『異世界味噌料理人』〜腹を満たす一杯から、世界は動き出す〜

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迷い込んだ料理人

第5話 ただのスープを、本気で作る

翌朝、炊事場に入った瞬間、タクミは昨日とは少し違う空気を感じた。
作業をしている村人たちが、ちらりとこちらを見る。露骨ではないが、どこか期待を含んだ視線だ。昨日のスープのことが、すでに広まっているらしい。
かまどの前に立ち、薪の位置を整えながらタクミは小さく息を吐いた。
隣では、ミリアが籠から野菜を取り出している。ちらりとこちらを見て、少しだけ口元を緩めた。

「昨日、あれだけ味変わったのに、今日は最初からやるんだよね?」

「ああ。その方が分かりやすい」

タクミは鍋に水を張り、火の様子を確かめる。炎がやや弱い。薪を一本足すと、ぱちりと小さな音を立てて火が少しだけ強くなった。
ミリアは腕を組み、鍋をのぞき込む。

「どれくらい変わるか、ちょっと楽しみ」

「大げさなもんじゃないけどな」
 
タクミは干し肉を手に取り、細かく刻み始めた。包丁がまな板を叩く一定の音が、朝の炊事場に静かに響く。
刻んだ肉を鍋に入れ、弱めの火でゆっくり温める。すぐには変化しない。だが、少しずつ脂の香りが湯気に混ざり始めた。
近くで椀を並べていた女性が、ふと顔を上げる。

「もういい匂いしてる」

「まだ途中ですよ」

タクミは軽く答え、鍋をかき混ぜた。
肉の旨味が出始めたところで、今度は野菜に手を伸ばす。固い根菜から順番に入れ、少し遅れて葉物を加える。
ミリアがその手元をじっと見ていた。

「順番、そんなに大事なの?」

「火が通る時間が違うからな。全部一緒に入れると、どれかが煮えすぎる」

「へぇ~確かに」

ミリアは納得したようにうなずく。
しばらくすると、炊事場に広がる匂いがはっきりと変わった。昨日よりも、少し濃く、まとまった香りだ。
タクミは味を確かめ、塩をほんのひとつまみ加える。軽く混ぜ、再び味を見る。

「よし!これくらいだな」

椀に少しだけよそい、ミリアに差し出した。

「味見」

「また私?」

「一番近くにいるから」

ミリアは、このやり取りを前回もしたなと思いながら、苦笑して椀を受け取り、湯気を少し逃がしてから口をつけた。
ひと口飲んだ瞬間、表情がわずかに変わる。

「昨日より、好きかも」

「どんな感じ?」

「ちゃんと味まとまってる。なんか、食べやすい」
 
その様子を見ていた近くの女性が、遠慮がちに声をかけてきた。

「ねえ、私も少しもらっていい?」

「どうぞ」

椀を差し出すと、女性は一口飲み、小さく息を吐いた。

「あら......同じ材料よね?」

「同じですね」

「全然違うわ」
 
その声に、周囲で作業していた人たちも興味を持ったように集まってくる。椀が順番に回り、味を見るたびに小さな驚きの声が上がった。

「飲みやすい」

「昨日より、味はっきりしてる」

「子供たち、今日は早く食べそう」
 
ざわめきが少しずつ広がっていく。
やがて、子供たちの列にスープが配られ始めた。一人の小さな子供が椀を受け取り、すぐに口をつける。
そして、小さくつぶやいた。

「おいしい」

その声に、ミリアが思わず笑った。

「ほら、やっぱり違う」
 
気を使える大人と違って子どもは正直なことを知っている、タクミは肩をすくめて少し照れた。

「手順整えただけだ」

かまどの火が、ぱちりと小さな音を立てる。炊事場の空気は、昨日よりほんの少しだけ、確かに変わっていた。
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