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愛執の中

#44

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 馬車に揺られレナルドが外の様子をじっと伺う。

「やっぱりか」
「どうしたんですか?」
「ただの商人じゃない」

 馬車が止まると、周辺からガラの悪そうな男達がワラワラと現れた。ビビアンがさっとアダムの前へと立ちはだかる。
 どうやら、先程、レナルドが感じた違和感が当たったようだった。商人なのに、護衛も無しで、この道を通ること自体おかしいと言い、レナルドが荷台から降りると、商人も馭者席ぎょしゃせきから降りる。

「申し訳ないねぇ~」
「何が申し訳ないだ!」
「まさか橋が壊れているとは思っても見なくてね」
「大方…、奴隷商か、闇商品取引でもしてるんだろ」
「意外と鋭いな」

 レナルドが商人に詰め寄る。

「けど俺ぁ、悪くないだろ? そっちが乗り込んできたんだから」
「断れば良かっただろ」
「見た所、金は持ってそうだし? 身包み頂こうと思ってね」
「屑だな」

 レナルドの様子を見ていたシドが、ジョエルに向かって顎を揺らすと、それに頷き、ジョエルは剣を持ち荷台から降りた。
 アダムから見える範囲でも数十人は居る。大丈夫なのだろうか? と不安に思いながら、シドを見るが、アダムに涼しい顔を見せると。

「すぐに終わるから安心しろ」
「けど沢山居ますよ?」
「所詮人間だろう?」

 トンとシドも荷台から飛び降りると、剣を構えた。力強く発せられる言葉に、何故か安心感を覚える。
 ふと、薔薇の宮殿で分厚い扉を、一瞬で粉々にしたジョエルの姿を思い出し、確かにジョエルやシドが本気を出せば、相手は無事では済まない気がした――――。

「ったく、俺達に手を出すからだ」

 何もしていないレナルドが、何故か得意気に商人達に、決め台詞を吐き捨てていた。
 商人の護衛に雇われていた賊らしき者達は、息する間もなく、あっと言う間にジョエルとシドに倒され気絶している。逃げようとした商人は縛られ、此方に向かって文句を言ってるが、レナルドはそれを無視し。

「さて、どうすっかな」

 腰に手を置き、レナルドが溜息を吐き出した。
 アダムがマズラの国境治安部隊に引き渡す方法を提案すると、それに頷いた。

 取りあえず賊達は、まとめて縄に包み放置しておくことにし、馭者席ぎょしゃせきにはクリフが乗り、運行していくことにした。
 商人は荷台に乗せる事にしたが、目の前で全身縛られ、芋虫状態で横たわる商人を見ながら、シドは口を開くと。
 
「捨てて置いても良かったのではないか?」
「ですが、他に犠牲者が出ると可哀想ですよ」
「なるほどな、国が広いと何かと大変そうだな」
「怪我はありませんでしたか?」
「ん、ああ、皆、思った以上に手応えが無かったな」

 ふっと鼻を鳴らしシドはジョエルと顔を見合わせた。
 二人とも息の合う剣捌きを見せていたが、まるで遊んでいるかのように見え、基本的な身体能力が、人間とは各段に違うのことが武闘に詳しくないアダムにも理解出来た。
 ディガ国で犯罪者は余程のことが無ければ、死刑が実行されると言い、反省を促すという法律は無く、死をもって償うのが基本だと言う。
 アダムが牢屋にいた時、他の犯罪者が誰もいなかったのは、その厳しい規律のせいだったと知った――――。


「そろそろ着きます」
 
 クリフが馭者席から声をかけてきた。商人を国境治安部隊へと引き渡し、道端に置いて来た賊達の説明をした。
 本来なら指名手配で無い場合、取り締まれないと言うが、アダム達が襲われた被害者だと説明すると、簡単な手続きを済ませることで、引き渡しが完了した。 
 やっとマズラの街へと辿り着き、質の良さそうな宿屋の前で、レナルドが街の様子を見ながら、口を開く。

「へぇ、賑やかだな」
「この街はいつも賑やかです」
「アダムの家はここから直通なんだろ?」
「はい、大波で航路が絶たれてましたけど、たぶん、もう開通してるはずです」

 どうやら、南方面が外回りの漠地帯で、東方面の内回りが森林山岳地帯。ここまで旅をして、地理に疎いアダムでも、大体理解出来る様になって来た。
 クリフが、備品を引き取ってくれる店へ出かけて来ると言い、その場から離れて行くと、レナルドも船の確認に行くと言い立ち去った――――。



 宿は今までの町より、遥かに良質だった。傷みが少ない連絡通路を見ながら、与えられた部屋へ入ると、シドが寝台に倒れ込んだ。いきなり倒れた様子に驚き、シドへと駆け寄ったが、静かに寝息を立てているのを確認して、ほっとした。
 彼の懐から落ちる笛の箱をそっと手に取り、サイドチェストに置くと、起こさないように静かに部屋を出た。

 そろそろ食事を皆で囲む時間帯だと思い、アダムが受付まで降りるとビビアンを見かける。

「シド様は、どうされたのですか?」
「やっぱり、芳香の影響見たい。まだ眠い見たいで寝台で休んでる」
「そうですか」

 ビビアンとの会話中に、ジョエルとクリフが揃って現れると、ジョエルが跪き。

「アダム様、危険な旅路も終わりましたので、明日の朝、私は国に戻ります」

 明日、船に乗ればアダムの町へと辿り着くことが出来る。それにシドの満月も無事に終える事が出来た。余程の事がない限り大丈夫だと判断したようだった。意思の強い眼差しで、ジョエルは言葉を続ける。

「次に私が来る時は、シドを迎えに来たと思ってください」

 アダムはジョエルにコクリと頷いた。隣にいたビビアンが、そっとアダムに耳打ちをする。

「シド様は帰らないと、一生、駄々を捏ねますから大丈夫ですよ」

 被っている赤いスカーフを少し整えながら、彼女がニッコリと微笑む。それは、それでアダムは責任を感じてしまう。とビビアンに言うが、薔薇の宮殿で散々言われた言葉を繰り返される。

「本来ならば、アダム様は王族以上の待遇を受ける存在なのです!」

 これが始まると、ビビアンは子供の頃から、聖天に仕える日を夢見ていたと言い、永遠と聖天の歴史を語り始める。

「ビビアン、僕、その歴史覚えちゃったよ?」
「左様ですか…」

 彼女はちょっぴり残念そうに俯いた――――。

 夕食後、部屋に戻るとシドがいない事に気が付く。何処へ行ってしまったのだろう? アダムは、もう一度部屋を出て探しに行く事にした。踊り場から階段を降り受付へ向かい、シドが通らなかったかを聞くと、外へ出て行ったと聞き、アダムも外へと足を向けた。

 辺りは静かで、暗闇に包まれているが、所々、お店の明かりが見える。少しだけ辺りをブラブラと歩いていると。シドとジョエルを見かけ、歩みを止めた。何か楽しそうに話をしている様子を見て、アダムは、クルっと踵を返し部屋に戻った。
 眠くは無かったが、部屋に戻りアダムはベッドで横になった。
 いったい、自分は何を気にしているのだろうか、彼が獣人で王様なのは、今日昨日の話ではないし、ジョエルと仲睦まじいのも幼馴染だから当然のことだ。
 それなのに疎外されたような気分に勝手に陥っていじけている。いつからこんな人間になってしまったのだろう、と自分を蔑んでいると、部屋の扉が開く音が聞え、咄嗟にぎゅっと目を瞑った。

「寝たのか?」

 ギっと軋むベットの音と、ふわりと頭に乗せられる手に、思わず体が震えてしまった。シドが大きな溜息を付くと、アダムの隣へ横たわり体を包んだ。

「どうやら、ご機嫌が悪そうだ」
「……」
「今日は疲れただろう、ゆっくり休むと良い」

 アダムの旋毛にシドの唇触れると、腰に回された腕が強くなり、アダムは振り返った。言葉を交わすことは無く、ただ、互いに見つめ合う。
 彼の指がアダムの唇に触れ擽る、そのまま唇を重ねた。ふっと重ねていた熱が離れると…。

「もうすぐ、お前が住んでいた町か、約束通り送り届けられそうだな」
「はい、ありがとうございました」
「それは到着してから言うものだろう?」
「それもそうですね」

 互いに微笑み抱き合うと、目を閉じ眠りに付いた。


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