが、不安な時ビビアンを見ると涙が溢れる、泣いてる自分に近付くと、彼女は背中を擦ってくれた。

「大丈夫ですか…?」
「うん、大丈夫だけど体が重くて動かない」
「そうですか、安心して下さい。私が付いてます。お世話の許可を頂きましたので、何でも言ってくださいね」

 ふわりと彼女が微笑むと衣類を着せてくれた。

「まったく、随分と露骨なことを…」
「どうしたの?」
「あ、いえ…何でも御座いません」

 ふと、彼女の頬が赤くなるのを見て、ビビアンに裸を見られるのも慣れたが、そんなにじっと見られると、何かおかしな所でもあるのかと、自分の身体を見た。
 所々、赤くなった箇所があり、何処かにぶつけたのかと思ったが、痛みは無い。

「ねえ、ビビアンこれ何だろう」
「えっと、ですね、それは……」
「うん?」
「シ……、シド様がお与えになった、ものでして……」
「シドさんが?」
「はい、これ以上は私の口からは申し上げられません」

 益々、ビビアンの顔が赤くなる。
 獣人にとって、この赤い傷は恥ずかしい傷なのだと理解したが、不思議だと思った。
 アダムの裸を見ても何とも思わないビビアンが、たかが小さな傷痕を見て頬を染め「ほぅ…」と何とも言えない溜息を付く、獣人にしか分からない事を理解するのは難しいと思い、後でシドに聞いて見た方が早いと納得し、取りあえずはベッドから降りる事を先決させた。

 ビビアンに支えて貰いながら、部屋の中央にある長椅子までたどり着くと、ノック音が聞えた。
 彼女が対応に出ると、ピンと襟を正した獣男が室内に入ってくる。

「聖天様、おはようございます」
「? おはようございます」
「この王宮の侍従長を務めております」

 深く腰を折りながら、アダムに丁寧に挨拶をする。
 見た感じ厳しそうに見える年配の獣人だが、物腰から温厚な獣人だと感じた。
 侍従長は顔を上げ食事の用意をすると言い、隣の部屋へと案内してくれた。広々とした部屋に大きなテーブルが設置してあり、使用する人数分だけ椅子を用意するのだろうか、たった一席だけ上座に置かれている。
 
「こちらへどうぞ」

 表情は素っ気ないが、身体が重い足取りのアダムを、気遣ってくれているのがよく分かった。
 ビビアンに支えて貰いながら席に着くと、薔薇の宮殿と同じように、色とりどりの料理が運ばれて来た。それとは別に、侍従長が薄バラ色の液体が入ったグラスを持って来る。

「聖天様、こちらの薬をお飲みください」
「痛み止めですか」
「はい、…こんな小さなお身体に、無茶なことをさせてしまう主を、お許し下さい」
「いえ、大丈夫です」

 アダムは恥ずかしいと俯いた。
 侍従長は何が行われたか知っているようだったし、面と向かって昨晩のことを思い出すようなことを言われ、流石に居た堪れない気分になる。
 ふと、侍従長の声は聞いたことがあると気が付くが、どこで聞いたのだろう、初対面のはずなのに、と思いながら手渡された薬を一気に飲んだ。

「聖天様に、お話しが御座います。ビビアンは下がっていなさい」
「はい」

 侍従長が厳しい表情でビビアンを退席させると、食事前に無礼なことを申し上げすみませんと、深々と頭を下げられた。

「聖天様がこの王宮にいらっしゃると、国王にはよくない事が起こります」
「はい、朝食を頂いたら直ぐに出て行きます」
「ありがとうございます」
「……」
「聖天様は、この国から出たいとお考えですか?」
「はい、そうです」
「それなら国から出る手助けが必要ではありませんか?」

 キっと鋭い眼を侍従長がアダムに放つ。

「それなら…、シ……」

 そこまで声に出しアダムは口を閉じた。この人にシドの話をしても良いのだろうか? と一瞬考えた。
 押し黙ったままの自分を、不思議な顔で侍従長が見つめる、少し折れていた耳が、ピンと立つと。 

「もし、良ければ私が手助け致しましょう」
「え、どうして助けてくれるのですか?」
「国王の負担を少なくする為です」
「あ、王様に一度も会ったことが無いのですが、ご挨拶はしなくても良いのでしょうか?」
「その点は大丈夫でしょう」

 アダムの顔をじっと見た後「まったく面倒なことを……」と小さな呟きが侍従長から聞え、彼は話を続けた。

「よろしければ、本日の夕刻までに、お返事を下さい」
「でも、まだレミオンが」
「その人の子のことなら、私にお任せ下さい。一緒に国から出れるよう手配致します」
「この国から出るには空から出て行くか、満月のキャラバンに紛れて出るしかないと聞いたのですが…」
「なるほど、他に手助けしようとした者がいるのですね」

 侍従長は目を細める。

「唯一、臨時のキャラバンを出せるのが私です」

 王宮の管理に関する全ての権限を持つ彼なら、臨時のキャラバンを出すことが可能であり、レミオンのことも侍従長が直々に教育すると言えば、すぐに手配が可能だと言われ心が揺らいだ。



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